2006年02月13日

チベット偽装の十年 木村肥佐生著 スコットベリー編 三浦順子訳にみる日帝悪part4

 part3の続きです。
木村氏は実務を行いながらも勉強を続ける時間がたっぷりありました。たまたま訪れる巡回獣医を除けば、日本人は興亜義塾の同期生・長坂芳治氏ひとりだけでした。ただし、どちらかが休暇に出ているか、実験農場の離れた場所で去勢や交配の監督をしなければならなかったので日本語で会話する機会がなく、いやでもモンゴル語が上達するほどでした。農場には、馬、ラクダ、牛、羊の群を管理する遊牧民の6家族が住んでいました。しかし、その誰もが過酷な運命にあい、家畜の数が少なすぎて税金が納まられなかった人々ばかりで、旗の事務所は農場にいる木村氏らにその人らを押し付けたのでした。木村氏は無用とされた土地と人々を受け入れ、2つを組み合わせて生産隊をつくりだし、動物を管理していました。
 実験農場で日々を送る中、事件が発生します。p31〜32より引用

 
そうした人々とはべつの経緯をたどってこの農場に現われた男もいた。彼は後に私のモンゴル人の親友の一人となり、後の旅の道連れになった。男の名はダンザンハイロブ、縮めてダンザンといった。彼は一種の政治犯としてこの農場に抑留されていたのである。これは善隣協会が軍部と鋭く対立した事件のひとつであった。
 ダンザンは包頭の北にあるバダゲル(五当召)・スム(スムとはモンゴル語で僧院、廟のこと)という大廟の僧侶だったが、親孝行の彼は母親のたっての願いをかなえるために僧院を離れてラサへ巡礼へ出た。何年かの旅の後、2人は廟に戻ってきたが、すでにひどく老いていた彼の母は新たな願いを抱き始めていた。故郷東モンゴルに戻って死にたいというのである。孝行息子は母親と連れ立って再び旅に出た。自分は馬に、母親を自分の引く荷車に乗せて。しかし道中彼は日本の特務機関に外モンゴルのスパイの容疑をかけられ、逮捕されてしまったのである。
 たまたまダンザンの子供時代の親友であり、西スニット旗のすぎ北にある僧院に住んでいたドルジが、親友の苦況をききつけて善隣協会のスタッフに泣きついた。ドルジはラサ近郊のデプン僧院で12年間学んだ経験をもつ老僧で、語学学習のために僧院に派遣された若い労働者と親しい仲になってから、善隣協会のスタッフにはよく知られた存在になっていた。彼の訴えは暖かく受理され、善隣協会は石頭の軍部をだだめすかし、時には議論をふっかけて、ダンザンの身柄を保証してなんとか実験農場にひきとることに成功した。長坂氏と私が農場にやってきた時には彼はすでにここにいた。


 実験農場は蒙古善隣協会が管理していました。善隣協会と軍部が対立することになるという記述はp16〜17で見受けられました。引用しますと

 
張家口は万里の長城ぞいの、ほとんど木の影のない荒涼たる峡谷の中にあり、砂塵混じりの風が常に吹きつけている。初めて見たときは、僻地のうち寂しい駐屯地という印象だったた、ここに住む日本人がこの町を気に入っていると知ったときには驚いたものである。その後、4年間にわたってこの町は私の都会生活の基盤となってくれた。半年おきの休暇もこの町で過ごした。私たちの訓練の任にあたる「蒙古善隣協会」の本部もここにあった。善隣協会は、表向きは民間機関で(ただし、興亜院から財政補助を受けていた)、鉄道ぞいに多くの学校や病院を、また北方、内モンゴルの草原にもいくつもの実験農場を経営していた。
 ある意味で善隣協会は後の平和部隊やUSAIDのような米国の団体と比較することもできるだろう。会員の多くは私のように若く、多少ロマンチックで、少なくとも最初のうちは、信じられないほど純真で理想に燃えており、満州やモンゴルなどにたむろする普通の若い民間人とは大違いだった。この地にある青年の多くはできるだけ手っ取りばやく大金をこしらえ、その大部分を歓楽街につぎこむことに熱中していた。学校や病院を設置したのも、日本のイメージ改善以外のなにものでもなかったが、協会に勤務するものの大半は地元の人々と深い絆を培い、結果として軍部と対立することになった。


