2006年05月03日

「歴史教科書をつくる会」の深刻な内紛

[AML 6938] 「歴史教科書をつくる会」の深刻な内紛 より転載
  半月城です。

 戦前の「国粋主義的な愛国思想」を連想させる歴史教科書を出したことで知られる「新しい歴史教科書をつくる会」の内紛が深刻なようで、産経新聞をまきこんで泥仕合をやっているようです。 産経新聞が問題になったのは、つぎの記事でした。
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「つくる会、八木氏を副会長に選任 夏までに会長に復帰へ」
                  産経新聞(2009.3.29)
 新しい歴史教科書をつくる会は28日の理事会で、会長を解任されていた八木秀次理事を副会長に選任した。7月の総会までに会長に復帰するとみられる。同会の内紛は事実上の原状回復で収束に向かうことになった。
 つくる会は先月27日、無許可で中国を訪問したことなどを理由に会長だった八木氏と事務局長だった宮崎正治氏を解任。種子島経氏を会長に選任していた。副会長だった藤岡信勝氏も執行部の責任を取って解任されたが、2日後に「会長補佐」に就任していた。
 しかし、地方支部や支援団体から疑問の声が相次いだことなどから再考を決めた。藤岡氏は会長補佐の職を解かれた。種子島会長は組織の再編などを進めた後、7月に予定されている総会までに八木氏に引き継ぐとみられる。宮崎氏の事務局復帰も検討されている。
 理事会では西尾幹二元会長の影響力を排除することも確認された。(以下略)
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 「つくる会」では、公民の教科書を書いた八木氏(高崎大教授)と歴史教科書を書いた藤岡氏(拓殖大教授)、両巨頭間の対立は公然の事実ですが、上記の理事会では八木派が西尾・元会長に近い藤岡氏を執行部から排除したようです。
  しかし、これで理事会から藤岡派が排除されたわけではなく、逆に同派の反撃が開始されました。その第1弾が産経新聞に対する抗議で、「つくる会FAX通信」第170号は抗議文をこう掲載しました。
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 『産経新聞』(3月29日付朝刊)で報道された理事会の内容は、憶測を多く含んでおり、「つくる会」本部として産経新聞社に正式に抗議しました。とくに、「西尾幹二 元会長の影響力排除を確認」「宮崎正治 前事務局長の事務局復帰も検討」は明らかに理事会の協議・決定内容ではありませんので、会員各位におかれましては、誤解
することの無いようにお願いします。
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  先の新聞記事を書いたのは、産経新聞社 教科書班の渡辺浩氏ですが、同氏は抗議に対し、こう反論しました。
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 本日午前、新しい歴史教科書をつくる会 事務局員の鈴木尚之氏から私に対し、組織内を収めるために抗議しなければならないという趣旨で電話があり、「あなたのお立場も大変ですね。聞きおきます」と返答しました。
 しかしFAX通信に掲載されるに及び、私は種子島経会長あてに文書で厳重に抗議しました。抗議の内容は@昨日の理事会で「今後は西尾氏を無視する」旨の確認がなされたことは取材で判明しているA宮崎氏の事務局復帰については理事会で議論されたとは書いていない(執行部で検討されていることは事実であり、現に4月からの復帰が固まっている)−です。
 FAX通信の内容は事実に反しており、引用は嘘を増幅することになります。この事実を知った後も「捏造記事」などの誹謗中傷を不特定多数の閲覧に供することが続くようであれば、刑法の名誉毀損罪を構成することをここに警告致します。

平成18年3月29日午後8時5分
産経新聞社教科書班 渡辺浩
http://nishiokanji.com/blog/2006/03/post_305.html
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  渡辺氏は「刑法の名誉毀損罪」を云々するなど、ただならぬ気配ですが、それほどに産経新聞と藤岡派との関係は険悪なようです。
  藤岡派は反撃の第2弾として、記事取材源の八木氏を追求し始めたようです。その事実は「つくる会 FAX通信」第173号(2006.5.2)にこう掲載されました。
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 3月28日の理事会で、理事間の内紛は一切やめる、今後は将来についての議論のみ行い過去に遡っての糾弾は行わない、との方針を決めた。ところが、翌日の産経新聞が不正確な記事を出し、その取材源の追及が始まった。さらに一部の理事は、4月7日、会の活動とは関係のないことをことさら問題にして、八木氏を査問にかけるべきだとの提言を行ってきた。私(種子島会長)は峻拒した。
http://www.tsukurukai.com/fax-news/fax-news173.pdf
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 「つくる会」の公式サイトは、もはや内紛を隠そうともしないようです。というより、とても隠しおおせないほど内紛は深刻なようです。
  藤岡派とみられる東京支部は、ホームページの冒頭に露骨に<ブログ「藤岡信勝ネット発信局」>へのリンクを張ったくらいでした。また、東京支部の掲示板には会員の声としてそうした軋轢が赤裸々に書かれ、事態の推移が一目瞭然です。たまりかねた「つくる会」本部は掲示板へのリンクを断ったことを公表しました。
http://tsukurukaitokyo.hp.infoseek.co.jp/

  本部の FAX通信に書かれた「4月7日」の事態というのが気になりますが、これは藤岡氏により同じ通信でこう説明されました。
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 4月3日、(産経新聞の)渡辺記者は藤岡理事に面会を求め、藤岡理事に関する「平成13年 日共離党」という情報を八木氏に見せられて信用してしまったが、ガセネタであることがわかったと告白して謝罪した。6日には、謀略的怪文書を流しているのが「八木、宮崎、新田」であると言明した。
 福地理事は、事態は深刻であり速やかに事の真相を糺す必要があると判断、4月7日に種子島会長に八木副会長から事情聴取する必要があると進言したが拒否された
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  先日、国会ではガセネタで民主党党首の首が飛ぶといった事態に発展しましたが、「つくる会」でもガセネタで産経新聞まで巻きこんで大騒動が展開され、結局は会長、副会長の首が飛んだようです。同通信173号は理事会(4月30日)での討論をこう伝えました。
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討論の流れ
 田久保理事から、「藤岡理事は八木氏宅へのファックスにたった一言書き込んだ言葉について八木氏の自宅に赴き、夫人に謝罪した。藤岡氏の党籍問題に関するデマ情報の流布は極めて重大な問題であり、八木氏はそれを他の理事などに公安調査庁の確かな情報であるとして吹聴したことについて藤岡氏に謝罪すべきである」との発言がありました。事実関係についても、参加者から具体的な補足情報の提供がありました。
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 藤岡理事は、八木氏が世間一般の基準よりもより高い倫理的規範を求められる当会の最高幹部でありながら、このような反社会的行為を繰り返したことは決して許されないことであり、会則20条の除名処分に該当するとしつつ、終戦後「天皇を守ろうとした人びとは、気づく、気づかないは別として、独善、猜疑心、悪意、流血が連鎖、循環する悲劇を繰り返すまいとしたのである」という鳥居民氏の言葉を引用して、八木氏らが「理事会と会員に対し、事実を認め、心から謝罪するなら、すべてを水に流して、大義のために、会と会員と国民のために、手を結びたい」と提案しましたが、応答はありませんでした。
 議論は2時間半以上にわたって続きましたが、結局八木氏は謝罪せず、種子島・八木両氏は辞意を撤回するに至らず、辞任が確定しました。この両氏の辞任に続いて、新田・内田・勝岡・松浦の4理事も辞意を表明(松浦氏は欠席のため文書を提出)、会議場から退出しました。
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 結局、「反社会的行為を繰り返した」八木氏が副会長を辞任し、理事会を蹴って退席したようですが、そのような人が書いた公民の教科書は、はたして信頼するに値するでしょうか?
 八木氏は「世間一般の基準よりもより高い倫理的規範を求められる当会の最高幹部」であるべきなのに、会内部からそのような資格がないと断定されるような人物なので、八木氏が書いた公民教科書を採択した地方自治体は、今からでもその採択を取り消すべきではないでしょうか。
  八木氏は辞任するにあたり、その理由を「つくる会FAX通信」第172号で下記のように流したとされますが、その号は「会の混乱を企図した許されざる行為」としてすぐさま撤回されたことが「つくる会FAX通信」第172号で明らかにされました。
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 さて私は、本日をもって本会の副会長・理事を辞任し、同時に正会員も辞して、名実共に本会を去る事に致しました。
 (今年2月)会長を解任された後、3月末に副会長に就任し、7月の総会で会長に復帰する予定でありましたが、その路線を快く思わない一部の理事が会の外部と連動し、私の与り知らない問題で根拠も無く憶測を重ねて嫌疑を掛け、執拗に私の責任を追及し始めました。私としては弁明もし、何とか「理事会」の正常化が出来ないものか、と思って耐え忍んで参りましたが、この半年間を通じて彼等との間ではいつも後ろ向きの議論を余儀無くされ、その結果、遂に志も萎え、肉体的にも精神的にも限界に達するに至りました。また、これ以上、家族にも精神的負担を掛けられない、と判断致しました。
 本会は発足以来、定期的に内紛を繰り返して参りましたが、"相手変わって主変わらず"という諺がある様に、今回は私などがたまたま<相手>とされたに過ぎません。<主>が代わらない限り本会の正常化は無理であり、また発展も未来も無いものと判断し、止む無く退会を決断した次第です。
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  八木氏が指弾する<主>とは藤岡氏、「会の外部」とは西尾幹二・元会長をさすようです。西尾氏は「つくる会」を離れたものの「院政」を取り沙汰されるくらい影響力が強く、4月19日、ブログ「近況報告」で八木氏をこう批判しました。
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 「つくる会」に残った人の中にも少数だが理想を失っていない人がいる。彼らは「事務局長の資質」「八木会長の指導力」に疑問を突きつけてきた。彼らは世間に広くまだ名前を知られていない。彼らがいや気がさして会をやめれば、そのときこそすべての幕が閉じるであろう。
http://nishiokanji.com/blog/cat34/
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 「つくる会」を憂慮する西尾氏は、「つくる会」を離れた後もそれなりの策動をこころみていたようです。そのひとつが「藤岡会長擁立案」でしょうか。それがあらわになりました。西尾氏はそれを先の「近況報告」でこう告白しました。
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 証拠書類は私が過去に藤岡氏に出したメール(2月3日付)である。私信が回り回っていつしか覆面の脅迫者の手に渡っていて、脅迫文と一緒に、藤岡氏が「西尾の煽動に反論して」八木氏に屈服した証拠書類としてファクスで送られてきたのである。
 このメールは私が藤岡氏に「つくる会」の会長になることを強く要望し、藤岡氏がためらって逃げ腰であることに私が失望したという内容の、互いに正直に内心を打ち明けた往復私信であって、一枚の紙に二人で書き込まれ、ファクスで往復された
(後に全文を公開する)。
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  西尾氏がもっとも信頼していた藤岡氏ですが、格言「昨日の友は今日の敵」さながら袂を分かったようです。西尾氏は上の文章にこうつづけました。
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 この2月3日付の「西尾・藤岡往復私信」が3月末日に覆面の脅迫者の手に渡っている事実からいえることは、まず第一に藤岡氏が私信を無断で他に流用した道義的罪である。第二に藤岡氏は敵対している勢力--八木秀次・新田均・宮崎正治の諸氏に脅迫されたか何かの理由で屈服し、秘かに私を裏切って、内通し、相手への自己の忠誠を誓うしるしとして差し出しているのではないかという私の疑問である。
 私は早くからこの疑問を抱いて、今回の怪メール事件のクライマックスはこれだと踏んでいた。なぜなら「西尾・藤岡往復私信」の西尾・藤岡以外の所有者が、覆面の脅迫者であり、彼こそ他でもない、「怪文書2」の作成者並びに発信者と同一人となるからである。犯罪人を突きとめる立証のカナメである。
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  西尾氏は藤岡氏の「道義的罪」を問い、かれを「裏切り者」扱いにしているようです。こうなると猜疑心はますます深まるばかりで、西尾氏は藤岡氏の「共産党員」時代を問題にし始めました。
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 藤岡氏にもひとこと、多くの人が口にする正直な疑問を私がいま代弁しておく。共産党離党は平成3年(1991年)であると信じてよいが、それでも常識からみると余りに遅いのである。先進工業国でマルクスは60年代の初頭に魅力を失っていた。68年のソ連軍チェコ侵入は決定的だった。左翼は反米だけでなく反ソを標榜するようになり、いわゆる「新左翼」となった。私は彼らは理解できる。しかし70年代から80年代を通じて旧左翼、民青、共産党員であったことはどうしても理解できない。
 青春時代に迷信を信じて近代社会を生きつづけることがなぜ可能だったのか。藤岡さん、やはりあなたが保守思想界に身を投じたのは周囲の迷惑であり、あなたの不幸でもあったのではないか。私はあなたが党との関係史を一冊の本にして、立派な告白文学を書いて下さることを希望しておく。
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  藤岡氏に「あなたが保守思想界に身を投じたのは周囲の迷惑であり、あなたの不幸でもあったのではないか」と語りかける西尾氏ですが、それならそのような人を「つくる会」の会長にと画策した西尾氏の見識が問われるところです。
  そもそも、かつて共産党員であった人が「つくる会」を支える宗教団体などと協調できるのかどうか疑問です。内紛の根源の一端はそこにあるような気がします。
  かつてマルクスは「宗教はアヘンである」と述べましたが、転向した共産党員が宗教の理解者になれるのかどうか疑問です。おそらくそうした困難のため、藤岡氏は日本会議系の理事たちと長年にわたり暗闘を繰りひろげてきたように思えます。

  日本会議派は、その地方組織が「つくる会」のそれとかなり重なるだけに発言力も強く、西尾幹二氏もブログで「つくる会」事務局の人事は日本会議の承認なしには動かせない実態となっていると明らかにしたくらいでした。
  蛇足ですが、日本会議派の生い立ちは「日本をまもる国民会議」と「日本を守る会」が統合する形で1997年に発足しました。「日本を守る会」には、神道・仏教系宗教・修養団体中心、統一協会、キリストの幕屋などがメンバーになっていました。なかでも「幕屋」と「つくる会」との関係は深いようで、俵義文氏はこう記しました。
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 (前会長の種子島経氏は)「原始福音キリストの幕屋」という国粋主義・天皇主義の宗教組織との関係が指摘されている。また「幕屋」と「つくる会」の親密ぶりは有名で、「つくる会」の会員の4分の1は「幕屋」のメンバーだという内部情報もある(注)。
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  昨年、宗教団体などをバックに持つ宮崎正治氏を西尾氏や藤岡氏が追い出そうとしたようですが、それが一連の内紛の始まりだったようで、俵氏はこう記しました。
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教科書採択「惨敗」責任のなすりあい
  今回の内紛の一番の原因は、昨年の教科書採択における採択率が、歴史 0.39%、公民 0.19%と「惨敗」(八木)した責任のなすりあいだと思われる。
 「つくる会」の内部情報によれば、昨年9月に西尾・藤岡が採択の責任を宮崎に押し付けて解任しようとしたが、後述するように宮崎擁護派の理事が反対し、宮崎も退任に応じなかったということである(西尾は、八木もこの段階では宮崎解任に賛成だったと、自らのホームページ「インターネット日録」に書いている)。
  西尾が「日録」に掲載した「『つくる会』顛末記」や内部情報によれば、10月から1月にかけて、宮崎の解任をめぐって、日本会議派の理事(内田智・勝岡寛次・新田均・松浦光修)と西尾・藤岡グループの間で泥仕合のような応酬がつづいていた。
  この4理事は「抗議声明」を出したり、新田が西尾の理事会への出席資格を問題にしたり、八木が全く相反する内容の声明を2回出したりするなど、醜い泥仕合を演じている。
  そして1月の理事会で「会に財政的損害を生じさせた」という理由で西尾・藤岡らが宮崎を解任しようとしたが、八木・日本会議グループが抵抗し、逆に西尾が退任することになったのである。
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  さらに荒れたのが、2月27日の理事会だ。まず、藤岡と八木が議長に立候補し、投票の結果、8対6で藤岡が議長に選出された。
  次に宮崎事務局長の解任を8対6で可決。さらに八木会長、藤岡副会長の解任動議が出され、八木は6対5(棄権3)で、藤岡は7対4(棄権3)で、いずれも解任が可決された。・・・・・
  八木、藤岡は理事として留まったが、宮崎は退職させられ(事実上の解任)、副会長と事務局長が不在という異常事態になり、まさに、解体・分裂の「危機」に直面した。
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  新会長には種子島経理事(元副会長)が就任した。70歳の種子島は西尾の学友で、元BMW東京社長。・・・・・
  3月1日、新会長となった種子島と会長補佐に納まった藤岡が産経新聞社社長の住田良能を訪問した。しかし住田からは「今回の内紛に関しては、開いた口がふさがらない」と冷たくあしらわれたと言われている。
  また同月13日に扶桑社社長の片桐松樹を訪問した際も、片桐は2人に「あなた方とは連携できない。八木さんたちに新しい会を作ってもらう」と厳しく宣告したという。
  産経・扶桑社が八木を支持するのは、八木がフジテレビの番組審議委員であり、フジテレビの支持が背景にあるという内部情報もある(注)。
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  内紛はこれに納まらず止めどなく続きました。3月28日、藤岡氏が特別補佐を解任され、八木氏が副会長に就任しました。これは、冒頭に書いた産経新聞の記事が報道したとおりです。これでは会の名を「内紛をつくる会」と呼んだほうがふさわしいかも知れません。
  実際、「つくる会」の歴史は、内紛・内部抗争の歴史でもありました。過去のいざこざを俵氏はこう記しました。
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(1)草野隆光事務局長の解任
 結成からわずか1年後の98年2月、初代事務局長の草野隆光が解任された。大月隆寛は 『あたしの民主主義』の中で、草野を「Pさん」と仮名にして退任(大月は「追放された」としている)の経緯を書いている。「(追放の)経緯は本当に妙なものでした。事務局員との間が少しギクシャクしていたのをことさらに理事会がとりあげて、それを理由に放り出すというおよそ考えられないような仕打ちでした」

