2010年10月11日

「中国は沖縄の主権を求めよ」、香港有力誌も強硬論/日本政府は琉球処分の無効を認め、過去の歴史清算の流れの一部として沖縄独立を認めよ。

「中国は沖縄の主権を求めよ」、香港有力誌も強硬論
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101005-00000080-scn-cn
 尖閣諸島周辺の日本領海を中国漁船が侵犯した問題に絡み、香港の有力誌・亜州週刊(10月3日号)は、巻頭のコラムで、尖閣諸島(中国名、魚釣島)問題の発端は米国が施政権を勝手に譲ったのが原因だとして、中国は沖縄の主権を主張せよとの自社の意見を掲載した。

 中国では、有力紙、環球時報が9月、沖縄はもともと日本の領土でないとする記事を掲載するなど、中国が主権を主張できるかのような強硬論が相次いで出現している。香港誌もこうした主張に追随したものといえそうだ。

 亜州週刊によると、尖閣諸島は歴史資料から中国の領土であることは疑問の余地がないが、米国が第2次大戦後の圧倒的な力を背景に沖縄とともに日本に管轄権を移した。尖閣諸島の主権を争うなら、沖縄の主権の帰属についても合わせて議論すべきだという。

 同誌は「これらの島が戦後、米国と日本が勝手に主権を授受したという事実を世界に知らる必要がある。併せて米国に対し、沖縄の管轄権と主権を中国に返還するよう要求しなければならない。そうしてこそ歴史の正義に適う」と主張した。(編集担当:中岡秀雄)



また、ネトウヨどもが騒ぎ立てているが、根本的に尖閣のついでに、琉球の帰属についてもあわせて議論するのは間違ってはいないし、この香港誌の主張は的外れではなく、正当なものです。

http://ryukyushimpo.jp/mobile/r.php?t=11&n=156743より
日本側の主張する「既成事実の積み重ね」に対し、琉球がどのように抗してきたか。1879年の処分官来琉による首里城での廃藩置県布達、首里城の明け渡しを命じたことなどもある。琉球士族の一部が清国に救援を求めている。この点を含め、さらなる研究の深化を求めたい。

この記事を取り上げたついでに、過去の歴史清算において沖縄、すなわち琉球というのはどういうものであるかというのを考察したい。琉球の士族が清国に救援を求めてきたように、琉球国上流を含む琉球の人々は日本よりも清国への帰属意識が強く、反発したという歴史的事実を無視することがあってはなりません。清国への進貢使派遣を行っていたり、清国年号を使用していました。沖縄の帰属、もちろん、独立を含む議論が尖閣問題で解決されなければならないことです。
1972年の廃藩置県に遡り、明治の大日本帝国政府は琉球王国を廃止し、変わりに琉球藩を設置しました。当然清国および琉球の人々の反発を引き起こします。
琉球についてはさらに宮古島民遭難事件があり、漂着した琉球島民を台湾の原住民が殺したと因縁をつけて、台湾に出兵し、その殺害された宮古島の島民を日本国民だと認めさせ、賠償金を支払わせることで、間接的に琉球を大日本帝国のものだと清国に認めさせようとしたが、完全には決着に至らなかった。その後、琉球藩を武力によって強引に廃止させ、沖縄県を設置して強引に施政権を奪い取り、琉球処分を完結させるも、大日本帝国が強圧な同化政策や強引に併合(琉球処分)を決めたことへの民衆の反発は強く、抵抗運動があり、密かに大日本帝国支配化の琉球を脱出して清国へ嘆願する動きなどがあり、清国および琉球の民衆と大日本帝国の間で激しく火の粉が飛び交い、問題はずっとくすぶり続けていました。
最終的には日清戦争の勝利をもってして、琉球が大日本帝国への帰属が決定したことを考えれば、大日本帝国が日清戦争という侵略戦争で強奪した領土という点で台湾と琉球はまさに同格の存在であると言えるでしょう。
琉球処分以後、朝鮮半島への侵略を進め、
甲午農民戦争への鎮圧を口実とした出兵、日清戦争という流れを考えれば、琉球処分というのは、朝鮮、台湾、中国、アジア太平洋戦争といった近隣諸国・地域への侵略プロセスの一貫であり、もはや法的に無効です。
1945年8月の敗戦により、ポツダム宣言には、大日本帝国が武力による侵略によって略取した地域の返還・放棄が規定されていて、朝鮮半島や台湾、サハリン、南洋諸島、占領したアジア太平洋地域といったすべての植民地、委任統治領、占領地の放棄が行われました。それは日清戦争に遡って、領土と勢力範囲を放棄したことになるが、当然そこに琉球(沖縄)は含まれるべきです。
アメリカの戦後の占領政策によって日本の領土になっているだけであって、過去の歴史の清算の一貫として、琉球王国の強引な廃止、琉球藩の設置を含む一連の琉球処分の過程を見直し、琉球への植民地支配や沖縄戦での虐殺への謝罪や賠償を含めて、過去の加害歴史の清算の流れとして琉球処分の無効と沖縄の琉球国としての独立がなされるべきなのです。私はそれについての異論は許されないと思います。過去の琉球の植民地支配や沖縄戦で日本軍の犠牲になった琉球の被害者やそして犠牲者の魂をセカンドレイプすることになるからです。もう私の書いたことを読んで、右翼以外の日本人の人々には考えて欲しいと思います。

posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:21 | Comment(7) | TrackBack(0) | 日々の雑感ならびに考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本軍が朝鮮人の人肉を食べた・・・マーシャル諸島朝鮮人虐殺事件

