2006年08月27日

NGO国際会議 日本に戦後補償求め開幕 マニラで

NGO国際会議 日本に戦後補償求め開幕 マニラで
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060827-00000008-maip-int
 
 【マニラ大澤文護】日本、韓国、北朝鮮、中国、フィリピンなど世界8カ国・地域の非政府組織(NGO)が参加し、日本政府に戦後補償を求める国際会議「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会第4回会議」が26日、2日間の日程でマニラ市内のホテルで開幕した。
 会議に参加した韓国の「アジアの平和と歴史教育連帯」の梁美康(ヤンミガン)常任共同運営委員長(46)は記者会見で「各国が連帯して補償を要求しなければならない」と主張した。北朝鮮の「朝鮮日本軍『慰安婦』・強制連行被害者補償対策委員会」の孫哲秀(ソンチョルス)書記長(51)は今月、北朝鮮で85歳で亡くなった元従軍慰安婦被害者、朴永心(パクヨンシム)さんの写真を示し、「大事なことは日本政府が過去に関する資料を公開することだ」と述べた。
 また、会議では韓国の代表が小泉純一郎首相の靖国神社参拝を批判した。
 会議は国連に対して、慰安婦問題解決のため、日本政府に働きかけを強めるよう求める国際共同声明を出し、世界各国で署名運動を展開する方針を発表する。会議参加者は28日にフィリピン上院で「国際議員フォーラム」を開き、共同宣言を採択する。  
(毎日新聞) - 8月27日10時40分更新
日本政府に戦後補償を求める包囲網が着々と進んでいますね。8ヶ国ですが、大日本帝国の侵略・戦争加害の被害国は30ヵ国以上に上ります。すべてのアジア・太平洋諸国が参加してくれるといいですね。大日本帝国・日本軍のあらゆる蛮行に関する過去の史料をすべて公開し、戦争犯罪・国家犯罪のすべてを余すところなく全体像を明らかにした上で、すべての被害者や犠牲者遺族に対し誠実な謝罪と補償を求める国際連帯は花開いています。
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2006年08月22日

幻の「新日本軍」計画 旧軍幹部、首相に提案

幻の「新日本軍」計画 旧軍幹部、首相に提案
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006082001003860.html
【ワシントン20日共同】旧日本軍幹部が太平洋戦争後の1950年前後、「新日本軍」に相当する軍組織の設立を独自に計画していたことが20日、機密指定を解除された米公文書で判明した。構想は連合国軍総司令部(GHQ)の了解の下で進み、河辺虎四郎元陸軍中将(故人、以下同)らが立案。最高司令官には宇垣一成元大将(元陸相)を想定しており、当時の吉田茂首相にも提案していた。
 戦後史に詳しい複数の専門家によると、服部卓四郎元陸軍大佐ら佐官クラスの再軍備構想は知られているが、河辺氏ら将官級による新軍構想は分かっていなかった。毒ガス隊など3部隊の編成を目指した河辺氏らの構想は最終的に却下され「幻の計画」に終わった。
 文書は、GHQや中央情報局(CIA)の記録を保管する米国立公文書館で見つかった。
(2006年08月20日 21時28分)
「新日本軍」はすでにあるんだけどな。自衛隊という、米国のイラク侵略やアフガニスタン民衆の殺戮に加担した極悪軍隊がね。自衛隊という「新日本軍」が発足したのが、1954年。自衛隊以外にも、「新日本軍」をつくる構想があったというわけだ。毒ガス部隊というのは、軍国主義国家へ戻す気満々じゃねーか。大日本帝国の残滓は、終戦後もずっと地下で蠢いていたんだね。大日本帝国の残滓は今も行き続けている。過去の侵略の罪や歴史を決して本気で悔い改め謝罪することのない日本政府や日本社会の旧態以前の体質と、新日本軍である自衛隊、憲法9条改正勢力、靖国神社、歴史を歪曲し全人類への挑戦と冒涜を続ける反動的な右翼勢力がその代表だ。がん細胞よりもたちの悪い、こいつらを徹底的に駆除して、日本を新生させ、大日本帝国・日本軍の被害者・犠牲者遺族全員への補償および真摯な謝罪が行われない限り、日本にとっての戦争や侵略の問題は終わらないのである。
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2006年08月19日

南京虐殺題材の3映画を計画 中国で70年目を前に

南京虐殺題材の3映画を計画 中国で70年目を前に
http://www.asahi.com/international/update/0817/014.html
 旧日本軍による1937年の南京虐殺を題材にした3作の映画制作の計画が中国で進んでいる。来年は南京虐殺から70年を迎える節目の年だが、同じ題材による映画が3作同時に制作されるのは異例だ。1本は米英中3国の共同制作による映画で、来年12月の公開を目指しているといい、国際的にも関心を呼びそうだ。
 米英中による共作映画の仮題は「南京災禍(中国語名・南京浩劫)」。中国から制作に加わる国有企業系の江蘇省文化産業グループによると、米国の脚本家、ウィリアム・マグドナルド氏がすでに南京入りし、生存者らに取材するなどで脚本を執筆したという。伝統的な中国人家庭の母親と、実在した米国人教育家という女性2人の目を通じて南京虐殺を描いた物語とされる。
 制作費は3億元(約45億円)。監督や出演者の顔ぶれは公表されていないが、中国政府当局から撮影許可を得て、今年12月からロケ地となる南京で撮影を始める。同グループは昨年11月に米映画会社側から話が持ち込まれ、ハリウッド進出など商業性も考慮したうえで共作に応じたという。
 李向民(リー・シアンミン)・同グループ会長は「国際社会ではあまり知られていない南京大虐殺を多くに知らせたい。中国政府や中国人の立場に立つのではなく、歴史の事実に忠実につくられる」と話した。
 ほかの2作は、04年東京国際映画祭審査員特別賞を受賞した陸川(ルー・チョワン)監督による「中国戦回顧録(仮題)」と、香港のスタンリー・トン監督による「日記」。
 陸監督側の説明によると、「中国戦回顧録」は旧日本兵だった一人の老人が、上海上陸から南京虐殺までを振り返り、戦争がどのように人間を変えたのかを描く。現在、脚本を執筆中で、来年初めから撮影を始める予定。陸監督は「南京災禍」にも企画担当として加わり、江蘇省文化産業グループが陸監督の映画にも資金提供する。
 「日記」は、今年4月に当局から撮影許可を得ているという。中国メディアの報道では、南京虐殺当時の複数の日記を参考に日中戦争を描くとされ、年末から来年初めにかけて撮影開始という。

日本でも放映されるといいね。南京大虐殺は日本軍によって引き起こされた人類史上最大の惨禍だからね。陥落後の南京や上海から南京までの行軍路で日本軍によって行われたことは悪魔でさえ、驚愕するほどの人類史上例がないほどの目を覆いたくなる惨状だった。日本人が血塗られた鬼として、アジア・太平洋地域を蹂躙していた時代があったということをこの映画を通して知るべきだと思うね。
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小泉ファシストの靖国参拝のために、日本は東アジアから孤立する?

【靖国】8月15日に懺悔ではなく参拝した小泉首相
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/16/20060816000010.html

 小泉純一郎首相が日本の終戦記念日に当たる15日、靖国神社を参拝し、再び韓国と中国の反発を呼んだ。日本の現職首相が終戦記念日に靖国神社を参拝するのは、1985年8月15日に当時の中曽根康弘首相が初めて公式参拝して以来、21年ぶりだ。

 小泉首相は参拝直後「職務として参拝したのではない」と主張したが、モーニングを着込み、公用車で「内閣総理大臣・小泉純一郎」と署名するなど、中曽根元首相の公式参拝と同じ形式を取った。

 小泉首相は「8月15日を避けても反発があるから今日は適切な日」「ブッシュ大統領が止めても行くだろう」と述べた。しかし政界消息筋では「次期首相が靖国神社を参拝しやすい環境を整えるため8月15日の参拝を強行した」とみられている。

 小泉首相の靖国神社参拝をめぐる賛否両論が加熱する中、反対する立場を表明してきた自民党の加藤紘一元幹事長(68)の自宅兼事務所が15日、放火と推定される火事で全焼するという事件が起きた。火事の当時、加藤議員は東京の事務所におり、自宅に住んでいる母親は外出していたため、人命の被害はなかった。警察は、火事直後に建物の近くで男が腹部から血を流して倒れているのを発見、身元などを調べている。

 韓国政府は同日、外交通商部の秋圭昊(チュ・ギュホ)報道官の名で発表した声明で「深い失望と憤りを表明する。国際社会の度重なる懸念や反対にもかかわらず、国粋主義的な姿勢で靖国神社を参拝することで韓日関係をぎくしゃくさせ、北東アジアの友好協力関係を損なってきたことを厳しく指摘する」と述べた。

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領はこれに関連し、光復節(8月15日=日本の植民地から解放されたことを祝う日)の祝辞で「地域平和や協力秩序を脅かす覇権主義に警戒しなければならない。日本の憲法改正論議を懸念するのも、このため」と述べた。盧大統領は「日本は憲法を改正する前に、過去について繰り返された謝罪を裏付ける行動で、二度とかつてのようなことは繰り返さないとはっきり証明しなければならない。独島(日本名竹島)、歴史教科書、靖国神社参拝、そして日本軍慰安婦問題の解決のための実質的な措置がその行動だ」と語った。

 中国も強い非難と抗議を表明した。中国外交部は声明で「中国は、日本の軍国主義による侵略戦争で被害を受けた国々の人民の感情を害し、中日関係の政治的基礎を破壊する行動に対し、強く抗議する」と述べた。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

安容均(アン・ヨンギュン)記者

朝鮮日報




【靖国】海外メディアも小泉首相の参拝を批判
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/17/20060817000017.html

 小泉首相の靖国神社参拝をめぐり、日本はもちろん米国やヨーロッパ、中国などのメディアが批判の声を高めている。小泉首相の参拝は国内の政治的動機から始まった行動で、日本が東アジアで孤立する可能性はさらに高まった、と指摘している。

 米国のニューヨーク・タイムズ紙は15日、「小泉首相は、第2次世界大戦の終戦記念日に靖国神社を参拝することで国内では政治的勝利を収めたものの、東アジアにおける日本の立場はさらに孤立する可能性を高めた」と分析した。

 ワシントン・ポスト紙も「小泉首相の今回の“挑発的”参拝は、これを『日本の軍国主義に対する美化』と批判してきたアジア諸国に対する“告別の辞”となった」と報じた。

 英国のインディペンデント紙は16日のコラムで、「ドイツのアンゲラ・メルケル首相が定期的に戦時のヒトラーの地下壕(ごう)を訪問した場合、英国をはじめとする世界各国がどのような不快感を抱くのか想像してみるべきだ」とし、「小泉首相は多くの日本人と同じく、自分の良心から都合の悪い真実を払い落とす道を選択した」と批判した。

 同紙は「今回の参拝は、自民党支持勢力の5分の1が第2次世界大戦に参戦した軍人と直接関係がある点を考慮した政治的決定だ」と分析した。

 中国の新華通信は、小泉首相は日本とアジアの関係史において「反面教師」になる、と批判した。人民日報も論評で、「最近ようやくぬくもりを取り戻そうとしていた中日関係に再び暗い影を落とした」と指摘した。

 日本の朝日新聞は、小泉首相の靖国神社参拝をめぐる「口実」を5項目にわたって取り上げ、靖国神社問題は「単なる意見の食い違い」ではなく、過去の侵略と植民地支配を日本の政治指導者たちがどのように受け止めるのかという歴史認識問題と直結している、と指摘した。

 また、オーストラリアの日刊紙エイジは小泉首相の行動により、「後任の首相は、日本が国際舞台でさらに大きな役目を果たす資格があるかどうかを批判的に見つめている国際社会を、再び納得させるところから出発せざるを得なくなった」と指摘した。

イ・チョルミン記者

朝鮮日報

あああ、日中・日韓関係だけではなく、東アジアとの関係も悪化し、日本が孤立するのか。靖国参拝は間違いなく人類への挑戦だった。一からやり直さないとだめだね。次の首相は大変だな。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 19:26 | Comment(21) | TrackBack(1) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

読売新聞の大日本帝国美化記事? 

ブーゲンビル島で元日本兵の遺骨発見
http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060815p102.htm
◆兄は手厚く葬られていた
 パプアニューギニア・ブーゲンビル島で戦死した松茂良(まつもら)興哲(こうてつ)さんの弟、興昂(こうこう)さん(88)(大阪府東大阪市)のもとに6月、「お兄さんの遺骨が見つかった」と連絡が入った。クリスチャンだった兄は島民の協力者を増やすことが任務の「宣撫(せんぶ)班」班長。「マツモラさんにお世話になった」という島民が教会に手厚く葬っていたという。終戦記念日の15日、弟は「これでやっと兄に再会できる」と感慨を新たにしている。
 興哲さんは沖縄県出身。神学生時代に出征した。戦後、戦死公報で1945年に同島で死んだことがわかったが、遺骨は戻らなかった。大工となった興昂さんは、尊敬していた5歳上の兄の戦死の状況を知るため終戦10年後に新聞に投稿したものの、情報はなかった。
 それから半世紀。一昨年暮れ、戦友会「全国ソロモン会」から、兄の墓が見つかったという連絡がきた。同会の安田藤一郎会長(88)(東京都世田谷区)がブーゲンビルを訪れた際、長老のトレウさんから簡素な墓に案内され、「マツモラさんの墓」と説明されたという内容だった。安田さんは、自分と同じ歩兵第45連隊にいた松茂良という兵士を覚えていた。
 安田さんがトレウさんから聞いた話によると、興哲さんは現地の神父と共に村々を回り、住民と親交を深めた。ある時、「興哲さんらが襲撃された」という知らせに村人たちが現場に駆け付け、興哲さんの遺体を発見。その場に埋葬した。戦後、トレウさんが遺骨を掘り起こし、教会の墓地に葬った。トレウさんは安田さんに、「マツモラさんは教会の様々な仕事を手伝ってくれた。仲間だった」と懐かしげに話したという。
 興昂さんは昨年9月、現地に飛び、兄の墓を掘り返したが骨は見つからなかった。ただ、小さなキリスト像の破片が見つかった。村人の一人が「埋葬の際に一緒に入れた」と言った。
 いったんはあきらめた兄の遺骨。しかし今年6月、「村人が墓のすぐ横から足の骨の一部を掘り出した」という新情報が届いた。全国ソロモン会関係者が5月に現地で遺骨の存在を確認し、日本大使館に届けた。
(2006年08月15日  読売新聞)
読売にはこりごりしているね。
読売テレビ番組、「"桜と蛍と富士"〜日本兵が目にした祖国」を見たときの雑感
のとおりだけど。大日本帝国・日本軍の暴虐の加害事実をより多く伝えるべきなのにさ。流石に読売というわけか。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:50 | Comment(8) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

中日韓の民衆が小泉首相の靖国参拝反対で集会 東京

中日韓の民衆が小泉首相の靖国参拝反対で集会 東京
http://www.people.ne.jp/2006/08/14/jp20060814_62208.html

  中国台湾、日本、韓国の民衆が13日午後、東京で集会を開き、日本の小泉純一郎首相の靖国神社参拝に反対し、また、過去に行われたアジア各国への侵略の歴史を正視することを要求した。新華社が伝えた。

  集会に参加したのは中国台湾の先住民、日本、韓国の市民など約1000人。集会では、台湾地区の民意を代表して高金素梅さんが次のように述べた。
「私は、もう10回も日本にきているが、目的はただ一つ。それは、台湾先住民の祖先の霊魂を返還してくれるよう靖国神社に求めること、過去に台湾に対して行われた植民地統治の歴史を正視するよう日本政府に求めることだ。靖国神社は侵略戦争を美化しており、台湾先住民の祖先の霊魂と危害を与えた犯罪人とを一緒に祭る権限は無い。これは台湾先住民の人権、文化権、信仰の自由を無視する暴力行為だ。日本政府が歴史に正しく向き合うことなしに、アジアに平和は訪れない。」

  韓国の国会議員・金希宣氏は、日本が侵略の歴史を反省しないばかりか、A級戦犯を「英霊」として靖国神社に祭るということは、かつて日本の軍国主義で踏みにじられたアジア各国の人々に対する冒とくだとして、小泉首相の靖国神社参拝に抗議をした。

  日本の東京大学の高橋哲哉教授は、次のように指摘する。
「小泉首相の5回の靖国神社参拝は、日本国憲法の政教分離の原則に違反している。首相は今また参拝すると言い立ててているが、この挑発的な言動には憤慨させられる。何とか参拝をやめさせなければならない。靖国神社が中国台湾、韓国、朝鮮の戦没者約5万人を合祀していることは、遺族の感情を深く傷つけるもので、彼らの霊魂を返還するのは当然のことだ。」

  集会参加者は、夜には靖国神社周辺をろうそくをともしてデモ行進し、台湾先住民の霊魂や韓国・朝鮮の戦没者の位牌の返還を靖国神社に要求するとともに、小泉首相の靖国参拝停止を求めた。(編集YS)

