2006年02月19日

水木しげるのラバウル戦記にみる日帝悪 日本軍内部の暴力性part1

『水木しげるのラバウル戦記』 水木しげる著 筑摩書房を読みました。水木しげる氏は漫画家でゲゲゲの鬼太郎、そして妖怪作家で有名です。読んだ感想ですががっくりしました。戦記といってますが、ほとんど戦闘といえる描写はなかった。捕虜になったインド兵やインドネシア人が連れてこられたことも書かれているが、日本軍の彼らに対する非人道性を描写するものはほとんどない。それか本人の興味どおりに美しい景色や“土人部落"と呼ばれる現地住民のところへ行っての彼らとの交流が描かれていたりする。日本軍が現地住民を強制労働させるとか、虐殺・虐待するとかいった加害的記述はほぼ皆無である。というわけで大日本帝国の加害性を描くという点では私にはがっくりといったところ。ただし、日本の軍隊の異常性が描かれている。古参兵による初年兵に対するすごい虐待というものが描写されていた。(著者自身、当時、ラバウルへは日本から兵員の補給が来なかったため、永久の初年兵になってしまい、扱かれっぱなしだったという恨みめいた話になっているが。)古参兵たちも初年兵のころはすごい虐待を受けていたに違いないのだが、彼らが古参兵になった時点で自分がやられたことを軍隊に入ってきたばかりの初年兵にやり返すのである。こうして日本軍内部の暴力性が蓄積される過程が分かる気がする。ただ、中国大陸の事例と違って、ラバウル戦線では現地住民に対する暴力という形では現れなかったようだが。後は、従軍慰安婦に対する描写もあった。それらについて本書より抜き出していきたい。

まず、日本軍隊の内部的暴力性について、抜き出してみる。
ラバウル戦記 その一出発 p6〜9より

 
船の中は、なんと人間の船室が三段になっている。即ち豚か山羊を輸送する仕掛けになっているのだ。「我々の船室はもっと奥だろう」と思っていると、その三段のブタ輸送に似たそれが我々のネグラときいて、一同おどろいたが、アフリカからアメリカにおくられた奴隷船よりはましだろうと思った。
 というのは、足をのばせば寝られるのだ。なんというありがたいことだと思っていると、出港。「おいみんな、最後の内地だぞ、よくみておけ」という軍曹どのの半ばやけ気味のセリフを聞いて外に出てみると、夕方だった。 (略)
 これでいよいよ永久に内地とはお別れかもしれないと、海をながめていると、「みんな船室に集まれ」という声。
 酒の配給である。運んだり、分けたりするのはすべて初年兵の仕事、なにかの手違いでヘマをすると、すぐにビンタがビビンのビンとくる。(略)
 船は5日、6日すると、なんとパラオに着いた。水も緑もきれいだ。
 半日ばかりたって上陸ということになった。「なんだパラオか、ラバウルじゃなかったのか」とひとりごとをいうと、「初年兵のくせに、知ったふうなことぬかすなーっ」と意味もなく、ビンタが左右にサクレツする。
「古兵殿、御注意ありがとうございます」そう思わなければいけないのだ。古兵の御命令は天皇陛下の御命令と同じなのだという、分かったような分からんような規則みたいなものがあるのだ。
 小舟でコロールというところに上陸、南方のきれいな島々(パラオのあたりは特に小島が多い)をながめていると「その兵隊なにやってるんだ!!」という、景色と似つかわしくない怒声に、はっと我にかえると、みな上陸して、残るは 我一人。特に「軍人勅諭」の暗唱を命ぜられ、あげくのはては、ビンタさくれつ(ありがとうございます。)
 上陸したものの、手配がうまく行っていないらしく、6時間もぼんやりさせられた。(略)
やがて船がきて「コロールから本島にゆく」という。「なんだ本島があったか」と、だまされた気になって歩き出すと、島にしてはバカに大きく、コロールほどきれいでもない。ただの南の島という感じ。


p10より

 
一分隊というと約10人いたが、その中には初年兵は5人いた。その5人で、古兵殿の食事の用意から食器洗い、下手すると褌の洗濯まで命ぜられる。
 古兵殿は、カミサマみたいなもので、終日家の中で談笑にふけっている。ぼくたちは、寝床の用意までやらされた上、おそいとか、下手だとか、難くせつけられて、毎日小言を頂戴し、運が悪いとなぐられる。
 ある日、食器洗いに行ってかえったら、他の初年兵は体操をやらされている。ぼくは、途中だからゆかなくてもいいだろうと解釈して、じっとしていた。
 古兵の一人から「初年兵は、みんな集まって体操してるんだから、おめえもゆかないとまずいぞ」といわれたが、ぼくは無視した。ゆけばよかったのだが、ゆくのが大儀だったのだ。
 すると、分隊長が帰ってきて、ぼくだけが3分間ビンタをくらわされた。即ち「なまいきな初年兵」だというわけだ。


p20(船上にて)より

 
不思議に思って、ながめていると、「空襲だーっ」という。空襲の時は"完全軍装"をして集まれということだったから、あわてて船底から鉄砲をもって甲板へ出ると、「銃を空にむけろ」という。
「空にむけて何を撃つんですか」といったのがいけなかった。ビビビビ――ンとビンタ。即ち、小銃で敵機を撃ち落とすという"軍人精神"が欠けているというのだ。


p28〜29 (ラバウルでの生活)

