2011年01月03日

とある2つのブログに草の根の歴史収集についての協力を要請しておきました

題名の通りです。今日も親戚等の集まりでいろいろ忙しかったです。ところで、とある2つのブログに対して、また、所謂草の根の歴史収集についての協力要請をしておきました。もう一方はプロの方でちまたでは有名ではないでしょうか。

もう1つ、証言、生体解剖 旧日本軍の戦争犯罪 同文舘 という本を手に入れました。まだ読み始めたばかりですが。書評を書けるかどうかは分かりませんが。非常に残酷な日本軍の生体実験の実態が伺えます。1人の兵士の人間性をマヒさせ、そういう殺人や平気で拷問紛いの人体実験をして楽しむようなことさえ、習い性としてしまう人類史上例のない悪辣を極めた軍隊が日本軍であり、そういう体制が大日本帝国天皇ファシスト体制だと言えます。

以上というところですかね。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:28 | Comment(7) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

とある掲示板やマレーシアの留学生に接触。

とあるインドネシア関係の掲示板に投稿を行いました。マレーシアからの留学生に接触を行いました。彼らから何か情報が得られれば、このブログにて報告したいと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:42 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

遅くなりましたが、一連の活動を報告したいと思います。

GWの最中に行ったので、2〜3週間ほど前でしょうか?海外(日本軍が過去に占領した国)在住の方々ブログに対して日本軍占領時代についての情報を求めて投稿を行いましたが、それについての一連の報告をしたいと思います。
のんびりマレーシアde国際結婚生活
http://ameblo.jp/sainte317/というブログに対して、行いました。

中国式の結婚儀式?!
http://ameblo.jp/sainte317/entry-10331377285.html
伯父さんは11歳の時に日本軍の学校教育を受けた事があり、何度か日本に行ったことがあるようで、日本の童謡や日本文化に詳しい一面を見せていました。伯母さん夫婦のお家は家もお庭もとっても素敵で、鯉を沢山飼っていて、緊張したけど、なかなか楽しい週末でした(‐^▽^‐)
というのが検索中に目についたからです。

●私のこの記事に対する投稿
1 ■マレーシアの日本軍占領時代について 

はじめまして。突然のコメントすいません。過去の歴史に関心をもち、調べているものです。書籍や資料ではなく、1人の人間から語られる歴史に関心があります。
主人は中国系マレーシア人の方で、その結婚式にでている主人の伯父さんは日本軍占領時代の体験者ということですが、他に日本軍や日本軍占領時代についてお話を聞いたことはありませんか?伯母さんは日本軍占領時代の体験者でしょうか?主人やその両親との間で日本軍占領時代の歴史について話したことはありませんか?日本軍占領時代については恨み辛みといった話が多いのでしょうか?他に日本軍占領時代の体験者から日本軍やその占領時代について直にお話を聞いたことはございますでしょうか?

●ブログ主の返答
2 ■Re:マレーシアの日本軍占領時代について 

>アクアリウスさん
夫の伯父さんは70代ですが・・・ごめんなさい、あまり親しく話す程回数会っていないので、私ではお答えできることがないようです。
日本人の兵隊さんに「万歳」という言葉を習ったり、赤とんぼという曲を習ったとは言っていましたが・・・詳しいことはよく分かりません。
お役に立てず、申し訳ありません。


●私のお礼の言葉
3 ■返答ありがとうございました 

そうですか。また、是非過去の歴史について関心をもち、伯父さんに会う機会がございましたら、詳しく話を聞いてください。返答ありがとうございました。


大した成果が得られませんでしたが、一応過去の日本軍占領時代の体験者の記事だったので紹介させていただきました。続きを読む
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:59 | Comment(10) | TrackBack(1) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月04日

マレーシア関連のブログに投稿。その返答報告

1ヶ月ほど前になりますが、マレーシア関連のブログにも投稿致しました。その中できちんと返答きたものは1つのブログだけですが、非常にこれまたうれしい成果が得られました。

Dari Borneo
http://blogs.yahoo.co.jp/raenterkkというブログですが。
☆リマウマニスマドゥ☆(南国フルーツ)
http://blogs.yahoo.co.jp/raenterkk/3973006.htmlという記事があり、その記事に投稿を致しました。
リマウマニスマドゥという果物の別名が日本軍の占領時代の蛮行に由来するというエピソードが書かれています。抜粋させていただきますと、
そうそう、この果物の又の名、『ジャパニーズヘッド』という。
この果物、聞いた話によると、戦時中、日本軍がボルネオ島にいた頃、
原住民や華人を捕らえて、働かせたりしていた。
華人たちは日本軍人には逆らえないため、悔しくてこのリマウマニスマドゥを
日本人の頭と思って(ちょうど、人間の頭と同じくらいの大きさなので)、
棒で叩いたり、割ったりして、紛らわせていたそうだ・・・・
日本軍は、戦時中ボルネオ島でも、いろいろ残酷なことをしていたらしく、

(アジアに行くとこんな話しはたくさん聞くが・・・)
いろいろな話が地元の人たちの間では、伝えられているようだ。

(私は、日本人なので直接はそんな話をあまり聞かされないが、まだまだ、日本軍にまつわる話はあるよう。)

ようやく、大日本帝国・日本軍の加害に関するエピソードがでてきました。直接の加害を受けた被害者や犠牲者や、戦争犯罪・蛮行に関するものではないのですが。
それではブログ主とのやりとりを紹介したいと思います。
その前に興味深い、私以外の人とブログ主のやりとりがありますので紹介しておきます。

・こっこさんのその記事に対する投稿
大きなフルーツ!
酸味がないとは想像できませんよね…
南国のフルーツは形も味もいろいろあって面白そうですね♪

戦争の話…日本って戦争教育をさらっとしかしないじゃない?