  写真:小泉首相の靖国神社参拝固執に抗議する中国台湾先住民の代表高金素梅さん(前列左)ら=13日夜、靖国神社附近で

  「人民網日本語版」2006年8月14日

中国も台湾も韓国も、そして日本の市民も靖国参拝に反対していますね。台湾先住民の靖国訴訟原告である高金素梅氏も来ているのですね。いよいよ明日ですが、小泉ファシストは靖国参拝をするのでしょうか?残念ながら、私は靖国神社の現場に行って、闘いの場に加わることはできませんが、遠くからでも、精一杯気持ちをこめて、前線で戦っている方にエールを送りたいと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:54 | Comment(5) | TrackBack(111) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月13日

靖国神社に勝手に合祀関連ニュース

靖国神社合祀、首相参拝に抗議のキャンドルデモ
2006年08月11日23時51分
http://www.asahi.com/national/update/0811/TKY200608110321.html
 
 韓国や台湾の戦争犠牲者の遺族らが日本の市民団体と連名で11日、小泉首相の靖国神社参拝中止を求める要請書を内閣府を通じ提出した。韓国の国会議員でつくる「靖国神社関連真相調査団」のメンバーも来日し、集会に合流。日本政府と靖国神社に対し、韓国人合祀(ごうし)の経緯などをただす質問書を提出する。  
 参加者らは11日夜、ろうそくを手に、霞が関や日比谷公園周辺をデモ行進し、首相ら閣僚の参拝中止や、韓国人・台湾人の合祀取り下げを訴えた。これに対し、民族派団体が「靖国神社の冒涜(ぼうとく)は許さないぞ」などと、デモ隊の前で声を張り上げる場面もあった。
 小泉首相の靖国神社参拝を違憲とする訴訟を起こした日本の市民らが、靖国神社への家族の合祀取り下げを求める韓国・台湾の遺族や支援者を招き、約200人が来日。「平和の灯を! ヤスクニの闇へ キャンドル行動」と称し、15日まで連日、集会やデモを計画している。
 
<合祀取り消し求め提訴>靖国神社相手は初めて 大阪地裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060811-00000109-mai-soci
 
 第二次世界大戦などの戦没者遺族9人が11日、「同意なく肉親をまつられ、人格権を侵害された」と主張し、靖国神社に合祀(ごうし)取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。「国が全面的に協力し、戦没者の情報提供をしたことで合祀が急速に進んだ」として国と同神社に計900万円の損害賠償も求めた。靖国神社自体に合祀取り消しを求める初の訴訟で司法判断が注目される。
 原告は、浄土真宗の僧侶ら51〜79歳の日本人男女8人と台湾人男性1人。原告らは1940〜45年ごろに父や兄弟、叔父ら肉親11人を戦争で亡くしたが、何の断りもなく全員が靖国神社に合祀された。日本人8人は合祀取り消しを求めてきたが神社側に拒否された。
 原告側は「自分自身の方法での追悼をまっとうできない気持ちと、肉親の心中を思い、耐え難い精神的苦痛を味わっている」と訴え、靖国神社が合祀儀式に使う霊璽(れいじ)簿など三つの名簿から肉親の氏名を抹消するよう請求した。【中本泰代】
 ▽靖国神社広報課の話 訴状を見ていないのでコメントは差し控える。
 ◇「魂を返して」…合祀取り消し求める原告らが会見
 原告は提訴後に記者会見。肉親の合祀をやめるよう求めたことに対し、靖国神社から今年、「合祀は明治以来の伝統を受け継いでおり、事前に遺族の承諾を得ることはございません」との手紙が届いたことを明らかにし、「肉親の魂を返してほしい」と訴えた。
 僧侶の父を1944年1月、パプアニューギニアで亡くした原告団長の菅原龍憲さん(66)=島根県=は自身も浄土真宗の僧侶。宗教的信念に基づき、約20年にわたり合祀取り消しを求めてきた。だが、神社側は応じず、「お父さんも、英霊として祀(まつ)られていることを喜んでいるかもしれない」と神経を逆なですることも言われた。「遺族の願いを踏みにじっても祀る自由は成立するのか」と菅原さんは声を上げた。
 高砂義勇隊に徴用された義父が輸送船への爆撃で亡くなった台湾の先住民族、楊元煌さん(51)は「民族固有の弔い方がある。合祀された義父の魂は、私たちと暮らすことができず、先祖も家族も悲しみ続けなければならない」と訴えた。兄2人を亡くした大阪府内の古川佳子さん(79)も「兄たちは今も靖国に捕らわれ、後に続く者のために利用されている。まだ戦争は終わっていない」と話した。【中本泰代】  
(毎日新聞) - 8月11日22時18分更新
今年も熱い夏がやってきました。 小泉ファシストが任期最後の悪あがきで靖国参拝をするのかが注目されています。小泉ファシストの靖国参拝を断固粉砕することはもちろんですが、故人が靖国神社に勝手に合祀されて、苦しみの淵にいる韓国や台湾、日本の戦没者遺族がいることを忘れてはいけません。国が靖国神社に対して、常に戦没者の氏名を提供し、合祀の対象を提供し続けてきたことは、政教分離の原則に反することです。何よりも耐え難い苦しみを背負っているのは、同意もなしに合祀されて肉親の人格権を否定された戦没者遺族の方々です。靖国神社には、遺族の思いを踏みにじってまで、戦没者を祀る自由や権利はありません。肉親をどのように悼むのかは、遺族自身の心の問題であるし、無謀な侵略戦争を遂行し、杜撰・無責任な作戦計画によって無駄死にさせた戦争を指導した加害者と一緒に、同じ土台で合祀され、同じ場所にいるということは普通の神経をしているものなら耐えられないと思う。韓国や台湾の遺族の方ならなおさらのことであろう。靖国神社というのは、悪魔のカルト施設であるし、国民総意で廃止し、すべての戦没者の魂を解放するのが正しい道ではないだろうか。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:20 | Comment(1) | TrackBack(50) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

小泉ファシストの最後の悪あがき 15日靖国参拝!?

小泉首相:15日前後の靖国参拝を示唆
 小泉純一郎首相は8日夜、終戦記念日(8月15日)の靖国神社参拝を宣言した01年の自民党総裁選公約に関する認識をただした記者団に対し、「公約は生きていますね」と答えた。具体的な参拝時期は「適切に判断する」と従来通りの発言を繰り返したが、首相周辺は「13日から16日の間に参拝する」と話しており、首相の発言は終戦記念日の15日を含め、その前後に参拝する可能性を強く示唆したものとみられる。
 小泉首相は01年4月の自民党総裁選の討論会で「戦没者たちに敬意と感謝の誠をささげるのが政治家として当然。まして、首相に就任したら、8月15日にいかなる批判があろうと必ず参拝する」と明言していた。
 ただ、就任後の初参拝は、中国や韓国の反発に配慮して8月13日に前倒ししたほか、2回目以降も終戦記念日を避け、春秋の例大祭や元日などに参拝している。【小林多美子】
毎日新聞 2006年8月8日 20時50分 (最終更新時間 8月8日 22時49分)

小泉ファシストの最後の悪あがきか。断固阻止を!!!
 
ついでに、[AML 8605] 8・15集会(午前中)のご案内 より転載

平和遺族会事務局の佐々木です。
8月15日の集会と平和行進のご案内です。

【以下転送大歓迎】

 小泉首相・石原都知事らの靖国神社参拝反対とアジアの平和・共生を訴えて、平和遺族会全国連絡会は8月15日午前中に下記のような催しを行います。また、8月15日にもしも小泉首相が靖国参拝を強行した時は、その翌日の正午から、首相官邸近くで緊急の共同抗議行動を行います。
 
▼小泉首相は靖国神社参拝の中止を! アジアと共に生きる日本を創ろう! 8・15集会
◎8月15日(火)午前9時45分〜正午
 記念講演「憲法から靖国問題を考える」
 講師=横田耕一さん(九州大学名誉教授・流通経済大学教授・憲法学者)
◎基調報告=西川重則・平和遺族会全国連絡会代表(戦没者遺族)
「アジアの叫びに応えよう!ーー日本はアジアに何をしたのか」
◎アピール 高金素梅(チワス アリ)さん
 (台湾立法委員・靖国アジア訴訟原告団長・平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会共同代表)
◎「沈黙の時」(アジア太平洋戦争のすべての犠牲者に思いを馳せ、心に刻みながら追悼の時をもつ)
◎日本教育会館8階第1会議室(・03・3230・2831)(地下鉄神保町駅・竹橋駅・九段下駅)
◎参加費=500円
◎正午から靖国神社周辺を戦没者遺族を先頭に平和行進
◎主催=平和遺族会全国連絡会

▼小泉首相が6度目の靖国神社参拝を強行した時は直ちに抗議を!
 アジア諸国や日本国内の「参拝中止」の声、そして大阪高裁など司法の「違憲判断」に背を向けて、小泉首相が参拝を強行した時は、その翌日正午に国会近 くの首相官邸前で、緊急の抗議行動をします。ただし、参拝の翌日が土・日・祝日なら順延し、最も近い平日の同時刻に行います。ぜひご参加下さい。
 
<緊急共同抗議行動>
◎呼びかけ団体(50音順)
 政教分離の侵害を監視する全国会議、NCC(日本キリスト教協議会)靖国神社問題委員会、平和遺族会全国連絡会、靖国参拝違憲訴訟の会・東京
◎日時=小泉首相参拝の翌日。正午から約1時間。雨天決行。
◎場所=首相官邸前(30分前に衆議院議員面会所集合。地下鉄国会議事堂前・永
田町下車)
◎各団体の抗議声明、のぼり、横幕、プラカードなどをご持参下さい
◎行動終了後、内閣府を通じて抗議声明提出と申し入れを予定

 
というわけで、小泉ファシストの靖国参拝という人類のあらゆる道徳や人倫に反する犯罪的行為の断固阻止を。任期末の最後の悪あがきを許すわけにはいきません。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:49 | Comment(11) | TrackBack(7) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

韓国人の原爆被害、日本が間違っている

韓国人の原爆被害、日本が間違っている
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=78561&servcode=200§code=200

  第2次世界大戦が終わってから61年が過ぎた。だが依然として戦争の傷あとを抱えたまま生きている人々がいる。被爆者とその2世らだ。1945年に日本で原爆被害をこうむった韓国人は約7万人、と推定されている。現在、被爆者に登録された人は2206人。そのうち慶尚南道陜川(キョンサンナムド・ハプチョン)の人が552人で全国で最も多い。陜川が「韓国の広島」と呼ばれる理由だ。

  慶尚南道陜川郡陜川邑・原爆被害者福祉会館には満65歳以上の被爆者75人が暮らしている。それらは61年前の傷あとを抱えたまま残り少ない人生を送っている。原爆が投下された毎年8月6日になると、福祉会館に一度も欠かさずに訪ねてくる日本人がいる。この10年間、韓国被爆者への支援に率先してきた「太陽会」の理事長、高橋公純(64)氏と同会のメンバーらだ。それらは毎年8月6日に同会館を訪問し、日本食民支配時代(1910〜45)に強制連行された数多くの韓国人の犠牲と原爆の実像、被爆者の苦痛を解決するために全力を尽くしている。

  高橋氏は「日本が韓国を植民地化しなかったならば、皆さまが被害を受けることもなかったはず」とし「日本人被爆者と同じく報償を行なわずにいる日本政府に二重の責任がある」と強調する。同氏は「これ以上核兵器の危険がなく、平和の持続が可能な世の中にするため、陜川を訪ねている」と述べた。

チョン・ビョンチョル記者 <jbc@ilgan.co.kr>


2006.08.04 15:30:13

この記事も正論。広島の原爆投下で被害にあったのは、日本人だけではない。強制連行されるなどして広島にいた韓国・朝鮮の方々も被爆の被害にあった。日本が韓国を植民地化し、強制的に連れてこなければ原爆の被害に会うことはなかった。そういった韓国に対する植民地侵略責任がついて回るのである。8月6日のこの日に、このことの意味を紳士に考えてもらいたいものだ。

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2006年07月30日

靖国神社への合祀、国が主導

合祀、国が仕切り役 都道府県別にノルマ
http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY200607280688.html
 
 日本が1952年に独立を回復して間もない時期に、国の管理下から一宗教法人として再出発した靖国神社の合祀(ごうし)事務は「国家プロジェクト」として動き始めた。国主導の合祀事務について旧厚生省が検討した原案のほかにも、都道府県にあてた一連の通知を朝日新聞社は入手した。そこから浮かび上がるのは、新憲法の政教分離原則との間で緊張関係をはらみながら、国と靖国神社、都道府県が共同で一大事業を進める姿だった。  
 「合祀予定者の数は概(おおむ)ね20万人とし、各都道府県別の合祀予定者は別紙のとおりとする」
 独立回復から4年たった56年夏、厚生省は翌年春の靖国神社の例大祭に備え、何人を合祀するか都道府県に「ノルマ」を課した。8月8日付の引揚援護局長名の通知「援発三〇四六号」だ。
 停滞していた合祀を進めるため、この年から国と地方自治体が一体となって進めた3年計画の一環だった。10月末、11月末、12月25日と締め切りを3回設け、都道府県から年内に計20万人の合祀予定者を集める目標を掲げていた。
 この年の初め、全国戦没者遺族大会が開かれ、靖国神社を国の管理下に置く「国家護持」要求が決議されている。その後の10年にわたる運動が本格化する年でもあった。
 3年計画にあたり、新たな合祀の仕組みが編み出された。都道府県の担当者は戦没者の氏名や階級、本籍、生年月日、死亡時の所属部隊や死亡年月日などを「祭神名票」というカードに記入。それを厚生省経由で靖国神社に送り、その戦没者を例大祭の時期に「祭神」として合祀する――。
 同じ8月8日付で引揚援護局復員課長から出された通知「復員五八八号」は、「合祀予定者数は各都道府県別割当数の10%以内の増減は差し支えない」「靖国神社の作業の関係もあり、特に期限を厳守すること」と細かな注文をつけていた。
 都道府県によっては作業が停滞したところもあった。57年6月6日付の復員課長名の通知では、「示された合祀予定者の数に達するよう努力されたい」と「ハッパ」をかけた。通知は同時に靖国神社にも送られた。
 靖国神社が創立100年を迎えた69年。3月3日付の援護局調査課長名の通知は、都道府県の担当課長にこう指示した。
 「(靖国神社は)今秋創立百年記念の祭儀を実施する計画であり、終戦後24年を経過していることなどの関係からも、同社としてはこの際、戦没者の合祀については一段落したい意向である。都道府県においては祭神名票はその全部を提出するようご配慮願いたい」
 かつて陸海軍省が管轄した靖国神社は戦後、国の管理を離れたが、その意向を重視した通知だった。
 こうした合祀事務は87年3月まで続いたとされる。今も合祀は行われているが、遺族の神社への問い合わせで合祀漏れがわかったケースなどが多いという。
     ◇
 「もともと、靖国神社は軍の機関ですよ。厚生省は軍の残務整理をするところで、軍の業務を継承する私たちが戦没者の調査票を作って、靖国神社に送るのは当然でしょう。私も不肖の身をもって処理にあたりました」
 旧厚生省援護局で靖国神社に旧陸軍関係の「祭神名票」を送る仕事を担ったのは復員課(後に調査課)。その課長経験者の90代男性はこう当時を振り返った。
 敗戦後の45年11月30日に陸海軍省は廃止され、かつて軍が行ってきた靖国神社の合祀事務は、陸軍関係の「第1復員省」と海軍関係の「第2復員省」にそれぞれ引き継がれた。48年5月に厚生省に統合され、同省が担当することになる。
 この男性が調査課に配属された時には、祭神名票を使った合祀の仕組みは出来上がっていた。そして66年2月、調査課長名で靖国神社調査部長あてにA級戦犯の祭神名票が送られる。
 「どんな議論があったのか」との質問に、男性はこう答えた。「そこまでは知りません。(戦犯は)国内的には公務死として認められているから、靖国神社に名簿を送るのも事務屋として当然のこと。だれをまつるかを決めるのは、靖国神社の崇敬者総代会の判断ですから」
 海軍出身で援護局で復員業務にあたった千葉県内の男性(92)は48年に海外から引き揚げ、厚生省の呉地方復員部で仕事を始めた。未復員者の調査をし、生存、戦死、戦病死の整理をすることが担当だったという。
 「死亡が判明すると戦死公報を作り、関係都道府県に送ると同時に、靖国神社にも一緒に配っていたというのが海軍の実情。終戦前からの習慣のようなものでした」
 陸軍関係では戦没者の調査は地方自治体が担ったが、海軍関係では厚生省や出先機関の地方復員部で行っていたといい、合祀事務のシステムが違っていたとされる。
 戦後、憲法に政教分離の原則が導入された。だが、合祀事務に携わった担当者の意識は、戦前から途切れずに流れていたようにみえる。
 