日本軍が朝鮮人の人肉を食べた? 韓国では「絶対に許せない!」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101006-00000014-scn-kr
 日本の植民地時代にマーシャル諸島に強制動員された朝鮮人たちの被害調査の結果が明らかになり、注目を集めている。韓国の複数メディアは「朝鮮人たちが日本軍による『人肉食用事件』に集団抵抗し、無差別に虐殺されたことが政府の調査で初めて確認された」と伝えた。
 韓国の「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会」のオ・ビョンジュ委員長が5日、3年間の調査を経て「ミリ環礁朝鮮人抵抗事件と日本軍の弾圧真相調査報告書」を公開した。
 報告書によると、太平洋戦争末期の1942年に約1000人の朝鮮人がマーシャル諸島に強制動員された。1944年の6月から米軍の攻撃による食糧不足の中、朝鮮人120人が監視目的で派遣された日本軍7人を殺害した事件が起きた。報告書では、朝鮮人たちが日本軍に抵抗したのは「日本軍が朝鮮人を殺害し、その肉を食べていたのが原因だ」と主張。
 事件発覚後、日本軍は100人あまりの朝鮮人を虐殺した。生存者の証言によると、当時日本軍が飢餓に苦しんでいる朝鮮人たちに「鯨肉」を食べさせたが、数日後に近所の無人島で肉が残酷にえぐられた朝鮮人たちの死体が発見されたという。
 研究委員のゾ・グォン氏は、「抵抗事件の発端になった『日本軍の人肉食用事件』は実質的な証拠はないが、状況資料と証言を元に事実だと判断できる」と説明。「日本軍の人肉食用事件」は、日本軍が飢餓状況と米軍に対する恐怖、戦争ストレスが重なって犯した蛮行だとの見方を示した。
 同件について、韓国のネットユーザーらは「本当に衝撃的だ。言葉が出てこない」「過去の歴史は許すものの、忘れてはならない」「心底から許せない国があるならばそれが日本だ」などの反応を見せている。(編集担当:永井武)


太平洋戦争で日本軍が朝鮮人に人肉与える=韓国が報告
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101006-00000012-xinhua-int
【新華網 北京】韓国政府は5日、第二次世界大戦中に日本軍によって太平洋のマーシャル諸島に強制動員された朝鮮人が、人肉を食べさせられていたことに反抗し日本軍に虐殺されたとの調査報告を発表した。
 韓国の対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会が2006年から調査を開始し、同報告書をまとめた。
 報告によれば、日本軍は1942年、飛行場など軍事施設を建設するという名目で、朝鮮人労働者800〜1000人をマーシャル諸島のミリ環礁に強制動員した。ミリ環礁は人口の増加と、米軍による孤立化作戦により、44年以降は食糧不足の状態が続いた。
 生存者の証言によると、日本軍人が45年初頭にクジラの肉を朝鮮労働者に与えるようになった。しかし、朝鮮人に行方不明者が続出していることに気づいた一部の労働者が捜索後、肉をえぐり取られた朝鮮人の死体を発見した。そのため、人肉をクジラの肉といつわって与えられているのではないかと疑うようになったという。
 報告によると、1945年2月28日、約120人の朝鮮人が日本人によって殺害され、その翌日にさらに約100人が銃殺された。生き残った数十人がその後、日本軍の虐殺行為を明かした。報告はこの虐殺について、朝鮮人労働者が食人行為に反抗したことが原因だとまとめている。
(編集翻訳 松尾亜美)

マーシャル諸島における朝鮮人軍属の反乱と、朝鮮人・島民の虐殺について
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/13729151.html
でこの種の事件を取り上げましたが、また別の事例なのでしょうか。ともあれ、こういうことは、マーシャル諸島に限らず、朝鮮人が強制動員された南の島の各地、恐らくミクロネシアやソロモン諸島などでも間違いなく発生したことでしょう。

西部ニューギニア戦線・川上政記マノクワリ〜イドレ転進作戦証言(1)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/201010/article_9.html

昭和19(1944)年7月、制空権・制海権を完璧に失ったニューギニア島の日本軍。ホランジア(現ジャヤプラ)、ワクデ島、サルミそしてビアク島、ヌンホル島へ飛び石上陸で日本軍を玉砕に追い込む連合軍。ヌンホル島への敵軍上陸を機に、マノクワリ(Manokwari)に司令部を置く第2軍(豊嶋房太郎中将)は、在マノクワリの兵力のおよそ半数を南部のイドレ(Idore)へ転進させた。その数約1万2千名。
 第2軍参謀長の藤塚止戈夫(ふじつかしかお)中将発案とされる、このイドレ転進は、結果的に"飢餓地獄"への無意味・無慈悲な敗退行軍となった。一週間で到達できるとされた距離。しかし、実際には2〜5ヶ月を要した。木の根を齧り、泥水を飲んだ将兵。戦わずして、1万数千もの将兵が草生す屍と化した。
連合軍が"緑の地獄"と称した、深いジャングルと熱帯病が"敵"の行軍。次々と斃れる将兵。一方、藤塚中将は、持病の痔の手術を理由に、同地からセレベス経由ジャワ島へ、当時の状況下では"破格の"航空機を使っての脱出。残された将兵は、藤塚中将を恨みに恨んだと言われている。