p16の段階では「結果として軍部と対立することになった」という意味深長な語句の背景は示されていませんでしたが、p31〜32の引用をみれればみえてくると思います。善隣協会とはいっても軍部の機関である興亜院から財政補助を受けており、実質は民間団体ではなく、蒙古における日本の侵略に加担した機関であるわけです。"善隣"とはついているものの、ちっとも善隣ではなく、遊牧民などを利用して、無駄な羊などの動物をつくって、軍需物資を生産し、侵略遂行努力のために尽くす大日本帝国と一体となった組織だと思います。学校や病院を設置したといっても、大日本帝国に対する住民の支持を取り付け、結果的に効率よく日本軍の戦争に動員する軍部の宣撫上の目的の一部分を担ったにすぎません。しかし、日本軍の侵略遂行のための組織である善隣協会とはいえ、軍部と対立する結果となったのは、軍部が石頭すぎて、要求が過大だったということと、もう一方で住民と草の根で交流し、深い絆をもつにいたった人々がいっぱいいたこと、生の占領地民衆の声に接することで軍隊組織や当時の一般の日本人には養いにくかった良心・良識をもてたことにほかならないと私は考えます。

p32にはまた大日本帝国が外モンゴル侵略の目的をもっていたことを示す記述が現われます。
 
さほど 遠くない外モンゴル避難民部落も新たな友人を作るのに適していた。日本人はこうした外モンゴルからの避難民に対してきわめてよくしてやっていた。彼らの故郷を侵略する計画をもっていた軍部は、彼らを協力者として用いるつもりだったのである。軍部はまたモンゴル人民共和国によって禁じられたモンゴルの最高位の活仏ジェプツンダンパ・ホトクトの転生者捜索計画に資金を提供していた。この地域で働いていたおり、私はよく生粋の外モンゴル方言を楽しむためにこうした部落に馬を走らせたものだ。


続いてpart4に移りたいと思います。part4では農場での日々を過ごすうちに、モンゴル人の利権と日本軍の利権が合わないことにうすうす気づいてきます。日本軍の内モンゴルでの侵略ぶりの一端がだんだんと明らかになってきます。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 13:25 | Comment(7) | TrackBack(1) | 書籍などにみる日帝悪および書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
というか、妄想ばかりですね。
Posted by 通りすがり at 2006年02月13日 14:46
というか、あんた、チベット偽装の十年 木村肥佐生著だけが根拠というわけではないでしょうね。日本は内モンゴルを侵略したわけではなく、解放したわけなの。偏向したソースばかりもってくるじゃないよ。
Posted by 通りすがり at 2006年02月13日 14:50
お前自身の罪の告白と謝罪を要求する
2ちゃんねるでどれだけ非常識な事をしたか
忘れたとはいわせんぞ!!
Posted by N.N.LC33100 at 2006年02月15日 00:06
N.N.LC33100さま、2ch右翼の方でしょうかね。
>お前自身の罪の告白と謝罪を要求する
2ちゃんねるでどれだけ非常識な事をしたか

罪と告白、覚えがないですね。

>通りすがり
馬鹿な右翼は消えてください。あきらかでしょう。内モンゴルを侵略したことは
Posted by 右翼討伐人 at 2006年02月15日 01:19
 何でも「日本のせい」にしないと気がすまない性質ですね、あなたは。
 それでは「チベットが中国に侵略されたのも日本のせい」ですか?随分電波的発想ですね。
 貴方のようなチャイナチスシンパがいるから、中国政府は心置きなく民族浄化政策を続行できるのですよ。せいぜいこれからも被害者妄想むき出しでネットの道化師を目指してください。
Posted by KY at 2006年06月02日 21:33
       ☆ チン            
 ☆ チン  〃 ∧_∧   /癡所の右翼討伐人チャソ
  ヽ ___\(\・∀・)<2チ ヤ ソ ネ ルで他人のメ ア ド晒した謝罪まだー ?
      \_/⊂ ⊂_)_ \____________
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
   |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|  |
   | H A N 板人  .|/
数万円もする研究室の実験器具を壊した事を隠蔽しようとした癖に自からHAN板でバラして罵倒嘲笑を浴びた。