靖国合祀、国主導の原案 「神社が決定」に変更
http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY200607280687.html
 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省が1956年2月の時点で、合祀者は国が決定するなど国主導で合祀事務を実施するとの要綱原案をまとめていたことが28日、朝日新聞社が入手した同省の文書で明らかになった。「厚生省が合祀者を決めて神社に通知する」「合祀事務の体系は(靖国神社が国の管理下にあった)終戦前のものに準じる」と記している。新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃く、2カ月後にできた要綱では、神社が合祀者を決め、国は照会に応じるものと変更されたが、独立回復後に国が主体的に合祀を進めようと構想していた実態が浮かんだ。
 文書は、56年1月25日付「旧陸軍関係 靖国神社合祀事務協力要綱(案)」と、それを解説した同30日付の「要綱(案)についての説明」。
 当時、戦後になって停滞した靖国神社への戦没者合祀を進めるよう遺族から要望があり、国会で議論になっていた。戦没者の調査をする都道府県の意見を聞くために、同年2月2日付の旧厚生省引揚援護局復員課長名の通知「復員第七六号」とともに、都道府県の担当課長あてに出された。
 要綱(案)によると、(1)戦没者の合祀をおおむね3年間で完了することをめどとする(2)合祀事務体系を終戦前のものに準じたものに改める――が「方針」に掲げられた。
 具体的な作業の進め方としては、都道府県が合祀予定者を選び、引揚援護局に報告。同局で審査したうえで合祀者を決定し、靖国神社に通報。それに基づき、神社が合祀の祭典を行い、神社作成の合祀通知状を市町村役場などを通じて遺族に渡す、とされた。
 その趣旨について、要綱(案)の「説明」は「戦没者の合祀は形式的には靖国神社が行い、国や都道府県はこれに協力する」としつつも、「実質的には国や都道府県でなければ実施不可能で、実体に即応するよう事務体系を改める」と指摘。「靖国神社で決定していた合祀者を今後は都道府県が選定し、厚生省で決定し、靖国神社へ通知する」と解説した。
 陸海軍省の管轄下にあった戦前の靖国神社では、だれを合祀するかは軍が選び、最終的に天皇が決めていた。要綱(案)では、靖国神社ではなく、国が合祀者を決定するといういわば戦前に近い形に改めようとしているのが特徴だ。
 しかし、この要綱(案)の中身は、2カ月後の4月19日付引揚援護局長名で出された通知「援発三〇二五号」に付けられた「靖国神社合祀事務協力要綱」では手直しされ、「神社の照会に対し、都道府県が調査し、引揚援護局がとりまとめる」「神社は合祀者を決定する」という表現に変わる。都道府県が「祭神名票」と呼ばれるカードに戦没者の氏名や本籍、生年月日、死亡地や死亡年月日などを書き込み、引揚援護局がまとめて神社に送る仕組みだ。
 実際、合祀事務はこの形で進められたが、国と靖国神社のどちらが合祀者を決定するかは今も明確ではない。靖国神社側は「国から送られてきた名簿に従って神社はお祀(まつ)りするにすぎない」と主張するのに対し、政府は一貫して「神社からの照会に調査回答しているだけ」という立場で、見解が分かれている。
 ただ、国は56年からの3カ年計画で合祀を積極的に進めた。翌春の合祀に備え、同年8月には年末まで計約20万人分の祭神名票を提出するよう都道府県に指示。合祀予定者のノルマを課したり、作業が遅れている都道府県には迅速化を促したりし、57年には年間47万人も合祀するなど合祀者数を急激に伸ばした実情がある。
 後に野党や宗教団体などから「政教分離違反ではないか」などと批判を受けて、70年11月に「合祀協力事務」を「戦没者の身分等の調査」に名称変更したが、その後も86年まで同様の形で合祀事務は続けられた。

靖国神社と国は、憲法の政教分離という建前とは別に一体だったのですね。靖国神社は、大日本帝国時代においては、民衆の戦争動員に関与し、天皇や大日本帝国のために死んだものを顕彰し、顕彰されるには、あるいは、してほしいのであれば、天皇や大日本帝国のために、侵略戦争に従事し、死んで尽くすことを推し進めてきた機関である。そうした中で、戦後も靖国神社は存続しました。国家と靖国神社との密接な関係は続けられ、国と靖国神社とが一体となって合祀を進め、むしろ、このニュースでは国家が主導して、靖国合祀を行っているという事実があるのである。A級戦犯合祀の問題と深くかかわっているのであろう。A級戦犯を靖国合祀によって、免罪し、戦犯ではなく、むしろ犠牲者とすることによって、大日本帝国の戦争責任を免罪し、さらには、日本国自らも過去の侵略・加害歴史を切り捨てようとしたのである。とんでもない話だ。
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2006年07月23日

国際民衆法廷 250人が「傍聴」

国際民衆法廷 250人が「傍聴」 2006年07月16日
http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000000607160001
 
 被告はルーズベルト大統領ら米国関係者15人。原爆投下の犯罪性を審理する市民手作りの裁判「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」が15日、広島市内で「開廷」した。被告らは有罪か無罪か。2日間の審理を経て16日に「判決」が出る。
 

 会場となった平和記念資料館のホールには、250人の市民が傍聴に訪れた。被爆者や弁護士、学者ら約70人の呼びかけ人を代表し、県被団協の坪井直理事長が「この法廷の判定を、核兵器や戦争の廃絶の金字塔としよう」とあいさつ。米・ラドガーズ大教授で国際民主法律家協会(IADL)終身国連代表のレノックス・ハインズ氏ら判事団が開廷宣言した。

 「明白な国際法違反が投下後61年目を迎えるこの時期までいかなる公的機関でも指弾されず、責任が放置されていることに憤りを禁じ得ない」。検事団の足立修一弁護士が23ページにわたる起訴状を朗読し、被爆者や学者らによる証言で立証する方針を明らかにした。

 まず、鎌田七男・広島大名誉教授が、放射線の専門家として「被爆者の間で、髄膜腫や重複がんが増えている」などと最新の研究成果を証言。その後日韓の被爆者計3人の証言が続いた。

 長崎市の下平作江さん(71)は、原爆を生き延びた妹が周囲からの差別などを苦に10年後に自殺したことを証言。言葉をつまらせながら「妹は死ぬ勇気を選んだが私は生きる勇気を選んだ。米国が核兵器の廃絶のために先頭に立ってくれないと、恨みは晴れない」などと述べた。広島で被爆した韓国原爆被害者協会の郭貴勲前会長(82)は「強制連行、被爆、60年間の放置と3重の被害を受けた。うち二つは米国の責任だ」と訴えた。

 今回の裁判は弁護人がいない。被告人も死亡しており、公平性に疑問を投げかける声もある。広島市も「個人の訴追はなじまない」と後援を断った。これに対し、呼びかけ人の一人、広島平和研究所の田中利幸教授は、被告の立場からの発言をする法廷助言者を設けたことや公文書を駆使して起訴状を作成したことを説明。「不備のない法廷。どこの国家も責任を追及しないからこそ、私たちが行う。法的拘束力はないが民衆主権による裁判だ」と話した。
  原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/19014458.html

↑ が関連の記事です。7月15日に行われると聞いていましたが、純粋に米国を裁くだけのものでした。原爆投下の犯罪性は明らかですが、残念ながら私の希望の「原爆投下に至った大日本帝国の侵略戦争発動およびアジア・太平洋地域の被害や加害歴史」について組まれることはなかったようです。広島で被爆した韓国人被害者が原告としてでてきてくれることが幸いでしたが。
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谷垣氏、A級戦犯分祀を支持 参拝は「当面見合わせ」

谷垣氏、A級戦犯分祀を支持 参拝は「当面見合わせ」
2006年07月23日21時45分
http://www.asahi.com/politics/update/0723/004.html
 谷垣財務相は23日のNHK番組で、靖国神社にまつられているA級戦犯の分祀(ぶんし)論について「(東京裁判は)前の戦争を収める仕組みとして一定の歴史的意味はあったし、我々は受け入れた。A級戦犯合祀がのどに刺さったトゲになっているのは間違いない」と語り、靖国神社による自主的な分祀が望ましいとの考えを強く示唆した。
 9月の自民党総裁選に立候補する予定の谷垣氏は同神社への参拝について「当面見合わせたい」と改めて語り、中国や韓国との関係改善を優先させたい考えを示した。
 一方、自民党の山崎拓前副総裁は同日のフジテレビの番組で、靖国神社参拝についての昭和天皇の発言メモが見つかったことに関連して「天皇陛下は、A級戦犯が合祀されたゆえに、その後の参拝をされていないのは厳然たる事実だ」と指摘。そのうえで「天皇陛下の参拝がないのは、遺族や英霊にとって耐え難いことだ。A級戦犯が分祀されたら、宮内庁も陛下に(参拝を)助言できるのでは」と述べ、分祀論を支持した。
 山崎氏はさらに「外国の指導者が来て参拝する施設も必要だ」と語り、特定の宗教によらない新たな国立追悼施設の必要性を強調した。

テレビでは、福田氏が不出馬で、安倍で時期首相はほぼ決まりだという風なことをコメンテーターが言っていた。だとしたら、日本の悲劇だというわけだ。別に福田氏や谷垣氏がいいとは思わない。日本の首相であるならば、田嶋陽子女史や岡崎とみ子女史など、福田・谷垣両氏よりも、はるかに日本の加害歴史認識がしっかりしていて、日本がなすべき政策を頑として持っているからだ。谷垣のA級戦犯分祀論も大変こっけいなものだ。靖国神社の問題点は別にA級戦犯合祀だけではないし、今まで打ち壊されることなく存在してきた事実そのものが問題なのだ。そのような認識にいたらないとは浅はかであると思う。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:32 | Comment(16) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

戦争の記憶7万枚 本社保存写真、デジタル化へ by 朝日新聞

戦争の記憶7万枚 本社保存写真、デジタル化へ 2006年07月17日
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200607160164.html
 満州事変や日中戦争の現場、太平洋戦争中の占領地、植民地などを撮影した大量の写真が朝日新聞大阪本社(大阪市北区)に保存されている。印画紙で約7万枚に上る現代史の貴重な史料で、今後、大型企画「歴史と向き合う」の一環として写真を紙面で紹介しながら、デジタル化と整理を進めていく。
 戦争中の写真をめぐっては、敗戦の前後に戦争犯罪の追及を恐れる軍部から「戦争関連の写真をすべて焼却せよ」という圧力が新聞各社に加わった。朝日新聞もフィルムや印画紙など多数の写真資料を処分した。東京本社では日比谷公園で保存写真を焼却したという。
 大阪本社でも当時の幹部の指示で処分が進められた。一方で、空襲を避けるために外部に疎開させていた写真はそのまま保存され、戦後も倉庫会社などで保管されて現在まで残された。本社のカメラマンが撮影した写真のほか、少数のネガフィルムなどがある。通信社から配信を受けた写真も多い。
 「インドネシア乙女の薙刀(なぎなた)稽古(けいこ)」と題された写真が掲載された記事(43年6月21日付)は、ジャカルタに開設された国民学校の女性教師らに日本軍の部隊長が「神陰流薙刀」を教えたことを伝える。写真は女性が薙刀を構えたカットで、記事には「ジャワ更紗(さらさ)のサロンで仕立てた袴(はかま)、きりりとした白鉢巻『エーイ』『トウ』と裂帛(れっぱく)の気合鋭く薙刀の稽古に励む」とある。


興味深い写真なので、写真も転載。 ジャカルタに開設された国民学校の女性教師らに日本軍の部隊長が「神陰流薙刀」を教えたことを伝える写真らしいです。

 
興味深い資料です。何万人ものインドネシア女性を慰安婦や現地妻とするなど喰いものにしてきた日本軍ですが、内地と同じく女性に軍事訓練さえも施していたのですが。興味深い資料だと思います。大変貴重な資料が詰まっているのでしょう。デジタル化した上で、公開も私的には望みたいですね。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:08 | Comment(41) | TrackBack(38) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

韓国、「敵基地」発言に猛反発 「侵略主義的」「脅威」

韓国、「敵基地」発言に猛反発 「侵略主義的」「脅威」 2006年07月11日23時12分
http://www.asahi.com/politics/update/0711/012.html

 北朝鮮のミサイル発射をめぐる安倍官房長官らの「敵基地攻撃」発言に対し、盧武鉉(ノ・ムヒョン)・韓国大統領は11日、「日本の政治指導者の先制攻撃発言などで新たな状況が生じ、事態を悪化させる憂慮がある」と批判した。
 与党幹部らとの夕食会で語った。盧大統領はミサイル発射を「核問題の状況管理に多くの困難が生じた」と批判しつつ対日非難にも力点を置き、「独島(日本名・竹島)の教科書掲載や(日本海の)海底地名登載、靖国神社参拝でも表れたように、北東アジアの平和に尋常ならぬ事態を引き起こす可能性がある」と語った。
 この日、大統領府や政府は、過去の植民地支配を引き合いに出して「侵略主義的」「再武装の動き」と一斉に批判した。聯合ニュースは「ミサイル対応をよそに、日韓摩擦が増幅した」と伝えた。与党・開かれたウリ党の金槿泰(キム・グンテ)議長(代表)も「どう見ても日本の態度は度を超え陰謀的。大きな錯覚をしているのではないか」と述べた。
 「敵基地」発言は韓国では「先制攻撃論」とされ、「専守防衛を定めた憲法を無視した軍事強化の動き」と受け取られている。10日には外交通商次官が大島正太郎・駐韓大使を呼び、表向き「安保理の制裁案決議に慎重な立場を伝達するため」と説明していたが、関係者によると、「日本の言動に対して厳しく自制を求めた」という。
 韓国政府幹部の一人は11日、「我が国の安保上の脅威は短期的には北朝鮮だが、長期的、歴史的に見れば日本だ。日本の先制攻撃発言は驚くばかりだ」と述べ、「北朝鮮が日本の軍事大国化の道をおぜん立てすることを憂慮する。6者協議の再開にもまったく有益ではない」と語った。

韓国からも強い反発がでている。専守防衛をはるかに通り越して、軍事強化・大日本帝国ファシズム化への動きが、安倍や麻生の敵基地先制攻撃発言だ。日米安保、自衛隊の容認から始まっている。大日本帝国的残滓が抜けきっていない精神病未治癒患者に刃物をどんどんと与えていった結果がこの有様だ。韓国政府完備の認識が甘すぎる。短期的にも、中長期的、歴史的にも、韓国、いや朝鮮民族にとっての脅威は日本である。朝鮮だけではなく、中国、アジアにとっての米国の尖兵として暴走するチェンソーとなりうる存在が日本である。北朝鮮よりも、日本に滅びてもらったほうがいいのではないだろうか。そうならないように、日本から右翼勢力や戦争をできる国にしたい反動勢力を廃絶し、日本を新生するのが良識派の役目である。さて、このような絶望的な状況に対してどうしたらいいのか、思い悩むばかりである。
 
 
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2006年07月09日

盧溝橋事件:69周年 元陸軍兵士や従軍看護婦が証言−−左京区で集い /京都

盧溝橋事件:69周年 元陸軍兵士や従軍看護婦が証言−−左京区で集い /京都
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kyoto/news/20060709ddlk26040260000c.html

◇「多くの死を礎に平和の尊さ考えて」
 
 盧溝橋事件69周年(7日)を受け、京都を拠点に反戦や平和活動に取り組む9団体主催の「戦争の真実を語る集い」が8日、京都教育文化センター(左京区)であった。市民ら約120人が参加。元陸軍兵の近藤一さん(86)=三重県桑名市=と元従軍看護婦の奥村モト子さん(81)=大津市=が、敵味方を問わず、命がいかに粗末に扱われたかを赤裸々に語り、「生還者の声に耳を傾け、多くの死を礎にした今の平和の尊さを考えて」と訴えた。【山田奈緒】
 近藤さんは日中戦争で出征した際、訓練で中国兵を刺殺した。最初は止まらなかった恐怖による足の震えが、「突けー」との号令で左胸を突き刺すと収まった。「豆腐に箸をさすようなやわらかい感覚」に「罪悪感は感じなかった」。それは、首切りの訓練で噴き出す鮮血や転がる頭を見ても同じだった。「神国・日本の皇軍兵士は中国人に何をしてもいいと教育された。教育は恐ろしい」と顔をこわばらせた。
 また、沖縄での戦闘体験にも触れ、「米軍との力の差は明らか。最前線で戦う兵は捨てられたのだ」と涙をこらえ、声を詰まらせた。「日本を再び戦争をする国にしないため、友の死を犬死にで終わらせないため」、加害の記憶とも向き合っているという近藤さんは「これからも戦争の実態を訴え続ける」と話した。
 続いて登壇した奥村さんは、太平洋戦争で従軍看護婦としてフィリピンに赴いた。衛生兵たちが「処置」と呼んで、連れて歩けない重傷の兵士を空気注射で殺していたことなどを話し、「戦争は命とは何なのかを分からなくさせる。二度と日本を戦争に加担させてはならない」と訴えた。
 参加した立命館大2年、安田杏映さん(19)は「歴史に学ばないと人は間違いを繰り返す。イラクで米兵が捕虜虐待などのニュースを聞くたび、学ばない人の多い厳しい現状を痛感する」という。「戦争は人間の理性を吹き飛ばす。今日改めて痛感したこの恐怖を自分にできる範囲で広めていきたい」と話していた。
毎日新聞 2006年7月9日