(略)
 転進途中、隊長の藤井啓太郎中尉らは、敵軍の海上からの銃撃を受け戦死。さらに、小隊長の藤田福太郎少尉も地元住民から攻撃を受け、自活していた農園で戦傷死。165名中、戦後祖国へ復員できた者は僅か10名。転進途中、“喰うか喰われるか”の“人喰”が、日本兵と異人種間で頻発した。人肉食の真相に迫る赤裸々な証言 
イドレ到着以前、数ヶ月間を過ごした、地元住民から奪った農園で自活生活を送っていた頃、第14師団海上輸送隊(元独立工兵第22連隊)第1中隊(芝崎中尉)所属の小田切重徳伍長と仲矢辰巳兵長が、農園直下の浜辺に到達。川上軍曹は、この両名を農園での共生に誘った。現在山梨県甲斐市に暮らす小田切さん(89歳)は、その著『白骨街道 死の転進』の中で、この邂逅を生に導いた幸運と記している。

このように、人肉食というのは、日本軍が占領していたアジア・太平洋地域の各地で存在していました。現地の人の畑や農園を奪うわ、人肉を食べるわで、傍若無人のやりたい放題をやっていたのです。その根本の原因を突き詰めれば、将兵たちをそのようなあらゆる良心や感情うを奪い非人間的な殺人マシーンと仕立て上げ、無知、無計画、無謀な侵略戦争を遂行し、飢餓・餓死地獄へと追い立て追い詰めた大本営および天皇を含む大日本帝国ファシスト体制にあるわけです。しかし、どういう理由があれ、現地で日本軍の将兵という立場で、現地の人や強制動員された朝鮮人を殺害し、その人肉を食べて上、反抗した朝鮮人や現地の人を殺害したり、虐殺したということには変わりありません。
このような事件が戦後65年も経っても尚、こういう事実がでてきて取り上げられる現実を考えなければなりません。この記事にでてくる凄惨な人肉食や虐殺の現場から生き残った生存者を徹底的に咎めて、その加害事実を否定している右翼どもが現に存在していますが、そういう右翼どもを撲滅すると同時に、、生き残った被害者の人々の苦しみや悲痛に思いを馳せ、過去の加害歴史の認識と贖罪の気持ちをもち、1日も早い過去の加害歴史の清算に向けて徹底的に邁進する。
これが今の日本政府や日本社会、日本人に求められることだと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 19:15 | Comment(23) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

植民したかったみたい(BlogPet)

きょう右翼討伐人と、植民したかったみたい。

*このエントリは、ブログペットの「右翼討伐犬」が書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 07:37 | Comment(3) | TrackBack(0) | BlogPet用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

障害者郵便割引不正・証拠品改ざん、主任検事逮捕

クローズアップ2010:障害者郵便割引不正・証拠品改ざん、主任検事逮捕
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20100922ddn003040023000c.html

◇特捜の都合、優先か

 ◇「改ざん」ずさんに

 大阪地検特捜部に逮捕、起訴された厚生労働省の村木厚子元局長(54)に無罪判決が言い渡された障害者団体向け郵便料金割引制度を巡る「郵便不正事件」で衝撃的な事実が判明した。捜査の主任検事による「証拠改ざん」。押収したフロッピーディスク(FD)の記録を、捜査側に都合のいいように書き換えた疑いがある。なぜ「6月8日」に改ざんしなければならなかったのか。【日野行介】

 大阪地検特捜部は昨年5月26日、厚労省元係長、上村勉被告(41)のパソコンのFDを押収した。主任検事だった前田恒彦容疑者(43)は同7月13日、このFDデータに残され、上村被告が実体のない障害者団体「凜(りん)の会」(解散)に渡すための偽証明書を作成した記録を改ざん。最終更新日時が「04年6月1日午前1時20分」となっているのを「6月8日午後9時10分」と変えた。

 04年当時、「凜の会」は、障害者団体向けの郵便料金割引制度を利用し、低額で郵便発送しようとしていた。04年6月8日、凜の会は郵便局に承認請求をしたが、厚労省の証明書がなく、請求が通らなかった。上村被告が作った偽証明書は「凜の会」に渡り、同10日、郵便局に提出されていた。偽証明書の日付は5月28日。特捜部はこれらをつかみ、凜の会発起人の河野克史(こうのただし)被告(70)=1審有罪、控訴中=を追及。河野被告から「急きょ凜の会代表に、証明書を発行するよう厚労省の村木課長(当時)に要請させた」という供述を得た。

 これらのことから特捜部は(1)6月8日に村木元局長が凜の会代表から要請を受け(2)その日、上村被告に5月中の日付で証明書作りを指示(3)上村被告は夜にパソコンで作って翌日、村木元局長に渡した−−との「ストーリー」を描いたとみられる。上村被告が1週間前の6月1日に証明書を作ったという事実は、凜の会の動きと時間的にずれ、特捜部には都合が悪かった。

 しかし、改ざんまでしたFDは証拠として法廷に提出されず、改ざん3日後の昨年7月16日に上村被告に還付された。一方、改ざん前のFDの記録は「捜査報告書」(昨年6月29日付)に添付され、弁護側に証拠開示された。捜査報告書は、検事ではなく特捜部の事務官が作った。改ざん前の真のデータが表に出た理由は謎だ。

 昨年7月4日の起訴から間もない同16日に改ざんしたFDを上村被告側に還付した理由も不明。上村被告の弁護人も「普段はなかなか還付されない。何か意図があったのか……」と首をかしげる。

 結果、二つのデータが存在することになり、ずさんな改ざんは「効果」を発揮しないだけでなく、検察を大きく揺るがせる事態に。謎は多いが、検察側に不都合なデータをごまかす意図があったことは否定できない。一転して「検察の犯罪」が問われている。