(2)藤岡信勝・濤川栄太 両副会長の解任
 99年7月29日の理事会で藤岡、濤川栄太 両副会長を解任、高橋史朗が副会長に就任した。藤岡は一理事として留まるも、濤川は怒って理事も退任した。解任劇の直接のきっかけは、『噂の眞相』が濤川の女性問題を追及したことだが、さらに根本的には藤岡と濤川の指導権争いにあった。
 当時、「つくる会」は都道府県支部づくりに取り組んでいたが、それを濤川が主導することを快く思わない藤岡が、濤川の女性問題などを理由に攻撃し、二人は公然とお互いを誹誇・中傷し合い、会の運営に支障をきたすまでになっていたのである。この時は、理事でもない小林よしのりが二人の解任と新副会長人事を理事に根回しし、理事会にも出席して「活躍」した。

(3)大月隆寛事務局長の解任
 大月の解任も草野の時と同様だったようである。『あたしの民主主義』などによると、大月は自律神経失調症で99年5月から3カ月間自宅療養をし、9月から活動に復帰したが、ある日 「事務所にたち寄った時に、西尾さんや藤岡さんが事務所の人たちを集めて何か話し合っていて、あれ、なんだろう、と思っていたら、露骨に人払いされた」。つまり、大月は追い出されたということである。
 そして、同月15日に西尾会長(当時)から手紙で「『君は思想的にこの会にいないほうがいい人間だ』などと退任を勧告された」。大月は、「病み上がりにようやく立ち上がろうとしたところを後ろからいきなり斬りつけられた」「どうしてこのような内紛(としか言いようがありません)が絶えないのか」と書いている。

(4)小林よしのり・西部邁の退会
 02年2月に「つくる会」が開催したシンポジウムで、基調講演した小林よしのりが、アメリカのアフガン侵略によって「無辜の民が死んでいる」とアメリカを批判したことに対して、八木、田久保、西尾、藤岡らが、「思想と政治は別。思想は反米だとしても、現実の政治では反米は選択肢たりえない」(「つくる会」会報『史』02年3月号)などと小林を批判、会場からも小林への激しい野次が飛んだ。これをきっかけに、小林・西部邁と西尾・八木・藤岡ら理事が対立し、当時理事待遇だった小林と理事の西部が退会した。
 これは、反米右派対親米右派との対立で、反米右派が「つくる会」と決別したということを意味する。小林は理事待遇を退任、歴史教科書の執筆も降り、西部は理事を退任して公民教科書の代表著者も辞めている(注)。
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  このように醜い内紛に明け暮れていた人たちがつくった教科書が教育的であるはずがありません。その点を俵氏は、下記のように指摘しました。
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 このように「つくる会」は、たえず醜い内部抗争をつづけできた非教育的な政治組織であり、そこには子どもや教育に対する視点や思いはまったく見られない。
 また、現行版歴史教科書の代表著者であり、改訂版歴史教科書の著者欄に名前がある西尾は、自分の原稿が岡崎久彦によって勝手に書き直されたことを理由に、改訂版には責任を持たないと言っている。
 さらに、まともな歴史研究者がほとんどいない著者陣の中で唯一名前が知られ、歴史教科書の監修者である伊藤隆も理事を辞めた。「つくる会」教科書は、著者・執筆体制が崩壊している状況であり、これから学校で使用される際に、内容の問い合わせなどに応答する責任をとれるのか疑問である。
 このような無責任な政治組織と人物がつくった教科書を採択した杉並区、大田原市、東京都、滋賀県、愛媛県の教育委員会の責任は重大である。今からでも採択を撤回すべきではないだろうか(注)。

(注)俵義文「「新しい歴史教科書をつくる会」内部抗争の深層」『論座』2006.6
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
 
以上、転載しました。「新しい歴史教科書をつくる会」の醜い内部事情が明らかになりました。つくる会とキリストの幕屋などのカルト宗教との係わり合いは指摘されてきました。ここまで醜い内部抗争を続けてきたとは知りませんでした。よくもこのような組織がつくる教科書を文部科学省は公認してきたものです。ごく少数ですが、このような教科書を採択した地方自治体もあります。「新しい歴史教科書」のシンパの右翼の皆様は、今回のつくる会の内ゲバ騒動を気に右翼思想をやめて、大日本帝国を憎み、過去の日本の侵略と加害の歴史を心に刻み、その被害者と犠牲者への償いをバネに、世界の平和と人権のために尽くす地球市民的良識リベラルに転向されることをお勧めします。以上です。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:37 | Comment(15) | TrackBack(20) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歴史問題ネットワーカーと反小泉・護憲運動ブロガーの集い

[AML 6936] 歴史問題ネットワーカーと反小泉・護憲運動ブロガーの集い より転載

AMLの皆さん今日は とほほです。

「南京への道」・史実を守る会(以下、守る会)では、このほど南京事件の加害側証言として幕府山捕虜大量虐殺に関する貴重な証言を行った栗原利一氏の当時の戦闘記録やスケッチなどのマイクロフィル化およびCD化を記念し発表会を兼ねた【歴史問題ネットワーカーと反小泉・護憲運動ブロガーの集い。】を「南京への道、朝日文庫」の著者本多勝一氏を交えて行います。

守る会は、日中戦争史に関する大変重要な情報と資料を収集し発信し続けてきたジャーナリスト本多勝一氏が、百人斬り競争と称する南京大虐殺の際に行われた事件を、その著書「南京への道」の中で日本社会に紹介し衝撃を与えたことはご周知のとおりですが、それをあろう事か南京虐殺をなかったことにしようとする右派勢力の卑猥な攻撃にあい名誉既存で訴えられたのを機に支援組織として発足した会です。
http://jijitu.com/

今回新たに発表される資料も「南京への道」で紹介された証言を裏付けるものとして公開支援します。

参加者を広く護憲運動・平和運動関係のネットワーカーにも求めます。護憲運動・平和運動関係のネットワーカーの中には「ブログ」と言うものがはやり始めた時期と「憲法改正」の動きが始まった時期が近いためかブロガーとして最近活躍を見かけるようになった方々が少なくありません。もちろん以前から平和団体を中心としてネットを活用しようとする動きはありましたが、右翼の攻撃でたちまち閉鎖、と言う事態は我々の良く知るところです。

最近見かける平和・護憲ブログは団体ではなく個人が中心です。こうした方々の中には、少なからず「中立を保つことで左右両派から広く護憲運動を展開すべき」と言う意見の方も少なくなく、仔細な対立には眼を瞑り大同団結すべき、と言うわけです。残念なことに歴史認識問題をその「仔細な対立」のひとつに計上している方も少なくありません(^^;

また一方で、歴史関係ネット論者の方々の方では、政治的な姿勢を見せたくない、と言う方も多いです。これはよく意味がわかります。つまり「歴史学に政治や思想・派閥など無関係である、どのような立場にあれ真実はひとつである」この科学的態度を保持したいと言う考え方だと思います。もちろん、であるからこそ左と呼ばれようがなんだろうが関係ない、として己の政治的立場明らかにして議論する論者も居られますが、ただ現実として歴史問題の議論中に関係ない議論をする羽目に陥ることもしばしばです。

代表例が、今回参加していただけることになった「本多勝一氏」ですね(笑)
彼は「左翼」なのでしょうか?
今回お会いできると言うことで聞いてみたいと思います(^^;
しかし、右翼のそうした印象操作攻撃は、相手を左翼とラベリングすることにより自分を右翼と位置づけ、政治的に中立でありたいと願う人たちへ「正論が、左翼へ偏った論である」と印象付けることに成功してます。現に今回利一氏のご子息が資料公開の決意をされたのも「本多勝一氏の言うことだから、栗原証言を信用しない」と言う方が身近に居られることが動機になってます。そこで今回栗原家から発見された資料が本多勝一氏取材による栗原証言を裏付けていることを世に知らしめたいと言うことなのだと思います。

ここに、歴史ネットワーカーと護憲・平和ブロガーの間に微妙なズレが生じているわけです。我々はこのズレを何らかの形で埋めて行きたいと考えるわけです。歴史認識問題こそ正に現代の右傾化・改憲の動きとは切っても切り離せない根本的な問題であることが栗原利一氏のご子息核心氏(ハンドル名)の講演する「南京事件と栗原家の戦後」でよくわかることだろうと我々は確信するからです。

開催日程及びプログラムは以下の通りです。多数の方の参加をお待ちしてます。

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○開催日: 5月20日(土曜日)
○場所: 新宿駅周辺
(具体的な会場案内は参加者の個人情報保護と安全を鑑み申し込みのあった方に、こちらから連絡します)
○プログラム
一次会:午後2:15〜午後5:00
参加費:〜4,000円(会場費の頭割りです現在参加が決定している20名での頭割り費用です、参加者が多いほど安価に付きます)
1、開会の挨拶と趣旨説明及び百人斬り裁判の経過説明
2、歴史修正主義と平和運動の戦後闘争史(本多勝一氏講演依頼予定)
3、南京大虐殺事件と幕府山捕虜殺害の概要(講演者未定)
4、南京事件と栗原家の戦後(核心氏、栗原利一氏ご子息)
5、栗原資料の歴史学的評価(講演者未定)
6、質疑応答・懇談会

二次会:午後5:30〜午後7:30
1、新宿周辺の居酒屋を予定してます。飲み放題一人2,000円から3,000円でいけるでしょう。楽しくにぎやかに親交を深めましょう(^.^)

○備考
今回発表される栗原資料のマイクロフィルム版およびCD版を実費のみで配布します。
マイクロフィルム版: 5,000円
CD版: 2,000円
CD版には無料閲覧ソフトが付属されてます、無料ではありますがソフト開発元の著作権保護の都合上住所氏名の記入と身分を証明するもの(免許証等)の提示が必要です、あくまで学術研究のため、とのことでお願いします。

○連絡先
「南京への道」・史実を守る会
http://t-t-japan.com/~honkatsu_suport/cgi-bin/signature/

○問い合わせ・参加申し込み先
【歴史問題ネットワーカーと反小泉・護憲運動ブロガーの集い】
担当
とほほ(平志朗)
tel: 082-889-0353
mail:
tohoho@t-t-japan.com
熊猫
tel: 090-3320-9311
mail:
heng2yu4@yahoo.co.jp

下記事項を担当まで電話・FAX又はメールでご連絡ください、追って担当より会
場をご案内します。

1、氏名(ハンドル名でも結構です)
2、電話番号『不特定多数への公募の為、参加者の個人情報及び安全確保と当集会に関する緊急連絡(多分ありません)が目的です、守る会が今回取得する個人情報はその目的以外に使用されることはなく厳重に保護されます』
3、メールアドレス(お持ちでない方は電話かFAXだけでも結構です)
4、主宰されているブログまたはWEBサイト名

申し込みをしたにも関わらず24時間以内に当方より連絡のない場合は とほほ 又は熊猫まで電話をお願いします。


以上で転載終了。良識派の方々で参加可能な方々は奮ってご参加ください。

posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:06 | Comment(10) | TrackBack(2) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「恨(ハン)之碑」沖縄に建立

[AML 6924] 「恨(ハン)之碑」沖縄に建立  より転載

「恨(ハン)之碑建立をすすめる会・沖縄」全国事務局の豆多と申します。

<このメールは複数のMLに配信していますので、重複して受信された方にはご容赦ください。転送は大歓迎です>

【「恨之碑」を沖縄の地に建立します。読谷村・瀬名波に】

●資金が不足しています。完成に向けて全国から募金のご協力をお願いします!

沖縄戦に強制連行され死んでいった元朝鮮人軍夫たちの思いを後世の歴史に刻み、再び加害者にも被害者にもならないという強い平和への決意を発信しようと、生存者である韓国在住の二人のハラボジ(おじいさん)の訴えから始まった「恨之碑」建立運動。その第一基目は1999年8月、日韓の多くの人々の協力を得て、韓国慶尚北道英陽郡の小高い丘に建立されました。それからほぼ7年。当初からの目標でもあった沖縄に「恨之碑」を設置する土地が、有志の方のご好意によりやっと決まりました。元軍夫の姜仁昌(カン・インチャン)さんが強制連行された地である慶良間諸島を見渡せ、遠く朝鮮半島に向かって伊江島まで臨むことが出来る読谷村・瀬名波の高台です。
今回の沖縄での「恨之碑」建立は、これで終わりではありません。これからの平和創世への私たちの意志を歴史に印していくチャンスでもあり、始まりであると考えています。

現在、新たに除幕式に向けた実行委員会を立ち上げ、事務局を軸に、全ての人々の「心に響く」除幕式をつくろうと全力で準備に邁進しています。幸いにも多くの皆さんのご協力を得て順調に準備がすすんでいます。韓国からは老齢と病身をおして姜仁昌(かん・インチャン)ご夫妻、徐正福(ソ・ジョンボク)さんご夫妻とご子息、太平洋戦争犠牲者補償推進協議会の李煕子さん、金銀植さん、の参加が決定しています。

下記のとおり、除幕式のスケジュールが決定しましたので、全国からぜひ多くの方々がご参加くださることを期待しています。

除幕式 午後2時より 建立地の読谷村瀬名波578−1(那覇方面から残波岬に向かって、「瀬名波入口」バス停の信号を左折し、一つ目を右に100メートル。当日は、案内板の設置や案内係も配置します)

レセプション 午後3時30分より 読谷村文化センター・中ホール(読谷村座喜味2901 読谷村役場庁舎となり)

参加費 1000円
今ひとつ、お願いです。建立に向けて、なお400万円以上の資金が不足しています。今一度の募金にご協力ください。何卒よろしくおねがいいたします。

●郵便振込先
●口座記号番号 01730−6−114356(右詰め)
●加入者名 恨(ハン)之碑建立をすすめる会・沖縄
●1口 2000円(可能な限りでけっこうですが5 口以上いただければとても
ありがたいです。もちろん1口以下でも喜んでお受けします)

「アジア太平洋戦争・沖縄戦被徴発朝鮮半島出身者恨之碑建立をすすめる会」
(略称)恨之碑建立をすすめる会・沖縄  
               tel/fax 098-938-5572
<共同代表> 安里英子(ライター)、有銘政夫(反戦地主)、平良修(牧師)
呼びかけ人 2006年4月3日現在、62名 

「会」の活動、経過、趣意書、背景について詳しくは、下記ホームページをご覧ください
WEB:
http://www.hannohi.com/
E-MAIL:info@hannohi..com
豆多 敏紀 e-mail  t-mame@f5.dion.ne.jp