あの盧溝橋事件から69年になろうとしているのか?ところで、世界では物騒なことばかりだ。テポドン発射に対する北朝鮮の脅威が日本政府やマスメディア総動員で煽っているし、北朝鮮による国連安保理の経済制裁案が瀬戸際まで迫っている。あのときの過ちをまた、日本は犯そうとしているのだろうか?ただの経済制裁案ではなく、日本政府がつくり国連安保理に提出された制裁案は武力行使でさえ、可能なのだ。武力行使、あるいは、追い詰められた北朝鮮による暴発となれば、日本はまた銃をとって、北朝鮮と戦争するのであろうか?朝鮮半島で戦時となれば、日本の自衛隊も戦わないといけない可能性が高い。盧溝橋事件から、日中戦争が始まった。そして、中国の大地を踏みにじり、非人間化した日本兵が中国で住民虐殺を繰り返し、理性も何もない血の野獣と化した。テポドン発射に対するごり押しの国連制裁案のために、北朝鮮との間で戦争が起こり、日本の自衛隊が北朝鮮へ出征する。かつて、中国大陸でやったように、何よりも、朝鮮半島の地で再び甲午農民戦争(東学党の乱義兵闘争)、あるいは義兵闘争、3.1独立運動弾圧で日本軍が朝鮮民衆を殺戮を行ったように、日本の自衛隊兵士が北朝鮮の大地を踏みにじり、北朝鮮の人民を殺戮し、大地を血の海にするというシナリオが待っているかもしれない。そんなことを阻止するためにも、我々は過去の歴史より教訓を学び、過ちを犯してはならないのだ。そういうことを感じさせられたニュースであった。
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2006年07月02日

映画:音楽を武器に戦う台湾原住民を描写 あす大阪・港区で「出草之歌」上映 /大阪

映画:音楽を武器に戦う台湾原住民を描写 あす大阪・港区で「出草之歌」上映 /大阪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060701-00000269-mailo-l27

 
 音楽を武器に、奪われた尊厳や自らの歴史を取り戻す台湾原住民たちの戦いを記録した映画「出草之歌―台湾原住民『背山一戦』」が2日午後1時半、大阪市港区弁天1の弁天町市民学習センターで上映される。主催は「平和の灯を!ヤスクニの闇へキャンドル行動」。協力費1000円。
 映画は、植民地支配され、旧日本軍の軍人・軍属として戦死した祖先たちの靖国神社合祀(ごうし)取り下げを求める原住民らの運動と、海外勢力や時の政権に常に抑圧され収奪されてきた原住民たちの自らの尊厳を取り戻す戦いが、力強く、美しい部族の歌と共に記録されている。【中村一成】

7月1日朝刊  
(毎日新聞) - 7月1日17時1分更新
映画の宣伝サイトもあります。
「出草之歌」 公式Webサイト
 
「魂を返せ」-反靖国のたたかい 『出草之歌』について 木下 昌明
月刊「東京」2006年7月号所収
http://www.labornetjp.org/Column/20060628kinosita/
一つは日本人で、戦場で亡くなった兵士の遺族の感情、もう一つは、かつて日本の植民地にあって兵士にしたてられ、戦死したアジアの人々の遺族感情である。この二つの感情は互いに相いないか、東条英機らの戦犯が合祀され、首相が参拝するようになってから、それからいっそう際立つものとなった。そのなかにアジアの人々の遺族感情を代表する典型例として台湾立法院の委員(日本でいう国会議員)のひとり高金素梅を中心にした台湾原住民による「祖霊奪還」運動がある。それは第二次大戦下、日本軍が多くの原住民の若者たちを「高砂義勇隊」にしたてて戦死させた兵士を、戦後になって無断で靖国神社にまつっている--そのことに反対して神社側に抗議、裁判でたたかっているもの。高橋は、この運動を一つのよりどころ(モチーフ)にして、『靖国問題』の執筆にあたったことが一読して理解できる。

 ところが、『出草之歌』をみると、さらに歴史的政治的に複雑な台湾社会の相貌がみえてくる。それは本省人よりも前に住んでいた原住民のいっそう差別された境遇である。高金素梅が一枚の絵をみせるシーンがある。絵は一匹の蛇がくねくねと上から下にのびていて、その尻尾から順に国旗が敷かれている。オランダ、スペイン、メキシコ、清、日本、中華民国の旗で、これらの国に次々と支配された表示である。このシンボリックな絵から原住民の抑圧された歴史がのぞきみえるが、かれらの日常会話もまたチャンポンで、日本語がポンポン飛びだしてくるのには驚かされる。また彼女は、一枚の写真を掲げ、植民地支配で日本が一番ひどかったことを説明する。写真は、日本の将校が原住民の首を斬り落とした瞬間のものだ。彼女は、どうして我々を殺した人と一緒に靖国にまつられなければならないのか、とその不条理を問う。この時の彼女の表情はきぜんとしていた。

「出草之歌」という台湾原住民の大日本帝国への果敢なる戦いを描いた映画が公開されるようです。朝鮮半島や中国に対する日本の過去の侵略歴史を認識することはあっても、台湾は知らない人が多いのではないでしょうか?映画を見た日本人一人ひとりに台湾、特に台湾の原住民に対していかに凄惨で酷いことをしたのか、台湾の原住民たちが、奪われた尊厳や自らの歴史を取り戻すべくいかに厳しい戦いを強いられているかを映画という媒体を通して肌で感じてもらえればいいと思います。
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2006年07月01日

政党機関紙を配布した社保庁職員に有罪判決 東京地裁

政党機関紙を配布した社保庁職員に有罪判決 東京地裁
2006年06月29日21時10分
http://www.asahi.com/national/update/0629/TKY200606290487.html

 03年の衆院選前に共産党の機関紙を配ったとして、国家公務員法(政治的行為の制限)違反の罪で在宅起訴され、無罪を主張した厚生労働事務官、堀越明男被告(52)=現・社会保険庁東京社会保険事務局勤務=に対し、東京地裁(毛利晴光裁判長)は29日、罰金10万円、執行猶予2年(求刑・罰金10万円)の有罪判決を言い渡した。被告側は控訴する方針。
 政治活動の制限を定めた同法102条1項違反で国家公務員が起訴されたのは、60年代に北海道・猿払村の郵便局職員が社会党のポスターを掲示・配布したことが罪に問われた「猿払事件」最高裁大法廷判決(74年)以降では初めてとされる。
 今回も猿払事件同様、政治的行為を制限し、罰則を定めた同法などが、表現の自由を保障する憲法に違反するかが争われた。
 判決は、猿払事件で一、二審の無罪判決を覆し、同法などを合憲として被告を有罪とした最高裁判決を「指導的判決として今も機能している」と支持。国公法などは合憲と判断した。
 判決はそのうえで堀越事務官の行為を検討。「公務員の政治的中立性を著しく損なう」と指摘した。
 ただ、勤務時間外の休日に、職場と離れた自宅周辺で配布したことを踏まえ、「配布行為で職場に悪影響が出たことはなく、直ちに行政の中立性を侵害したものではない」と述べ、執行猶予つき判決を選択した。
 裁判では、警視庁公安部の捜査員が堀越事務官を長期間尾行し、ビデオ撮影したことも明らかになった。判決は、配布と関連の薄い党事務所への出入りについては「犯罪を立証する上で重要とは言えず、撮影は限度を超えている」と述べ、違法と指摘した。

ビラ配布に不当判決
国公法弾圧堀越事件 表現の自由認めず 東京地裁 2006年6月30日(金)「しんぶん赤旗」

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-30/2006063001_03_0.html
 休日に自宅近くで「しんぶん赤旗」号外などのビラを配り、国家公務員法と人事院規則が禁止する政治的行為をしたとして、同法違反に問われた社会保険庁職員の堀越明男さん(52)に対し、東京地裁(毛利晴光裁判長)は二十九日、罰金十万円、執行猶予二年の有罪判決を言い渡しました。弁護団は「憲法を踏みにじる不当判決」として同日、控訴することを表明しました。東京地裁に多数つめかけた市民からは「ビラをまくだけでなぜ犯罪になるのか」と怒りの声が次々とあがりました。
 同事件の公判で弁護側は国家公務員の政治的行為を一律、全面的に禁止した国公法と人事院規則の規定は表現の自由などを保障した憲法に違反すると主張。国公法を「合憲」として憲法学会などから強い批判をあびた一九七四年の猿払事件最高裁判決が見直されるかが注目されていました。
 しかし、毛利裁判長は、猿払最高裁判決を踏襲。堀越さんのビラ配布が職務と無関係で、行政の中立性を侵害していないことを認めながら、「公務員の政治的行為の弊害は、直接、具体的なものにとどまらず、累積的、波及的効果を考えざるをえない」との考えを採用しました。その上で具体的な根拠は示さずに「公務員の政治的行為が自由に放任されると、公務員の政治的中立性が損なわれ、公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立に対する国民の信頼が損なわれかねない」と仮定に仮定を重ね、それをもって政治的行為の禁止に「利益」があると断じました。
 その一方で、「政治的行為禁止で失われる利益は、国民の一部にすぎない公務員の自由な政治活動」、「予防的規制が合理的」などとし、「公務員の表現の自由を制約することにはなるが、合理的でやむを得ない範囲にとどまる」として、政治的行為の禁止は「憲法二一条に違反しない」などとしました。表現の自由の優越的地位をふまえて同禁止規定の合憲性を審査することは、否定しました。
 尾行、張り込み、ビデオによる盗撮などの公安警察の違法捜査についても、一部を除き「適法」と容認しました。

 猿払(さるふつ)事件 北海道猿払村の郵便局員が一九六七年の総選挙で、社会党候補者の選挙用ポスターを公営掲示板に張ったほか、百八十四枚の掲示を依頼して配布したことが、国家公務員法一〇二条一項、人事院規則一四の七に違反するとして起訴された事件。一、二審は無罪としましたが、最高裁は七四年、逆転有罪を言い渡しました。

有罪判決に抗議する

市田書記局長が談話

 日本共産党の市田忠義書記局長は二十九日、国公法弾圧堀越事件の判決について、「一市民としての政治活動を有罪としたことは、きわめて時代錯誤であり、政権与党におもねるもの」と抗議する談話を発表しました。
 談話は、「公務員の市民的政治的自由を確立するために、共同して世論と運動を大きく発展させ、無罪を勝ちとるために全力をあげる」としています。

大日本帝国化につながりかねない危険なニュースだから、『大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事』に分類。立派な思想弾圧事件だ。尾行、張り込み、ビデオによる盗撮、長時間尾行などの公安警察による限度を逸脱した捜査が行われていたのだ。もし、赤旗ではなく、公明党や自民党のビラ、だったら逮捕どころかマークすらされないだろうということは言えると思う。裁判所自体が公安警察のストーカ行為を容認し、国家公務員の政治的活動を禁じた国家公務員法(政治的行為の制限)の恣意的・拡大解釈による思想弾圧を容認したことになり、きわめて危険な事態であると思う。日本はすでに法治国家ではないし、三権分立も崩壊した、擬似民主主義体制でしかない。自民党一党完全独裁国家になる日もそう遠くはないのではないだろうか・・・・。
 
 
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2006年06月29日

開発 翻弄され続けた島 インドネシア・ビアク 楽園

開発 翻弄され続けた島 インドネシア・ビアク 楽園(4) 2006年06月27日
http://www.asahi.com/international/weekly-asia/TKY200606270168.html
 熱帯の原生林に覆われ、極楽鳥など希少生物の宝庫、インドネシア最東端のパプア(旧イリアンジャヤ)。この地方で唯一の五つ星ホテル「マラウホテル」は、ほぼ赤道の真下にあるビアク島にある。
 厳密には「あった」が正しい。がけ際に立つ7階建て250室。眼下にはコテージやプール、白砂の浜辺が広がる。だが人の気配はない。95年の正式開業後、3年余りで閉鎖。廃虚となっているのだ。
 ロビーに入る。湿っぽいカビくささが鼻につく。床のコケで足を取られる。壁には落書き。部屋には扉も、窓も、家具も、シャワーや水道の蛇口すらもすべてない。
 近くの主婦コリ・ルンビノさん(46)は、開業の夜に開かれたパーティーを今でも覚えている。
 夜10時すぎ、教会の合唱団の一員として赤と黒の衣装を身につけてプールサイドに立った。着飾った100人以上の招待客を前にパプアの歌を披露した。「素晴らしいホテルができ、みな誇らしげだった」
 村人は開業前には建設作業に雇われ、開業後は従業員に魚や菓子を売った。160世帯が住む旧サワ村のサミュエル・マンスモル村長(65)は「みな次々にバイクやテレビを買った」と振り返る。だがホテルに雇われたのは、警備員や清掃員十数人だけだった。
 ホテルの内情は散々たるものだった。フロントで働いていたアグス・ルンビアックさん(38)によると、正規料金の半額以下にしても、部屋の稼働率が15%を超えることはなかった。閉鎖前は数カ月以上給料が滞り、従業員は給料がわりにテレビなどの備品を預かった。「大半の人が売り払ったようですが、うちにはまだ残っていますよ」
 一大楽園プロジェクトはなぜ頓挫したのか?
 ホテル・レストラン協会の代表ジョン・ヤンワリンさんは「そもそも計画がずさんだった」と指摘する。当時、インドネシアのガルーダ航空はロサンゼルスとホノルルから、ビアク経由でバリとジャカルタに飛んでいた。その乗り継ぎ客らを当てにしていたが「大半は素通り。その後、ビアク経由すらなくなった」。
◆「対価一度も受けていない」
 ビアク島は第2次大戦の激戦地で、1万を超える日本兵や現地の人たちが命を落とした。あちこちに残る戦跡は観光資源でもある。
 ウェリー・ロンスンブレさん(83)やサルモン・ルンビヤックさん(78)ら島の長老たちは当時、日本軍に滑走路建設にかり出された。大木を切り、固い岩盤をつるはしで平らに削り取る。2台あったブルドーザーはすぐに壊れた。炎天下、上半身裸、裸足で作業を続けた。
 「早くしろ、早くしろと言われ、ちょっとでも手を休めると木の枝でたたかれた」とロンスンブレさん。ルンビヤックさんは「マツダさんという人が面倒をよく見てくれた」と話す。
 だが苦労のかいなく、滑走路は完成直後に米軍の空襲を受け、占領された。戦後はオランダ、インドネシアの統治下で整備され、国際空港にまでなった。
 「だがパプアの人間は土地を供出したままで、その対価はいままで一度も受け取っていない」。伝統的な慣習法に基づく住民評議会の代表、ヤン・ピーター・ヤランガさんは憤る。
 「パプアの文化では、大地や空、水など、自然にあるものは祖先から受け継いだ共有財産だ。勝手に使うことは許されない」
◆くすぶり続ける独立運動
 現在は国内便が1日に数便、離着陸するだけの地方空港に昨年末、ロシアによる通信衛星の打ち上げ計画が降ってわいてきた。
 地元県議会のネヘミア・ワスパルクリク議長がロシア側から受けた説明によると、衛星は大型輸送機で高度1万1000メートルまで運ばれ、そこから打ち上げられる。そのために3000メートルの滑走路が必要だという。
 「赤道直下で太平洋に近いことからビアクが選ばれた。滑走路も3500メートルを超えている。技術移転や雇用などが望める」と期待をかける。年内にもユドヨノ、プーチン両大統領が署名する見通しで、早ければ来年にも工事が始まる。
 ところが地元では必ずしも歓迎されていない。住民評議会は、反対の立場だ。
 「だれが利益を得るのか、将来的に悪影響がないのか、といった説明が当局から一切なかった」と代表のヤランガさん。「リゾートホテルでもそうだったが、バラ色の話ばかりで説得力が欠ける。その結果はご承知の通りだ」
 つねに統治者に翻弄(ほんろう)されてきた歴史が背景にある。今回も村の共有地などが開発の対象に含まれ、最悪の場合、強制収用される可能性もある。
 「オランダも日本もインドネシアも、そしておそらくロシアも自分たちの利益が優先で、先住民であるパプアの人を敬い、協力しようという気持ちに欠けている。パプア人は常にないがしろにされてきた」
 一息ついてヤランガさんはこう言い放った。「だから結局、独立するしか道はないのです」
 パプアでくすぶり続ける独立運動。その底流にある怨念(おんねん)が見えた。(藤谷健)

この記事の太字のところに注目。大日本帝国・日本軍の加害証言がでてきたから、取り上げました。朝日新聞は日本の過去の戦争責任や侵略戦争を追及し、良識を売りにした新聞であるはずだが。大日本帝国・日本軍の強制労働被害者による証言を聞いたにもかかわらず、残念ながらこの記事ではメインになっていないのが、非常に悔やまれることだ。朝日新聞もいつしか反動化したようだ!?
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:19 | Comment(6) | TrackBack(141) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