事実として何があったかきちんと伝えるべきだと思うのだけど…
一歩国外へ出たら恥ずかしい思いをするのは
きちんと自国の歴史を学んでない私たちだものね。

それにしても…

ベビーあやかちゃんとっても可愛い♪
真っ白いマシュマロみたい♪

・ブログ主の返答
私は、第二次世界大戦ころのことは、学校ではあまり教わった覚えがありません。
日本史は大好きで、よく勉強しましたが、教科書の後ろのほうに行くほど内容が薄く、戦時中のことは調べようと思っても
隠されていて、勉強できませんでした。
戦争教育は、もっとされるべきですね。
今の教科書は少しは変わったのでしょうか?
タイを回っていたとき、オーストラリア人にいろいろ聞かされて、
英語に本とかも貸してもらいました。その時はショックでどう反応したらいいかわかりませんでした。

あゆかは、将来中華系の学校に入れるつもりなので、
かなり詳しく戦争のことを、華人の立場から勉強すると思います。
母親の国がしてきたことをどのように受け止めるでしょうか。

ベビーあゆか、可愛いですか?


あゆかもこんなふわふわした赤ちゃんの時期があったんですよね。
子供は本当にすぐ大きくなってしまいますね。
この活動を続けてきて、ようやく心が洗われるような気分を味わえました。こっこさんの指摘は最もだし、それを受けてのブログ主の心がけは非常に立派です。
この後に私も投稿します。

・私の投稿
はじめまして。大変興味深い話ですね。その柑橘類のジャパンヘッドという名の由来が日本軍占領時代の恨み辛みをぶつけていたことに由来するとか、書籍や資料ではなかなか知ることのできないことだと感じました。過去の歴史に関心をもち調べております。

私自身、アジアへ旅行しようと思っているのですがなかなか機会が取れません。

日本軍占領時代を体験された老人(高齢者)の方から日本軍や日本軍占領時代について直に話を聞かれたことはございますか?こういう又聞きではなく、実際に体験された方の口から直接語られる歴史に特に関心があります。今後、そういう機会があれば記事にしていただければ幸いです。
・ブログ主の返答
アクアリウス様
はじめまして!

ご訪問、コメントどうもありがとうございます。
そうですね。日本軍占領時のこのような話は、日本でなかなか聞くことができませんよね。
私も、こちらで暮らして10年になりますが、高齢者の方から直接
話をじっくり話をお聞きしたことはございませんが、
知り合いで、日本軍占領時代の話を知っている方や、日本軍歌を
覚えていて、今でもはっきりと歌える人は知っています。

普段はそんな話はしませんが、インタヴューみたいな形で
お話を聞かせてくださる方は、探してお願いしてみたら
見つかるとは思います。

戦時中の体験談は、語り継がれていくべきですし
私たち日本人はもっと知っておくべきでしょうね。

もしまたそのような話を聞く機会がございましたら、
記事にいたしますね。
当然のことならが、積極的な返答を得られました。すばらしく良識的な方だと思いました。大変ありがとうございました。私自身はそういうお話を聞いて記事にされることを期待して待っています。
本来なら、私自身も東南アジアにでかけていって、動きたいのですが、なかなかそうも行きません。だからといって、何もしないわけにはいきません。こういう地道な活動を通じて、大日本帝国・日本軍の加害歴史の一端を掘り起こし、明らかにしていくことをできるようにこういう草の根の活動を頑張っていく次第です。
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インドネシア関連のブログへアプローチに対する返答報告

だいぶ前になりますが、きちんと報告を行いたいと思います。GW中も忙しく、久々に長くまじめなエントリーを書いたことによって、こちらのほうはサボっています。これからの残りの時間を草の根の交流に費やしたいですが、その前に1ヶ月ほど前におこなった投稿に対して具体的に成果のでた返答に関して報告をいきたいと思います。

バリの素(もと)〜バリ島東部のチャンディダサより
http://blog.goo.ne.jp/baliclub 
・私の投稿  バリ島における日本軍占領時代について
はじめまして。日本の過去の歴史に関心をもち、アジアにおける日本軍の占領時代について調べています。書籍や資料ではなく、生の人間から語られる歴史について関心があります。ところで2枚目の写真におばあさんが写っていますが、年は何歳ぐらいでしょうか?日本軍占領時代を経験されているのでしょうか?バリ島でホームステイされているということですが、日本軍の占領時代を経験した方から日本軍や日本軍占領時代のことについて直接お話を聞いたことはございますか?バリ島(インドネシア)を日本軍が占領したという歴史について関心をもっていただければ幸いだと思います。