集会やお知り合いへの呼びかけ、訴えにご協力いただける方は、上記いずれかへご連絡ください。すみやかに、趣意書、振替用紙等送らせていただきます。どうぞよろしくおねがいします。


AMLより転載しました。いい試みだと思います。沖縄にはたくさんの朝鮮人が強制連行され、軍夫として壕堀や弾薬運搬などの危険な作業に狩り出され、また、「スパイ容疑」や「逃亡未遂」などとして見せしめに虐殺された朝鮮人の方々も多いといいます。そんな中で沖縄戦で犠牲になった朝鮮人の思いに答え、戦後の世代として犠牲になった人々の苦難を心に刻み、加害への反省と償いの気持ちにたって犠牲になった朝鮮人軍夫の魂の恨を諌めるために沖縄県に恨之碑を建立しようと、有志が立ち上がりました。資金が足りていないようですので、良識派の方々は募金に協力をお願いしたいと思い、転載します。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:57 | Comment(6) | TrackBack(1) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

80年前の共謀罪的弾圧による死刑判決を考える

[AML 6852] 80年前の共謀罪的弾圧による死刑判決を考える より転載

Kamedaです。
4月29日をごまかしの「みどりの日」としていたのも今日限りですが、その日に生まれた昭和天皇ヒロヒトは摂政の時代から天皇国家の象徴として打倒対象とされてきた。そのうちいわゆる大逆罪を適用されたのは三例であるが(金子文子・朴烈、難波大助、李奉昌が大審院に付される)、もう一つ中浜哲、古田大次郎たちのギロチン社も金子文子・朴烈のケースと同様に摂政ヒロヒトへの攻撃の実行がないにも関わらず攻撃・打倒の意図を有していたことが死刑判決に結びつけられた。
とくに中浜哲が実行したのは「リャク」行為(活動への協賛金を出させる)だけで恐喝罪に相当する行為だけである。
 中浜哲は80年前、1926年4月15日に死刑を執行された。中浜哲とギロチン社の活動を考える講座を5月14日日曜午後一時から東京都内で開催する。関心ある方は下記E-メールへ問い合わせを。
kameda@s2.ocv.ne.jp 

ギロチン社の活動 

 中浜鉄と古田大次郎を中心とした活動組織がギロチン社。著名な会社へのリャク行為と資金獲得のための銀行員襲撃、関東大震災時の朝鮮人、大杉栄らの虐殺への復讐を目的とした労働運動社の和田久太郎(震災時の戒厳令司令官、福田雅太郎狙撃未遂)村木源次郎との共同行動、その後の爆弾使用が震災後の社会不安と相乗されネーミングも含め社会にインパクトを与えた。古田は現金の奪取を失敗、誤って銀行員を刺殺するが中浜も計画に関与として教唆(強盗殺人)で立件される。1925年5月5日の第三回公判で死刑求刑、5月28日無期懲役の判決となるも大阪控訴院で1926年3月6日死刑判決。4月15日午前10時に絞首された。恐喝以外の実行行為に一切関与しなかった中浜にも死刑判決が出されたのは、来訪していたイギリス皇太子や当時の摂政宮(後の天皇ヒロヒト)へのテロリズムの意志に対する報復判決で思想を裁いたと理解するしかない。中浜は「実際の神體 ──特別至上なる架空的権威を抹殺する為に闘争の力を以って...」(「闘争への道」) と獄中から寄稿した論文では天皇打倒を示唆。
http://www.ocv.ne.jp/~kameda/news-bunkokutom.html 関連データサイト
http://www.ocv.ne.jp/~kameda/miyashita.html 大逆罪弾圧関連サイト


考えさせられる投稿なので、転載しました。今から80年前ほどになるのでしょうか。戦前の大日本帝国時代にも、これから施行されるであろう共謀罪と同じような弾圧が起きていたのでした。中浜鉄氏は脅迫以外の行為において実行したことがないのに、死刑判決が下されました。社会主義者をはじめとしてひどい弾圧が行われました。共謀罪の成立を阻止し、暗黒の時代へと逆行させようとする動きを阻止しなければなりません。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:00 | Comment(10) | TrackBack(1) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月27日

軍隊のない国家−パラオ共和国

[AML 6817] 軍隊のない国家(6)−−パラオ共和国  より転載

前田 朗です。

4月27日

例によって軍隊のない国家です。

前田 朗「軍隊のない国家(6)――パラオ共和国」法と民主主義407号

法と民主主義407号

http://www.jdla.jp/houmin/index.html

特集は「日米安保と自衛隊の再編」と「尼崎事故1年と国鉄闘争」です。

私の文章の目次

一 非核憲法の顛末

二 「親日国家」

三 憲法政治の構造

さわりだけ紹介しておきます。

* ***********************************

 パラオは太平洋西部に位置し、日本の真南にあたる。面積四八八平方キロ(屋久島とほぼ同じ)、人口約二万人(二〇〇四年)の小国で、首都はコロールである(憲法では暫定的な首都とされ、バベルダオブに新首都が建設されることになっている)。

 人種はミクロネシア系、パラオ語が国語であるが、公用語はパラオ語と英語である。憲法もパラオ語と英語があるが、両者に相違のある場合は英語版が優先する。.宗教はキリスト教である。

 主要産業は観光業と漁業である。アメリカや日本の経済援助に依存している比率が高い。国家経済自体、アメリカからの援助金と観光業収入によって支えられている。農業・漁業生産物は主に自家消費用及び小規模国内市場向けである。製造業としては中国人労働者を使った縫製工場以外には見るべきものがなく、食料品をはじめ主な消費物資はほとんどを輸入に頼っている。産業面では一九九〇年代に観光業が大幅に伸び、観光客数は増加を続けたが、ここ数年は伸び悩んでいる。

 パラオ経済を実質的に支えているのはアメリカによる財政援助と、日米などが行っている大規模開発援助である。二〇〇九年にアメリカの財政援助が終了するので、それまでに経済自立を図ることが課題になっている。

 日本とパラオの関係も良く知られるところだが、第一次大戦時に日本軍がミクロネシアを占領し、一九二〇年、国際連盟から日本のミクロネシア(南洋群島)委任統治が認められた。一九二二年、南洋群島全体を管轄する南洋庁本庁がコロールに設置される。これ以後、日本は町づくりと産業育成を進めた。南洋拓殖を中心とする官営企業と、南洋貿易などの民間企業がミクロネシアの殖産興業にあたった。多数の日本人が移住し、貿易、海運、水産、ヤシ栽培、製糖業、リン鉱石採掘などを行なった。南洋庁の置かれたコロールは町づくりが進み、最盛期にはパラオ人一五百人に対して、日本人は一万三〇〇〇人に達したという(5)。

 第二次大戦では、日本軍とアメリカ軍の激戦の地となった。ペリリュー島とアンガウル島は日本軍玉砕の島として知られる。ペリリュー島の場合、戦闘開始前に島民の強制移住が行われたので戦闘に巻き込まれずに済んだが、戦後、帰島してみると島影はすっかり変貌していた。皇民化教育がなされていたため「パラオ挺身隊」が組織され、ニューギニア戦線に送られ、半数が死亡または行方不明となるなど、多くの被害を受けた。しかし、日本政府は現地の被害者にまともな戦後補償を行っていない(6)。

 第二次大戦後、アメリカはミクロネシア地域を他国に軍事利用させないために排他的な政策をとった。同時に、日本の影響を消し去るために、日本人がつくった町を破壊したという。多くの建物や道路が破壊されたまま放置された。しかも、アメリカ風な町づくりをしたり、アメリカ文化を積極的にもたらしたわけではない。長い間、ミクロネシア地域を閉鎖していたといってよい。人々を島嶼の檻に閉じ込めたままの「動物園政策」とも言われる。

 このためもあって、パラオでは親日的な雰囲気が強く、今日でも「親日国家」ということが強調されることが多い。ドイツやアメリカと違って、町をつくり、「文化」をもたらし、産業を育成したので、日本時代にはパラオの人々の生活水準も向上したからと言われる。

 確かにパラオの人々は日本人に好意的である。しかし、もともと歴史や記憶を大切にするパラオの文化にとって、日本との関係は極めて錯綜している。また、日本人の側で「パラオは親日国家だ」という声がやけに高いのは、むしろ奇妙なことですらある(7)。世界には一九〇を超える国家があるというのに。



(5)Exhibit of History and Culture during Japanese Administration
Period, Project for the 50th Anniversary of Belau National Museum, Belau
National Museum and Embassy of Japan in the Republic of Palau, 2005. 
は、当時のコロールの様子を模型や地図で再現したパラオ国立博物館展示のパンフレットである。

(6)第二次大戦の記憶に関連して、 Karen L. Nero, Time of Famine, Time
of Transformation: Hell in the Pacific, Palau. in: Geoffrey M. White &
Lamont Lindstrom (ed.), The Pacific Theater, Island Representations of
World War II, University of Hawaii Press, 1989.

(7)次の指摘に注意すべきである。「・・・年配の人の使う達者な日本語と、日本時代の思い出話につられて、パラオの人々は日本びいきだと単純に考え、パラオに投資してひと旗あげようと考えている日本人もいる。とんでもない心得違いである。もともとパラオの人たちが誰に何の迷惑もかけずに住んでいた土地へ、ドイツにかわる支配者として押しかけ、彼らの土地を勝手に使い、三等国民として皇民教育を受けさせ、時には強制労働をさせたりして、自分たちが利益を得たあげくの果てに無関係な戦争に巻き込んで戦禍を残して去っていったのが日本人である。しかも、頭越しのミクロネシア協定で戦時賠償をごまかそうとしている。パラオが経済的自立に苦しむ今、経済大国になった日本に援助を望むのは無理のないことである。そこのところを考え違いすると大変なことになる」(上原伸一、前掲書一〇四〜一〇五頁)。


前田 朗氏は平和憲法9条を守り、そして無防備条例の推進活動をされています。その中で軍隊のない国家シリーズに取り組んでおられます。今回パラオについては日本の植民地時代と親日国とされるパラオと日本の歪んだ関係に触れた冒頭文に関心を引かれ転載しました。

ミクロネシア、パラオ、マーシャル諸島および太平洋地域全般における大日本帝国加害事実
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/13728839.html
において、パラオにおける大日本帝国の加害事実について触れました。ずかずかと支配者(圧政者、悪魔)として島民(原住民)をはるかに上回る移民を送り込んで押し寄せて、三等国民としての皇民教育を受けさせて、時には強制労働、そしてパラオ挺身隊として戦地に送り込みました。従軍慰安婦の問題や、戦争中に進駐してきた日本軍による強姦などの性暴力の問題もあったのかもしれません。ペリリュー島のケースの場合、玉砕前に強制移住が行われ、島民を含む民間人の犠牲者はでなかったのですが、パラオなどを含むベラウ全島の食糧・生産供給する島がベリリュー島だったらしく、戦況の悪化による外部からの補給の寸断に加え、ペリリュー島が日本軍に占拠されたために、パラオの食糧事情は逼迫し、島民の半分が餓死したという。それらの犠牲者や被害者に対して日本政府はミクロネシア協定を盾に戦時賠償をごまかし補償を拒んでいるのである。
 パラオを以外のサイパン、グアムを含む北マリアナ連邦、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島においても、同じ侵略・植民地化を受けた韓国や中国と異なり、大日本帝国非難の声や戦争加害、侵略における補償追及や、靖国神社参拝反対活動の声はほとんど聞こえないが(実際に旅行した人(大学の知り合いetc)に尋ねたことがあるのだが、パラオ以外でも年配の人は日本語をしゃべり、日本の植民地時代を懐かしむような人も少なくないという)、これらの地域で大日本帝国が行った蛮行を真摯に受け止めて、決して世論が親日だとしても、日本国民は勘違いしてはならないのである。また、それらの地域でも大日本帝国や日本軍被害者の声を掘り起こし、パラオ挺身隊などで日本軍に動員されて犠牲になった遺族などを探しだし、中国や韓国と同じく日本の歴史問題に対して厳しく接してもらえるように環境を整えるのは若い世代の日本人、そして私(右翼討伐人)を含む良識派の役割である。私は太平洋諸国は大日本帝国の戦争責任や戦争加害や侵略の問題の大きなブラックボックスとして空いている空間である。右翼勢力は中国や韓国を避けて南に下る「海洋国家」論なる妄想を抱いているが、日本に巣食う右翼勢力に対して四面楚歌の状況を作り出す上で大きな役割を果たし、大いなる可能性を秘めているのが太平洋諸国・地域であると思います。。良識ある日本人であれば、太平洋諸国・地域に着目し、戦争被害者や反日本右翼・歴史美化反対世論の創出に尽くさなければならないのは言うまでもない。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:57 | Comment(9) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「昭和」と天皇制の歴史的責任を問う4.29集会とデモ

 いくつかお知らせを転載します。
[AML 6805]「昭和」と天皇制の歴史的責任を問う4.29集会とデモ  より転載

桜井大子です。

■4.29――「みどりの日」、そして来年からは「昭和の日」となる
その日が、目前に迫ってきました。
■4.29集会実行委から、この4.29という「祝日」に対する抗議行動への
再度のお誘いです。ぜひご参集ください。

* ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * ** * **
「昭和」と天皇制の歴史的責任を問う4.29集会

日時●2006年4月29日(土)13時15分開場  
場所●渋谷区立勤労福祉会館(JRほか渋谷駅/パルコ前)
講師●酒井隆史(大阪女子大学教員)/鈴木裕子(女性史研究)
  *集会後、デモを予定
主催●同集会実行委員会

【よびかけ】
アジア連帯講座/国連・憲法問題研究会/昭和天皇記念館・
廃館準備委員会/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」
強制反対の意思表示の会/ 明治大学駿台文学会/連帯社
(50音順)

【連絡先】
東京都新宿区上落合3―15―1―301 落合BOX
電話:090―3438―0263  

------------------------------------------------------------------------
【よびかけ文】

 九条改憲を軸として、日本が本格的な戦争国家となるための政治的・社会的再編が進行している。この攻撃は、戦後一貫してこの国の政治を深部で規定してきたアメリカとの同盟関係によって具体的に進められている。いわゆる「2+2」(日米安全保障委員会)によって昨年秋に発表された「日米同盟未来のための変革と再編」によって、自衛隊は地球的規模に展開している米軍の戦略のなかにはっきりと位置づけられた。米軍の指揮系統化に自衛隊を組み込むなど、日米安保体制はその軍事同盟としての役割を飛躍的に強め、米軍再編の名のもとに在日米軍基地機能の一層の強化が図られている。こうした同盟関係の要請に応じて、改憲攻撃は文字通りの「新憲法づくり」としてすすめられているのだ。
 この間の「皇室典範改正論議」は、秋篠宮妃紀子の妊娠が明らかになったことによって、当面先送りの様相を呈しているが、グローバリゼーションの進行のなかで、日本国家のナショナルな統合の軸であり続けている象徴天皇制と天皇主義が果たす役割もまた強化されている。私たちは、そのような状況のなかで、今年も四・二九という日を迎えようとしている。
 昨年の第一六二回国会で成立した「改正祝日法」によって、来年から、現在「みどりの日」である四月二九日を新たに「昭和の日」とし、「みどりの日」は五月四日に移動することとなった。
 私たちは「昭和の日」に反対する行動を続けていくなかで、侵略戦争の最高責任者であり、自らの延命のために敗戦を長びかせ、そのことによってアジアの人びと、国内の人びとを大量に殺した責任を負う昭和天皇ヒロヒトと天皇制国家の責任を糾弾してきた。そして、戦後においても国家による謝罪と被害当事者・遺族への補償を拒否し続ける、「戦後責任」を負う日本国家を批判し続けてきた。そうした戦前―戦後の天皇制国家のありかたをまるごと賛美するのが「昭和の日」にほかならない。私たちは、どのような意味においても「昭和」を祝わない。
 昨年秋には、ヒロヒト在位五〇年を記念して造られた立川の「昭和記念公園」の中に、国土交通省によって建設された「昭和天皇記念館」が開館させられた。展示内容を請け負う天皇主義者の団体、「昭和聖徳記念財団」には、政府・財界・神道関係者などの面々が名を連ねている。この「昭和天皇記念館」の展示内容は、戦争に反対し、平和を希求し、みどりを愛した昭和天皇というデマゴギーに満ちている。
 現在進んでいる「昭和」の浮上とは、その意味で正面から天皇制国家の戦争・戦後責任に居直るものが必ずしも主流になっているということはできない。むしろ戦後一貫してふりまかれた「平和天皇」のイメージと同様、それを隠蔽し忘却させ、歴史を偽造するものであり続けている。しかし、「平和天皇」の背後には、つねに伝統主義的・神権天皇の顔がはりついているのだ。それが不断に呼び起こす天皇主義とナショナリズムの動きは、たとえば、私たちの集会に対する天皇主義右翼の暴力的介入として、日常的に登場してきている。そればかりではない。年に一度の靖国神社参拝を公言し実行し続けている小泉首相、ヒロヒトの戦争責任を明確に指摘した女性国際戦犯法廷を扱ったNHK番組への改竄を指示した安倍官房長官、天皇の靖国参拝を求めた麻生外相などの動きに見られるように、現在の政権中枢が、かかる右翼政治によって占められるようになっていることを、見過ごすことはできない。
 グローバル化のなかでの改憲と戦争国家化の進行、そのもとで進む一連の天皇制とナショナリズムの再編強化の動き、これに対して私たちは分析と批判を強めつつ、アジアの人びととともに天皇制の戦争・戦後責任を問い続けていきたい。4・29集会実行委員会への参加と賛同を訴える。