さらに多数の人骨埋設か 新宿の旧陸軍軍医学校跡

さらに多数の人骨埋設か 新宿の旧陸軍軍医学校跡 2006年06月24日15時24分
http://www.asahi.com/national/update/0624/TKY200606240260.html

 東京都新宿区戸山で17年前、頭蓋骨(ずがいこつ)などの人骨が100体分以上発見された旧陸軍軍医学校の敷地近辺に、さらに大量の人骨が埋められている可能性が出てきた。同校で看護師を務めていた女性が今年、「進駐軍に見つからないよう人体標本を3カ所に埋めた」と初めて具体的に証言し、川崎厚労相に23日に面会して、その事実を伝えた。人骨には、日本兵の戦死体に加え、対戦国人の遺体も含まれているとみられる。厚労省は同地区を発掘調査する方針だ。
 証言したのは、元陸軍軍医学校に召集されて勤務していた都内在住の石井十世さん(84)。戦争中、戦死体とみられる遺体などを解剖し、人体標本として病院内に保管していたことや、終戦後、占領米軍に見つかることを恐れた関係者が敷地に標本を埋めたことなどを市民団体メンバーに語り、厚労相にも23日に面会して証言した。

 同地区では89年7月、国立予防衛生研究所(当時)の建設中、頭蓋骨、大腿(だいたい)骨など100体以上と見られる人骨が見つかっている。新宿区が鑑定を専門家に依頼し、「日本人とは異質とみられる骨が含まれる」「ドリル、のこぎりによる加工の跡がある」ことが分かった。
 石井さんによると、この人骨が発見された場所は、当時関係者が埋めた地点の一つ。その他に2カ所、人体標本を埋めた地点があり、うち1カ所は自分自身も作業を手伝った、という。
 付近には戦時中、陸軍の医療関係の施設が集中していた。戦時中、中国で細菌や毒物などの生体実験をしたとされる「七三一部隊」(関東軍防疫給水部)の日本における研究拠点もあった。
 石井さんは「霊安室の遺体の多くには名前がなく、番号札がつけられていた。中国での戦死体ではないか。日本人以外の遺体も含まれていたように思えた」と話す。
 新たに人骨が埋められていると指摘された2カ所はいずれも国有地で、公務員住宅などに使われている。
    ◇
 旧陸軍軍医学校周辺では、89年に人骨が見つかった場所のほかにも人体標本が埋められたとの情報が以前からあり、厚労省が01年にまとめた調査報告書でも指摘されている。ただ、直接的な証言が乏しく、場所も特定できないことから、厚労省はこれまで発掘調査の必要はないとしていた。
 しかし、自ら人体標本を埋めるのに立ち会ったとする具体的な証言が飛び出したことで、状況は一変。川崎厚労相は自ら石井さんと面談して話を聞き、「調査」を明言した。
 新たに人骨が埋められたと指摘された土地のうち、厚労省が管理する土地はもともと公園用地として東京都に払い下げられる予定だったが、周辺の人骨騒ぎで中断していた。
    ◇
 〈馬場悠男・国立科学博物館人類研究部長の話〉骨を分析すれば摂取量の多い食品が分かるし、東アジア人かどうかなど区別はつく。歯科治療は日本と中国とで違いが大きい。ただ、分析を尽くしても、中国人と断定したり、ドリルの跡が生前に受けたものかどうか見分けたりするのは極めて難しい。

 
これは大スクープですね。
特に「日本人とは異質とみられる骨が含まれる」「731部隊」という単語に注目!!石井十世さんがいうには、戦死体とみられるそうだが、怪しいものだ。戦後進駐軍に見られたら、相当ヤバイものだから、埋葬したんでしょう。捕虜はもちろんのこと、中国を含むアジア各地から強制連行してきて、ドリルで穴開けて脳を取り出すようなヤバイ人体実験をしていたのに違いないね。大量殺人をしておいて、こっそり埋葬して後は放っておくような国家は最低だな。大日本帝国の血塗られた闇の歴史はまだまだ底知れないものがある・・・。
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「義勇隊」文書発見/「根こそぎ」実態示す

「義勇隊」文書発見/「根こそぎ」実態示す 2006年6月22日(木) 夕刊 7面
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200606221700_04.html

 沖縄戦を控え、旧日本軍が若年者や中高年まで動員した「防衛義勇隊」の構成が二十二日までに、米国立公文書館に保管されていた文書で分かった。米軍上陸直前の今帰仁村に関するもので、連日二千人以上を動員し、その中に避難民まで含めたことを明記。発見した関東学院大学の林博史教授は「根こそぎ動員の実態を示している」と話している。青壮年層に限って召集された防衛隊などに比べ、不明な点が多かった義勇隊の研究進展に、貴重な資料になりそうだ。(阿部岳)
 文書は一九四五年三月二十一日付の「帝国防衛義勇隊の動員のための人員調査報告」で、今帰仁村の隊長から国頭郡の隊長あて。

 それによると、同村内での訓練などの動員は、労務従事者や病人を除いた村民が対象。その数は同月十七日に二千三百七人、十八日に二千二百四十六人だった。ほか避難民を各日百五十三人、百十五人動員した状況など詳細に記している。
 日本軍文書を押収した米軍が、英訳して保管していた。民間人からの聴取を基に、米軍の注釈として「動員された民間人の多数は竹やりだけ、あったとしてもナイフしか武器を与えられていない」「米軍が上陸してくるとほとんどは逃げてしまった」「今帰仁地区の人口は一万人と推定され、十六歳から六十歳の男はすべて動員された」と指摘している。
 当時十五歳だった同村運天の渡久山祐弘さん(76)は、「徴兵や防衛隊の召集が続き、地域には私たち子どもや女性、お年寄りしか残っていなかった」と証言する。自身は義勇隊には動員されなかったが、飛行場や防空壕の建設に駆り出された。
 義勇隊について、沖縄国際大学非常勤講師の津多則光さんは「この時点で法的根拠がないあいまいな存在で、実態は部分的にしか把握されていない。弾薬運搬や負傷兵後送など防衛隊の補完的な役割が強いが、戦闘参加もさせられている」と分析する。各部隊の都合で、女性や十三歳の召集もあったという。
 文書を発見した林教授は「一木一草に至るまで、使えるものはすべて利用するという日本軍の考え方が具体的な数字として表れている。人口の四分の一に当たり、文字通りの根こそぎ動員だ」と指摘した。

ひどいニュースです。林博史氏が言うように、一木一草に至るまで、使えるものはすべて利用するという住民を無視した非道な体質が現れていると思います。沖縄に限りません。朝鮮半島や台湾、満州をはじめ、インドネシア、フィリピンなど多くのアジア・太平洋地域で、住民を根こそぎ動員して苦しめたのです。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:05 | Comment(4) | TrackBack(105) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

在外被爆者訴訟「闘い終わらぬ」

在外被爆者訴訟「闘い終わらぬ」 2006年06月14日 マイタウン・長崎
http://mytown.asahi.com/nagasaki/news.php?k_id=43000000606140002

 なぜ国は、在外被爆者の援護に責任を持とうとしないのか。被爆者援護法に基づく健康管理手当について、国の支給義務を認めなかった13日の最高裁判決に原告たちは憤った。しかし、日韓の市民がともに闘った7年の歳月は力強く人々を結びつけている。
 病気療養中の原告、李康寧(イ・カン・ニョン)さん(78)に代わって判決を聞くために来日した息子の太宰(テ・ジェ)(47)さんは判決後、「日本政府は韓国の被爆者が全員死ぬのを待っているとしか思えない」と批判した。
 李さんは判決を目前にした8日、容体が急変し病院に運び込まれた。来日前に病室に寄った太宰さんに「東京に行く。はさみでこの管を切ってくれ」と、混濁した意識の中で話したという。
 もう一人の原告の広瀬方人さん(76)は「国の支払い義務を認めることで、日本が在外被爆者、特に韓国人被爆者に対する贖罪(しょくざい)の意味をどれだけ明確にするかということだったと思う。まだまだ国民の大きな力を結集して戦い続けなければいけない」と述べた。
 二つの裁判は、互いの訴えを支え合う「兄弟」のような関係だ。
 「広瀬先生のケースを裁判で訴えれば、李さんの裁判で国の主張を崩せる」。李さんが長崎地裁で係争中の01年。広瀬さんが日本語教師として中国に赴任していた間、手当を打ち切られていたことを知った、教え子で在外被爆者訴訟を支援する平野伸人さん(59)は持ちかけた。国は、在外被爆者を「日本社会の構成員ではない」として手当支給を拒否していた。
 広瀬さんは15歳の時に被爆。それまで在外被爆者について考えたことはなかったが、李さんらの訴えを知ってショックを受けた。「日本人として生きることを余儀なくされた李さんが自分を取り戻す闘いだ」。すぐに提訴を決めた。
 広瀬さんは二審の福岡高裁で全面敗訴。だが、李さんの勝訴が続いたことが心の支えだった。
 李さんは「内鮮一体」の名の下に戦争に協力したのに、被爆者援護に動かない国にいらだった。日本の支援者は何度も韓国の李さんを訪ね、対話を重ねた。
 植民地支配や強制連行など、あの戦争の歴史は日韓の間に重く横たわる。「裁判の支援は歴史に向き合う戦後世代の責任だ」と話す平野さんは被爆2世でもある。
 「平和のためにさらに協力していく。今後、日韓の市民や被爆者で国境の枠を越えて運動を続けていきたい」。涙を浮かべながら語った被爆2世の太宰さんも平野さんとともに、裁判で育んだきずなを、さらに太く、強くすることが乗り越える鍵だと感じている。

原爆投下という事実の前に、被害者面をするなと私が主張するのは、強制的に連れてこられ、大日本帝国が勝手に戦争を起こした挙句に、故郷ではない恨の地で被爆し被害にあった多くの朝鮮人の方々がいたこと。この記事の李さんのように、正義を求めて、戦っている韓国人被爆者の方々がいる。韓国や朝鮮の人々が被爆したことの意味を考え、原爆の被害者としての日本を考える前に、韓国や朝鮮の人々への加害者としての日本を考え、贖罪を感じ痛恨の思いに馳せるべきではないでしょうか。それは日本人一人ひとりの義務です。
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2006年06月17日

在外被爆者:北朝鮮在住の被爆者へ「謝罪と補償を要望」−−厚労省に提出 /広島

在外被爆者:北朝鮮在住の被爆者へ「謝罪と補償を要望」−−厚労省に提出 /広島 2006年06月16日16時10分
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2090456/detail
◇「反核・平和のための朝鮮被爆者協会」
 北朝鮮在住の被爆者への援護を求めて、「反核・平和のための朝鮮被爆者協会」が日本政府への要望書を決議し、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)に送付。在外被爆者問題に取り組んできた元衆院議員、金子哲夫さん(57)を通じて厚生労働省に提出した=写真。
 金子さんによると、要望書は今年3月、平壌で開かれた同協会の総会で採択されたという。00年に日本政府の調査団が在朝被爆者の実態調査に訪れ、医療設備の不十分さを認識しながら、放置し続けていることを非難。「日本政府が従来の誤った態度を改め、すべての被爆者と遺族に謝罪と補償をし、支援金などの人道的措置を速やかに取ることを強く要求する」などとしている。
 00年の調査によると、在朝被爆者1353人中928人が生存しているという。今月12日に要望書を提出した金子さんは15日、広島市役所で会見。「政府は『どの国の被爆者も手続きさえすれば同等に扱う』と言うが、北朝鮮とは国交がなく、(被爆者健康)手帳を取得している被爆者すらほとんどおらず、最も置き去りにされている」と述べた。在日本朝鮮人被爆者連絡協議会の李実根会長も「朝鮮人は日本の植民地支配と不当な戦争の結果、被爆した。人道的立場に立って、早急に救済を」と訴えた。【田中博子】
北朝鮮と日本との間には国交はなく、拉致問題などさまざまな問題を両国間で抱えている。一番重要なのは、大日本帝国の植民地支配の下、被害を蒙った人々に対する補償である。在朝被爆者たちがそれにあたる。在朝被爆者たちは置き去りにされている。日本とは国交がないため、手続きさえ行うことができない。人道上の問題で緊急の問題である。在朝被爆者も高齢化するなかで、人道上の措置として、日本政府は北朝鮮とのどんな二国間の問題よりも早急に手を打ち、被爆救済措置を在朝被爆者や遺族に行えるようにしないといけない。もちろん、当然しかるべき謝罪を添えてね。そうじゃなければ、まともな国家だとはいえないでしょう。
 
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/04/0604j0614-00001.htmで記事があったけど

 45年8月9日、長崎で爆心地から4キロ地点で被爆した朴文淑さんは、日本政府から何の補償もされていない。幼い頃から後遺症に悩み、40代をすぎてからは、心臓系統の病気によって薬を常用しなければ生活できない状態だという。「99年6月に亡くなった母と兄は、『日本から何の補償もなく死んでいくのは悔しい。お前は最後まで戦って必ず日本政府から謝罪と補償をもらってほしい』と遺言を残した」「朝鮮では被爆者たちに対して、被爆者手帳を出し、手厚い配慮をほどこしてくれる。一方、日本は何もしてくれない。自分の故郷でもない他国で、自分が原爆の被害まで被ったことを考えると、日本の朝鮮侵略に対して怒りを感じる」と涙ながらに訴えた。
被爆者や遺族の怒りを日本政府は受け止めるべきだ。自分の故郷ではない、日本本土という恨の地で、しかも日本が勝手に始めた戦争のために、原爆の被害にあった朝鮮人の怒り、そして今まで60年以上にわたり、被害者に対して何もしない、何も動かない日本政府への怒り、分かりますか?こんな卑怯な日本政府のもとに生まれてきたことに対して、”愛国心”など持てるわけもないでしょうが。

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2006年06月15日

「満蒙開拓団」は国策 吉川議員に政府が答弁書

「満蒙開拓団」は国策 吉川議員に政府が答弁書
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-15/2006061504_07_0.html
 日本共産党の吉川春子参院議員が提出した「満蒙開拓団」に関する質問主意書に対し、政府は十三日、答弁書を決定しました。
 五日に吉川氏が提出した質問主意書は、日本が第二次世界大戦中に中国東北部に二十数万人の農民を送り、犠牲者や中国「残留孤児」・婦人を出した「満蒙開拓団」の実態を明らかにし、政府に責任を認めるよう求めたもの。開拓団の団数や人数、移民用地の面積などの解明を求めるとともに、「開拓団」が中国への侵略的行為ではなかったのかと追及しています。
 また、開拓団の逃避行の途中、犠牲になった人々の墳墓の建立を中国政府に依頼すること、中国「残留孤児」・婦人の生活支援のために生活保護制度だけではなく立法措置を含む新たな特別対策を求めています。
 答弁書は、国策の一環として「満蒙開拓団」を派遣したことを認めつつも、資料が保存されていないことを理由に、現地での死亡者、行方不明者などの実態についての回答を避けました。

>「開拓団」が中国への侵略的行為ではなかったのかと
そんなことは政府に聞くまでもなく、大日本帝国の満州(大陸)に対する侵略行為の一貫として開拓団の移民の推進が行われたことは言うまでもないだろう。まあ、安倍や麻生がどう答弁するのか見ものだろうか?
>資料が保存されていないことを理由に、現地での死亡者、行方不明者などの実態についての回答を避けました。

キタ━━━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━━━━ !!!!!