・ブログ主からの返答
アクアリウスさん
はじめまして。書き込みありがとうございます。写真に写っている方はおばあさんと言っても50代ぐらいの方だと思います。バリの田舎に住んでいる方は日本人とは違って普段から着飾ってお化粧しているわけでは無いので年齢より老けて見える方がいます。ホームステイ先では日本軍の占領についての話は聞いたことはありませんが、たまに日本語で話しからけてくるおじいちゃんに会うことはあります。戦時中に学校で日本の体操(ラジオ体操的なもの)を教わったり君が代、、、など日本の民謡を教わったりしたという話は聞きます。意味は分からないけど子供のときの記憶としてきちんと覚えているみたいです。
・私の投稿
今後、もしホームステイを続ける中で、日本軍占領時代を知るおじいさんなどに会う機会があれば、詳しくお話を聞いて頂ければと思います。不躾な質問ですが、丁寧なご返答を頂きありがとうございました。今後、バリ島などに行く機会があればよろしくお願い致します。
・私の再度の投稿
度々、すいません。聞きそびれたのですが、そのおじいさんなどから日本軍占領時代に関する感情などは何か感じられたのでしょうか?日本軍占領時代への恨み辛みとかが多かったのでしょうか?また、他のアジア地域と同じように、バリ島には日本軍占領時代に起因するような反日感情はホームステイをしている実感と
してはございますか?
・ブログ主の返答

アクアリウスさん
再度 ブログへの書き込みありがとうございます。私はバリ島に来て2年足らずですが反日感情抱いていると感じたり、直
接そのような話をぶつけられたり、差別を受けるようなことは今までありませんでした。
ホームステイ先の家族も独立戦争の際にバリに残っていた日本兵がたくさん参戦してることを知っていたりします。
その人その人にとって感情は違うと思いますが私がお会いしたおじいさんも嬉しそうに日本の歌を歌っていました。戦争でよい思いをした人はいないと思います。ですが、日本人を恨んでいる方だったら私に対して日本の歌を歌ったりはしなかったと思います。
先ほども言いましたがその人にその人で違う感情を抱いてると思いますので一概に私からはっきりとお伝えできません。
お役に立てたでしょうか、、、。
ということで、これもまた期待外れでした。
長くなりますので、以後は続きを読むをクリックしてください。

 続きを読む
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

いくつかのインドネシア関連のブログに投稿したやつの返答報告

いろいろと過去に我が国が侵略し占領したアジア・太平洋地域に在住の方のブログへ投稿するという活動を行っているのですが、一応の返答成果が得られたものの活動報告をします。

地球にマングローブを!! FROM インドネシア
http://blogs.yahoo.co.jp/ayo_menanam_bakauより
●私の投稿
すばらしいですね。実際に植林されているということですが、そもそも森林破壊が行われなければ植林する必要性もないわけです。森林破壊の一員に日本が関わってますよね。そもそも、アジアに対して高圧的態度を取り、経済侵略し、そういう森林破壊を含める影には、日本軍による過去の占領という側面があります。私は過去の日本について関心をもっています。書籍や資料によって綴られるものではなく、生きた人間によって語られる歴史についてに関心をもってます。
インドネシアにおいて植林を行われる中で、村々を訪れ、日本軍の占領時代を生きた高齢者の方々からお話を聞く機会はなかったのでしょうか?あれば詳しく教えていただければ幸いです。

●ブログ主の方からの返答
コメントありがとうございます。

確かに、インドネシアと日本の関係は切っても切り離せないものです。
インドネシアの自然破壊に関しては、特にですね。
私たちがインドネシアで植林事業を始めた大きな理由のひとつにそのことがあります。
インドネシアに対して、何か恩返しができればと思っております。
そんななか、インドネシア中どこに行っても、日本人である私たちを温かく迎えてくれるインドネシアの人々。

BBCの発表では、インドネシア人の85%は親日だそうです。
ありがたいことです。

インドネシア現地の村々で、直接戦時中の体験を味わった方とお会いできる機会はほとんどありません。
もうかなりのお年を召されていますので。

しかし、知人の林英一さんという方は、戦時中のインドネシアの様子を研究しています。
彼は慶應義塾大学院生で、インドネシアに滞在し、インドネシアに残留した日本兵の生き残りの人たちに話を聞き、本を出版しています。
「残留日本兵の真実 インドネシア独立戦争を戦った男たちの記録」というタイトルです。
彼の話では、当時の戦争を体験した生き残りの方々は、もう数名しかおられないそうです。
その数名の方々を訪ね歩き、話を聞いて、記録しているので、かなり詳しく書かれていると思います。
もし興味を持たれましたら、ご覧になられるのもいいかもしれません。
●私の再度返答
戦時中の体験を味わった方とほとんどお会いできる機会がないとしても、今後万が一でも直接戦時中の体験を味わった方に会いし、お話を聞く機会があれば、そのことを記事にしてください。過去の歴史のついでに、昔の環境や生態系がどうであったかをお聞きすることができれば、植林事業を進める上での助けとなる情報も得られるかもしれません。今後とも植林事業等を頑張って行って下さい。不躾なコメント失礼しました。不躾なコメントに丁寧な返答を頂きましてありがとうございました。今後のご健闘をお祈りいたします。