以上転載しました。4月29日(土)はみどりの日で祝日ですね。ゴールデンウィークを前にした祝日ですが、私には残念ながら祝日は存在しません。そんなことはおいておいて、みどりの日を移動させて、4月29日、昭和天皇の誕生日ですが、「みどりの日」を移動させ、4月29日を「昭和の日」とする悪行が行われようとしています。断じて許すことはできないというのがこの内容です。若干疑問を呈するところがあります。侵略戦争の最高指導者であるというのは正しいですが、『自らの延命のために敗戦を長びかせ』というのは完全には立証されていません。陸軍の、特に若手参謀らが本土決戦を辞さないという強硬路線をとろうとしていた。8月9日に11時50分にポツダム宣言受諾をめぐる御前会議があり、10日の午後2時を回るまで続けられたが、その終わり際に鈴木首相が天皇のご聖断を拝した。昭和天皇は「それならば私の意見をいおう。私は外務大臣の意見に同意である」と当時の東郷外務大臣の国体護持のみの条件としてポツダム宣言を受諾し降伏すべきだとした意見に賛同し、このたった一回のご聖断によって降伏が決定されたことは有名である。昭和天皇の裏には軍事指導者・財閥・官僚役人などの利権吸血マフィアどもがいたは事実であるが、諸説はあるにしろ、最高指導者である昭和天皇の戦争責任は免れることはできないのである。昭和天皇が操り人形になっていたにしろ、名目上は大日本帝国の頂点に君臨していた以上、アジアの人びと、国内の人びとを大量に殺した責任を負うのは当然である。それにしても右傾化が進み、近隣諸国との関係がもつれ、反動化が進むなかで「昭和の日」構想が浮上してきたのである。もちろん、とんでもない話である。昭和という激動の時代を忘れずに、また、昭和というのは戦前・戦中・戦後をつなぐ時代であり、大日本帝国のアジア・太平洋侵略戦争の戦争責任・戦後責任の問題を踏まえて、後世へ伝えていくというのであって「昭和の日」を制定するのであれば、理解できるが、先の戦争の最高指導者であり、アジア・太平洋地域の民衆にとって憎き仇の象徴である昭和天皇の誕生日を選ぶのは甚だおかしいのである。昭和天皇は積極的に戦争や侵略を主導したわけではなく、周囲の取り巻き(軍部や官僚など)に流されて仕方なく戦争を容認せざる負えなかったというであっても、日本国民が国を挙げて記念日をつくり誕生日を祝うような人物ではないはずであり、近隣諸国の民衆からしたら靖国神社参拝行為と同様に先の侵略戦争を真摯に反省していない態度だと受け取られるだろう。断固「昭和の日」の制定を阻止しなければならない。

posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:30 | Comment(5) | TrackBack(38) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

海南島「朝鮮村試掘」の目的

[paml:05337] 2006年5月海南島「朝鮮村試掘」の目的  より転載

紀州鉱山の真実を明らかにする会からのお知らせです。 
 佐藤正人
………………………………………………………………
◆◆2006年5月海南島「朝鮮村試掘」の目的◆◆

 紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2006年5月に「朝鮮村試掘」を行なうことにしました。
 参加を希望する方、あるいは日程を知りたい方は、会あてに連絡ください。  
               
http://members.at.infoseek.co.jp/kisyukouzan/
   
 この文書の公開が遅くなったのは、韓国の真相糾明委員会からの最終連絡を待っていたからです。


■「試掘」規模:5平方メートル〜7平方メートルを想定。
 ただし、地権問題などにより、こんかいの「試掘」が、最初で最後の科学的「発掘」となるおそれがあるため、条件があれば規模を拡大する。  

 紀州鉱山の真実を明らかにする会だけで、「朝鮮村発掘」をやりとげることはできない。会だけで独自に「発掘」するとしても、それは「試掘」であって、わたしたちができるのは、本格的・全面的な「朝鮮村発掘」の前提作業だけである。

■目的:
1、「朝鮮村」における日本人による朝鮮人虐殺の事実を確かめる。
 1998年6月から2006年4月まで、紀州鉱山の真実を明らかにする会は30回あまり、「朝鮮村」を訪問してきた。おおくの村人が、日本侵略時に、朝鮮人が「朝鮮村」とその周辺で日本人によって強制労働させられ、虐殺され、埋められたのを目撃したと証言している。
2、はじめての科学的な「発掘」をおこなう。2001年1月の韓国MBCらによる「発掘」によっても、朝鮮人が埋められていた事実ははっきりしたが、その「発掘」方法・記録は十分には科学的でなかった。今回は、全面的な科学的「発掘」の前提として、朝鮮人が埋葬されていると村びとが証言する広い地域のうちの僅かな部分を、慎重に考古学者の指導のもとに可能なかぎり科学的に「試掘」する。
3、死因を特定する。
 @埋葬様式、A埋葬状態、B遺体状態、C遺骨、D遺物状態、E遺物内容などを解析・鑑定・分析し、できるかぎり死因を特定する。
  朝鮮人であるかどうかは、埋葬様式と埋葬状態の分析によってできるだけ明らかにする。
4、公的機関による全面的「発掘」をうながす。
 「朝鮮報国隊」に入れられていた朝鮮人が「朝鮮村」に埋められたという事実は、おおくの「朝鮮村」村びとの証言、および当時の日本人刑務官(衣笠一第7次「朝鮮報国隊」派遣中隊長、のちに部隊本部庶務主任)の証言によって明らかであるのだから、今回の「試掘」は、韓国政府と日本政府による全面的「発掘」 →鑑定、犠牲者追悼、日本政府の引責・謝罪・責任者処罰の第1歩である。
5、「朝鮮村発掘」は、日本の侵略史の発掘、日本の侵略犯罪の発掘である。
 「朝鮮村発掘」が国民国家日本の侵略犯罪・他地域・他国侵略史の発掘である以上、それをおしすすめることは、国民国家日本の近現代史と全面的に対決することである。
 紀州鉱山の真実を明らかにする会は、日本政府(総理大臣、法務大臣、厚生労働大臣)に「“南方派遣朝鮮報国隊”の真相究明にかんする要請」をおこなったが、厚生労働省職業安定局総務課から「厚生労働省では“南方派遣朝鮮報告隊”に関する資料がないため、要請に対してお答えすることができません」(「南方派遣朝鮮報国隊」と書くべき個所が、「南方派遣朝鮮報告隊」となっていた)という「回答」があっただけである。


■附記 
  紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2002年4月17日に金大中大統領に、2003年5月5日に盧武鉉大統領に、@「朝鮮村」に埋められている人たちの遺骨の死因を解明してほしい、A「朝鮮村」の遺骨の処遇を国家プロジェクトとして考えてもらいたい、と 要請した。
  これにたいし、03年11月12日付けで、韓国外交通商部長官から、「海南島をふくめ、海外に所在する日帝時代の韓国人犠牲者の遺骨奉還と関連して、外交通商部ではまず、日本、および太平洋各地を調査し、実態調査を実施した後、総合的な計画を樹立したあと、汎政府次元で推進するのが望ましいという立場です」という公文書が送られてきた。
 2004年11月に、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会が韓国国家機構として設置され、2005年2月1日から、強制動員被害真相調査申請と被害申請の受付開始した。
  2005年4月に、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会に、日帝強占下の海南島における朝鮮人強制動員・虐殺被害真相糾明を共同でおこなうこと、そのために、「朝鮮村」発掘をおこなうことを提言した。
 この提言に、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会は同意したが、それからこんにちまで1年間、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会は、海南島での組織的調査も「朝鮮村」発掘の具体的準備もすすめてこなかった。
 海南島における日本の朝鮮人にたいする侵略犯罪は、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会が職権で調査すべきであるが、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会の要請に応じて、2005年6月23日に、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会にたいし調査請求をおこなった。その請求は同年9月2日に受理されたが、請求内容にかかわる回答は、これまで届いていない。
  いつまでも放置しておくことができないため、やむをえず、こんかい紀州鉱山の真実を明らかにする会が独自で「試掘」せざるをえなくなったが、全面的な「発掘」は今後の課題である。ただし、地権問題が複雑化しており、こんかいの「試掘」後、埋葬地が「開発」=破壊されるおそれが生じている。


おそらく緊急を要すると思うので、お知らせしました。海南島で朝鮮人労働者が強制連行され、特定の場所に住まわされて奴隷労働者として酷使されていました。それだけではなく、日本軍によって朝鮮人労働者が虐殺されて、埋められて現在にいたるというわけです。韓国政府に海南島の朝鮮人虐殺問題に対する要請において、前向きな回答が得られたそうですし、日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会が発足し、被害真相調査申請と被害申請の受付が開始されまして、被害の真相究明の共同実施と虐殺埋葬地の発掘作業を行うように申請を致しました。ところが肝心の韓国政府は海南島での調査や発掘作業の準備を進めている様子がなく、再度の申請にもかかわらず動く様子がありません。そして何よりも問題なのは日本政府であり、本来ならば日本政府が被害実態・事実の究明と、発掘作業、鑑定、犠牲者追悼、謝罪・責任者処罰犠牲者の身元確認、犠牲者遺族への補償などの一連の作業のすべてを行う道義的義務があるのはいうまでもありません。しかし、日本政府にしろ、韓国政府にしろ、動くのを待っていては埒があきませんから、紀州鉱山の真実を明らかにする会のほうで試掘をおこなうことになりました。ただし、全面的な発掘、被害実態の調査をすべてを民間でやりとげることは不可能です。しかも土地の地権問題が複雑化しており、埋葬地が開発されて今後発掘が不可能になるなど、急を要するのが事実です。非道な国家犯罪が闇に葬り去られようとしています。良識派の皆様はただちに日本政府に抗議の意見や手紙を送るなど、紀州鉱山の真実を明らかにする会にお力を貸してあげてください。以上です。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:20 | Comment(6) | TrackBack(116) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『飛礫』47号(特集 新たな帝国日本と領土拡張)の再案内

[AML 6735] 『飛礫』47号(特集 新たな帝国日本と領土拡張)の再案内  より転載

つぶて書房の吉田です。

 明らかに日本政府の計画的な挑発である。独島(竹島)周辺で日本が海洋測量調査を行おうとしていることだ。
 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は4月18日、韓国の野党指導部らとの晩餐懇談会で「日本は侵略の野望を捨てていないのではないか。北東アジアの平和を壊している。第2の侵略行為であり、挑発だ」と述べたという(朝鮮日報4月19日)。彼は昨年3月23日の「対日問題談話」でも次のように述べている。
 「日露戦争とは、名称からして日本とロシアの領土をめぐる戦争のように見えますが、そうではなく、日本が韓半島を完全に手に入れるために起こした韓半島侵略戦争でした。実際、日本はこの戦争に勝利した直後、我々の外交権を強奪し、事実上の植民統治を開始しました。日本はこの戦争中に、独島(竹島)を自国の領土に編入しました。それこそ、武力で独島を強奪したのです。日本の島根県が『竹島の日』と定めた2月22日とは、100年前日本が独島を自分たちの領土に編入した、まさにその日なのです。それこそ、過去の侵略を正当化し、大韓民国の光復(独立)を否定する行為です」。
 事実はまさにこうであった。日露戦争中の独島の日本領土編入は、単にドサクサにまぎれてのものというだけでなく、独島などの軍事戦略的価値が大きいことを踏まえてのものであった。独島(竹島)略奪によって「朝鮮半島の竹辺から鬱陵島、リアンクール島(独島=竹島)、松江に到る一連の軍用通信線の体系がつくりあげられた」(朴炳渉論文 『飛礫』47号)のである。
 こうした侵略と侵略戦争の犯罪的事実を隠して、政府・右翼・マスコミ一体の反韓国キャンペーンが凄まじい。国際機関「国際水路機関」(IHO)が6月にドイツで開く「海底地形名称に関する小委員会」に向けたものだという日本政府の調査目的なるものは「いいぬけ」の論理ではないのか。真の目的は軍事調査であり、切迫する対「共和国」戦争が勃発したときドサクサに紛れて独島(竹島)の軍事占領、再略奪を考えた戦争準備=世論工作ではないのか。それは決して「歴史認識」のレベルの問題ではない。独島(竹島)、釣魚諸島(尖閣諸島)、北方諸島、沖ノ鳥島の日本の「領土化」は日本の支配階級の新たな帝国主義的野望なのである。事実、昨年5月20日、東京都知事・石原慎太郎はさんご礁、沖ノ鳥島を視察して「あれは島
だ。日本の領土だ。文句あるか」と叫んだばかりか、日本の支配階級は東中国海のガス田開発をめぐって中国との抗争に入っている。
 彼らの目的は、04年6月に発表した自民党の「海洋権益を守るための9つの提言」に明確だ。国連海洋法条約によって「国土の約11・7倍、世界第6位となる約447万平方kmの俳他的経済水域及び大陸棚において、主権的権利又は管轄権を有することとなった」「海洋国家であるわが国にとって、海洋権益を確保
することは国益に直結する重要な課題である」というのだ。海洋権益とは「通商・貿易ルート」「漁業活動」「石油・ガスなど重要な海底資源の開発」にとどまらず、「安全保障分野においては、シーレーンの安全確保をはじめ、安保・防衛戦略上の重要な要素」であるのはいうまでもない。いまや独島(竹島)、釣魚諸島(尖閣諸島)、北方諸島、沖ノ鳥島の日本の「領土化」は国是なのである。
 中国や韓国、アジア諸国の人びとの弾劾に「靖国」、検定右翼教科書、国連安保理常任理事国入りと並んで領土問題があるが、戦争屋ブッシュの反テロ世界戦争に参戦する「新たな帝国」日本の覇権主義、帝国主義的野望に危機感を募らせているのだ。とりわけ領土問題はかつても民族排外主義と戦争を煽るも
のであっただけに危機感は大きい。
 日本の人民にとって「新たな帝国」日本の領土拡張主義との対決は、民族排外主義を否定し戦争を阻止するために不可欠である。
 『飛礫』47号(2005年夏)で「新たな帝国日本と領土拡張」を特集した。ぜひご一読ください。また、現在発売中の『飛礫』50号(06年4月1日発行)で、「アイヌモシリ『北方領土論』」(結城庄司 アイヌ解放同盟代表)を掲載した。併せて読んでください。 

◆◆『飛礫』47号(2005年夏)
■特集 新たな帝国日本と領土拡張
◆いま、なぜ、領土問題なのか
  ―-特集にあたって        『飛礫』編集委員会
◆竹島=独島は日本の「固有領土」か?      朴炳渉(歴史研究家)
◆日本の領土拡張としての海洋  窃盗した「尖閣諸島」 加藤智久(退職教員)
◆アイヌ民族のための「場所=土地」を東京に     長谷川 修
◆日本の植民地支配下にあったミクロネシアのハンセン病隔離政策の被害と国家責任
           滝尾英二(人権図書館・広島青丘文庫)
◆市民に向かう教育ファシズム  ドキュメント05年春・東京
                坂巻岳男(都立高校教員)