大日本帝国より受け継がれた悪しき官僚の逃げの一言。資料が保存されていないことを理由に・・・。本当にまじめに探したのかよ。もちろん、中国やロシアなどの他国を含めてね。犠牲になった人々に対して失礼だろうが、全くよ。やっぱり糞日本政府だな。
 
 
 
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:39 | Comment(363) | TrackBack(714) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハンセン病施設の胎児標本、厚労相「心からおわび」

ハンセン病施設の胎児標本、厚労相「心からおわび」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060614-00000413-yom-soci

 全国のハンセン病療養所などで、100体以上の胎児や新生児の遺体が「標本」として保存されている問題で、川崎厚生労働相は14日、入所者らと厚労省で面会し、「患者やご家族が多大なる精神的苦痛を受けたことは誠に遺憾で、心からおわび申し上げたい」と初めて謝罪した。

 厚労省では今後、個々の入所者や家族らの意見を尊重しながら、1体ごと供養していく方針。

 遺体標本の存在は、有識者らでつくる「ハンセン病問題に関する検証会議」の調査で、昨年1月に判明。全国5か所のハンセン病療養所と、国の研究施設「ハンセン病研究センター」(東京)で、人工妊娠中絶や人工早産による胎児や新生児の遺体が計115体保存されており、同会議は「国は手厚く供養すべき」などと提言していた。

胎児標本問題で厚労相が謝罪 ハンセン病の団体代表者に 2006年06月14日22時26分
http://www.asahi.com/national/update/0614/TKY200606140771.html
 各地の国立ハンセン病療養所などに100体を超える胎児らの標本が保管されていた問題で、川崎厚生労働相は14日、同省を訪れた全国ハンセン病療養所入所者協議会の代表者らに「心よりおわびを申し上げたい」と述べ、初めて公式に謝罪した。各療養所訪問を求められた川崎氏は、「わかりました」と答え、近く療養所を訪れて直接、関係者らへの謝罪や供養をする考えを示した。
 川崎氏は胎児標本問題に触れ、「丁重に供養がされるよう指示した」と述べるとともに、施設職員の研修など再発防止策の徹底を約束した。
 面談後、神美知宏・同協議会事務局長は「胎児標本問題は、遺族の意向を聞くことが何より大切。厚労省は早急な解決に向け、入所者らと意思疎通を図る努力を続けてほしい」と話した。
 胎児標本問題は昨年1月、厚労省が設けた有識者らによる「ハンセン病問題に関する検証会議」の調査報告で判明。強制的な堕胎などによる胎児や新生児のホルマリン漬けの標本が各地の療養所で114体見つかった。その後、新たに1体が見つかり、現時点で把握されているのは115体となっている。ほとんどは身元がわからず、同省が療養所の自治会などと埋葬や供養の在り方について話し合いを進めている。

>胎児や新生児のホルマリン漬けの標本・・・
日本の人命に対する尊重や尊厳、人権というものに対する感覚が欠如していることが露呈されてしまったニュースである。許しがたいものだ。いかにハンセン病療養所におけるアウシュビッツのような地獄の牢獄のもとで、ハンセン病患者がいかに虐げられてきたのかがわかるのである。ただ単に厚生労働大臣の謝罪だけで済ませるべき問題ではないでしょう。日本がつくったハンセン病患者に対する強制収容所”療養所"は、大日本帝国の植民地であった韓国や台湾、南洋諸島などにも存在するものである。同様のことがなかったかどうかを、徹底的に洗いざらい追究すべきなのだ。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:58 | Comment(2) | TrackBack(65) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「外国人学校、民族学校の問題を考える有志の会」 財務省に質問書提出

「外国人学校、民族学校の問題を考える有志の会」 財務省に質問書提出
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/05/0605j0615-00001.htm
税優遇措置における差別などで
 朝鮮学校や中華学校に対する寄付が損金扱いされないなど、外国人学校、民族学校に対する処遇において一部で差別や人権侵害が生じている問題で、「外国人学校、民族学校の問題を考える有志の会」(共同代表=新美隆弁護士、丹羽雅雄弁護士)が6月7日付けで財務省に公開質問書を提出した。
 質問書は、指定寄付金、特定公益増進法人、日本私立学校振興・共済事業団の受配者指定寄付金制度について、各制度の適用や法解釈における財務省の見解を問うている。
 現在、朝鮮学校や中華学校などの一部の外国人学校、民族学校はこれらの制度の対象外とされている。これについて、東京と神奈川の朝鮮学園、横浜山手中華学園保護者らは3月13日に日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。
 質問書は税制上の差別は、朝鮮学校や中華学校などが日本の学校と同等の普通教育を行う学校でありながら、「各種学校」とされていることに要因があり、「各種学校」である外国人学校の間でも差別があると指摘。「少なくとも国際人権規約を批准して以降、日本は『すべての者』の教育への権利及びマイノリティの教育権を保障すべき。外国人学校、民族学校に対する助成は国の義務」としている。
[朝鮮新報 2006.6.15]

当然、外国人を含むすべての者への教育への権利が保障されるのは当然だろう。いまだに、こういった差別や人権侵害が残り、こういった質問書提出がなされること自体、日本は非常に遅れた人権後進国だと言えるね。大日本帝国の悪しき残滓を徹底的に駆逐してこなかったことの延長線上だ。こういった問題とも向き合っていかなければならないね。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:39 | Comment(8) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

韓明淑首相が日本を厳しく批判、仏紙との会見で

韓明淑首相が日本を厳しく批判、仏紙との会見で 2006/06/08 12:26
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=812006060800500

【パリ7日聯合】韓仏修好120周年を記念しフランスを訪問中の韓明淑(ハン・ミョンスク)首相が、7日付で掲載された仏紙ル・フィガロとの会見で、「韓国が日本と友好協力関係を築こうと模索を続けているにもかかわらず、日本は圧力を強める一方だ」と日本の姿勢を批判した。
 韓首相は、両国間では現在、独島問題だけでなく歴史教科書や従軍慰安婦などの問題があると説明した後、日本は謝罪しようとせずむしろ植民統治を正当化していると述べた。また、韓国政府が独島問題で譲歩する意思はないことを強調するとともに、日本に対する「静かな政策」はこれ以上続けないとの考えを示した。

 北朝鮮との関係については、北朝鮮との戦争は望んでおらず、偽造紙幣問題についても北朝鮮自らが解決すべき問題で6カ国協議と結びつける必要はないと述べた。
 フランスのメディアは韓首相の訪問を大きく扱っている。ル・モンドは4〜5日の週末版で韓国の発展像と文化、アジア圏で巻き起こった韓流現象を紹介した。6日付でも韓国初の女性首相として韓首相の歩みをたどった。経済日刊紙のラ・トリビューンは6日付の国際経済面全面を韓首相の訪問に関する記事に割いたほか、カトリック系日刊紙も韓首相の歩みや両国の交流状況と見通しを紹介した。

日本政府は非難されて当然だな。独島問題も然り、さらには歴史教科書問題、従軍慰安婦の問題で、日本は謝罪もせず、植民地統治を正当化し続けていることは私も問題に感じている。韓仏で共闘して、日本の右翼勢力や日本政府にガツンと鉄槌をお見舞いしてやれ。
 
 
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:43 | Comment(10) | TrackBack(165) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

「防衛省」格上げ 海外派兵 主任務に会期末目前 自衛隊法改悪案など提出

「防衛省」格上げ海外派兵 主任務に会期末目前 自衛隊法改悪案など提出
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-10/2006061001_01_0.html

政府は九日の閣議で、海外派兵を自衛隊の本来任務(主要任務)に格上げし、防衛庁を省に移行させるための自衛隊法や防衛庁設置法などの改悪案を決定し、国会に提出しました。これまで政府が建前としてきた「専守防衛」を法律上も大きく転換し、違憲の海外派兵をさらに拡大することが狙いです。早期成立を図るため、国会会期末(十八日)が迫っているにもかかわらず、提出を強行しました。
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 改悪案は、自衛隊の本来任務を「我が国を防衛すること」と規定している現行の自衛隊法三条に、新たに第二項を設け、「周辺事態」への対応と「国際協力の推進」を追加。米軍のアジア太平洋地域への軍事介入(周辺事態)に対する支援をはじめ、PKO(国連平和維持活動)やテロ特措法によるインド洋派兵、イラク特措法によるイラク派兵などの海外派兵を第二項に該当する活動と規定し、自衛隊の本来任務に位置付けました。
 これらの活動は、現行の自衛隊法では「自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度」で実施すると定められ、本来任務ではない付随的任務とされています。
 改悪案はまた、現在は内閣府の外局となっている防衛庁を独立した省にし、名称を「防衛省」にすることを盛り込みました。防衛庁長官も「防衛大臣」になります。
 「自衛隊の最高の指揮監督権」や「防衛出動の下令」などは現行通り内閣総理大臣の権限とするものの、「周辺事態」の際やテロ・イラク両特措法に基づく米軍への支援実施の権限については防衛大臣に移譲。海外での米軍支援に即応できる体制をつくります。
 省への移行のため、自衛隊法、防衛庁設置法のほか内閣府設置法など約七十の関係法律を一括改悪。これにより、防衛省は法律の制定や予算要求、幹部人事などに関する閣議の開催要求も内閣府を通さずに行えるようになります。政府・与党は秋の臨時国会での成立を狙っています。


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改悪案のポイント
 【海外派兵の本来任務化】

 一、自衛隊の任務を規定した自衛隊法三条に、「我が国の防衛」に加え、「周辺事態」への対応と「国際協力の推進」を追加。これには▽周辺事態での米軍支援▽PKO(国連平和維持活動)▽テロ・イラク両特措法に基づく派兵▽機雷の除去▽在外邦人の輸送▽国際緊急援助活動-が含まれる
 【防衛省への移行】
 一、内閣府の外局である防衛庁を独立した防衛省に昇格。防衛庁長官を防衛大臣に変更
 一、「自衛隊の最高の指揮監督権」など内閣の長としての内閣総理大臣の権限は変えず。「周辺事態」の際やテロ・イラク両特措法に基づく米軍支援など内閣府の長としての権限は防衛大臣に
 一、公布から三カ月以内に施行。二〇〇七年度中に防衛施設庁を廃止し、防衛省に統合することを付則に規定

防衛庁を防衛省にするだって?時代と逆行した流れだな。必要なのは防衛庁を"省"に格上げすることではなく、逆のスクラップにすることだ。防衛など必要ない。自衛隊など必要ない。大日本帝国陸海軍を忘れたのか?国民を犠牲にし、多くの血を流して得た平和国家日本国の精神を、憲法9条の精神にとどめを刺すようなことには断固反対!いつからこんなおかしい国になってしまったんだろうか。
 
 
 
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:48 | Comment(68) | TrackBack(83) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

「戦後も戦った日本兵」を描いたドキュメンタリー

「戦後も戦った日本兵」を描いたドキュメンタリー
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0606&f=column_0606_002.shtml&type=news
中国を読み解く視点(12)−高井潔司(北海道大学教授)
  6月はじめに上京した折、この夏公開予定のドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』の試写会とその監督の講演会に参加する機会を得た。監督は、カンパ頼みの自主制作ながら数々の国際的な賞を獲得した『延安の娘』を手がけた池谷薫氏。前作同様、真実を追い求める池谷監督の迫力に圧倒された。
  第2次世界大戦における日本の戦争の実態について証言できる人々の数は、年々減ってきている。それに反比例して、戦争責任を否定し、「愛国心」を強調し、ことさらアジアの国々と対峙する言論を振りまく人々が増えている。今回の作品は戦闘シーンの全くない映画だが、戦争の実相を考えさせてくれる秀作である。
  映画のあらすじは、映画自体まだ未公開なので、『蟻の兵隊』の公式ホームページ(http://www.arinoheitai.com/)から転載させてもらう。
  +++++++++++++++++++++
  今も体内に残る無数の砲弾の破片。それは「戦後も戦った日本兵」という苦い記憶を 奥村 和一 ( おくむら・ わいち ) (80)に突き付ける。
  かつて奥村が所属した部隊は、第2次世界大戦後も中国に残留し、中国の内戦を戦った。しかし、長い抑留生活を経て帰国した彼らを待っていたのは逃亡兵の扱いだった。世界の戦争史上類を見ないこの「売軍行為」を、日本政府は兵士たちが志願して勝手に戦争をつづけたと見なし黙殺したのだ。
  「自分たちは、なぜ残留させられたのか?」真実を明らかにするために中国に向かった奥村に、心の中に閉じ込めてきたもう一つの記憶がよみがえる。終戦間近の昭和20年、奥村は「初年兵教育」の名の下に罪のない中国人を刺殺するよう命じられていた。やがて奥村の執念が戦後60年を過ぎて驚くべき残留の真相と戦争の実態を暴いていく。
  これは、自身戦争の被害者でもあり加害者でもある奥村が、「日本軍山西省残留問題」の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った世界初のドキュメンタリーである。
  +++++++++++++++++++++
  映画のストーリーは、いわば無辜(むこ)の庶民を戦争に駆り立て、殺人者に仕立て上げ、さらに終戦後も兵士として残留させた挙句、「逃亡兵」として切り捨てた国家のむごい犯罪を告発する作品といえよう。奥村さんたちは、日中戦争の後の国共内戦で国民党側に立って戦い、残留した2600人の兵士のうち550人が戦死し、700人が捕虜になった。奥村さんは帰国する昭和29年まで、国の命令を受け、天皇陛下のために戦ったと思っていた。帰国して初めて国に裏切られたことを知った。残留兵の仲間たちと軍人恩給の支給を求めて、国を相手取った裁判を起こしたが、ほとんど門前払いの形で敗訴している。
  こうした経緯を見るにつけ、庶民を戦争に駆り立てておきながら、逃げ回っている指導者たちの無責任さを実感する。小泉首相らは「心ならずも戦場に行かれ、亡くなられた方に心から哀悼の誠をささげ、不戦の誓いをする」ためと、靖国参拝を重ねる。追悼は当然必要であるとして、この映画を見るにつけ、まずあの戦争に多くの庶民を動員し、アジアの人々を虫けらのように虐殺した責任を明確にした上で行うべきだと感じる。
  映画自体は、裁判のために新資料、証言を追い求める奥村さんをカメラで追いかけるスタイルで、奥村さんの被害者意識と加害者意識でゆれる心や長い間戦争体験さえ語ることの出来なかった妻との日常生活など、様々な角度から描いている。時には笑いやユーモアも込められており、決して身構えて見る必要はない。映画として十分楽しめる内容でもある。この映画を見て、アメリカのイラク戦争を告発した『華氏911』を思い起こしたが、真実に肉迫しようとする画面の迫力は、それをしのぐかもしれない。80歳の高齢をおして、中国大陸を17日間、3000キロを踏破し、新証言、証拠を追い求める奥村さんの執念が込められている。
  奥村氏らの「戦い」については、取り上げているのはこの映画だけではない。すでに昨05年7月18日付の朝日新聞第2社会面、8月16日、17日付の読売新聞第2社会面で大きく紹介されている。今回の映画公開でさらに論議が高まることになろう。映画公開にあたって、大学生たちの自主上映運動も始まっており、奥村さんの戦いは「孤独な戦い」ではなくなりつつある(写真は映画のポスター)。

『満州、チャーズの悲劇』 浜朝子・福渡千代著 明石書店にみる日帝悪および山西省残留日本兵についてpart3
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/13177179.htmlで、中国に戦後も残留し、戦った日本兵について取り上げました。戦後も軍の司令官の命令で残留を画策させられ、国民党軍の元で戦後も戦いを続けなければなりませんでした。奥村 和一氏をはじめ、山西省残留日本兵の方々は、国に戦後補償を求めて戦う被害者でもあり、日本兵の一員として中国に侵略し、多くの中国人を殺し、戦後も国民党の元で戦いを続けた加害者でもあるのです。中国へ渡り、日本軍残留問題の真相を解明しようと奮闘している奥村氏を追ったドキュメンタリーだそうです。大日本帝国、それを告ぐ現在の日本政府が自国民でさえ平気で切り捨てる如何に冷酷であったか、どういう国に私たちは身を預けているのか、何よりも貧しい多くの庶民を戦争に駆り立て、多くのアジアの人々の命を虫けらのように殺戮していったことを考えないといけません。野蛮な戦争責任を否定し、大日本帝国の歴史を美化し、ことさらアジア諸国の国民感情を害する右翼連中が見るべき作品なのでしょうね。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:14 | Comment(18) | TrackBack(2) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

君が代反対教師に罰金刑

君が代不起立呼びかけ『罰金』のナゼ
妨害の印象ない
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060601/mng_____tokuho__000.shtml

 

 東京都立板橋高校の卒業式で一昨年、「君が代」斉唱の強制に反対し不起立を呼び掛けた元教諭の藤田勝久被告(65)が、威力業務妨害罪で罰金二十万円(求刑懲役八月)を科せられた三十日の東京地裁判決。有罪の前提として「教頭が止めたのに従わなかった」ことを“事実”としたが、法廷には「それは違う」という藤田さんの声が響いた。争点となったのは衆人環視での出来事だ。では、卒業式に参加した父母らは、何をどう見ていたのか。  

 保護者席の一番前に座っていた女性Aさん(47)は二年前の卒業式を振り返る。「藤田さんが卒業式を妨害しようとしている印象は全く受けなかった。なぜ、こんなことが警察に通報されなければいけないのかと不思議に思った」という。

■式15分ほど前に藤田さんは退出

 まだ卒業生は入場していない。保護者席も埋まらず、父母らは雑談したり、手持ちぶさたにしていた。藤田さんは週刊誌のコピーを配って「国歌斉唱の際はできたら着席してほしい」と話し、開式の十五分ほど前には退出したという。コピーは日の丸・君が代強制について取り上げた「サンデー毎日」の記事だった。

 「事前にビラ配りの許可を学校側から受けているのかなと、ふと思ったが、読むことを強制するでもなく、何かを声高に主張していたのでもなかった」とAさん。

 別の保護者の女性Bさん(48)は、教頭が藤田さんに歩み寄る光景を見た。

 「藤田さんの方にツカツカと寄ってきた教頭は、はじめ先輩教師である藤田さんに対し、『先生、困ります』と丁寧に対応していた。しかし次第に興奮して『いいかげんにしろ』と声を荒らげ始めた」