 ◇捜査を巡る主な検察の不祥事◇

93年11月 ゼネコン汚職捜査で、静岡地検浜松支部検事が参考人に暴行し懲戒免職。特別公務員暴行陵虐致傷容疑で逮捕。有罪確定

94年 6月 東京地検検事が参考人に暴行したとして停職3カ月の懲戒処分を受け、辞職

   10月 東京地検検事が取り調べ中の茨城県つくば市議に暴行し、停職3カ月の懲戒処分。辞職

98年 6月 新潟地検検事正が親族の税務調査をめぐり税務署長に抗議文提出。戒告処分を受け辞職

01年 3月 福岡地検次席検事が、福岡高裁判事の妻に対する捜査情報漏えい疑惑で停職6カ月の懲戒処分を受け辞職。情報漏えいは不起訴

02年 5月 大阪高検公安部長が暴力団関係者から接待を受けた見返りに捜査情報を漏らしたとして収賄容疑で逮捕される。実刑判決確定

05年 1月 知人の被告に内部文書を渡した宇都宮地検事務官が停職1カ月の懲戒処分を受け辞職

    9月 偽造した電話聴取書を裁判所に提出したとして長岡区検事務官が減給の懲戒処分

07年 5月 緑資源機構の官製談合事件で、東京地検特捜部が公正取引委員会から借りた証拠品紛失。担当検事は戒告の懲戒処分


時事ネタをこの機会にひさびさに取り上げてみました。この障害者郵便割引不正の冤罪事件で、FDの日付を都合のいいように改竄したことが発覚したのも氷山の一角でしょうね。日本の警察や検察は腐りきっていますね。
絶対不可視の密室の中で、都合のいいように虚偽の自白供述を強制されたりして冤罪事件がつくりだされてきたことは幾多となくあります。飯塚事件のように冤罪にあるのでも関わらず、死刑が実行されてしまった例もある。冤罪の疑いが判明したことを含めて、氷山の一角に過ぎず、刑務所の囚人の中には冤罪で泣いているいる人もたくさんいます。自白の強要に留まらず、足利事件のように精度が曖昧で何の証拠としてなし得ない当時のDNA鑑定を都合がいいから、証拠として採用されたりしまった。逆に、警察や検察の描くエピソードに都合が悪いからという理由で、葬られた証拠も多数あるのでしょう。今回は証拠の改竄(この証拠は裁判では採用されずに、逆に改竄がばれると二重に都合が悪いので隠蔽されたが)という事態。この国の警察や検察、司法は心底腐っていて、とても信用できたものではありません。
この一連の証拠を改竄を含む、自白強要、その他モロモロの冤罪や不祥事の数々は、警察や検察、司法、いや、日本政府や日本社会に悪性腫瘍のように強固な根を張って巣食う大日本帝国時代からの伝統です。
大日本帝国が敗戦し、ポツダム宣言受諾を決定した直後から、天皇や軍、警察・内務省、外務省などの機密文書などが焼却され、素早い証拠の隠滅にかけては大日本帝国に勝るものはありません。証拠のたんなる隠滅に留まらず、歪曲した報告書をでって上げたり、事実そのものを改竄したり、あるいは偽装工作を行って戦争犯罪を誤魔化そうとしたことは、大日本帝国およびその植民地、占領地の各地で行われました。
バハル島事件が有名ですかね。バハル島では、慰安婦狩りやただ同然でタバコなどの作物を供出させたりしたことが反発を買っていたが、日本軍の嘱託が村長を殴打したことがきっかけとなり、その村民が嘱託を殺し、日本軍の見張り所を襲うということがあった。日本軍が討伐に向かい、村民たちは山へ逃げ込むが、日本軍の呼びかけに応じて山を降りた。ところがその村民たち400〜700人を銃殺した。これがバハル島事件です。
戦後、戦犯追及を恐れた日本軍は、帰順した村民をその場で射殺したという報告書を、村民による計画的な蜂起事件であり、先頭に巻き込まれて多くの村民が犠牲になったかのように作り変えた。その結果、戦犯裁判にはかけられなかったというわけです。
あくまで今回の障害者郵便割引不正事件の証拠改竄等を含むすべての不祥事、冤罪事件は氷山の一角です。中国漁船が海保巡視船に衝突した事件だって、本当に中国漁船側が故意に当ててきたかどうか怪しいです。海保側は証拠映像があると言っていますが、いまだに出してこないでしょう。もしかしたら、今も証拠映像の捏造編集作業の最中なのかもしれません。海保自体、悪しき大日本帝国海軍の出自で、国土交通省所属ですが、事実上海上自衛隊と変らない軍隊組織ですからね。大日本帝国の悪しき体質をたっぷり引き継いでいますからね。柳条湖事件というのをご存知でしょうか。関東軍が自ら鉄道を爆破し、中国側の仕業として満州事変のきっかけとした自作自演の事件です。中国漁船事件、私はこういう匂いがします。
この事件ひとつをとっても、日本が史上最低最悪の醜悪ファシスト国家である大日本帝国を強固に引き継いでいることは明白で、下劣で、性根腐りきった、世界の梅毒汚物国家であることは間違いありません。