............................
............................
........
◆◆『飛礫』50号(2006年春)
■《特集》扶桑社謝罪す!教科書アイヌ民族差別事件
◇特集にあたって             『飛礫』編集委員会
◇写真無断使用、扶桑社謝罪する  旭川市副読本作成のとりくみ
   川村シンリツ エオリパック アイヌ(川村カ子トアイヌ記念館館長/旭川アイヌ語
    教室運営委員長/チカップニアイヌ民族文化保存会会長)
◇扶桑社は謝罪したけれど  検定教科書(公民)糾弾のとりくみ
黒田秀之(アイヌ民族と連帯し扶桑社教科書を批判する会)
◇共に生きる未来のために  アイヌの教育について考える
川村久恵(ピリカ・ウレシカの会)
◇アイヌモシリ「北方領土論」    結城庄司(アイヌ解放同盟代表)
◇教科書におけるアイヌ民族  日本人(和人)の認識を問う 黒田伊彦(関西大学教員)

◇学校教育におけるアイヌ民族      石黒文紀(教育労働者)
◇アイヌ民族についての北海道の教育の現状    日比野裕司(小学校教員)
◇アイヌ民族を学校に招いて   船木暢夫(教育労働者)・坂口大介(教育労働者)

◇「つくる会」教科書採択率0.4%が示す可能性と課題

奥村悦夫(えひめ教科書裁判を支える会)
【資料1】アイヌ民族と連帯し扶桑社教科書を批判する集会(大阪)へのメッセージ

ホッカイドウ・教育労働者  よしだ じゅんいち
【資料2】扶桑社関連文書
*2005年7月19日扶桑社への「抗議ならびに要請」
*2005年7月29日扶桑社編集部からの回答書
【資料3】和解書と謝罪文
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――――――――――――

■□購入の申し込みは□■
○『飛礫(つぶて)』43号は1000円 + 送料(210円、2冊以上290円)
[『飛礫(つぶて)』年間購読(4冊)4840円(送料込み)]
○購読の申し込みは下記にお願いします。
○ぜひ友人や知人にひろめてください。ご紹介いただければ見本をお送りします。
◇1号につき3冊以上を購入される方は、「ステーション」として、2割引きをしています(送料も小社負担)。ぜひ「ステーション」になってください。

●つぶて書房
 神戸市兵庫区松原通1−1−40
 Tel・Fax  078−672−5601
 郵便振替  00970−9−317034
E-mail   tsubute at as.email.ne.jp 
http://www.mmjp.or.jp/tsubute/ 


『飛礫』という出版物があったのですね。始めて知りました。冒頭の文がすばらしいので転載しました。この文では竹島/独島をめぐる問題の中で、6月にドイツで開く「海底地形名称に関する小委員会」に向けたものだという日本政府の調査目的なるものは「いいぬけ」の論理であって、真の目的は軍事調査であるという見方が示されました。領土問題を利用した日本政府、マスコミ、右翼の反中・反韓国キャンペーンはすごいものがあります。いまや独島(竹島)、釣魚諸島(尖閣諸島)、北方諸島、沖ノ鳥島というのは、日本の支配層および利権権益者、右翼勢力にとって、帝国主義的野望の象徴であるのです。東シナ海問題でも日本政府、マスコミ、右翼勢力はヒステリックに国民を「国益、国益」の名においてナショナリズムを煽る中、領土問題を利用した民族排外主義、軍事化の危機は目前です。さらに領土問題に関していえば、右翼だけではなく、保守はもちろん、社民党や民主党の革新・リベラルグループ、共産党までが日本政府に追従するか、言及を避けて、現政府に迎合しようとする傾向が大きいです。排外主義 を煽り,偏狭なナショナリズムを鼓舞させる手法をとり,国内での失政を覆 い隠し国民の不満を外に向ける常套手段であり、国民を洗脳しいのままに動かす上で好都合な大きな道具が領土問題なのはいうまでもありません。領土問題とは大日本帝国の過去の侵略・植民地支配、戦争加害の歴史問題と不可分な事柄であります。過去の侵略・植民地支配、戦争加害について国民一人一人がアジアの被害者、犠牲者の痛みを理解し、償う気持ちをもつとともに、領土問題の大日本帝国の一連の侵略戦争、植民地支配、戦争責任の中での明確な位置づけをはっきりさせて、大多数の国民の中でコンセンサス形成が図られるようにすることが緊急の課題だと思います。私はこのブログで大日本帝国の侵略戦争と植民地支配、加害の事実を取り上げ、少なくともこのブログの読者には自国の過去の過ちを客観的に見つめる材料を提供していき、右翼勢力を駆逐し、日帝の残滓を撲滅し、日本社会の再生を果たせるように努力していく次第です。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:30 | Comment(19) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

昭和の日粉砕デモ!IN 京都

[AML 6714] 昭和の日粉砕デモ!@京都 より転載

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■何がめでたい「国民の祝日」!侵略史の隠蔽と天皇制の賛美を許すな!■
■「昭和の日」粉砕4・29デモンストレーション          ■
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★日時 4月29日土曜日
       14時 三条河川敷集合、集会開始
       15時 出発

★コース:三条河川敷〜河原町〜四条通〜円山公園 解散

※音のなるものや光るもの、はためくものなど好きなモノを持ってお集まりくだ


※でも、携帯電話や身分証明書は持ってこないほうがイイカモ!

主催:反戦反政府行動
Mail:
hanseifu@mail.goo.ne.jp

ウェブサイト:
http://antigovernment.hp.infoseek.co.jp/index.html
ブログ:
http://d.hatena.ne.jp/posada/

★★4月25日火曜日★前段企画<入場無料!>★★
講演会「ヒロヒトとその時代」
講師;池田浩士さん(京都精華大学)
場所・時間:京都精華大学黎明館L001教室にて 18;30より
京都精華大学へのアクセス:京阪出町柳乗換〜叡山電鉄京都精華大前下車徒歩1

http://www.kyoto-seika.ac.jp/access/index.html


*************<以下呼びかけ文>**************

【何がめでたい「国民の祝日」?】
4月29日は昭和天皇ヒロヒトの誕生日。この日は戦前から「天長節」といって「祝
日」だった。戦後は「天皇誕生日」と名称が変わり、ヒロヒトが死んでからは「
みどりの日」となった。そして来年からは「昭和の日」に変わる。「国民の祝日
」は祝日法で「国民こぞって祝い、感謝し、または記念する日」であると定めら
れているが、そもそもいったい何がめでたいというのだろうか?
現在ある「国民の祝日」は、戦前に定められた「祝日」とほぼまったく同じであ
る。戦前の「祝日」はすべて天皇の宗教行事と軍事的行事に由来しており、戦後
も名称を変えただけで生き続けている。天皇制と軍事にからめられとられた「国
民の祝日」は私たちのものではない。あたりまえの「休日」を自分たちの手に取
り返さなければならない。

【ヒロヒト有罪!】
ヒロヒトは、かつてアジア太平洋地域に侵略して2000万人もの人々を殺し、自分
らも殺され餓死し自殺させられた旧日本軍の「大元帥」であり、戦前の日本の最
高責任者であった。開戦を命令し、ポツダム宣言の受諾(降伏)を引きのばした
張本人であった。「国体護持」=自己保身の道を探るためだけに降伏を引きのば
しため、空襲や沖縄戦、原爆によって死傷した人々に対して責任があり、旧日本
軍のおこなった虐殺や拷問、強姦、性奴隷制度の被害者に対して責任がある存在
だった。
にもかかわらず敗戦後、ヒロヒトはアメリカの意向(占領政策)によって極東軍
事裁判で訴追されず、戦争責任をまったくとらずに「象徴天皇」として生き延び
た。アメリカの意向に沿った戦後国家(日米安保体制)づくりに政治的に動き、
半永久的な沖縄占領をアメリカに申し入れまでした。このような人物の誕生日を
どう「国民こぞって祝い」「感謝」「記念」しろというのか。

【政府は戦後補償をおこなえ!】
戦後日本の民衆は天皇制を解体することはおろか、ヒロヒトを退位させることす
らできなかった。逆に「日本国と国民統合の象徴」としてうやまうように出発し
た。この「象徴天皇制」は、戦後も靖国神社を通じた日本の戦争被害者の統合に
大きな役割を果たした。天皇自身の戦争責任の放棄(天皇制の現存)は、まさに
戦後日本による戦争責任のとり方の「象徴」だ。
戦後日本は、韓国と台湾がGNPの50%以上を軍事費として投入する中、アメリ
カの「核の傘」の下に入ることで「奇跡」の経済復興をとげてきた。被害を与え
たアジア諸国家への「賠償」は経済再侵出の足がかりとされ、そのことで被害者
個人への補償は置き去りにされた。今なお数多くの戦争被害者を日本は無視し続
けている。被害者への謝罪と補償がない限り、戦争は終わらない。しかし今、日
本は謝罪と補償を拒むばかりか、すでに新たな戦争への道を歩み出そうとしてい
る。

【反戦・反ナショナリズムの声をあげよう!】
今、政府は地元の反対の声を無視し在日米軍基地の再編を強行しようとしている

沖縄の辺野古、座間、岩国…。戦後日本の米軍基地は、朝鮮やベトナム、アフガ
ニスタン、イラクなどへの軍事行動の後方基地として使われてきた。今回の再編
は、その延長線上に自衛隊と米軍の一体行動が目指されている。日本は巨額の思
いやり予算などで米軍に加担し続け、自らも自衛隊を海外に繰り出す「派兵国家
」となった。「外国に攻められたらどうする」とあおりながら、政府は国民保護
法などの有事法制や共謀罪などの治安弾圧立法を推し進め、私たちの日常を管理
し新たな戦争へと足を進めようとしている。歩を踏む道が戦争や管理に向かうと
き、「国民であること」が敵/味方を分ける指標として機能する。だから今、私
たちは戦争反対の声をナショナリズム反対の声につなげたいと思う。

反戦・反ナショナリズムのデモンストレーションをともに!


 

というわけで、転載します。京都といえば、京都御苑(京都御所)といった天皇家のお住まいとされてきた場所があります。天皇とゆかりのある地でこのようなデモが行われるというのは意義のあることです。少し呼びかけ文が過激なところがありますね。>開戦を命令し、ポツダム宣言の受諾(降伏)を引きのばした というところに若干異説もあるところですね。少なくとも大日本帝国天皇体制の背後には軍官財政の利権カルテルが存在しました。天皇の威光に寄生し、日本国民はもちろん、さらには朝鮮や中国各地の植民地の民衆から血を啜って吸い上げて利権とするような軍部や財界の連中がいました。アジア・太平洋戦争時には天皇の威光を世界に広める八紘一宇思想というプロパガンダをもちだし侵略戦争を正当化し、戦争利権に群がる軍部や財界の存在がありました。天皇が絶対的権力をもっていなかったという説もあり、いろいろ議論があるところです。しかし、アジア・太平洋地域の大日本帝国の被害にあった民衆の立場から考えて見ましょう。日本軍の虐殺や強姦などの苦痛にあったアジアの被害者たちにとってみれば、大日本帝国の最高指導者が天皇であり、天皇ヒロヒトこそがもっとも憎むべき存在として君臨していました。そういった過去を認識していれば、昭和の日というアジアにとって憎むべき人物の一人であるヒトヒトの誕生日を「国民こぞって祝い」「感謝」「記念」しろというのはとんでもないことです。私も嫌です。よって、このデモンストレーションを支持します。京都在住の方はぜひご参加ください。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:30 | Comment(7) | TrackBack(1) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

南京大虐殺フィールドワーク(南京・無錫・石家荘・天津フィールドワーク)のご案内

非常にいい企画があります。AMLより転載します。
 
[AML 6591] 南京大虐殺フィールドワークご案内

神戸学生青年センターの飛田です。神戸・南京をむすぶ会の事務局長をしています。複数のメーリングリストに投稿します。重複して受け取られる方には申し訳ありません。
案内は、
http://ksyc.jp/nankin/20060407houtyuu.htm
同PDFファイルのチラシは、http://ksyc.jp/nankin/2006annai.pdf
申し込み用紙は、http://ksyc.jp/nankin/20060407mousikomiytousi.pdf

==================================================================
神戸・南京をむすぶ会&兵庫在日外国人教育研究協議会(第9次訪中団)
南京・無錫・石家荘・天津フィールドワークのご案内
(A)2006年8月13日〜20日(7泊8日)
(B)  同  8月13日〜17日(4泊5日)
==================================================================

 今夏、第9回目の訪中をいたします。神戸・南京をむすぶ会は、97年には南京・淮南、98年には南京・撫順、99年には南京・太原・大同・北京、00年には南京・ハルビン、01年には南京・蘇州・杭州、02年には南京・重慶、03年はSARSの関係で訪中できませんでしたが、04年には、南京、大連、旅順、昨年(05年)は、南京・済南・青島をたずねました。いずれも日本がかつて侵略したところですが、そこでフィールドワークをしたり幸存者(中国では日本軍の被害にあいながらも幸いにも生き残った人々をこう呼んでいます)からお話を伺ったりしています。

 今年は、神戸・南京をむすぶ会と兵庫在日外国人教育研究協議会の共催プログラムです。そして南京大虐殺の跡地フィールドワークののち2つのグループに分かれます。全日程参加のグループ‘(A)は7泊8日、南京中心のグループ(B)は4泊5日です。

 上海空港から日本軍の侵略したコースにそって観光地としても有名な無錫に日本軍の跡を訪ねます。南京では中国の人々と侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館での恒例の8・15集会に参加し、幸存者の証言を聞きます。午後から南京大虐殺現場のフィールドワークです。

 8月16日に、Bグループは上海に向かい上海での戦跡訪問、Aグループは、石家荘に向います。

 石家荘は、中国人強制連行で中心的な役割を果たした都市として知られていますが、日本軍が多くの毒ガスを残した地域としても有名です。

 最後の訪問地は天津です。天津は神戸の姉妹都市の関係にありますが、中国人強制連行と深い関係をもった都市です。アジア・太平洋戦争の時期に天津港から多くの中国人が日本に連行されましたし、戦後は日本から中国に送られた犠牲者の遺骨がいまも安置されている納骨堂があります。また今夏「天津殉難烈士記念館」が完成しますが、その落成式(8月18日)に出席したいと思います。

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 今年は、大学生1名をご招待します。参加したい気持ちを書いた作文をお送りください。その中から優秀賞1名を招待いたします。全日程のコースです。締め切りは6月15日、ふるって応募ください。
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●日程/2005年●
@8月13日(日)
(A)関空13:15、CA922便、上海14:35
(B)関空13:40、MU161便、上海14:50
上海、無錫フィールドワーク、無錫泊
A8月14日(月) 無錫から南京へ、南京フィールドワーク、南京泊
B8月15日(火) 朝、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館で追悼集会、南京

C8月16日(水)
(A)南京08:40、MU2967便、石家荘10:20、石家荘フィールドワーク、石家荘泊
(B)南京フィールドワーク、上海へ移動、上海泊
D8月17日(木)
(A)石家荘、北?村フィールドワーク、
   列車15:55石家荘発2046便、21:53天津着、天津泊
(B)上海12:25、MU731便、関空15:40、解散
E8月18日(金、以下Aグループのみのスケジュール)
 午前、天津殉難烈士記念館落成式、午後、天津フィールドワーク、天津泊
F8月19日(土) 天津フィールドワーク、天津泊
G8月20日(日) 北京16:20 CA161便、関空20:00、解散

●旅行代金
(A)177,000円
    (大学生 157,000円、高校生137,000円、含空港税)
(B)138,000円
    (大学生 123,000円、高校生108,000円、含空港税)
 旅行保険4000円の加入をお勧めします。
 一人部屋希望者は(A)30,000円、(B)20,000円追加です。
●旅行手配  叶_戸華聯旅行社 兵庫県知事登録旅行業第3-408号
           TEL 078-391-5185 FAX 332-4458
●締 切 日 
2006年7月17日(月)申込み用紙
http://ksyc.jp/nankin/20060407mousikomiytousi.pdf
をFAXまたは郵便でお送
り下さい。合わせてパスポートの関連事項記述部分のコピーもお送りください。
※大学生、高校生の参加費を軽減するために募金を募っています。ご協力をよろしくお願いします。    送金先<00930-6-310874 神戸・南京をむすぶ会>
●主  催 神戸・南京をむすぶ会&兵庫在日外国人教育研究協議会
●申込み先 神戸・南京をむすぶ会
   〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1 神戸学生青年センター内
    TEL 078-851-2760 FAX 821-5878
    
http://www.ksyc.jp/nankin/ e-mail hida@ksyc.jp

----------------------
飛田雄一HIDA Yuichi@(財)神戸学生青年センター 
http://www.ksyc.jp  hida@ksyc.jp
Kobe Student Youth Center
〒657-0064 神戸市灘区山田町3-1-1
3-1-1Yamada-cho, Nada-ku, Kobe 〒657-0064 JAPAN
TEL +81-78-851-2760 FAX +81-78-821-5878