 教頭に腕をつかまれた藤田さんは「触るな」と言いながら、手を振り払おうとしたが、結局、藤田さんの方がすぐに会場から出ていく感じで、外に連れ出されたと見えたという。

 OBとして出席していた男性Cさん(23)は「保護者席では、知り合い同士がおしゃべりしていて、この二人のやりとりは特に注目も引かず、場内がざわつくこともなかった」という。

 Cさんは、学校を出ていこうとする藤田さんの後を追った。「先生は『おれは言うだけは言ったから帰る』と話していた。そもそも強制的に排除する必要があったのか」

 Bさんは「卒業式という厳粛な場で、自分の主張をしようとする藤田さんの姿勢には疑問を感じた」と言う一方で、「頭から湯気を出して主張しているのではなく、あくまで冷静に正論を言おうとしていた」と感じた。

 こうした父母や卒業生らの一部の証言は、裁判でも弁護団側の証人として聞くことができた。しかし、判決では一連の証言を「信用性はない」として退け、藤田さんの制止に当たったとする教頭らの供述を「不自然な点がない」と認めた。

■表現内容まで立ち入る判決

 判決は、そのうえで校長や教頭らには卒業式を遂行する「業務」があるのだから、保護者に向かって「できれば起立しないで」と呼び掛けること自体が「威力(他人の自由意思を抑圧するもの)」であると、表現の内容にまで立ち入って判断した。

 前出のCさんは「威力や妨害と聞いて、むしろ卒業式の最中に卒業生に向かって大声で『立ちなさい』とどなった教頭や来賓の都議のことかと思った」と話すのだが。

■違法性認められ都教委は評価も

 三十日の判決後、東京都の中村正彦教育長は「(判決文は見ておらず)詳細は分からないが」と前置きし、「違法性が認められたことについては一定評価する」とコメント。都教委指導企画課の担当者は、翌日も「付け加えることは何もありません。あのコメントでやってます」と話した。

 藤田さんの支援者らが三十日開いた報告会では「有罪は政治判断だ」と判決を非難する声が上がった。

 弁護団のあいさつで、大迫恵美子弁護士は「刑事事件の裁判官に“秩序維持”という考え方が強まり、都教委の(日の丸・君が代を徹底させる二〇〇三年の)10・23通達も守ろうとしているのではないか。基本的には裁判官は“政治的”ということから身を遠ざけたがる。昔の裁判官であれば、国家主義が教育現場で子どもの心をむしばむのはいけないと考えたはずが、今はその姿から大きく変わってしまった」と警告した。

 判決について、ルポライターの鎌田慧さんは「裁判官の苦悶(くもん)の選択がうかがえる」と語る。

 鎌田氏は「推測だが」と前置きしたうえで「裁判官は無罪の案件だと思ったのだろう。だが、政府や都の考えを拒めず、微罪と断じた。無罪にする勇気まではなかった。裁判官は良心を示したつもりだろうが、市民感覚とはずれている。ただ、いまは裁判官ですらこうした重圧下に置かれる社会になった」と話す。

 一方、藤田さんについては「一つの状況下で発言したことが罪に問われた。住居侵入罪に問われた立川の反戦ビラ(二審逆転有罪、上告中)と同様に、為政者に対して声を上げることがタブーとされた。教育現場に限らず、今後は自衛隊観閲式などの前に批判のビラをまくことも難しくなる。裁判所は判決で、権利としての抗議行動を萎縮(いしゅく)させることを追認してしまった」と危機感を募らせる。

 「開式が二分遅れたという嫌疑を認めたとしても、その程度で、検察側は懲役八カ月を求刑した。その意味は大きい」と指摘するのは作家の吉田司氏。「お上に少し異議を唱えただけで、牢獄(ろうごく)行き。いわば牢獄国家。罰金という判決はそれに道筋を付けた」

 吉田氏は、今回の判決から見える日本社会の現状を「厳罰」「父性」「暗愚」の三つの言葉で表す。

 「法の濫用(らんよう)乱立というムチで、人々を従わせる厳罰主義が横行している。その支えは、高度成長期にあった人々の不満も抱え込む母性的とは対照的な父性的な論理の台頭。父性は『由(よ)らしむべし知らしむべからず(為政者の方針に従わせるだけで理由は知らせない)』を徹底しており、その結果として暗愚政治がまかり通っている」

 吉田氏は「警察や軍隊が台頭している。経済的な不安によっていら立っている国民を沈黙させるため、藤田さんも彼らの見せしめにされた一人だ」と説く。

 今回の判決は、都教委を相手取った日の丸や君が代に絡む他の人事問題や裁判にも影響を与えそうだ。

■処分不服教員 裁判に影響も

 藤田さんの事件以外にも、〇三年の10・23通達を基に処分され、東京都人事委員会に処分の不服を申し立て争っている教員らは合わせて二百二十四人。処分をしないことを事前に確認する通称「予防訴訟」の原告総数は四百一人。被処分者への再発防止研修の取り消しを求める訴訟、日の丸・君が代拒否を理由に再雇用を取り消されたり、再雇用を拒否された件を争う裁判、処分を受けた中学校や養護学校教員の個人での訴訟も続いている。

 

「事件になること自体ばからしい」君が代反対教師罰金

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200605300140.html

 「事件になったこと自体ばからしい。起立しなかったのは生徒の意志だったのに」。三十日、元教諭藤田勝久被告が判決を迎えた君が代斉唱をめぐる東京都立板橋高卒業式での威力業務妨害事件について、式に出席していた卒業生の女性はこう話す。  
 女性によると、式前日に校長は「できれば君が代を歌ってほしい」と卒業生に言ったが、そうした指示は逆に卒業生の間に従いたくないという雰囲気を広めた。
 式の君が代斉唱では、卒業生の大半が起立しなかった。女性は「立たなかったのは藤田先生に言われたからではない。板橋高は伸び伸び、自由な学校だから」。事件が報道され、卒業生らの間で「(事件になるのを)やめさせられないか」というメールが出回った。
 「藤田先生が君が代斉唱時『できれば立たないでほしい』と言ったのは開式前で、既に会場はざわついていた。むしろ式の最中に起立を呼び掛けた人の方が混乱させた」と長女の保護者として式に出席した男性は振り返る。
 藤田被告は社会科教諭として北海道の定時制高校などに勤務後、都立高で三十六年間、教壇に立った。式に出たのは生徒指導で気に掛けていた全盲の生徒がピアノを弾くので「ぜひ聞きたい」と思ったから。
 「法廷に立っていることが納得できない」。藤田被告は退職後、ガードマンのバイトをしていたが、事件で辞めざるを得なくなったという。

腹立たしいニュースである。この記事によれば、藤田勝久元教諭が、開会式の前に、君が代斉唱の際、と日の丸・君が代反対の記事が書いてある週刊誌の記事のコピーを配って着席を呼びかけ、「式の進行を遅らせたこと」という容疑で罰金刑と懲役8ヶ月を求刑した。たとえば、中国新聞、東京新聞の記事に書いてあるとおり、その判決は不当極まりないものであり、政治的判断が働いたのだろうと思う。そんなことを言うのであれば、式の最中に「立ちなさい」と呼びかけて、式を混乱させた教頭や来賓の都議も同罪であろう。そもそも、本当に式の妨害容疑が正しいのかどうかははなはだ疑問だ。そもそも、少しネットで調べてみたのだが、今回の威力妨害というの自体がでっちあげであるという確信に近いものをもった。
不当判決に対する弁護団抗議声明
http://wind.ap.teacup.com/applet/people/860/trackback
>藤田さんは、卒業式開式前に平穏に週刊誌コピーを配布し、やはり平穏に数十秒間だけ保護者に「君が代」強制問題の説明を行ったが、説明終了後の管理者らの退去要求に応じて若干の抗議をしながら学校を退去し、念願だった卒業式参加も断念したいわば「真の被害者」である。本件は、都教委や一部政治家ら「君が代」強制勢力が、卒業式開式後の卒業生木起立の事実上の責任を、卒業式開式前た校長らの求めた応じて学校を退去していた藤田さんに負わせようとしてでっちあげた「事件」であり、かかる特定政治勢力に奉仕する公安警察・公安検察主導の「事件」である。

藤田教諭は自分の良識に従って、君が代反対の行動を貫こうとしただけだ。君が代・日の丸反対の週刊誌記事を配る行為も表現の自由で憲法の下保障された正当な行為なのだ。なぜそれが悪いのか。教育現場が恐ろしく全体主義化していることを感じさせられたニュースであった。
ところで、朝日新聞などの多くの新聞やメディアも取り上げているが、産経は論外だとしても、裁判の判決などに取り上げられた為政者からの情報を鵜呑みにして前提として記事を書いていることに疑問を感じざる負えない。朝日新聞の2006年5月31日付けの社説で取り上げているが、
 >元教諭が行ったことは、常軌を逸脱している。学校だからといって、許される行為ではない。安易に警察沙汰(ざた)にすべきでないということは、児童生徒の問題行動などに対しては言えても、大人である元教諭にはあてはまらない。

学校や都教育委員会などの権力側の発表を前提として記事を書いている。式15分前に退出しているなど藤田元教諭が式の妨害などできるわけもなく、常軌を逸脱している、許される行為ではない、も糞もへったくれもないわけだ。
http://www.jca.apc.org/~p-news/houhuku/FUJITA.htmのサイトにて、藤田先生を応援する会が緊急署名を呼びかけています。良識派の皆様は署名してくださるようお願いします。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:47 | Comment(23) | TrackBack(60) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

在日同胞高齢者、障害者無年金問題 実態は在日朝鮮人差別

在日同胞高齢者、障害者無年金問題 実態は在日朝鮮人差別 [朝鮮新報 2006.5.30]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/02/0602j0530-00001.htm
支援者「日本人と同じでも足りぬ」、厚労省「日本人とのバランス欠く」
 「在日外国人だけに経過措置を設けることは、日本人とのバランスを欠くことになる」−一部世代の在日外国人障害者が無年金状態に置かれている問題に関する厚生労働省の認識だ。この「バランス」を欠いた考え方が、2重3重に差別されてきた人たちをさらに苦しめている。「オウム返し」を繰り返す厚労省側の誠意ない対応に当事者らの怒りは頂点に達している。
 日本の国民年金が任意加入だった時期に未加入のまま障害を負い、障害基礎年金を受け取れなかった当時の学生や主婦ら無年金障害者(特定障害者)に対して「特別障害給付金」を支給する法律が2004年12月に成立し、昨年4月から施行された。
 同法の審議過程で、無年金の在日外国人についても支給するよう求める声が高まったが、附則に「今後検討」と付け加えられただけで、実質排除された。以降「検討」された様子はまったくうかがえない。むしろ後退していると指摘する人もいる。
 日本政府は、年金制度など社会保障を定住外国人に適用する際の判断基準として「バランス」という考え方を持ち出すことがある。
 たとえば、佐渡島志郎外務大臣官房参事官(当時)は3月30日の参議院厚生労働委員会で「在日の外国人の方にのみ無拠出制の給付を行うのはどうだろうかというような、国内での同例の日本人の方との比較のバランスの問題とか、いろんな問題について慎重に検討をする必要があると伺っている」と答弁した。
 そもそも、在日外国人は年金制度から排除されており、「加入したくても加入させてもらえない」「(掛け金を)払いたくても払えない」状態にあった。にもかかわらず、「加入せずにいた人」を救済し在日外国人を外した。これこそバランスを欠いていると言えるのではないか。
制度の矛盾明らか
 22日、無年金当事者と厚労省職員の話し合いの場に参加した金順喜さんは「(バランスを欠くことになるという厚労省の見解は)在日同胞を差別しているとしか聞こえない。これまでも『年金法』を盾に差別してきた」と厳しく指摘した。
 無年金状態にいる在日外国人のほとんどは在日同胞だ。つまり、厚労省の説明は、「在日朝鮮人を救済しない状態がバランスのとれた状態だ」と主張しているように受け取れるのだ。
 年金制度における恣意的な判断は制度や法律の矛盾をはっきりと表している。
 これまでに沖縄や小笠原出身の日本人、中国残留邦人たちには経過措置がとられたが、そのときも在日外国人は排除された。
 日本人だからという理由も成り立たない。20歳になる前に障害を負った短期滞在の留学生にも障害基礎年金が支給されているからだ。
 また、年金の支給には税金が投じられる。しかし、日本人と同じく税金を納めてきた在日外国人、在日同胞の一部がその恩恵を受けられずにいる。
 無年金の在日同胞らを支援する日本人らは「在日朝鮮人に限定した議論がないこと自体おかしい」「なぜ日本に朝鮮人がいるのか、彼らがどのような処遇を受けてきたのかを考えると、日本人と同レベルの扱いということだけでも足りない」と指摘する。
「検討」から20年以上
 日本の国民年金制度は創設時(1959年)に国籍条項を設け、在日外国人を排除した。82年、日本は「難民条約」批准に伴い「年金法」を改正、国籍条項を撤廃した。しかし、「1982年1月1日時点で20歳以上のすでに障害を有する者」「1986年4月1日時点で60歳以上の者」は救済されなかった。
 現在、700以上の自治体では、在日外国人に対する緊急支援として特別給付金が支給されている。が、あくまで「国が制度化を図るまでの過渡的措置」であって、財政難も伴い低額だ。「日本政府が行うのが筋」と支援を拒む自治体もある。
 日本政府が批准している「難民条約」には、内外人平等の原則、つまり社会保障において「自国民に与える待遇と同一の待遇を与える」ことが明記されている。
 「難民条約」批准に伴う法改正以降、日本政府は「検討する」という言葉を幾度となく繰り返してきた。今まさにその結果が求められている。
 無年金の同胞障害者、高齢者の多くは働くこともできず、厳しい生活を余儀なくされている。なかには「収入ゼロ」の同胞もいる。医療制度、介護保険制度の改悪はさらなる負担を強いている。日本政府は問題の重さを認識し、一刻も早く解決すべきだ。(李泰鎬記者)

こんなニュースおあったね。在日韓国・朝鮮人の高齢者・障害者無年金問題がある。厚生労働省は解決しようとする方向にもっていっているというが、それは日本人と同レベルの扱いで済ませることだけのようだ。それでは済まさるものではない。この記事に書いてあるように、今まで在日外国人は年金制度から排除された扱いを受けており、「加入したくても加入させてもらえない」「(掛け金を)払いたくても払えない」状態であって制度から迫害されてきたわけだ。日本国籍を持つ日本人に限っていえば、「加入せずにいた」人を救済したが、在日外国人は排除した。在日外国人の無年金問題については、日本人と同等にするだけではすまないのは当然であろう。制度から排除し続けたことに対する補償も上乗せされるべきは至極当然である。また、在日韓国・朝鮮人にいたっては、なぜ彼らがいるかという経緯も考えなければならない。いわれなき差別と迫害を戦後も一身に受けてきたのである。植民地・侵略責任と在日韓国・朝鮮人であるが上に受けてきた悲惨な処遇についても上乗せされるべきであり、日本人と同レベルの扱いというのはおかしいとするこの記事の指摘は至極最もであると思います。以上
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:28 | Comment(30) | TrackBack(63) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朝鮮半島出身者の遺骨問題 今夏に北南遺族招き集会

朝鮮半島出身者の遺骨問題 今夏に北南遺族招き集会 [朝鮮新報 2006.6.1]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/05/0605j0601-00004.htm
 北南朝鮮から強制連行犠牲者らの遺族を招いて各地で集会を開き、遺骨返還を訴えていく「韓国、朝鮮の遺族とともに−遺骨問題の解決へ2006夏−」が7、8月にかけて日本の市民団体の主催で開催されることが5月31日の記者会見で発表された。
 日本の過去清算に関連した運動としては、2002年の平壌宣言以降、「最も幅広く大規模な企画」。北南朝鮮から約20人の遺族を招請し、東京(7月29日)、名古屋(7月30日)、大阪(8月13日)、北海道(8月22日)など約30カ所で集会が開かれる。
 実行委員会には、朝鮮人強制連行真相調査団、強制動員真相究明ネットワークなど強制連行問題や日本の過去清算の問題に取り組んできたさまざまな市民団体と、全国に1万5000の寺院を擁する曹洞宗が名を連ねている。総聯、民団、韓統連もそろって賛同している。
 同実行委員会共同代表の上杉聰氏(「アジア、太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む会呼びかけ人」)は、「遺骨をただ返せばいいという問題ではない。まずは遺族の声を聞き、経過を報告し、心をこめて取り組まなくてはならない。これを機に日本政府も遺骨調査に真剣に取り組んでほしい」と述べた。

日本人の拉致問題で騒がしい世の中だが、こっちの"拉致問題"も忘れてはならない。無縁仏として、日本の地で亡くなって、今も故国に帰ることのない朝鮮人労働者の遺骨が埋まっていることを忘れてはなりません。ただ、上杉聰氏が言うように、ただ返せばいいというのではなく、遺族の声を聞いて、加害者であった日本として心をこめて取り組まないといけない問題だと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 19:48 | Comment(39) | TrackBack(107) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

巨文島で日本植民地時代の軍事施設発見

巨文島で日本植民地時代の軍事施設発見 2006年05月29日14時20分
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2018678/detail
 日本が太平洋戦争末期、全羅南道麗水市巨文島に塹壕(ざんごう、戦場で、歩兵が敵弾を避けるために作る防御施設)やトンネルなど大規模な軍事施設を構築していたことが分かった。これは日本が韓国に作った軍事施設の中で、済州道に続き2番目に大きな規模のものだ。
 
 28日、日帝強占下強制動員被害真相究明委員会(委員長:チョン・ギホ)によると、日本は1944年12月から1945年6月まで日本人と巨文島の住民100人余、さらに北朝鮮の発破技術者らを強制動員し、巨文島の東島・西島・古島に全長15〜25メートル、幅・高さ2.5〜3メートル規模のトンネル12カ所、9メートルのT字型塹壕2カ所、長さ80メートルの石の防壁1カ所、地下通路などの軍事施設を作った。この施設は厚さ30センチのコンクリートで頑丈に作られていた。
 
 東島で発見された9つのトンネルのうちの7つは海岸沿いに建てられており、船を停泊できる接岸施設も整えられていた。この施設は武器などの貯蔵や戦争時の偵察などのために作られたものと見られている。
 
 真相究明委員会のキム・ユンミ調査官は「巨文島は日本と中国、釜山と済州道を往来できる地理的要衝地である上に、漁獲量も多く、情報収集と共に物資の調達にも最適な地」と分析した。しかし日本は間もなく敗戦し、巨文島の軍事施設を使用することはなかった。
 
 真相究明委員会はこの軍事施設の構築のために若者から老人までを強制動員し、労働を怠った者には食事を抜いたり暴行を加えたという住民の証言も入手した。
 
 現在、巨文島には日本式の建物や神社の跡など、日本植民地時代の残骸が各地に残っている。
 
 真相究明委員会は昨年9月から巨文島で真相調査を行っている。

こういうニュースが絶え間がないということは、大日本帝国がいかに酷いことをやって積み重ねてきたかの裏返しである。たとえば、朝鮮半島から日本本土や樺太、中国などへの外部への強制連行は多々知られるところである。朝鮮半島内強制動員についてはまだまだ明らかではない。過酷な人権抑圧の中で、劣悪な強制労働が朝鮮半島各地で行われたのであろうと思う。これからどんどんと事実が明らかになっていくことを望む。第二次世界大戦、日本の植民地支配の歴史は終結していない。まだまだこれからである。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:41 | Comment(16) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャワ島地震で自衛隊派遣!?