在日中国系学校への脅迫が相次ぐ。節操のない、海外に恥を晒す、凶悪な日本の右翼勢力

尖閣問題、「日本の中国人学校で爆破予告など脅迫が相次ぐ」−香港メディア
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100923-00000014-scn-cn
 沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖で7日に発生した海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件以降、日中両国の緊張が高まっている。そんな中、日本国内の中国人学校に日本の右翼勢力による脅迫が相次いでいると、明報や文匯報、新報など複数の香港のメディアが22日、報じている。韓国メディアもこの香港の報道状況を伝えている。

 香港メディアは、日本の神戸にある神戸中華同文学校に、16日と17日の2日間にわたって学校を爆破するという脅迫電話があったと報じている。同校はこの脅迫電話に対し、警察と中国駐大阪総領事館に報告した後、18日は休校とした。同領事館は、日本の警察に対して、自国民の安全を保障するための措置を要請したという。

 また、横浜山手中華学校にも脅迫の電子メールが届いており、「尖閣諸島を侵犯している中国人は私たちの攻撃対象となる。すぐに中国に帰れ」と記されていたという。これらの2校は、中華人民共和国系の学校。

 これらの学校以外にも、中華民国(通称:台湾)系の教育を行う東京中華学校や大阪中華学校など、各地の中国人学校にも同様の脅迫状が送られているとしている。

 韓国メディアは、日本の海上保安庁の中国漁船の拿捕(だほ)をきっかけに触発された日中間の葛藤が、両国の政府レベルでの対立を超え、両国の国民感情のもつれにまで発展しているとの見方を示している。(編集担当:李信恵・山口幸治)
在日華人向けの学校に脅迫の電話や手紙が相次ぐ=シンガポール紙
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100921-00000086-scn-cn
 尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐり、日中間の緊張が高まる中、日本の在日華人向けの学校に脅迫の電話や手紙が寄せられていることが分かった。

 シンガポールの華字紙・聯合早報は21日、「16日と17日の両日、兵庫県の神戸中華同文学校は日本の右翼分子から『学校を爆破する』との脅迫電話を受けた」と報じた。神戸中華同文学校では、生徒の安全を確保するため、即座に警察に通報し、中国在大阪領事館に報告したほか、18日午後を休校とした。

 また、神奈川県横浜市の山手中華学校にも脅迫の手紙が寄せられた。手紙では、「学生たちに帰国の準備をさせよ」とし、さもなくば「攻撃対象とする」とあったという。そのほか、記事では、「東京や大阪などの華人向けの学校でも類似の脅迫電話が相次いでいる」と報じた。(編集担当:畠山栄)


まったく日本の右翼勢力の弱いものいじめで醜悪な体質は何ら変っていない。チマチョゴリ切り裂き事件然りだ。
それと尖閣諸島は中国領土であることは疑いようがない。

http://japanese.irib.ir/index.php?option=com_content&view=article&id=13933:2010-09-22-13-57-55&catid=15:tafsir&Itemid=117
前原外務大臣は、ニューヨークで受けたインタビューで、中国と対立している尖閣諸島は日本の領土の一部だとし、この地域の利益を中国が活用している問題を、国際海事裁判所に提示するだろうと述べています。こうした中、中国政府も、尖閣諸島を自国の領土であるとしています。新華社通信はこれについて、日本が1785年に作成した地図は、この島々が日本の領土ではなく、中国に帰属していることを示していると報じています


とある掲示板でも、中国に関係のない板で、この話題を出しにした右翼どもの反中並びに排外・敵愾心を煽り立てるナショナリズムを振りまいているそうで。
これらのネット右翼勢力を取り締まるとともに、中国人船長の無条件解放並びに、尖閣諸島を日清戦争で勝って強奪した事実を含めた侵略歴史加害歴史を含めて、すべてを総括した謝罪と徹底した再発防止措置がとられるべきだろう。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:08 | Comment(19) | TrackBack(1) | 激怒(むかついた)ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

右翼討伐人もほしいかな(BlogPet)

右翼討伐犬は労働がほしいな。
右翼討伐人もほしいかな?

*このエントリは、ブログペットの「右翼討伐犬」が書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 07:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | BlogPet用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

中国漁船の衝突事件・・・・日本側に過去の加害歴史を国際社会が認識させる素晴らしい機会かもしれない。

漁船衝突:中国、対日閣僚交流を停止…船長拘置延長で
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100920k0000m010076000c.html

リンクだけ貼っておきますが。

ニューヨークタイムズ「尖閣諸島問題は中国側の主張に分がある」
http://alcyone.seesaa.net/article/163038449.htmlも参考にします。
私のブログの領土問題について書いた記事
領土問題の解決に向けての自分的考察
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/16873025.htmlもありますので、いい機会ですので読んでみてください。


まず、第一に現場海域の尖閣諸島付近は日本の領海ではなく、本来は中国の領海であるということ。第二にそれを前提とした、""日本の領海で不法操業していた中国漁船が逃げようと海保巡視船に体当たりした"という既成事実がマスコミと日本政府・海保、内部の大日本帝国残滓勢力によって創られてしまったということです。現場海域はもともと日本の領海ではないし、海保巡視船の側が中国漁船に体当たりしたのかもしれない、追い詰めたれた大日本帝国の残滓勢力によって仕組まれた謀略であり、大日本帝国の残滓勢力による"イタチの最後っ屁"みたいなものでしょう。

http://www.asyura2.com/0401/senkyo2/msg/866.html

琉球人が釣魚列島を知る機会は、冊封使の来路、または琉球王の使節として中国に渡った者に従って帰路で見る以外は稀だったようである。だから一般の漁民などはほとんど知らず、明治に至って初めて尖閣列島という日本名が付けられた訳である。