奮ってご参加ください。あの悲惨な大日本帝国の侵略と戦争の歴史から刻々と遠ざかる中で特に若い人が改めて日本軍の蛮行からの"幸存者"からの話を聞き、当時苦痛と悲痛を味わった人々の魂の叫びを聞き、1人1人が痛みを知って理解するのは人類の愛と平和の世紀を目指す上で大切なことだと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:13 | Comment(19) | TrackBack(1) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

東中野修道氏を名誉毀損で提訴。応援を

[AML 6404] 東中野修道氏を名誉毀損で提訴します/南京への道・史実を守る会 より転載
熊谷伸一郎@南京への道・史実を守る会です。
 重複投稿、すいません。転載・転送歓迎です。

 南京大虐殺という史実を否定したい人々の集まりである
南京「学会」の会長である東中野修道氏(亜細亜大学教授)
を、このたび、名誉毀損で提訴する運びとなりましたので、
ここに公表し、皆さんにご支援を呼びかけます。

===========================

 夏淑琴さん。1929年、南京生まれ。
 夏さんの家族を惨劇を襲ったのは、1937年12月13日、
日本軍によって南京が攻略された、その日でした。

 激しく扉を叩く音に夏さんの父親たちが扉を開けると、そこ
には日本兵たちが立っていました。銃剣の先につけられた
「日の丸」を、夏さんは覚えています。日本兵は父親と隣家の
男性を射殺し、中に入ってきました。夏さんは言います。

「父たちが殺されたのを見て、本当に怖くなりました。日本兵た
ちは私の母と末の妹が隠れている避難壕に行き、まず赤ん坊
の妹を地面に叩きつけて殺してしまいました。私たちは家の
奥の部屋に隠れました。この後、私の母は日本兵に強姦され
て殺されたのです。一緒に隠れていた隣家の奥さんと子ども
もそこで殺されました」

 姉妹4人で布団のなかに隠れた夏淑琴さんのもとにも、
ついに日本兵はやってきました。まず、孫たちをかばう
祖父母が射殺されました。日本兵たちが上の姉二人を
強姦しようとしたので、夏さんが叫び声をあげると、日本兵は
すぐさま夏さんを銃剣で刺しました。その傷跡は今も夏さんの
体に残っています。気を失った夏さんが、4歳の妹の泣き声で
目覚めて部屋の中を見ると、祖父母の死骸と、下半身を裸に
されて死んでいる二人の姉の姿が目に入りました。

 重傷を負った夏さんの姿と夏さんの家族の遺体が、話を
聞いて駆けつけたジョン・マギー牧師によってフィルムに収め
られています。

 孤児となった夏さんは、その後も大変な苦労を強いられます。
「家族のことを思い出しては泣き、悲しみに満ちた人生だった」、
夏さんはそう言います。しかし、最近になって夏さんの心境に
変化がありました。

 1994年、夏さんは初めて日本を訪れます。

「私はそこで、日本の友好的な人々から心からの歓迎を受け
たのです。多くの日本人が私の受けた被害に関心を持ち、
私の話す体験に耳を傾けてくれました。私は暖かい気持ちに
なりました。日本人が悪いのではなく、軍国主義が悪かった
のだということが、日本に行って本当によくわかりました。
日本の人たちはみんな優しく、いい人たちばかりでした」

 しかし、このとき、夏さんにとって思いもかけなかった出来
事が起こります。東中野修道という日本人の「学者」が、夏さ
んの体験を否定し、残されている各種資料のさまつな疑問点
を針小棒大に取り上げ、夏さんを「ニセ被害者」であるかの
ように描いたのです。たとえば東中野は、夏さんが実際に
殺されかけているにもかかわらず、「目撃者は消されるのが
常であるにもかかわらず、なぜか二人は、見逃された」こと
や、逆に「傷を負った身で、14日間も生き永らえることが
できた」ことを「なぜなのか」などと疑問として挙げています。
夏さんは言います。

「これほどひどい被害を受けた私に対して、さらに東中野は
傷つけようというのです」

 怒りに耐えかねた夏淑琴さんは、すでに南京の裁判所に
東中野修道を名誉毀損で提訴しておりましたが、このたび
日本での裁判を決意し、日本の戦後補償弁護団の支援を
得て、東京地裁に東中野修道を名誉毀損で提訴することと
しました。

 南京大虐殺事件をめぐっては、被害者の李秀英さんを
ニセ証言者呼ばわりした「評論家」に対する名誉毀損訴訟が
昨年、最高裁において勝訴が確定している他、「南京事件・
百人斬り競争裁判」も地裁で完全勝利しています(今年5月
24日に高裁判決予定)。

 南京への道・史実を守る会は、李秀英裁判と「百人斬り
競争」裁判の二つの勝利の上に立ち、夏淑琴さんの被害
回復・勝訴判決のために全力をあげて取り組みます。

 夏さんへの「二度目の加害」は絶対に許さない。その被害
を回復することは、今の日本に生きる私たちの最低限の
責務であると確信します。

 夏淑琴さんと「史実を守る会」へ、皆さまの絶大なご支援を!

========================

◎本会へ入会して裁判を支えてください!(年会費一口1000円)
▼下記必要事項を記して honda_sien-owner@egroups.co.jp あるい
はFAX 020-4624-2381 までお送りください。折り返し資料類や振
込用紙をお送りします。

▼カンパも大歓迎!
 郵便振込:00190−7−355873
 加入者名:南京への道・史実を守る会


良識派の皆様は応援しよう。そのような夏淑琴さんという女性の被害者をニセ証言者呼ばわりした東中野修道氏への提訴を積極的に後押ししましょう。南京大虐殺という史実を否定する右翼歴史修正主義者の1人が東中野修道です。被害者を根拠もなくニセ証言者呼ばわりして、今も残る被害者の心の傷にさらに広げ苦しめるような歴史修正主義者によるセカンド・レイプ行為にはきちんとした罰を与えなければなりません。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:00 | Comment(12) | TrackBack(6) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

在日の元「慰安婦」宋神道さん 10年の闘いの足どり映画化

在日の元「慰安婦」宋神道さん 10年の闘いの足どり映画化 2006-03-15
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=40&category=3&newsid=6463
9月完成へ

 日本政府の謝罪を求めて裁判してきた在日の元「慰安婦」被害者、宋神道さんと、その支援団体である「在日の慰安婦裁判を支える会」の10年間にわたる闘いの足どりを追ったドキュメンタリー映画「オレは負けていない=ナヌン チジアナッタ」(仮題)の撮影が9月の完成に向け、急ピッチで進んでいる。

 映画はこの間、支援団体が撮り貯めしてきた映像記録をもとに韓国在住の映像ジャーナリスト、安海龍さん(アジアプレス・インターナショナルソウル事務所代表)が監督を務めている。完成後は全国各地で自主上映を予定している。

「支える会」では制作費を賄うため4月8日午後6時から、JR亀戸駅前のカメリアプラザ3階ホールで支援コンサート「マンナム(出会い)」を開催する。出演は李政美さん、ミン・ヨンチ&「SANTA散打」、韓国の国楽打楽奏者のチャン・ジェヒョ。

 前売り一般3200円、学生・60歳以上2500円(当日4000円、中学生以下無料)。チケット受付はFAX03・3785・1181。映画制作カンパは郵便振替口座00130‐0‐760722 在日の慰安婦裁判を支える会で受け付けている。

(2006.3.15 民団新聞)

良識派グループがつくる映画の紹介です。期待したいです。日本ではもちろん、特に欧米諸国でヒットし、慰安婦問題などをめぐる日本の戦争責任をめぐる包囲網を再び活性化すればいいと思います。後は他のアジア・太平洋地域の国々でもヒットさせて、慰安婦問題が日本の侵略・戦争加害に関連する諸国で盛り上がって、性奴隷被害者がさらに訴えでて、アジア民衆に対する加害責任の前に日本政府を跪かせる一歩となればいいと思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:40 | Comment(4) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

お知らせ 主に海南島の大日本帝国の悪行についての催しについて

[paml:05153] 海南島「現地調査」と「朝鮮村試掘」
■紀州鉱山の真実を明らかにする会は、3月19日から4月5日まで、10回目の海南島「現地調査」をおこないます。
 この期間に部分的にでも参加しようと思われる人は、連絡してください。日程
表を送ります。
■訪問する地域
 ★五指山地域(海南島中央山岳地帯の旧抗日軍根拠地):聞きとり。
 ★尖峰嶺地域(海南島南部の):聞きとり。
 ★澄邁県新呉鎮龍楼村:1941年虐殺の聞きとり。
 ★海口市永興鎮雷虎:旧日本軍雷虎嶺洞窟調査。
 ★文昌市秀田村:上映会とさらなる聞きとり。
 ★文昌市東坡村:駐屯日本軍は何をやったか。
 ★三亜市回新村:上映会とさらなる聞きとり。
 ★三亜市「朝鮮村」:さらに詳細な聞きとり。
 ★三亜市「旧六郷村」:日本人農業「移民」の跡地探索。
 ★陵水県后石村:1939年虐殺の聞きとり。
 ★東方市感恩鎮:「朝鮮報国隊」の軌跡を中心とする聞きとり。
 ★東方市北黎:アヘン用ケシ栽培地跡の探索。
 ★楽東県嶺東:王子製紙による森林鉄道建設・森林破壊・樹木略奪の跡の探索

 ★八所港・石碌鉱山・田独鉱山
 ★旧日本軍飛行場跡(掃水飛行場、黄流飛行場跡・三亜飛行場)。
 ★陵水「慰安所」跡・新村「特攻艇基地」跡。
■協働作業
 海南島虐殺(「朝鮮村虐殺」を含む)の真相究明のための協働作業(聞きとり
・歴
史研究・「調査」・資料探索収集など)を、今回も、海南島の民衆組織や個人と
いっ
しょに、具体的にすこしでもすすめていきたいと思います。
■朝鮮村の「試掘」準備
 今回、海南島で、つぎのように「朝鮮村試掘」の準備を具体的にすすめます。
  1、「試掘地点」の確認と確定。
  2、「朝鮮村」村民に協力要請。
  3、遺骨・遺品の暫定的な保存体制確立。
  4、海南島の考古学者・鑑定者との連絡。
  5、現場で使用するテントや用具などの確保。
■朝鮮村の「試掘」・「発掘」の展望
 本格的な「発掘」をめざして、「朝鮮村」の「試掘」をできるだけ早期に実現
したいと、わたしたちは考えています。
 「試掘」も「発掘」も原状を破壊する1回かぎりの作業ですから、可能なかぎ
り科学的に厳密に慎重に行なわなければなりません。
 わたしたちは、考古学的な鑑定者、法医学的な鑑定者に参加してもらい、その
指示にしたがって「試掘」作業を進めていきます。「試掘」のまえに、遺骨・遺品の
暫定的な保存体制、「試掘」過程の詳細な記録(文書・図面・映像)を残していく体
制をつくります。
 みなさんのご協力をおねがいします。

 紀州鉱山の真実を明らかにする会 佐藤正人
 http://members.at.infoseek.co.jp/kisyukouzan/


[AML 6136] 3・4「戦場における死〜その責任をめぐって〜」
[paml:05159] 3・4「戦場における死〜その責任をめぐって〜」
3月4日(土)の企画のご案内です。近づいてきましたので、再送いたします。複
数のMLに送っています。重複失礼します。MLの主旨に沿わない場合は伏してお詫びい
たします。ご不要な方はお手数ですが削除をお願いします。

東京労働会館の地図は↓です。

http://www.ne.jp/asahi/kyokasho/net21/gyojimap_rapasuhoru.htm

ただし、少し古いもので、地図中の「あさひ銀行」は
現在「りそな銀行」です。

あと、賛同団体に「海外派兵をやめろ!戦争抵抗者の会」
が加わりました。

攝津正


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
☆信頼できるMLや仲間の皆さんへの転送を歓迎します★
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「テロリストは誰?九条の会」設立1周年企画

■戦場における死〜その責任をめぐって〜■
 『日本が占領した海南島で―60年前は昨日のこと―』
  映画上映とディスカッション

【趣旨】九条改悪を軸とした憲法改悪への流れは、昨年
    の総選挙での自民党圧勝や民主党の「改憲容認」
    の方向性でますます強まっています。私達「テ
    ロリストは誰?九条の会」は、設立1周年を迎
    え、九条改悪阻止の一点で連帯する各地の「九
    条の会」の取組みに連携しながら、過去の侵略
    と今日の自衛隊派兵という事実を踏まえ、形骸
    化している九条を“鍛え直す”観点で本集会を
    開催します。
    本集会では、@『日本が占領した海南島で―60
    年前は昨日のこと―』を上映し、映画を制作さ
    れ、「日本軍隊性奴隷」となった女性達の日本
    政府への訴訟を支援するキムチョンミさんをお
    招きし、いまだ日本国家と日本人自身によって
    明らかにしていない侵略と虐殺の事実を見つめ
    直し、「日本人の平和」に狭められた「平和運
    動」の意味を問い直します。A今日の高まるナ
    ショナリズムに随伴して、新たに市民社会が戦
    争を支える体制に雪崩れ込んでいる実態につい
    て、靖国解体企画の山口素明さんと現代企画室
    の太田昌国さんより報告をいただきます。Bそ
    して「戦場における死」が、公務として賞賛さ
    れる死と自己責任として蔑まれる死と二分され
    る現在、私たちはどのような立場で「反戦平和」
    「九条改悪阻止」を進めてゆくのか、参加され
    る皆さんとともに考えてゆきます。

【主催】テロリストは誰?九条の会 
【共催】現代企画室 
【賛同】靖国解体企画(賛同団体を募集しています)
【日時】3月4日(土)14:00−17:00
    (終了後、交流会を予定)
【場所】東京労働会館7Fラパスホール
    (参加費1000円)
    豊島区南大塚2−33−10
    (JR大塚駅、丸の内線新大塚駅、徒歩7分) 
【映画】『日本が占領した海南島で―60年前は昨日のこ
     と―』
    『8月15日事件の記録映像』(予定)
【報告】キムチョンミさん 1949年大阪生まれ。
    『中国東北部における抗日朝鮮・中国民衆史
    序説』(現代企画室、1992)、『水平運動史
    研究―民族差別批判』(同、1992)、『故郷
    の世界史―解放のインターナショナリズムへ』
    (同、1996)
    山口素明さん 1966年東京生まれ。
    予備校講師。靖国解体企画。『公務死を加速
    させる栄典制度の改革を許すな』(情況別冊
    特集「反派兵」2004.1月)、『バックパック
    の青年の殺害によって何が殺されようとして
    いるのか』(インパクション、144号)
    太田昌国さん 1943年北海道生まれ。
    現代企画室・編集長。『「ペルー人質事件」
    解読のための21章』(現代企画室、1997)、
    『ゲバラを脱神話化する』(同、2000)、
    『「拉致」異論―あふれ出る「日本人の物語」
    から離れて』(太田出版、2003)『「国家と
    戦争」異説―戦時体制下の省察』(現代企画
    室、2004)、他。