●ブログ主の再度返答

アクアリウスさん>

戦時中を体験された方とお会いできる機会があれば、ぜひお話を聞いてみたいと思います。
もちろんお会いする機会があったときには、このブログ上で記事を書かせて頂きます!
植林活動への応援ありがとうございます。
不躾なんてとんでもありません。大歓迎です。
一年の内、日本にいる時間よりインドネシアにいる時間のほうがかなあり長いので、色々な意見をもらえると考えが偏らずにすみます。
これからもよろしくお願いいたします。


ということで、前向きな回答が得られました。もし、戦争中を体験された方とお会いする機会があればお話を聞いて記事にしていただけるようなので楽しみにしています。
長くなるので続きを読むをクリックしてください続きを読む
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 18:54 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロンボク島における日本軍について調べてみました、インドネシア人には過去の被害については必要以上に追及しない深慮深い国民性があるよう

ママハナのロンボク日記に投稿し、ママハナさんからの返答を報告した次第ですが、私のほうでも少し調べてみました。

ロンボク島で描く、飯塚正彦
http://blogs.yahoo.co.jp/anjinlaut1967

というブログがあるのですが、
そこにも日本軍占領時代について見聞きした記事がありました。

5月21日
http://blogs.yahoo.co.jp/anjinlaut1967/6400210.html
左は義理の父アヤグシ、右は妻のサリイ。本当はアヤグシはもう少し怖い顔をしているように思う。変わり者で無骨なところがあるが、正直な人で、ここの人にしては珍しく金銭にきれいである。履物を使っているのを見たことがなく、当然ものすごい足の裏をしている。

アヤグシは日本帝国が侵略してきたころは既に十代の若者になっていたそうで「ちょっとのことですぐ人のことを殴る連中だった。」と教えてくれた。しかし同時に「まったく俺等は馬鹿で何にもできないままでいた。教え方はとにかく、俺達に仕事の仕方というものを教えてくれたのは日本人だ。」とも言う。

ここは土地柄、親族でなくとも近所であれば冠婚葬祭にはまめに顔を出さなければならない。特に葬式のほうは重要なようだ。ある葬式のときいきなり日本語で「自分は青年団にいました。」と話しかけてきた老人がいる。話を聞くとその昔、日本軍のもとで働いていたという。「ウエマツフジロウという名前ももらった。」よく仕事をしてくれたということでもらったのだと思う。きりりとした顔の老人だった。

日本帝国は無理な戦で惨敗したわけで「この人も手伝わされて、もらったものは何の役にも立たない名前だけか、申し訳ないなあ。」とひとりごちていたら、「お陰で我々は独立できた。あれが来なかったら、独立など到底無理だったろう。」というようなことを言ってくれて嬉しかった。

怪我の功名というやつだが、ここの人達がおおむね日本帝国時代の占領について悪く言わないのは有難く感じている。

町のパンク修理屋は、「イスラムの泥棒を豚にくくりつけて引き回したりしていたが、治安はかえってよくなった。敗戦後中華の人にかくまってもらって中華のふりをしてそのまま居ついた人もいたよ。」と教えてくれた。

さてその履物を使わないアヤグシだが、仕事を教えた教師がこんな教師なので子供のしつけが厳しいというか、理不尽なところがあるようで、妻からこんな話をきいたことがある。

とある日水辺に生える自生の野菜をアヤグシと二人で採りに行ったとき、ぬかるんでまごまごしていたら、「こんなもん使ってるから滑るんだ。」と怒鳴られて、彼女のサンダルを取り上げると遠くに放り投げて捨ててしまった。

ある朝、妹と二人寝坊したら、姉が起こしてくれて泣きながら二人を打った、そうしないとアヤグシがもっとひどく叱るのがわかっていたからだと妻は言う。

などなどである。
どうやら、インドネシア人は日本軍占領時代で酷いことをされたにせよ、一般的には日本人に対して悪いことを言わない深慮深い国民性らしい。インドネシアは日本軍に、中国やフィリピンに次いで、酷い目に合わせれた。強制労働、農作物の搾取と飢餓、暴行、慰安婦などの陵辱の数々などを強いられたのだが、怪我の功名とはいえ、独立できたことを評価するようなこういう国民性もあるのだろうか。しかし、そんなのは右傾化が進み、過去を反省せず、過去を忘却する国民性の日本国家にとって「百害あって一利なし」である、そういう無用な配慮こそ、日本国家や社会に対してはとんだ阿片以外の何者でもない。一時凌ぎであり、人類史上かつてないほどの地獄絵図をアジアにもたらしたことはご存知であろう。自らの甚大に積み重ねれれた加害の歴史に正面から向き合い、清算に取り組まない限りは日本社会は大日本帝国の残滓の飲まれ滅びるだろう。インドネシア人が配慮といってかつての加害国を追及しまいとやっていることは、日本のためにはなっておらず、、結果として日本を亡国への道に突き落としているのである。
そのことをインドネシアをはじめとするアジア・太平洋諸国の人々にはわかって欲しいと思う。
手加減なく、過去の加害の歴史を追及し、清算に取り組むように、日本を扱いてやって欲しいと思う。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 18:20 | Comment(8) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

タケノコ診療所ブログでのDien氏の私の返答に対する投稿

私の返答に対してDien氏という方から投稿がありました。

◎私の投稿(タケノコ医者氏に対する返答)
タケノコ医者さま、詳細な返答をありがとうございました。

しかし、いくつかの疑問があります。

インドネシアでは日本の過去を非難するような論調がないというのは嘘だと思います。日本人社会に篭って自身が知ろうと努力してないだけなのではと思います。

インドネシアの歴史教科書の日本軍占領時代の項目
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/bahasa_jepang2.htmlがあるのですが、そこではオランダよりはるかに酷い日本軍の非人道的支配について触れられています。日本軍性暴力被害者(マルディエムさんなど)をご存知でしょうか?