また、あらぬニュースが飛び込んできた。
 
ジャワ島地震、陸自など派遣へ=医療支援で週内にも−防衛庁 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060529-00000160-jij-pol
 額賀福志郎防衛庁長官は29日夜、インドネシア・ジャワ島で起きた地震の被災民支援のため、国際緊急援助隊派遣法に基づき自衛隊を現地に派遣する方針を決め、先崎一統合幕僚長らに準備命令を出した。30日にも先遣隊が出発、本隊も早ければ週内に派遣される。インドネシア政府の医療支援要請を受けたもので、陸上自衛隊の第10師団(司令部・名古屋市)が中心となる予定だ。 
(時事通信) - 5月29日23時1分更新
ジャワ島地震で自衛隊派遣 30日にも先遣チーム出発 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060529-00000274-kyodo-soci 
 
 額賀福志郎防衛庁長官は29日、ジャワ島中部地震の被災者救援のため、陸海空3自衛隊の部隊を国際緊急援助隊として近くインドネシアに派遣することを決定、準備を指示した。今年3月、3自衛隊の運用を一元化する「統合運用体制」に移行してから初の新規海外派遣となる。
 自然災害に伴い国際緊急援助隊として自衛隊を海外派遣するのは、昨年10月のパキスタン地震以来。インドネシアから29日、医療支援の要請があった。
 派遣人員は数百人規模になる見通し。30日にも10数人の先遣チームが出発。的確な支援ができるよう現地の状況やニーズを調査し、その後現地入りする本隊の活動に反映させる。
 防衛庁運用課によると、陸自部隊は中部方面隊第10師団(司令部・名古屋市)の隊員を主力に編成し、医療支援に当たる。海、空両部隊は物資輸送などを担当する。  
(共同通信) - 5月29日23時28分更新
この政府はいったい何を考えているのかわからん。軍隊を派遣だと?イラクにも派遣。そしてインドネシアにも派遣!?しかも、かつてアジア・太平洋戦争で侵略した地域ではないか。今回の震災においても、自衛隊、つまり武装した日本軍がいかなければならない理由はないのだ。医療支援であれば、民間だって事足りる。アジア・太平洋戦争で、インドネシアを占領したが、いかなる暴虐を働いたかしらないわけではあるまい。いまだに日本軍の占領から受けた傷が今なお癒されないでいること、日本政府が正式な謝罪、賠償、補償などをつうじて、こうした人びとの苦痛に誠実に応えてきなかったのだ。スハルト開発独裁政権を支援して、戦後賠償という名の経済侵略で戦後も散々インドネシア民衆を苦しめてきたのではないか。日本政府が米国追従の軍事的覇権国家になるための盤石のために今回の不幸なジャワ島震災を利用すべきではない。テレビのニュース番組でジャワ島震災の様子を見ることになりました。そこにはインドネシアの古都ジョグジャカルタをはじめ、ありとあらゆる建物が倒壊した被災地の悲惨な様子が映し出されていました。老夫婦などの高齢の被災者もたくさんいるようだ。倒壊した家屋の傍に佇む痛いげなお婆さんが印象的だった。日本軍占領時代を骨に滲みて経験していることだろう。震災のショックは大きいはず。インドネシアでは日本軍による女性の性的被害者(主として従軍慰安婦、レイプその他を含む)が2万人近く名乗りでた国です。インドネシアの高齢被災者の中には、日本軍の被害者やあるいは被害を見聞きして日本軍時代に恐怖する人が多くいるに違いないです。自衛隊、すなわち日本軍が来ると夜も怖くて眠れなくなるのではないでしょうか。つまり、震災に加え、インドネシアの高齢者、とりわけ女性高齢者に対して、震災に加え二重に不安と恐怖に陥れることになるということです。日本軍占領時代のことを習った若い方にも自衛隊が来ると聞いて、日本の再侵略の恐怖を感じる方もいらっしゃるかもしれません。そのような懸案があることにどれだけの日本人は気づいているのでしょうか。真に日本はまだ、インドネシアを含む東南アジア諸国の信頼を得られていないのです。憲法9条改正をはじめ、平和主義に逆行する軍事国家化への動きがあります。そうした中で今回の自衛隊派遣はどうかと思います。自衛隊でなくても、消防やレスキューでもいいのではないのでしょうか・・・・。とにかく、自衛隊派遣には反対ということで、この記事をエントリーします。
 
少しだけ補記ですが。
問答有用にもポストしました。
 
ジャワ島地震への自衛隊派遣に反対します。
http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=40142&range=1

 
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2006年05月28日

皇居に1世紀眠る「渤海国の石碑」、中国で返還求める声

皇居に1世紀眠る「渤海国の石碑」、中国で返還求める声
http://www.asahi.com/international/update/0528/001.html
 皇居の中に、中国から運ばれた一つの石碑が眠っている。7〜10世紀に東北アジアにあった「渤海(ぼっかい)国」と、唐の関係を伝える史料で、日露戦争後、「戦利品」として当時の日本軍によって持ち出された。中国の研究者らの間でいま、この碑の公開や返還を求める声が出始めている。
 石碑は「鴻臚井碑(こうろせいひ)」と呼ばれ、横3メートル、高さ1.8メートル。713年、唐が渤海国の国王に「渤海郡王」の位を授け、唐と渤海国が君臣関係を結んだことを記している。現在の中国遼寧省旅順市に設けられた。
 日本と直接関係のないこの碑が皇居に移されたのは1908年。防衛研究所図書館収蔵の「明治37、38年戦役戦利品寄贈書類」などによると、海軍によって、日露戦争の激戦地だった旅順から運ばれ、戦利品として明治天皇に献上された。
 それが最近になって、中国の遼寧省を中心に、碑の公開や日中の共同研究、中国への返還を求める声が出始めた。
 遼寧省大連市の政治協商会議(市政の諮問会議に相当)では今年1月、大連大学の王禹浪教授らが石碑研究の促進を求める提案をした。王教授は「多くの人が石碑のことを知るべきだ」と話す。大連日報は3月、石碑の特集記事を掲載。「国宝の返還には団結が大切だ」として返還を求める意見を紹介した。旅順市では石碑の展示館建設計画も浮上している。
 北京の研究者らが04年に設立した「唐鴻臚井碑研究会」(羅哲文会長)の関係者は、「石碑研究での協力を進め、中日友好関係を発展させたい」と話し、性急な返還要求には慎重だが、研究への日本の協力は求めたいとしている。
 中国側の関心の背景には、歴史的な帰属をめぐる韓国との論争がある。中国から見れば、石碑は「渤海国は唐の藩国であり、中国の歴史に位置づけられる」ことを示す物証となる。中韓両国間では、渤海国の前にこの地域にあった高句麗をめぐって激しい論争があり、昨年5月の首脳会談でも取り上げられた。石碑は高句麗論争の有力な材料にもなりうる、というわけだ。
 関係者によると、やはり日露戦争後に朝鮮半島から日本に持ち去られ、靖国神社に置かれていた「北関大捷碑(プックアンテチョプピ)」が、今年3月に北朝鮮に返還されたことも、今回の動きを刺激しているという。
 渤海史を専門とし、99年に石碑を紹介する論文を発表した国学院大栃木短大の酒寄雅志教授は、「渤海という国ができた当時を考えるかけがえのない史料だ。皇居の奥深くしまい込んでおかないで、まずは開放・公開してほしい」と語る。
 宮内庁によると、石碑は現在も「国有財産」として皇居内の吹上御苑で保管されている。立ち入り規制があり、写真の提供に応じることはあるものの、公開はしていないという。返還などを求める動きについては、「そういう報道には接していない」としている。
     ◇
 〈キーワード:渤海国〉 698年から926年まで、現在の中国東北地方とロシア沿海地方、朝鮮半島北部にまたがる地域を領土とした国家(当初の国号は「震」)。「海東の盛国」と呼ばれたが、唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗(紀元前37〜668年)の遺民や、現在の中国・満州族の祖先とされる靺鞨(まっかつ)などによる多民族国家だったため、契丹に滅ぼされた後に継いだ国はなく、自分たちで書いた歴史書も残っていない。「まぼろしの王国」とも呼ばれる。日本とは727年以降、使節の派遣などを通じて、友好関係にあった。

今まで返還されていなかったことが驚き。日清戦争、日露戦争、満州事変、日中戦争などの一連の対中国侵略過程において、日本軍が略奪したり、持ち出した財物はすべて、「渤海国の石碑」とともに返還されるべきである。もちろん、侵略戦争と加害に対する謝罪と反省を添えてね。皮肉なことに皇居ときている。その石碑も可愛そうである。返還されるとともに、謝罪と反省の行動を添えて、碑の日中共同研究とともに、日中友好が花開いてくれればいいと思います。まずは断固返還を!!!
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:58 | Comment(10) | TrackBack(121) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

戦時中の朝鮮人労働者、北海道・福岡で3000人超死亡情報

戦時中の朝鮮人死亡情報、北海道・福岡で3000人超 2006年05月24日20時28分
http://www.asahi.com/national/update/0524/TKY200605240385.html

 戦時中に多くの朝鮮人が徴用・雇用された北海道と福岡県について、朝鮮人とみられる死者の情報が計3057人分にのぼることが、市民団体の調査でわかった。公表されている資料を中心に集計した。日本政府は05年、全国の自治体などから寄せられた868人分の朝鮮人の遺骨情報を韓国側に伝えたが、市民団体は今回の集計結果を踏まえ、政府が把握していない遺骨が多数あるとみて調査態勢の強化を求めている。
 日本人の教員や弁護士、在日本朝鮮人総連合会関係者らでつくる「朝鮮人強制連行真相調査団」が、民間の研究者の協力を得て資料を集め、名前や死亡年月日などを入力し、重複を差し引いて集計した。
 北海道については、戦時下の労働組織「大日本産業報国会」が炭鉱や軍需工場での事故死者らをまとめた「殉職産業人名簿」や自治体史、寺の過去帳など37件、福岡については炭鉱の災害報告書など16件の資料から、朝鮮式の名前の人や、漢字や本籍地から判断して創氏改名された朝鮮人とみられる人を抽出。北海道は2292人、福岡は765人にのぼった。
 北海道では43〜45年の戦争末期3年間で1477人を占めた。死亡状況は多くが不明だが、44年に三菱美唄炭鉱のガス爆発で70人、北炭美流渡炭鉱の坑内火災で25人が死亡した記録があった。福岡では42年に156人、45年に142人が死亡した記録があった。
 日本政府は、04年末の日韓首脳会談での韓国側の要請を受け、日本に残る朝鮮人の遺骨を遺族に返還するため、都道府県や市町村、企業、仏教団体から868人分の情報を集めて韓国側に伝え、実地調査の準備をしている。都道府県別内訳は明らかにしていない。
 調査団の洪祥進(ホン・サンジン)・事務局長は「死亡情報は遺骨に直結するとは言い切れないが、勤務先の企業や付近の寺などを調べることで遺骨にたどりつく端緒になり得る。日本政府はあらゆる情報の活用を考えるべきだ」と話す。
 調査団がまとめた名簿は「朝鮮新報」や市民団体「強制動員真相究明ネットワーク」のホームページに掲載される予定。
 外務省北東アジア課は「重視しているのは遺骨の所在情報だ。これまでに得られた情報について調査、返還が済んでから、民間団体から提供される情報の活用方法を考えたい」と話している。
朝鮮人強制連行犠牲者の名簿公開、朝鮮人強制連行真相調査団 [朝鮮新報 2006.5.26]
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/01/0601j0526-00001.htm
北海道−犠牲者名簿(PDF)
福岡県−犠牲者名簿(PDF)
●朝鮮人強制連行犠牲者の名簿公開に際して
 今回の名簿公開は、南北朝鮮と在日の数十万人とも言われる朝鮮人強制連行犠牲者の遺族に情報を伝えるために行うものである。
 戦後60年を経た今も、日本政府は、一部を除き強制連行犠牲者遺族に、「遺骨」返還はもちろんのこと「死亡通知」も行っていない。その結果、遺族は子孫の代になっても、日本に対する「恨(ハン)」が解消されず引き継がれたままになっている。
 日本政府は、2005年から朝鮮人強制連行犠牲者の遺骨調査を行うために@都道府県と指定都市、A関連企業、B全日本仏教会に「朝鮮半島出身者の民間徴用の遺骨調査情報提供依頼」を送付した。同年5月、日韓両政府は今回の調査を@人道主義、A現実主義、B未来志向の三つの原則に基づいて取り組むとし、9月28日に日本政府は遺骨関連情報を868件(乱詳細非公開)を確認したとの調査結果を公表した。
 日本政府が、強制連行犠牲者の遺骨調査を行うとしたことは前進とも受止められるが、具体的な対応と調査結果は不十分であり、遺族の思いに沿った「人道的」とは到底言えない。
 朝鮮人強制連行真相調査団は、日本政府に対し、1990年代から強制連行犠牲者の名簿公開等を強く要望してきた。しかし、日本政府は犠牲者名簿すら「プライバシー」保護との理由で非公開とし、今回の遺骨調査開始以降も同様の立場を貫いている。はたしてこれで調査が進むだろうか。(広島、長崎の被爆犠牲者の遺族を捜すポスターは毎年全国の市区町村に張られている。)
 この様な状況から、調査団は既に公開、出版されている資料を始め、多くの関係者の協力(出典及び解説参照)のもと北海道と福岡県の犠牲者約3000人分の名簿を整理し公開することにした。
 もちろん今回公開する名簿は、数十万人と推測される犠牲者のほんの一部であり、また当該地域犠牲者全てを網羅したものではない。
 しかし、強制連行犠牲者の氏名等を一括公表するのは初の試みである。
 今回の名簿公開が、日本国内でこの調査を行っている地方公共団体、企業そして民間研究者等が調査を進める上で参考になれば幸いである。
 日本政府は今回の名簿を含め、さらに多くの犠牲者名簿を保管している。日本政府は、「人道主義」原則を徹底させ調査方法を早急に改善すべきであり、真の「未来志向」的な関係を構築するためにも遺族の思いに真筆に応えなければならない。
朝鮮人強制連行真相調査団 2006年 5月25日

戦後60年たった現在でもこの種のニュースが絶えることはない。この国日本が過去にいかに近隣諸国、国内ではとりわけ朝鮮人らの命を粗末に扱き使ってきたかということだ。この国の歴史は人間としての尊厳も人格も奪われ牛馬のごとく酷使された朝鮮人労働者らの血で染まっていることをわれわれ日本人は忘れてはいけないでしょう。戦争責任を清算し、大日本帝国の罪を償うまでは日本にとっての第二次世界大戦はまだ終結しません。

posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:21 | Comment(5) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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