★ 映画『日本が占領した海南島で―60年前は昨日の
  こと―』(65分)
  1939年2月、天皇ヒロヒトが「裁下」し、日本軍が
 海南島に奇襲上陸しました。それから1945年8月まで、
 6年半。村を襲撃された海南島住民、植民地朝鮮の監
 獄から海南島へ連行され殺された「朝鮮報国隊」の人
 たち、アジアの各地から連行され酷使された人たち、
 「日本軍隊性奴隷」とされた人たちにとって、60年前
 の日本政府・日本軍・日本企業による虐殺・暴行・略
 奪・人権侵害・日本「文化」強制は、昨日のことです。
 アジア太平洋の民衆にとって、日本の侵略の時代は、
 反日・抗日闘争の時代でした。その時代は、全世界規
 模で、まだ、終わっていません。(DVD解説文より)
★「8月15日事件」とは?
  2005年8月15日、靖国神社でおこなう軍国主義者に
 よる黙祷に反対し、戦争と軍国主義に反対するプラ
 カードを持った50名の市民に対して重装備の警察が
 暴力で襲いかかり、4名の市民を逮捕した事件。
★「テロリストは誰?九条の会」とは?
  アメリカのイラク侵略、自衛隊派兵に反対する首
 都圏の主に20〜30代のメンバーが映画「テロリ
 ストは誰?」の上映会を開催したことをきっかけに
 今年2月結成。地域・職業・年齢・国籍を問わず参
 加できる。各地の九条の会や反戦平和運動と連携し
 ながら、とくに「平和の積極的創造」を重視し、協
 同労働・アソシエーションなどの社会連帯の創出活
 動に力を入れている。現在ML会員85名。毎月の
 定例会議と2ヶ月ごとの企画を開催している。

【問合せ】
TEL090-3504-0662(テロリストは誰?九条の会・鈴木)   03-3293-9539(
現代企画室・太田昌国)   
メール whats_a9@yahoo.co.jp
    (テロリストは誰?九条の会・事務局)  
    gendai@jca.apc.org
    (現代企画室)  
ホームページ http://whatsa9.web.fc2.com
    (テロリストは誰?九条の会)  
    http://www.jca.apc.org/gendai
    (現代企画室)


[paml:05158] ドキュメンタリー『日本が占領した海南島で』と『朝鮮報国隊』 
紀州鉱山の真実を明らかにする会からのお知らせです。

■ドキュメンタリー『日本が占領した海南島で 60年まえは昨日の
 こと』上映とディスカッション。
  「第1部・海南島で日本は何をしたのか」
  「第2部・戦場における死〜その責任をめぐって」
  報告者:キムチョンミ、山口素明、太田昌国
 【主催】テロリストは誰?九条の会
 【共催】現代企画室
 【賛同】靖国解体企画、海外派兵をやめろ!戦争抵抗者の会
 【日時】2006年3月4日(土)14:00-17:00
 【参加費】1000円   
 【場所】東京労働会館7Fラパスホール
      豊島区南大塚2-33-10(JR大塚駅、丸の内線新大塚駅、徒歩7分)


■ドキュメンタリー『朝鮮報国隊』(2部作)。
 紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2004年4月に製作した『日本が占領
した海南島で 60年まえは昨日のこと』につづいて、今年1月に、『朝鮮報国
隊』(第1部「雨降る夜の声(仮題)」、第2部「死者の証言(仮題)」)の制作
をはじめました。
 製作に参加・協力してください。
 秋に完成予定の第1部の構成はつぎのとおりです。

『朝鮮報国隊』第1部 雨降る夜の声
 1、「朝鮮報国隊」・「朝鮮村
 2、現風景と証言@ 日本軍三亜航空基地跡で
 3、現風景と証言A 后石村・英州・新村で
 4、現風景と証言B 黄流で
 5、現風景と証言C 田独・石碌・八所で
 6、現風景と証言D 「朝鮮村」・羅逢・南林で
 7、韓国での証言 犠牲者の故郷の現風景
 8、韓国での証言 旧日本軍朝鮮人兵士
 9、日本での証言 加害者の証言拒否
        加害者の故郷の現風景
 10、海南島で日本軍隊性奴隷とされた朝鮮人女性
 11、「南方」の島に強制連行された朝鮮人
     グアム島、マキン島、タラワ島、ペルリュー島、トラック島……の朝鮮人
 エンディング:被虐殺者の語る世界史

 
佐藤正人
紀州鉱山の真実を明らかにする会
http://members.at.infoseek.co.jp/kisyukouzan/


このドキュメンタリーが日本の家庭のお茶の間に放送されることをいつか願ってやまないです。海南島でも大日本帝国はとんでもないことをしでかしたんだなと思いました。

追加
[paml:05164] 追悼碑を建立する会『会報』43号
三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・ち蠹ル)の追悼碑を建立する会は、1926年1月3日に熊野市民が朝鮮人を襲撃し虐殺したことを「素朴な愛町心の発露」とする『熊野市史』を書き換えること、紀州鉱山に強制連行され死亡した朝鮮人の追悼碑を建立することなどを求める公開抗議要請を、熊野市の市長と教育長に、1月20日におこないました(回答期限2月末)。
 きょう3月1日に発行した『会報』43号(定価100円)の内容は、つぎのとおりです。

『熊野市史』書きかえなど、公開で熊野市に抗議・要請。
紀州鉱山で死亡した朝鮮人労働者とその家族の本籍地などの調査・開示を要請。
竹本昇「2005年の追悼集会に参加して」。
キムチョンミ「2005年冬 韓国で」。
文公輝「大阪人権博物館の総合展示がリニューアル」。
改装した大阪人権博物館の“木本事件”にかんする新展示。
佐藤正人「第10回海南島“現地調査”と“朝鮮村発掘”の展望」。
新ドキュメンタリー『朝鮮報国隊』制作開始。
小谷英治「2005・9・28裁判傍聴記」。
「海南島戦時性暴力被害訴訟」口頭弁論と証言集会。
 3月8日13時半から、原告の陳亜扁さんが証言します。
        18時半から、陳亜扁さんを囲んで証言集会。 
    東京地裁103号法廷での証言を傍聴し、集会に参加してください。
    3月22日13時半から、最終口頭弁論→結審、です。
概彿櫺輜臓ζ炒真諭σ「だぁ�藥笋論亀舛鯀覆┐襦…ケ・Δ気鵑了廚そ弌廖」
丹波マンガン記念館特別展示:「日本は海南島でなにをしたのか」。
金平雄さんからの手紙。
2005年9月第9回海南島「現地調査」関係新聞記事。
『伊勢新聞』05年12月17日記事「中国・海南島占領の実態暴く」。
『中日新聞』06年2月15日記事「記録にない朝鮮人殉職 市民団体が調査要請」。


 佐藤正人
 三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者(李基允・ち蠹ル)の追悼碑を建立する会
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~kinomoto/
 追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会の合同ブログを新設しました。
 http://blog.goo.ne.jp/kisyuhankukhainan/
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 21:54 | Comment(11) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

太平洋諸国・地域(パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島、サイパン・グアム、ナウル共和国など)における大日本帝国加害事実 http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/13683780.htmlを分割します。

太平洋諸国・地域(パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島、サイパン・グアム、ナウル共和国など)における大日本帝国加害事実
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/13683780.htmlについて
○パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島、および太平洋地域全般
○マーシャル諸島における朝鮮人軍属の反乱と、朝鮮人・島民の虐殺について
○ナウル共和国における大日本帝国加害事実
○グアム島における大日本帝国加害事実 の4つにわけて再編しなおしました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月23日

キムチ&あんにょん

[AML 6050] キムチ&あんにょん
開催が迫ってきましたので、再度案内します。
重複お許しください。

キムチづくりのみ、映画のみの参加もOKです。

-----------------------------------------------------
【関西の方へご案内】

恒例となりました、李熙子(イ・ヒジャ)さんのキムチづくり教室と、
日韓共同ドキュメンタリー「あんにょん・サヨナラ」の上映会を行います。
地域での上映を計画されている方は、
李熙子さんと直接交流できる貴重な機会ですので、
ぜひご活用ください。

===========================
「あんにょん・サヨナラ」の李熙子(イ・ヒジャ)さんが
教えるキムチづくり教室
===========================

2月26日(日)大阪府立ドーンセンター(地下鉄天満橋駅徒歩5分)

4階調理室 参加費2000円(キムチのおみやげつき)

10時・14時 

参加希望の方は事前にメールで申し込みください。
(↓をコピー&ペーストして
 gun2@r9.dion.ne.jp まで送ってください)

◇キムチづくり教室参加申込書

氏名
参加者数
希望時間

===========================
日韓共同ドキュメンタリー「あんにょん・サヨナラ」上映
===========================

2月26日(日)大阪府立ドーンセンター(地下鉄天満橋駅徒歩5分)

5階セミナー室C 
参加費1000円(キムチ教室参加者は700円)

14時・18時
(16時に主人公・李熙子さんと古川さんのトークがあります)


◆◇◆ 前日25日にも大阪と神戸で上映会があります ◆◇◆

大阪府立ドーンセンター(14時・18時)(主催:ぐろっぴい)

神戸学生青年センター(14時・16時・19時)
(主催:神戸学生青年センター&日朝関係を考える神戸ネットワーク)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

このドキュメンタリーの主人公、イ・ヒジャさんは1997年に、父が靖国神社に神
として祀られていることを初めて知りショックを受けます。彼女はソウル近くの
『望郷の丘』という共同墓地に父のお墓を建てます。しかしその墓石には何の文
字も刻まれていません。「靖国に父の名前がある限り、私はこのお墓に父の名前
を刻めません。私の中では、まだ戦争は終わっていない」。なぜ、彼女の父は靖
国の「英霊」とされたのでしょうか。靖国は他の神社と何が違うのでしょうか。
このドキュメンタリーでは、日本の遺族、韓国の遺族、靖国に賛成する人、反対
する人や研究者など、様々な立場の人のインタビューからそれを浮かび上がらせ
ています。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

『あんにょん・サヨナラ』は、釜山国際映画祭ドキュメンタリー部門最優秀賞/
ソウル独立映画祭最高栄誉賞/山形国際ドキュメンタリー映画祭特別招待作品/
ブエノスアイレス国際映画祭招待作品/Mini INPUT 2005(台湾のド
キュメンタリーフォーラム)招待作品、その他、アメリカやイタリア、フランス
の映画祭でも上映予定。日韓共同で靖国神社の問題に取り組んだ世界初のドキュ
メンタリーは世界中で大きな反響をまき起こしています。

********************
在韓軍人軍属裁判を支援する会 古川 雅基
メール:gun2@r9.dion.ne.jp
ホームページ:http://www.gun-gun.jp


[paml:05140] Re: 3月18日『あんにょん・サヨナラ』上映&トー ク【神戸でも2/25に上映。大阪でも2/26に。イ・ヒジャさんのトークと キムチ作りも】

こんばんは。秀村@神戸です。
『あんにょん・サヨナラ』、山崎さんがおっしゃるとおり、多くの方に見て頂き
たいドキュメンタリーですね。
神戸でも今週の土曜日、25日に上映しますので、ご案内致します。26日(日)に
は大阪でも下記のようにイ・ヒジャさんが来られてキムチ作り教室とトークもあ
るようです(キムチ作りのほうは申込みが必要とのことで、まだ可能かどうかは
分かりませんが)。

=========================
2月25日(土) 
ドキュメンタリーフィルム
 「あんにょん・サヨナラ」上映と講演の集い

上映: 午後2時〜 / 午後4時〜 / 午後7時〜
講演: 午後6時〜
場所 神戸学生青年センター
     案内:http://www.ksyc.jp/map.html
     阪急「六甲」駅下車 徒歩3分
     神戸市灘区山田町3−1−1
     TEL:078−851−2760
内容 講演:「アジア太平洋戦争と日本軍の元朝鮮人軍人軍属」
     古川 雅基 さん(在韓軍人軍属裁判を支援する会事務局長)
料金 1,000円(学生:500円)

主催 神戸学生青年センター&対話で平和を!日朝関係を考える神戸ネットワー

     Eメール:info [peace] ksyc.jp(" [peace] "は"@"に置き換えてく
ださい)



     ホームページ:http://www.ksyc.jp
     TEL:078−851−2760
     FAX:078−821−5878
     657−0064 神戸市灘区山田町3−1−1

=======================−−


ぜひ見に行ってください。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 22:41 | Comment(3) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月20日

[paml:05119] 賛同依頼:日本の東ティモールにおける戦争責任についての申し入れ

[paml:05119] 賛同依頼:日本の東ティモールにおける戦争責任についての申し入れ
http://peaceact.jca.apc.org/paml/5100/5119.htmlより転載
皆さま

《賛同依頼:日本の東ティモールにおける戦争責任についての申し入れ》
 皆さま、東ティモール全国協議会の文珠(mnjmko@skyblue.ocn.ne.jp)です。
今年も日本政府に対し、「東ティモールにおける日本の戦争責任についての申
し入れ」を行うことになりました。
 以下に掲載しております「申し入れ」にご賛同いただけますようお願い申し
上げま
す。
 もし、ご賛同いただけますなら、文珠までご連絡頂きたくお願い申しあげま
す。ご賛同いただけます場合、お名前を公表してもよろしいでしょうか。公表
不可の時は匿名扱いにさせていただきます。時間がタイトですが、ご返事は2月
19日夕方までにお願いいたしく、よろしくお願い申し上げます。
 「申し入れ」は2月20日か21日(現在調整中)に持ってゆく予定にして
おります。

東ティモール全国協議会 文珠幹夫
mnjmko@skyblue.ocn.ne.jp

--------------------------------
東ティモールにおける日本の戦争責任についての申し入れ

内閣総理大臣 小泉純一郎様
外務大臣 麻生太郎様
 
 1942年2月20日、日本軍は当時中立であったポルトガル領ティモールに侵攻し、
1945年8月15日の敗戦まで約3年半にわたり占領を続けました。この占領は戦争に
何のかかわりもない現地の人々に甚大な被害をもたらしました。

 日本軍は、村長やリウライ(伝統的な首長)に命じて、住民の乏しい作物や
家畜を徴用し、住民を軍用道路やバラック建設のために働かせました。駐屯地
には「慰安所」が開設され、脅迫によって集められた多くの女性が長期にわたっ
て性的暴行を受け続けました。占領の後半では、日本軍は制海・制空権を失い、
物資の補給が途絶したため、収奪のレベルは高まり、「慰安婦」も含め日本軍
に酷使される人々に食糧の自己調達を強いるような事態となりました。また、
日本軍は、連合軍兵士や連合軍を支持するポルトガル人を助けた住民を容赦せ
ず、彼らを捕え、拷問し、処刑に至る例も多々ありました。日本軍への協力を
拒んだ村長やリウライは討伐の対象になりました。あるリウライは女性を差し
出すことを拒否して処刑されました。一方日本軍に協力した者は、戦後ポルト
ガル政庁によって恣意的な報復を受け、アタウロ島の監獄に収容された多くの
人が、栄養失調と虐待により命を落としました。

 しかし、今日にいたるまでこれらの被害に対する日本政府の謝罪と補償は皆
無であり、東ティモールは日本の戦後補償の空白地帯と化しています。戦後も
継続したポルトガルの独裁政権は対日賠償請求の問題をうやむやにしました。
現在の東ティモール政府は東ティモール側からはこの問題に関して何も要求し
ないという態度を取っています。しかし、これらの方針は被害者たちとの協議
を経ずに一方的に決められたものです。

 東ティモール全国協議会は2000年に東京で開催された「日本軍性奴隷制を裁
く女性国際戦犯法廷」をきっかけに、おもに女性の性暴力被害者からの聞き取
りと文献調査を実施してきました。日本軍占領による被害実態を明らかにする
ことは、当会にとって結成以来の課題でしたが、インドネシア軍駐留下でそう
した調査を実施することは不可能でした。当会は戦後60年にあたる2005年に東
ティモール人権協会と共同で性暴力被害に関する新たな調査プロジェクトを開
始し、その一環として2006年1月6日と7日、東ティモールの首都ディリにあるカ
ノッサ会修道院ホールで「従軍慰安婦の歴史を知ろう」と題する公聴会を共催
しました。この公聴会には最大で200名近い参加者があり、現地の法曹、人権、
教会、外交、報道関係者の他に、熱心に聴き入る一般の若い人々の姿も見受け
られました。