ともあれ、詳しい返答には改めて御礼を言います。今後、もし日常の生活や医療の業務の中でインドネシアの日本軍占領時代を知る高齢者の方々に万が一でも接
する機会があれば詳細な話を聞いてください。

最後にカノサバ症候群というセックス依存症を取り上げられてますが、その最たるものが日本軍の兵士たちだと思います。南京事件や日本軍兵士の性暴力や従軍慰安婦制度にみられるものです。戦争という狂気以上に、大日本帝国・日本軍では青少年らを人々の生命を奪うことをためらうという良心を捨てさえ、国家や組織の命令に絶対服従する狂気の野獣戦士に育て上げたのです。そういう歴史を知って頂きたいと思います。
◎私の投稿に対するDien氏の投稿
初めて投稿します。

アクアリウス氏が紹介しているインドネシア歴史教科書の日本語訳ページを作成したものです。タケノコ先生のBlogで小生のページが(コメント欄とはいえ)紹介されており、仰天しているしだいです。まったく場違いですよね。

さて、小生がインドネシアに滞在していたのは、90年代前半。早いものでもう20年近く前のことになりつつあります。業務での滞在でしたし、インドネシア人たちとの付き合いも皮相的なレベルにとどまっていたせいかもしれませんが、旧日本軍についての批判めいた言葉を彼らから聞くことはまったくありませんでしたね。

アクアリウスさん、あなたは他人を説得したのですか?論破したいのですか?単に騒ぎ立てたいだけなのですか? あなたの要求『もし日常の生活や医療の業務の中でインドネシアの日本軍占領時代を知る高齢者の方々に万が一でも接する機会があれば詳細な話を聞いてください。』というのには驚いてしまいます。××討伐が主な目的のようですので、そのためには問答無用なのかもしれませんけど。
Dien氏は
私の好きなインドネシア
http://www.geocities.jp/indo_ka/というサイトの管理者であり、私の投稿で紹介した通り、
インドネシアの歴史教科書「日本軍占領時代」
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/index.htmlの日本語訳を行っている方です。過去の右翼との闘争において、参考したり、引用させていただいたので覚えています。しかし、この投稿でみるDien氏の人物像をみるに、凄く失望しました。また、腹立たしいという気持ちも抱いています。あえて、そのことをタケノコ診療所のブログには書きませんでしたが、私のブログでさんざん書きたいと思います。
私の行動に対して、他人を説得したいのか?論破したいのか?単に騒ぎたいだけなのか?と半ば怒り気味に疑問を呈しているようですが、私からすれば筋違いであり、彼もまた大日本帝国の悪に染まっているように思えます。

インドネシアの日本軍占領時代について細かく書かれたページ
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/bahasa_jepang2.htmlがあるのですが、例えば日本軍占領時代において、ずさんな農業政策に加え、労務者といった強制労働に若者を動員し、さらに農業労働力が減少することにより、農業生産力が下落したこと。さらに過酷に農産物を日本軍が取り立てたことが、大規模な飢餓を招いたりしたことが書かれている。
そういうのを訳した著者ならば今度はインドネシアの国中を歩き回って生き証人(老人)を探して、その教科書に書かれてある事実を実際の日本軍占領時代の体験者の口から確かめずにはいられないはずだ。なのにも関わらず、私が『もし日常の生活や医療の業務の中でインドネシアの日本軍占領時代を知る高齢者の方々に万が一でも接する機会があれば詳細な話を聞いてください。』とタケノコ医者氏に、お願い(要求ではない)をしたことに対して、驚く、言うなれば反感をもつというDien氏あなた個人の感覚および人間性に著しい疑問を抱くとともに、大変失望しました。ホームページのほうにも書きたいのですが、管理をされたないようなので、無駄でしょう。私がここにあなたについて書いても気づかれないでしょうね。
とにかく、インドネシアの歴史教科書の日本軍占領時代の項目を訳し、右翼どもに対する論破に役立ってきたHPですが、その著者である管理人Dien氏には著しい幻滅を抱いた次第です。そういうことも含めて報告します。
インドネシア人からは日本軍の加害事実や非難については全く聞かなかったとのことですが、あなた自身が積極的にアプローチしなかっただけでしょう。インドネシアの歴史教科書の日本軍占領時代の項目を訳して、その占領時代について実際のインドネシア人の口から体験を聞き、その日本軍占領時代を生きたインドネシア人の痛み、苦しみに思いを致したり、与えた被害をインドネシア人に対して謝罪しようというような気持ちを抱かなかったのでしょうか?そうであれば、とんだボ○クラ以外の何ものでもないですよ、Dien氏?インドネシアの歴史教科書を訳すことで直に加害歴史を認識する機会があったのにも関わらず、インドネシアの地で何をしてきたのですか?
私がDien氏に言いたいことは以上です。私の失望は想像以上に深かったです。ボロクソに言いますが、私のDien氏に対する本音です。私自身のブログのこの記事をもってDien氏に言わせて頂きます。