日本人の著した著書に釣魚島嶼が最初に出てくるのは林子平の「三国通覧図説」(1785年)である。その琉球分のところに釣魚、黄尾、赤尾の釣魚島嶼の名前が出てくる。残念ながら日本名の尖閣ではなくて(日本名の尖閣島が付いたのが明治33年だからあたりまえだが…)、しかも琉球36島とは明らかに区別して書かれている。また、この「三国通覧図説」は清の康煕58年(1719年)の冊封使徐葆光の「中山傳信録」によるものであり、この「中山傳信録」自体がまた琉球の大学者程順則の著「指南広義」(1708年)によっている。そして、琉球の大学者程順則はこの「指南広義」の中で、「琉球36島」と言って、その範囲を西は久米島、西南は八重山群島から以内の島々を上げるだけで、釣魚、黄尾、赤尾等は上げず、久米島を琉球の西南界だと言っている。琉球人自身にも釣魚島は中国領であることが意識されていたようである
http://www.asyura2.com/0401/senkyo2/msg/872.html
日本人よりも更に生活の根拠が近かった琉球人はこれらの島嶼をどう見ていただろうか。釣魚諸島の名が見える琉球人の書物は向象賢の「琉球国中山世鑑」と程順則の「指南広義」の二種しか現在までに知られていない。この両書とも島名を中国語で記載し、中国領と見なしている。

台湾や釣魚台列島と、西表島から沖縄本土に至る南西諸島の間には、2000mから4000mに及ぶ深い海溝が横たわっている。昔使った地図帳でもよいから引っ張りだして見てみれば直ぐに分かる。ここは対馬海流と日本海流(黒潮)の源でもある。早い潮流もあり、海が深いせいか波も荒い。船旅をしたことのある人なら分かるはずだ。昔の冊封使達はこの赤尾嶼(中国側)と久米島(琉球側)の間に横たわるこの海溝の辺りを、「溝」もしくは「郊」と呼び恐れた。そして
この海域に入る時には、羊とか豚とかを生贄に捧げ、神に航海の無事を祈る過溝祭を行ったのである。

参考ブログより引用しましたが、尖閣諸島は江戸時代の日本地図には間違いなく、中国領土として記されていたのです。明治になってから、日本人によって発見され、日清戦争で中国側を破ってから、台湾ともに尖閣諸島も(周辺海域も含めて)日本に併合されました。
日本が琉球国の帰属に決着がついたのも日清戦争の結果であり、琉球の日本併合も日清戦争の勝利によって完成されました。その後日露戦争、第一次世界大戦参戦、対ソ干渉戦争、満州事変、日中戦争、アジア・太平洋戦争と侵略と戦争犯罪、加害歴史を重ねていくわけですが、太平洋戦争の敗戦の後、侵略した領土を手放すポツダム宣言に調印したわけです。尖閣諸島はもちちろん、周辺海域を含めて台湾とともに中国に引き渡さなければならない。琉球国は独立させなければならなかった。戦後、GHQ、冷戦下の中での米国の戦略の中で大日本帝国の残滓が温存され、今に至るわけでs。

ちなみに地理的においても、尖閣諸島、いわゆる釣魚台諸島と、沖縄本島から日本の最南端の与那国島を繋ぐ南西諸島との間には2000mから4000mにいたる深い海溝があり、尖閣諸島は中国側の大陸棚にあり、沖縄県とは物理的・地理的にも隔てられている事実。
もっとも東シナ海の大陸棚問題においても、尖閣諸島の帰属は中国に帰することからしても日本側の中間線論は滑稽無等なものであるし、そもそも、本来は沖縄・琉球国と中国側の問題であり、日本-中国間ではなく、沖縄琉球-中国側の問題であるはずです。
さらにいえば、歴史的にいえば、琉球人も、尖閣諸島は琉球の帰属という認識をもっておらず、それどころか中国領という認識でした。

この漁船事件を気にもっと、日本人は歴史を勉強すべきだと思いますね。何度もいうようにマスコミも日本政府も歴史を捏造するな、修正するな。ようするに、尖閣諸島があたかも日本の領土であるという右翼勢力や大日本帝国残滓勢力のプロパガンダに載せられるなということ。その事件や尖閣諸島問題等、日中間の問題が現代においても存在する背景にある尖閣諸島強奪を含む侵略と加害歴史の数々を日本人の前に正しく伝えて欲しいと思います。このサイトにきた人はマスコミや日本政府、大日本帝国残滓勢力・右翼どもの創られた捏造された、修正され、プロパガンダに成り果てたこういう歴史的事実や事件の報道を鵜呑みにしたことなく、その奥に葬られれ隠蔽された真の歴史、真の事実、真相を知る努力をこの機会にして欲しいと切に願ってます。そういうことを知ることも学習することも過去の歴史清算を前進させる上で不可欠なことだと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:53 | Comment(19) | TrackBack(1) | 日々の雑感ならびに考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日々忙しいですが

私が忙しくブログ更新を休んでいる間にもいろいろあったようだ。民主党のくだらない内輪争いの中でも、過去の歴史清算への道が後退していく。そういう危機感が仕事をしている間、寝ている間、食事をしている間にも私の中にもあったのだ。

ところで、
私の活動報告
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/category/7840748-1.htmlで、訪問させていたあだいたいろんなサイトを見回ってみましたが、日本軍占領の話に関する記事はなんらアップされていませんでした。せっかく、労力をかけて働きかけたのに、何の成果を得られず残念です。