 この公聴会では6名の被害者(1名はビデオ証言)と被害者の息子2名、そして
目撃者として元日本軍補助兵1名、民間人2名が証言を行ないました。すべての
証言が被害者たちがいかに逃れえない状況で性的な暴力を受け続けたかを伝え
ていました。またほとんどの被害者が日本軍は服も食物もお金も与えなかった
と述べました。フランシスカ・マセドさんは日本軍につけらえた「トミコ」と
いう名の入れ墨をされました。何度も逃げることを考えたが両親を殺すと脅さ
れていたので断念したと語りました。アリシア・プレゴさんは最初に日本軍の
将校に犯された後自ら命を絶つことを考えたそうです。マリアナ・アラウジョ・
ダ・コスタ・マルケスさんは、終戦後に村へ帰る時、裸で歩いて帰ったことが
つらかった、服も与えられなかったのは自分たちを動物だと思っていたからで
はないかと語りました。ビルジニア・ダ・コスタさんは村へ戻ると日本軍から
たくさんものをもらっただろうと村人からあらぬ疑いをかけられ侮辱されたそ
うです。また結婚した後も子どもができませんでした。子どもができなかった
のはアリシアさんも同じです。日本人の血をひくジョゼ・アシンソコさんは
「自分はいったい何人なのか。日本からも東ティモールからも見放されている
気持ちがする」とその孤絶感を語りました。アシンソコさんの母親が無理矢理
その軍人の妻にされたことは複数の証言からすでに明らかになっています。公
聴会の最後で被害者たちは現在の厳しい生活への支援と孫たちの就学支援を願
うと語りました。

 被害者の人生は残り少ないものとなりました。2000年に被害事実を公にして
から日本政府による謝罪と補償を求め続けたエスメラルダ・ ボエさんが2006年
2月3日に亡くなりました。東ティモール全国協議会は、日本政府が自らの責任
において、日本軍占領期の被害に関して誠意ある対応を行なうことを願い、以下
を要請します。

・被害事実に関する公的調査を一刻も早く開始する。
・性的暴力被害者の名誉を回復するため、一刻も早く公式な謝罪を行なう。
・日本軍占領期の被害に対する補償の方法を検討するため、東ティモール政府、
被害者、関連団体との協議を早急に開始する。

 日本政府の誠実な行動は今後長きにわたり両国の友好関係の礎となり、かつ
真の国益にそうものと確信します。

 以上。
 
【呼びかけ団体】
東ティモール全国協議会
札幌東ティモール協会
仙台・東チモールの会
東京東チモール協会
東ティモール支援・信州
名古屋YWCA東チモールを考える会
大阪東ティモール協会
岡山・東ティモールの声を聞く会
下関・東チモールの会
大分・アジアと日本の関わりを見つめる会
東ティモールと連帯する長崎の会
長崎東ティモール協会
日本カトリック正義と平和協議会


東ティモールは意外に知られていないが、アジア太平洋地域の中では日本軍の残忍な統治を受けた地域の一つである。日本軍兵力が一万に対し、当時の東ティモール住民は40万人。日本軍兵力の現地住民に対する比率が最も高い地域だろうといわれている。東ティモールでは6万人にのぼる一割以上の住民が犠牲になった。ポルトガル軍が戦後戻ってきて、対日協力者とされた人々を強制収容所に入れて、迫害したりして多くの人々がまた犠牲になった。そんな悲劇を生み出した日本が戦争責任を認めず、戦後補償についての国内的議論も政府のコンセンサスもない空白地域として残っているのである。最近独立した国であるが、この悲劇的な国である東ティモールに対する日本政府の責任を認めて、日本政府の東ティモールに対する謝罪、そして日本政府と東ティモールとの戦後補償交渉を通じて、戦争責任を避けたい日本政府と、利権・利得に目が眩んでいたアジアの被害国の為政者との間でなおざりにされた戦後補償の枠組みに対して再考し、もう一度真に構築できる機会にもなればいいと思っています。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:29 | Comment(62) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

「南京への道」・史実を守る会が発足

[AML 6017] 2・22 「南京への道」・史実を守る会が発足します よりお知らせ

こんにちは、熊谷伸一郎です。
 重複投稿すいません、転送転載歓迎であります。

 東京地裁では完全勝利した「南京事件・百人斬り競争」
裁判でありますが、南京事件の史実を認めたくない人々
が控訴し、審理は東京高裁へと移っております。

 これまた皆さんご存知のように、東京高裁は人権の砦
ではなく反動の砦でありまして、勝って当然の本訴訟にお
きましても少しの油断もできないところです。

 ひとつは南京事件という、絶対に繰り返してはならない
過去を胸に刻むため、ひとつは史実を描くことが「名誉毀
損」となるというような言論規制をはねのけるため、高裁
にむけて裁判支援を強めるべく、このたび「南京への道」・
史実を守る会という団体をあらたに出発させることになり
ました。

 下記に呼びかけ文を掲載しますので、皆々様のご参加と
ご支援をよろしくお願いいたします!!

 なお、参加方法は末尾です!
 22日の発足集会と裁判傍聴については別便で!

======================

「南京への道」・史実を守る会

 結 成 呼 び か け 文


 1937年、当時の中国の首都・南京へと殺到する日本軍が
ひきおこした南京大虐殺事件は、侵略戦争の狂気を今に伝え
ています。

 南京へと向かう日本軍のなかに、「どちらが先に100人を日
本刀で殺せるか」を競い合った「N」と「M」という二人の将校が
いました。彼らの行なった殺人競争の模様を東京日日新聞(現
在の毎日新聞)は「美談」として日本に伝えています。

 日本の敗戦後、南京で開かれた軍事法廷で二人の将校は
死刑に処せられます。侵略の戦場における狂気の象徴ともい
えるこの殺人競争を現在に紹介したのが、ジャーナリストの本多
勝一氏が書き、朝日新聞社が掲載したルポルタージュ『南京へ
の道』でした。

 以来、南京事件という史実を否定し、あわよくば日本の侵略と
いう事実自体をも否定したいという勢力から、「百人斬り競争」は
「まぼろし」だったという言説が繰り返し流されてきました。しかし、
戦時中に「N」自身が「百人斬り競争」が実は捕虜殺害だったと
出身地の小学校で話していたという証言や、当時の報道にたず
さわった記者やカメラマンの証言が世に出され、少なくとも二人の
将校自身が「百人斬り競争」を実行したと話していたこと自体は
史実として確定しました。

 事件から66年が経過した2003年になって、突然、二人の
将校の遺族が本多勝一氏や朝日新聞社を「名誉毀損」だとして
提訴しました。「百人斬り競争」自体が虚偽だとして、その行為を
ルポとして報告したことが死者に対する名誉毀損だというのです。
この提訴の背後には、南京事件の史実を否定する勢力や、
現自民党国会議員の弁護士などがいました。

 しかし、提訴以来、史実を守ろうとする多くの良心的なジャーナ
リストや市民により、数多くの新資料が発掘されました。両将校の
部下として虐殺行為の一部始終を見ていた望月証言を筆頭に、
「百人斬り競争」が実は無抵抗の捕虜・農民に対する虐殺行為
だったことが明らかとなったのです。

 2005年8月に出された地裁判決は、当然のことながら、遺族側
の請求をすべて退ける、本多氏側の全面勝利判決でした。すでに
社会的に決着がついていた問題を蒸し返し、誤った歴史認識を広げ
ようとする悪しき企みが失敗したといえるでしょう。

 しかし、遺族側は控訴し、審理は東京高裁へと移りました。また、
現在、南京で審理が進められている事案など、南京事件をめぐっ
ては今後も新たな支援活動が必要になってくる可能性があります。
南京事件の過去を歪めず、忘れず、今の戒めとすることを願う私た
ちは、あらためて支援活動を強化するべく、ここに「南京への道」・
史実を守る会を結成することを呼びかけます。史実を守り、後世へ
の戒めとして語り継いでいくために、目的を同じくする多くの方の
参加を呼びかけます。

2006年2月15日 呼びかけ人一同

あしな・荒川和晴 (慶應義塾大学教員)・荒川美智代(撫順の奇蹟を
受け継ぐ会本部事務局)・石山久男(歴史教育者協議会委員長)・
inti-sol・ウサギの眼・烏龍茶・大谷猛夫(中国人戦争被害者の要求を
支える会事務局長)・金子美晴(ハイナンネット)・川原しのぶ(学生)・
クマ(問答有用)=熊谷伸一郎(編集者)・鈴木千慧子(南京事件調査
研究会)・高橋亨(「対抗言論のページ」主宰)・龍野瑶子・俵義文(子
どもと教科書ネット21事務局長)・とほほ(「とほほのとほほ空間」)・
南典男(弁護士)・穂積剛(弁護士)・Maris・指輪・横山好雄   他

===========================

●以上の趣旨に賛同する方はどなたでも会員になれます。
・年会費1口1000円〜です。
・以下の必要事項を記入し、下記のアドレスまでお送りください。
honda_sien-owner@egroups.co.jp
・おって振込用紙と資料をお送りいたします。

・・・・・・・・(キリトリ線)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・

【史実を守る会に参加します】

・氏名:
・連絡先:〒
・メールアドレス:
・メッセージ:

・・・・・・・・(キリトリ線)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・


ということですので、南京大虐殺の史実を後世に残すために守らないといけないと思います。
私も応援したいと考えています。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 17:51 | Comment(6) | TrackBack(0) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

ちなみに『日本の過去の清算を要求する国際連帯協議会』について調べてみました。

「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会ソウル大会」に参加して
http://www16.ocn.ne.jp/~pacohama/rekisitabi/0405souru.html
第2回「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会」ソウル大会の報告
http://www.campus.ne.jp/~jcpd/kaihou/No_39/039_07.html
に詳細なレポートがありました。

http://www.campus.ne.jp/~jcpd/kaihou/No_39/039_07.htmlよりどのような成果がでたのかというと、
〈内容と成果〉

 会場はソウル女性プラザでした。五月二十日は記者会見と実務者会議、歓迎レセプション、二十一日は開会式と全体会、二十二日は午前に分科会(@日本軍「慰安婦」、A遺骨・調査〈軍人・軍属〉、B強制連行・強制労働、C教科書問題)、午後に全体会議と閉会式、夜は送別晩餐会があり、最終日の二十三日に南北交流会がありました。 在韓被爆者の郭貴勲さんも「韓国人原爆被害者の惨状と援護法裁判の勝利」と題して、発表をしました。国際連帯協議会の模様はは韓国のメディアが大きく報道しました。 国際連帯協議会の議論の内容は、出された「日本の過去の清算を求める国際連帯協議会ソウル大会声明文」に表明されています。

 「一九○四年朝鮮侵略のための日露戦争、一九○五年乙巳保護条約の強制と朝鮮侵略、一九三七年中国侵略、一九四一年アジア太平洋戦争へと続いた日本のアジア侵略は、アジアの民衆に大きな傷を与えた。日露戦争から一○○年が経った今日までも、日本は自らの侵略行為を反省するどころか、むしろ美化しており、国家としての謝罪や賠償を回避している。
 日本が侵略行為に対する反省を拒否している間に、青春を奪われ生涯を苦痛の中で生きてきた被害者たちは、いまや高齢となり死を目前にしている。不幸な事に、被害者たちが亡くなるのを望んでいるかのような日本政府の期待が実現しつつある。(略)いま、国際連帯協議会は、被害者たちが生存しているうちに、早急に過去の清算を実現するべく、再びソウルに集まった。(略)」


 以下、声明文では、具体的な今後の取り組みを第一から第七まで挙げています。第一は、国際司法裁判所などの国際機関を通じた活動など、第二は、強制連行の被害調査を進展させること、第三は、海外の被害者の遺骨調査、収拾など、第四は、日本の右傾化に対する反対活動、第五は、歴史を歪曲する日本の極右勢力との闘争、第六は、日朝国交正常化における日本側の過去への反省と謝罪の明白な表明への闘いなどです。
 これらの成果をまとめますと、@南北と在日の戦争被害者、関係者らの交流が実現したこと、A国際連帯協議会運動の定着、B各国の状況認識共有と運動の進め方などについて実質的な意見交換ができたこと、です。
 今後の予定は、今年(二○○四年)八月後半に祐天寺など日本各地で遺骨問題を中心に追悼本日、国際連帯会議は、敗戦から六○年が経過するまで日本帝国主義の侵略行為に対する過去の清算を果たさずにいる日本政府の誤った態度と立場を明らかにし、日本政府に謝罪と賠償をさせるための具体的な実践について議論した。行事などを行う。九月には第三回国際連帯協議会を平壌で開催する予定、十月には札幌で遺骨問題での強制連行フォーラムなどが予定されています。 なお講演に先立って市民会議総会が行われ、昨年度の総括や今後の方向性が議論されました。


以上引用したとおり、各国市民団体や被害者らの草の根連帯により日本政府や右翼勢力と戦う基盤が整いつつあるということです。副産物としてはたとえば、南北朝鮮や在日同士など国境に分断された人々の交流が促されたことなどがあげられると思います。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 12:39 | Comment(8) | TrackBack(199) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本の過去清算『国際連帯協議会』7月にフィリピンで開催

【東亜】日本の過去清算『国際連帯協議会』7月にフィリピンで開催[2/11]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1139622796/より
『日本の過去の清算を要求する国際連帯協議会』は去る3日、中国上海
でアジャスター会議を開き、第4回大会を7月下旬にフィリピンでの開催が
決まった。

11日の朝鮮中央通信によれば、アジャスター会議には北朝鮮を含めた
中国、日本、フィリピン、オランダ、アメリカなどの日本の過去清算を要求
する各国の団体代表が参加した。

通信は「この会議では、日本が敗戦後60年以上も過去清算について、何ら
かの実践的措置を取らないのみならず、むしろそれらに逆らって行く立場を
更に表面化している事に対し、国際的な連帯活動を更に強化する事にした」
とし、「東南アジア地域の多くの被害国の団体にも積極参加をさせようという
事で合意した」と明らかにした。

国際連帯協議会には南・北朝鮮、中国、台湾、フィリピン、アメリカ、日本
など7ヶ国の会員が参加していて、2003年9月に上海で第1回の国際会議
を開いて発足した後、2004年5月にソウル、2005年9月に平壌でそれぞれ
第2・3回の大会が開催された。

ソース:NAVER/連合ニュース(韓国語)
http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=001&article_id=0001217053
ということらしいです。私の考えた構想の一部が実現しつつあるようです。しかし、7ヶ国と少なく、大幅なメンバーの拡充を期待したいところです。メンバーの候補国としては
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/12978054.htmlにて
仮称:大日本帝国侵略・戦争加害問題関係諸国会議機構
議長国:韓国
被告国:日本国
加盟国:韓国、北朝鮮、中華人民共和国、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージランド、ポルトガル、ドイツ、イタリア、ロシア、モンゴル、マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、東チモール、フィリピン、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ナウル共和国、 キリバス共和国、インド、スリランカ、日本の35ヶ国
オブザーバー:台湾政府
をあげておきます。7ヶ国だけでなく、大日本帝国の侵略および加害戦争において関係した諸国全部の国を合わせれば35ヶ国もの力になります。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 12:32 | Comment(6) | TrackBack(167) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

このカテゴリーの紹介

国家間の連帯ではなく、大日本帝国によって被害を蒙ったすべてのアジア・太平洋諸国の市民たちを統合しようとするものです。草の根からの連帯こそが日本の右翼勢力や右傾化・ナショナリズムを煽動して、アジア社会の平和を乱す危険な自民党政権の暴走に歯止めをかけ、打倒し、村上談話の精神に基づいた元の正常な日本を取り戻す上で大きな原動力になると思います。大日本帝国によって植民地支配されたり、軍政統治、あるいは一時的にも日本軍の進駐を受ける形で被害を蒙った諸国は韓国、北朝鮮、中華人民共和国、マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、東チモール、フィリピン、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ナウル共和国、キリバス共和国、モンゴルの23ヶ国に及びます。空襲や間接的な被害を蒙った地域を入れればオーストラリア、スリランカ、インドなどが加えられ、さらには一部の植民地・占領された地域ということであれば、アリューシャン諸島のアッツ島、サハリン北半分、グアムなどが加えられます。正確に被害事実と詳細を綿密に調査し、すべてを把握すること、日本政府や各国政府が保有する史料の全面公開、加害の事実をきちんと教育で伝え、ホロコースト記念館のような生涯にわたり被害事実を伝え続ける施設をつくるのは最低の義務だと思います。それだけではなく物的・人的に被害を受けた人々にはもちろん、強制労働、従軍性奴隷、虐殺などの被害にあった犠牲者遺族や被害者個人には、償いと二度と過ちを起こさない懺悔の思いを込めて補償するのが義務です。このカテゴリーはそういう思いに基づき、つくりました。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:54 | Comment(13) | TrackBack(11) | 大日本帝国侵略・戦争被害諸国民衆による市民連帯結成を | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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