他人のメ ア ドを本人の許可無くHAN板で晒し、スレ住人にたしなめられたが開き直って削除依頼もせず逃走した。

2TIYANNELUの理系板で日本軍悪口雑言板スレ立てをして沈着冷静、頭脳明晰な住人の罵倒嘲笑を浴びた。

2TIYANNELUの海旅板で日本の加害情報求む等と馬鹿なスレ立てをして総スカンを喰らった挙げ句スレストされた。

HAN板で(さば)を(こい)と読んで無知文盲がばれて祭りになった。

理系大学の学生でありながら本を買ったのがたった二冊だけだと平然とほざいてHAN板でスレ住人にあきれられた。

南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記のHAN板住人に全く歯が立たず泣き言を吐いて逃走した。

HAN板で意気揚々とソースに「半月城通信」を引用して大爆笑になった。

自分の専門分野について質問された時に錬金術の如き化学反応式を並べて文系住人さえ絶句させた。

鬼女板と恐れられる既婚女性板にカキコして百戦錬磨一騎当千の鬼女板住人に粉砕されて逆上、「お前らなんて一生結婚出来ないぞ!!」と
既婚女性板住人が化石するしかない捨て台詞を吐いて逃走した。

就職の面接で担当者が一文字姓だった為、勝手に在日朝鮮人と決めつけ、得意満面でこの自慰ブログの如き電波左翼妄言を吐いて見事に落ちた。

民団の掲示版に日本の悪口を書いて賛同を求めたが逆に門前払いを喰らって唖然とする程の癡所ぶりをオチされて侮蔑と嘲笑を浴びた。
Posted by at 2007年10月17日 08:52
痴藷烏討伐人の考え方は、従来は「自虐史観」と呼ばれていたが、実は私はこの言葉に違和感があった。
何故ならば、痴藷烏討伐人は自分を除外して考えているからである。「自虐」というのは文字通り自分や自分を含めた集団を指す概念であるが、
このような考え方を行う人たちは形式的には「日本人」という集団の一構成員として「反省」したり「謝罪」したりするものの、
本心では自分はその構成員ではないと考えている。
仮に、本当に自虐的で何にも心を痛める人なのであれば、日本軍の「悪事」についてのみならず、
自分や自分が属する会社及び集団などの「悪事」についても言い訳をせず、反省・謝罪をするはずである。しかしながら、現実はそうではない。
例えば、朝日新聞販売店の従業員が犯罪を犯した場合は、「弊社と取引関係のある販売店の従業員が
このような犯罪を犯したことは真に遺憾であり云々」と、自社とは関係がないことを強調する。
社民党も又市幹事長の女性スキャンダルに関して、「全くの事実無根でわが党に対する誹謗中傷するための云々」と防衛体制に入る。
ここには、自虐的な傾向は全く見られない。彼が本当に自虐的ならば、いかなる言いがかりであろうと「全部自分が悪いんです。
申し訳ございません。生まれてすみません」的な対応が見られるはずである。しかしそのような対応は全く見られない。
ところが、日本の「悪事」となると、捏造・隠蔽・拡大解釈・誇張などあらゆる手法を駆使して日本を責め立てる。
しかも、「日本人として」反省したりお詫びしたりする。ここが非常に厄介な部分である。
何せ、「お前いい加減なことを言うな。証拠を出せ」という主張が効かない。
「日本人として」勝手に相手側の立証責任を免除しちゃうからである。また、「名誉毀損だ」という主張も無効である。
「日本人として」日本を悪く言ってるだけなのだから、「自らの名誉を放棄して何が悪い」となるのである。
しかし、何となくモヤモヤする。腑に落ちない部分がある。これは、形式と実質を分離して考えることでスッキリする。
通常は形式と実質は一致しているので、何ら問題にならない。
例えば、又市幹事長は社民党の党員・幹部という肩書きを持っており(形式の問題)
自らも組織の一員として行動している(実質の問題)。
このように形式と実質が一致している場合には、又市幹事長及び社民党に対して何らかの不利益が生じる可能性が出ると防衛体制に入る。
ところが、又市幹事長は日本の国籍を持っているし「日本人として」と発言する(形式の問題)が
本音では「日本人」とは思っていない(実質の問題)。
じゃあ痴藷烏討伐人は自分を何だと考えているかと言うと、