万が一Dien氏の反論があったときのために、尚この記事についてはコメント承認制を取りたいと思います。
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2010年03月22日

タケノコ診療所ブログへの投稿とタケノコ医者さまとのやりとりの報告

タケノコ診療所ブログ
http://indonesia.takenokoshinryojo.com/へも投稿を行いました。インドネシアのバリ島において医療を行って行っている方で、インドネシアの老人(日本軍の占領時代経験者、生き証人)にもお会いしたことがあり、そのいう話をしっている可能性が高いと判断し、投稿を行いました。
ブログ主であられるタケノコ医者氏とのやりとりを紹介します。結論としては日本軍占領時代の情報および加害情報については得られませんでしたが。かなり長い返答を頂いたので報告致します。

◎私の投稿
はじめまして。

過去の日本の歴史について関心があるものです。現地で医療に携わっていれば、インドネシアの高齢者と接した経験があると思います。
日本軍占領時代を生きたインドネシアの高齢者(生き証人)の方から日本軍や占領時代について直接お話を伺ったことはございますか?
教科書や書籍、資料には載ることはない、一人ひとりの方のドラマについて一番関心を抱いています。お話を伺ったことがあれば、詳しく教えていだたけないでしょうか?

◎タケノコ医者氏の返答
 日本人は インドネシア独立のために働いた尊敬すべき侍の国だ・・というのが 普通です。日本にひどい目にあった・・などという話は 一回として聞いたことがなく 日本人として誇りに思っています。
 平均寿命が短いインドネシアでは 戦争を知っているような老人はほとんどいないので 会ったことはないのですが 祖父や父親が 日本人と共に独立戦争を戦ったという話は聞いたことがあります。父は 日本人を尊敬して 自分にも日本式の名前をつけたというタクシーの運転手に会ったこともあります。
 過去をどのようにひっくりかえして意味つけるのも自由ですが 日本人は 戦前も戦後も そして現在も インドネシア人の友であり続けています。
 中国や韓国の人々の中には 過去の日本の間違い(?)を必要以上に強調する人々もいますが インドネシアでは そのうような論調はなく 住めば住むほど 愛すべき国 日本の本当の友好国になれる国だと感じます。
 トヨタも ホンダもパナソニック そのほか多くの日系企業が インドネシア人のスタッフを何万人も雇用し 日本とインドネシアの経済を支えるべく努力しているのを眼にするにつけ 日本とインドネシアの未来を信じたい・・という気になります。
 過去のこと それも日本の帝国主義だの侵略だのという言葉を 一回でもインドネシア人から聴いたことはなく 反対に「カイゼン」をトヨタで学んだ・・と誇らしげに言うインドネシア人には 何人も会いました。
 あなたの期待とはまったく反対の国がインドネシアのように思えます。ご自分で 確かめられんことを望みます。インドネシア語を勉強されて来ていただきたいです。合掌。

インドネシアでは独立のために働き、日本が尊敬すべき侍の国だの、そして侵略を非難する声は存在しないなどという返答に頭にカチンときました。実際には日本軍の侵略を非難し、オランダ以上に残酷であり、また慰安婦被害等の補償を求める声は実在しているのです。

で、◎次の私の返答です
タケノコ医者さま、詳細な返答をありがとうございました。
しかし、いくつかの疑問があります。
インドネシアでは日本の過去を非難するような論調がないというのは嘘だと思います。日本人社会に篭って自身が知ろうと努力してないだけなのではと思います。

インドネシアの歴史教科書の日本軍占領時代の項目
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/bahasa_jepang2.htmlがあるのですが、そこではオランダよりはるかに酷い日本軍の非人道的支配について触れられています。日本軍性暴力被害者(マルディエムさんなど)をご存知でしょうか?
ともあれ、詳しい返答には改めて御礼を言います。今後、もし日常の生活や医療の業務の中でインドネシアの日本軍占領時代を知る高齢者の方々に万が一でも接する機会があれば詳細な話を聞いてください。
最後にカノサバ症候群というセックス依存症を取り上げられてますが、その最たるものが日本軍の兵士たちだと思います。南京事件や日本軍兵士の性暴力や従軍慰安婦制度にみられるものです。戦争という狂気以上に、大日本帝国・日本軍では青少年らを人々の生命を奪うことをためらうという良心を捨てさえ、国家や組織の命令に絶対服従する狂気の野獣戦士に育て上げたのです。そういう歴史を知って頂きたいと思います。
できるだけ、穏便にとどめることを心がけていましたが、先のタケノコ医者氏の返答に頭がカチンときて、ほぼ脊髄反射的に右翼を攻撃する論調になってしまいました。タケノコ医者氏とのやりとりについてこの後もいろいろ行ったのですが、それについては省略したいと思います。
タケノコ医者氏からは有力な情報は得られませんでした。タケノコ医者氏の言い分には腹が立ったのも事実ですが、インドネシアでは日本軍の一部の兵士たちが独立戦争を戦い、英雄視する人、また、タケノコ医者氏が日本人を尊敬し、子どもに日本名をつけるようなインドネシア人の父親にあったというのも事実なのでしょう。しかし、インドネシアでは日本軍の占領時代が悲惨を極め、農業も停滞し多くの餓死者がでたこと、強制労働をインドネシアの民衆に課して苦しめたこと、女性を性的に搾取し多数の性暴力被害者を出し貞操を奪い、生涯苦痛を強いられた女性が存在するという事実存在することも認めなければなりません。
そのタケノコ医者氏とのやりとりで、Dienという方からの返答も得られました。次のエントリーで報告します。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ママハナのロンボク日記のママハナさんとのやりとり