とある掲示板に投稿したのに関していえば、日本軍占領時代についての投稿は得られましたが、信憑性の足るものではなく、満足にいたる結果ではありませんでした。

私は忙しくあまり時間が割けませんが、さらに有効なアプローチについて模索したいと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | 備忘録・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

皆様の投稿をお待ちしています。(BlogPet)

右翼討伐人の「皆様の投稿をお待ちしています。」のまねしてかいてみるね

皆様の投稿をお待ちしていただける方、アダルト業者、直接、私の意見/に参加したいです。
新しい掲示板ではお断りしました♪
コメント欄をお持ちの力をお待ちします。

*このエントリは、ブログペットの「右翼討伐犬」が書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 07:32 | Comment(57) | TrackBack(0) | BlogPet用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月26日

統治(BlogPet)

きのうは右翼討伐人は祝辞みたいな統治したいなぁ。

*このエントリは、ブログペットの「右翼討伐犬」が書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 07:37 | Comment(3) | TrackBack(0) | BlogPet用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月23日

とある掲示板にて

とある掲示板にて、いろいろ返信していたら、時間が経ってしまった。紹介することもあるが、また後日の機会ですね。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:44 | Comment(1) | TrackBack(0) | 備忘録・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月22日

植民地時代の郵便貯金約43億円、「韓国人にも返還すべき」・・・・韓国

植民地時代の郵便貯金約43億円、「韓国人にも返還すべき」−韓国
http://news.livedoor.com/article/detail/4954703/
日本が統治した朝鮮半島や台湾などの旧郵便局に、払い戻しを求めないまま残されている口座数が約1900万件あり、残高は利子を含めて約43億円に
上ることが18日、分かった。共同通信が報じている。中国や朝鮮半島、東南アジア、南洋諸島で開かれたもので、民間人や軍人の口座だという。 貯金した本人かその相続人や代理人は、払い戻しを求めることができ、外地郵便貯金の払い戻しには通帳が必要で、軍事郵便貯金は通帳がなくても部隊の在籍証明などで請求できるとされている。
 韓国のメディアは、過去の日本の植民地支配は、韓国から金融の面でも無差別に収奪しており、その象徴である郵便貯金の実態が、少しずつ明らかになっていると報じている。
 日本は植民地時代、朝鮮半島と台湾などの植民地の住民はもちろん、サハリンへ強制徴用した人々にも郵便貯金への強制的に加入させた。この貯金は植民地収奪のための経済政策と、戦争を遂行する資金として使用された。 
日本はこの郵便貯金額の返還問題と関連して、台湾人には1995年から2000年までの期間に、貨幣価値の変化を考慮し、確定債務の120倍を支給したが、一方、韓国人の預金については、1965年の日韓基本条約で個人請求権が消滅したとして、返還をずっと拒否していると伝えている。
 これまで、1990年代以降に韓国に帰国したサハリン残留韓国人が、日本の裁判所に郵便貯金の補償請求訴訟を提起した。しかし、日本政府は、これらについても「請求権が消滅した韓国国民の範囲に含まれている」という主張を提出したとしている。
 日韓併合100年を迎え、韓国内では日本による植民地時代のさまざまな問題に対して、解決を求める声が高まっているようだ。(編集担当:李信恵・山口幸治)

大日本帝国は台湾や朝鮮半島などの植民地の住民はもちろん、サハリンへ強制徴用した人々にも郵便貯金への加入を強制して徹底的に財産の収奪を行った。この貯金は大日本帝国の侵略のため、経済政策と戦争遂行のための資金として利用された。台湾人には実質上の返還を行ったが、韓国人の預金に対しては日韓基本条約において個人請求権が消滅したことを盾に、徹底的に拒んでおり、日本政府、そしてそれを許してきて、今尚許容している日本社会、日本国民の悪辣さが感じられるニュースである。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:21 | Comment(13) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

管直人首相の対韓国植民地支配謝罪談話について思うこと。

8月11日に管直人首相が日韓併合100年にあたり、韓国に対して植民地支配を謝罪する談話を発表されました。植民地支配の強制性や朝鮮王朝儀軌などの植民地時代に奪った遺産を事実上返還する点では、自民党ファシスト一党独裁政権の過去の時代よりもはるかに進んでいると思います。その点は多少評価してもいいでしょう。しかし、それでも私や良識派、韓国人や大日本帝国被害者・犠牲者からすれば、はるかに不十分極まりないものです。
日韓併合条約の無効についてまず、言及されていない。遺産を返還するのはいいが、略奪したことを認めず、当然返還ではなく"お渡し"という表現でそれを誤魔化している部分がある。それに、一番重要な植民地時代や戦争の補償の認識が過去の自民党と同じ立場で、解決済みという立場に立っている点だ。
日本政府や日本社会、日本企業には韓国をはじめとした被害国に対して補償の義務がある。日韓併合条約に基づき、肉体的なものだけではなく、精神的なもの含む生じたすべての被害や損害を補償すべきなのです。日本企業にも賠償の義務があるというのは、大日本帝国の侵略、植民地支配、戦争によって、私服を肥やしたことであり、補償の責任があります。日本社会は、大日本帝国の過去の侵略の歴史があり、アジア・太平洋諸国の無数の骸の上に立っているのであり、補償の道義的責任があるのは当然であり、それを言われなくても過去の国の罪を認識し、心より謝罪し、償いたいという良識・道徳感を日本人1人1人が持っていなければなりません。