「正 義 の 日 本 人 」と い う カ テ ゴ リ ー に 属 す る 人 間 だ と 考 え て い る の で あ る。

日本人を悪と正義に分けた上で、自分は正義の側に立つと考えている。
正義と言うカテゴリーに属する人間が悪と言うカテゴリーに属するを非難しているのだから、自分は痛くも痒くもない。
痛くも痒くもないので「関与」という抽象的な言葉で責任を追及するし、「犯罪をしていない証拠を出せ」という無茶な注文も付ける。
しかし、「自分は正義のカテゴリーに属する人間だ」とは明言しない(良識派という言葉にこれが現れるが)。
「同じ日本人として反省します」とは言うものの、実態は「他人」を批判しているだけ。
しかも、「他人」を批判すればするほど自分の相対的な正義度がアップするので、これはとてつもない快感を生み出す。
これはいわゆる差別と構造的に全く同じことが分かる。
「あいつは被差別部落の者で卑しい身分だ」と言い立てることで、自分の相対的な優位性を確認し安心する。
「あいつは戦争を反省しない悪い日本人だ」と言い立てることで、自分の相対的な正義度を高める。本質は何にも変わらない。
しかし、ただ一つ違うことがある。
被差別部落の者は形式的にも実質的にも被差別部落の人間であり、また同じように被差別部落以外の者は
形式的にも実質的にも被差別部落に属さない人間である。
つまり、部落以外の人間が部落の人間を悪く言っていると言う構造が、誰の目にもに明らかなのである。
従って、被差別部落の立場からは「俺たちを差別するな」という声が有効となる。
一方で「自虐史観」の場合は、外形的にはあたかも日本人が反省しているというように見える。
しかし、実質的には「全部あいつが悪いんです。私は悪くありません。『関与』したので責任があるのは間違いありません。
言い訳はさせません。私が封じ込めます。だから、私は悪くありません」という類の話であり、自虐でもなんでもない。
こういうのは、単に「なすりつけ」という。
これは、構造的には部落差別と全く同じ話なのであるが、形式的には「日本人が日本人として反省している」だけなのだから、
差別として捉えられないところにタチの悪さがある。「てめえ証拠も無いのにふざけたことを言ってるんじゃねえ!」と言おうものなら、
「日本人が一人の日本人として反省することの何がいけないのでしょうか」とのたまう。
しかし、これが本心でないことは既に述べた通り。
こういった問題を「自虐史観」と表現することは形式に着目したモノであって、本質を表現しているとは言いがたい。
実は、そこに日本人の陰湿な差別意識が隠れているわけであり、「差別反対!!」とうるさい
痴藷烏討伐人ほど実は一番差別的な人間なのである。そこで、これを痴藷烏討伐人に自覚させるために、
今後は「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」と呼ぶことにしたい。
少々長ったらしいのでもう少し短い言葉があればいいのだけど、代わりの言葉が見つかるまでは、
「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」もしくは「差別的なすりつけ解釈」という用語を使用したい。
差別問題で痴藷烏討伐人がよく言うセリフに、「差別問題は、差別される側がどう感じるかの問題だ」というものがある。
従って、痴藷烏討伐人に「我々は差別などしていない」などという言い訳は通用しない。
痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない。
Posted by 痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない at 2008年04月28日 20:35
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