ママハナのロンボク日記
http://mamahana.blog.so-net.ne.jp/ にも情報を求めて投稿を行いました。ママハナさんのブログは有名ブログで、常に人気の上位をキープするほどの有名なブログだそうです。一応情報が得られましたので報告したいと思います。

◎私の投稿
はじめまして。アクアリウスと言います。
こういう子供たちの遊ぶ風景は懐かしいですね。日本ではあまり見ないですね。
ところでですが、私はインドネシアにおける日本軍の占領時代について関心を抱いております。とはいっても、書籍や資料によるものではなく、生の体験者からの話を知りたいと思っております。生の体験者からの聞いた体験談やお話があれば、詳しく教えて頂けないでしょうか?ブログの記事にしてもらっても構いません。あれば、お待ちしております。
◎ママハナさんの返答
■アクアリウスさん

こんにちは 訪問ありがとうございます。
インドネシアの子供は自分の子供時代を思い出します。
ただし私の時代でも道のど真ん中で素っ裸になる子はさすがにいなかったけど(苦笑)
ところで戦争時代の話ですが う〜ん主人の父の兄がまだ存命でマラン(ジャワ)に住んでいますが戦争中に通訳をしてたらしく お会いした際は私(わたし)という言葉を「わたくし」なんて言ってまして昔の人はきれいな日本語を使ってたんだな〜とそれくらいの印象しかなかったです。(最近あっていません)
2年前に亡くなった親戚のおばあさん(インドネシア人)も当時小学生とかで 日本の戦時中の歌を覚えていて私の母がこちらに来た際一緒に歌っていました。
あまりひどい話は聞いていませんし 彼らは日本人の私に対しても好意的でした。

とのことです。
残念ながら、加害情報につながるものは得られませんでした。日本軍に対して酷い話を聞いてないのに、聞いたと捏造すれば、それは歴史修正主義なので、このまま紹介したいと思います。
最後に一応ママハナさんから応援のメッセージを頂きました。
■アクアリウスさん

日本のような長生きの方 今のところあまりおられないし戦争知ってる人も少なくなってるので情報集めるのも大変ですね^^;
がんばってください。
ママハナさん丁寧な返答を頂きありがとうございました。
後でママハナさんのブログを"日本軍"というキーワードで検索して調べてみましたが、ママハナさんの接した日本軍占領時代の生き証人は日本軍に対してそれほど悪い感情を抱いていないというのは本当のようです。ほんとうの心の奥底ではどうかは分かりませんが。

にほんご
http://mamahana.blog.so-net.ne.jp/2006-05-28
場所は変わってインドネシア、ここも終戦前3年くらい 一時日本が占領してた時代がありました。
やっぱり日本はその間 現地の人々に日本語を強制していたようで私のオットの親戚の現在70歳半ばくらいの人の何人かは日本語ができたりします。
オットの叔父さんは 日本語で話をするとき 「私」というのを「ワタクシ」と表現するあたり当時の日本人は上品な言葉を使っていたんだろうなぁと思うのでありました。

私の両親が初めてロンボクに来た6年前  こちらの家族との夕食のときに母と同じ年のおばさんが戦争時代に習った日本の歌を 母と2人で歌ったのを嬉しいような なんだか変な気分で聞いていたのを覚えています。
ただ 両者(韓国とインドネシア)の日本人への感情は同じように日本語を強制されていても なんだか全然違うんですよね。
インドネシア人は 日本人に対して 憎しみ、ライバル意識の感情はありません(たぶん。。。)
歌を歌ったおばさんも 戦時中の楽しい思い出の歌、というカンジでくったくなく まるでその歌を習った時の少女のような顔だったのが印象的でした。

マランの叔父さん
http://mamahana.blog.so-net.ne.jp/2006-12-15
叔父は 第二次世界大戦中 終盤にインドネシアが3年ほど日本の占領下にあったころに日本語の教師をしていたらしく片言ではありますが日本語ができます。
(略)
他にも 戦時中 小学生だったという叔母さんも 日本語の歌を覚えていて私の母がロンボクに来た時に 一緒に歌っていたりしました。 
現在70代中盤以降の人は こんな風に日本語知ってる率が高いようです。

中国や韓国と違って インドネシアでの年配の人の当時の日本のイメージって戦争中のドサクサで 長いオランダ支配から 独立するキッカケを作ってくれた国という良い印象があるような気がします。
だって叔父は私を見ると 本当に懐かしそうに日本語を喋りますから。