それと私がもう1つ言っておきたいのが、管首相の声明が、韓国のみを対象していることです。同じ朝鮮半島の北朝鮮にはもちろんのこと、中国にも直接の謝罪と補償をしなければならない。台湾にはもちろん、パラオやミクロネシアなどの南洋諸島やフィリピンやマレーシア、シンガポール、インドネシアなどの東南アジア・太平洋諸国にも直接の謝罪と補償が必要であることは言うまでもないと思います。

日本軍が展開していたすべての地域では、略奪や放火、虐殺、拷問、そしてレイプや性奴隷のための女性の拉致が日常的に行われていたのであり、アジア・太平洋地域における日本軍の進軍はまさに、飢餓・飢饉・略奪・虐殺・強姦の波が押し寄せ、それらの地域を人類史上類例のない地獄絵図に変えていくものでした。
各国に共通して謝罪と補償を行わないといけないのは、大日本帝国・日本軍が侵略したという事実、強制労働、強制連行、従軍慰安婦(性奴隷)の強制および少女を含む女性の強制連行・拉致、それらの被害者や犠牲者遺族への補償・賠償、奪われたり破壊されたりした財物の返還と補償などが上げられるでしょう。
個別であげれば、中国に対しては南京大虐殺や満州国建国はもちろん、日本軍を送り込んだこと自体に対する謝罪や補償は必要です。731部隊の人体実験や細菌戦、毒ガス戦や遺棄した化学兵器、火器・弾頭類の除去とそれらにより負傷した現代の被害者や犠牲者遺族の補償が上げられます。
シンガポールやマレーシアでは華僑の大粛正や何千万ドルにも及ぶ強制献金などに対する謝罪と補償・賠償など、他の東南アジア・太平洋諸国においても個別の例を挙げれば枚挙に暇がありません。
過去の我が国はアジア・太平洋地域の国々に対して人類史上類例のない惨禍をもたらし、地獄絵図に変えた、それだけではすまないことをやった。日本人1人1人、日本政府は悔い改める必要があります。韓国だけではなく、他のアジア・太平洋諸国を含めた、そうした過去の歴史的事実に立ち、大日本帝国・日本軍の戦争被害を受けたもの、犠牲になったものの立場になって、この管直人首相の談話よりもさらに進んだ声明並びに謝罪と補償・賠償を行うべきだと2010年8月15日の今日改めて思い、ここに書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:21 | Comment(45) | TrackBack(0) | 日々の雑感ならびに考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月12日

右翼(BlogPet)

きのう右翼討伐人と、学習ー!

*このエントリは、ブログペットの「右翼討伐犬」が書きました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 07:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | BlogPet用 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月02日

草の根の歴史証言収集活動に、私自身報奨金を出しましょう。

海外在住、特に大日本帝国・日本軍が植民地支配したり、占領したりする国々に在住したり、旅行したりする個人が、大日本帝国・日本軍の占領時代を生きた体験者の方々から日本軍やその占領時代の話や祖父から孫などへと代々伝えられている話を聞いて、その話により、今まで日本軍の公文書や戦記、数々のメディアの輪から外れ、埋もれていた歴史に火があたるということがあります。

例えば、建築人類学者の佐藤浩司氏のサイトですが、
http://www.sumai.org/asia/field1986.htm
戦争中、セラム島のある村で結婚式があった。夜間は厳重に灯火管制されているから火をつかうことはできない。けれども、彼らは村の伝統にのっとって灯火をつけ、結婚式をおこなった。日本兵の一隊が村に乗り込んだ。日本兵は結婚式にあつまった村人たちをかこみ、銃を向ける。隊長は命令する。裸になれ。村人たちは上着を脱ぎ、下着に手をかけたところで躊躇する。銃口を向けさらに威嚇する。仕方なく、新婦をはじめ、調理人、参列者すべて丸裸になった。結婚式にはダンスがともなう。大東亜構想のただ中にあるから、踊りは認められても、ダンスは西洋のものだとして認められない。けれども隊長はこれをみとめた。村人たちは恥部をかくすため不格好に腰をかがめながら踊った。村の名前は聞き忘れたが、いまでもセラム島で××村の裸踊りと言えば知らぬ者はないという。

という一文がある。"セラム島で××村の裸踊り"のエピソードなんて、どこのサイト、公文書、戦記、書籍、教科書を探しても、このサイト以外に載っていないだろう。私のいう海外旅行者や在住者個人による草の根の歴史探求というはこういう陽に当たらず埋もれた歴史的事実を発掘することにあるのだ。数々の海外在住のブログで試みてきたが、さらに積極的に打ち出すべきだと私は考えました。
大日本帝国・日本軍のことを知る人は高齢化社会といわれる日本においても、少なくなってきました。アジア・太平洋諸国であれば、尚更のことです。極めて少数であれ、その時代を知る高齢者の方々に海外の在住者や旅行者個人の方々は話しかけて積極的に話を聞いて埋もれた歴史的事実を発掘して欲しい。
ぶっちゃけ報奨金を出します。海外在住者や旅行者の方には、日本軍占領時代を知る高齢者を探し話を積極的に聞きに行ってもらいたいです。証言の詳しい和訳・内容、できれば、証拠となる高齢者(証言者)の写真、録音テープやその他記録類をコピーするなりし添付し、口座番号を書いてメールで送ってきてください。有用なものには報奨金を振り込みます。なりふり構ってはいられませんから。とりあえず、ブログで告知しますが、後日他のBBS等のコミュニティでも、報奨金をもって集めたいと考えています。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:10 | Comment(11) | TrackBack(0) | 備忘録・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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