とのことです。日本軍の加害情報を伝えるどころか、逆に右翼の歴史美化を宣伝しているような気分に陥ってきました。ママハナさんの言うことですから事実なのでしょう。捻じ曲げてまで、日本軍の加害や蛮行の事実があって、ママハナさんの接したインドネシアのご年配の方々は恨んでいる、また少なくともロンボク島においては日本軍の残虐行為や酷い被害があったなんていうことを現段階において主張することはできません。これはまた、別の歴史修正主義に走ることなりますから、そういうことは断じて慎まないといけません。もしかしたら、ロンボク島では例外的に駐屯した日本軍部隊が他の地域よりもマシだったのかもしれません。さらに、情報を集めて、結論を出す必要があるようです。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:48 | Comment(3) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インドネシア 発日本行き興行ビザやサムスルの写真日記への投稿に対する返答の報告

現在は主にインドネシア関連のブログに"日本軍占領時代を経験した方から直接話を聞いた体験"を求めに投稿を行っております。今、現代のところ、日本軍の加害情報については有力なものは得られておりません。投稿のうち、未だに返ってきたないものや消されたものも多くあります。"日本軍占領時代の経験した方から話を聞いたことがない"という返答もありました。それらについては報告はしません。

一応日本軍占領時代を経験した生き証人から話を聞いたことがあるという返答が得られた方についてここに報告します。

まずお二方の分

@インドネシア 発日本行き興行ビザ
http://jakarta-promo.at.webry.info/に対して投稿を行いました。それなりの返答をいただきましたのでやりとりを報告します。
◎私の投稿
はじめまして、アクアリウスと言います。私は過去の歴史に対して関心をもっています。とはいっても、特に興味があるのは、資料や書物に書かれた歴史ではなく、生の人間から語られる歴史についてです。インドネシアは過去、日本軍によって占領されていましたが、インドネシアの日本軍占領時代を経験したことのある高齢者(生き証人)の方から実際に日本軍やその占領時代についてのお話を聞いたことはございますか?あるなら詳しく教えて頂けませんでしょうか?
◎相手側の返答
はじめまして。アクアりウスさん。。

私もジャワの歴史には事の他興味があり、現地で写真や新聞、貨幣、統治の関連資料などを集めたり、当時を生きたインドネシア人や華僑人のお話をインタビューさせていただく機会もありました。


生き証人である人々とは、それほど多くはないですが、日本統治時代の話を伺ッたこともあります。特に、私は、ぺタ(日本軍が兵員の不足を補う為にインドネシア人を教育した義勇軍で、現在のインドネシア国軍の前身となる)で教育を受け、日本軍との戦争終結後にオランダとのインドネシア独立戦争を戦ッた人との話などもあります。かなり高齢の方でしたが、背筋ものび他のインドネシアの高齢者とくらべると背丈も高く、言葉もはッきりとして印象的にはピシッとしている方でした。


後日、おりを見てそのような、直接伺ッた話として、戦時から戦中、そして戦後の、インドネシアの激動の時代のお話しなど記事にしようかと思います。。


ということで、日本軍占領時代について実際に体験した方から伺った話を記事にしてくださるようです。私も気長に待ちたいと思います。インドネシア 発日本行き興行ビザの管理人さんには丁寧な返答を頂き感謝いたします。

A続いては
サムスルの写真日記
http://samsulspho.exblog.jp/に対して投稿を行いました。こちらについても返答が得られましたのでやりとりを紹介したいと思います。
◎私の投稿
サムスルさま、はじめまして。インドネシアに長い間在住していたということですが、インドネシアの地において日本軍の占領時代の生き証人(老人)の方から直接お話を聞いたことはありますか?
◎サムスル氏の返答
アクアリウスさん、福祉友の会の元日本兵の方や、インドネシアの老人からも話しを聞きました。
◎私の再度の質問(投稿)、具体的に日本軍の加害情報について聞き出そうとしました
サムスルさま、ありがとうございます。
特にインドネシアの老人からお話を聞いたということですが、具体的にどういった内容でしたか?日本軍への恨み辛みが一番多かったのでしょうか?
◎サムスル氏の返答
インドネシアの人は、あまり悪口は言わないので、そういう話は中々聞けませんでした。
ただ、心の奥にはあるのでしょうね。
との返答で有力な日本軍の加害情報は得られませんでした。心の奥底にはあるそうですが、心の奥底までインドネシアのご老人の声を引き出すということはされなかったようです。サムスル氏は完全に帰国されたようですので、これでやりとりのほうは終了です。さほどの成果は得られませんでしたが、日本軍占領時代を経験さえた生の証人とお会いし、実際にお話を聞かれた方ということで紹介しました。ともあれ、サムスル氏には一応の返答を頂き感謝致します。以上です。報告はさらに続きます。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:46 | Comment(4) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このカテゴリーについて

私は最近、ブログや掲示板等のコミュニティに積極的な書き込みを行っております。そのアプローチにおいて得られた結果をこのカテゴリーにて報告しようと思います。
それが大日本帝国・日本軍による加害の情報であれば、

各国民衆の大日本帝国侵略・戦争被害情報コーナー
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/category/1157220-1.html
に報告しますが、そうでない場合とりあえずこのカテゴリーに報告致します。

活動報告ですが、その私の書き込み活動において特に報告すべき成果が得られなかった場合は報告はなしです。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:03 | Comment(8) | TrackBack(0) | 私の活動報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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