 とにかく、毎日のように夜になるとネズミが出た。ねぼけて手をやるとおどろくほど群がっている。
 どうしたわけか、毎日が日曜日だった。要するに命令がこないのだ。
 初年兵は"めし上げ"と称する、桶にめしをもらい、それを飯盒に分配し、古兵どのに食べて頂くという作業や、荷物運びなどというものはあったが、古兵殿は一日中寝ていて、初年兵のあげ足をとるのだ。
 帽子のかぶり方が悪いとか、歩き方がだらしがないとか、バカにうるさい。
 中には(他の分隊だが)整列させて、お互いになぐらせるようなこともしていた。
 朝は起床5時、しなくてもいい体操をさせられて、めし上げ。ある時などは、意地の悪い古兵どのが初年兵になりすまして一人おり、談笑しながら歩いていると、態度がだらしないというご注意。
 ご注意だけならいいのだが「きをつけ」をしてお互いになぐり合うという、バカな真似をさせられ、なぐり方が軽いと、やりなおしを命ぜられるから、罪もない同年兵をビンビンなぐならねばいかん。
 古兵側は、非常にいいことをしているという意識があるから、悪びれる様子もない。軍隊では畳と初年兵はなぐるほど良くなるという明治時代からの金言がはばをきかしているのだ。
「あんた、こんな地の果てのようなところへきて、ビンタゲームでもないでしょう」と言いたかったが、だまっていた。
 そんなことを言えば、おそらく古兵は語りあっておしかけ、半殺しの目にあっただろう。
 古兵になぐられて「ありがとうございました」というのもこっけいな話だ。


p38〜39

トーマというところはいいところだったが、配属された中隊はガダルカナルから転戦してきた中隊で、普通の中隊の半分位しかいなかった。
トーマはいいところであっても、景色のいいところにいると爆撃されるということもあって、中隊は見晴らしの悪いところにいた。即ち、山の中腹みたいなところだった。
 そこで、毎日穴をほるのが仕事だった。2年後、即ち終戦後(日本人は敗戦後といわないところがおもしろい)ぼくは一時期トーマにいたが、中隊がいたところとぜんぜんちがう場所でとてもいいところだった。(略)
 ぼくが配属された中隊は、平田部隊の一中隊なのだが、バカに厳しい中隊だった。どうしたわけか、初年兵の寝るところだけ屋根がないのだ。
 雨が降った場合、どうなるかという心配よりも、寝る場所の心配で大変だった。即ち、どうにか横になれる空間を確保するのに必死だった。
 ビッシリだから、となりの兵隊と体がふれる。夜中に便所にいって帰ってくると、もうぼくの空間はない。ビッシリだから、ほんのちょっと誰かが自由な空間を主張すると、他の人の分がないのだ。こんなひどい話はない。寝るところがないのだ。
仕方がないから、つぎの兵隊が便所にゆくまでしゃがんで待つ。
 そして、毎日やたらに穴を掘るのだ。それを陣地構築と称していた。全山を要塞にして戦うというのが、方面軍の命令らしいのだ。それにしても、ひどい"初年兵いじめ"だった。上の方の連中は"練成"していると思っているから平気だった。


p40〜41より

 
銃にサビがついていると、天皇陛下からいただいた銃を粗末にしたといって、半殺しの目にあうから、一日のわずかな時間をさいて掃除しておかなくてはならない。
 夜になると、古兵どのたちが、昔の牢名主みたいに上座に並んで、ガダルカナルでの武勇伝に始まって、でかい声で講義が始まる。
 おそるべき恐怖政治だったから、古兵どのとの空間が、なんと2メートルもあいているのだ。従って初年兵の空間がなくなってしまうのだ。
 もう少し空間に体が入るようにすればいいのだが、誰もこわがって、古兵との空間を生めない。おそらく、なにかに言いがかりをつけていじめられるだろう。
 とにかく"武勇"を尊ぶ中隊だったから、人間を寝かす空間については配慮が及ばなかったのだろう。
夜は"地獄"だった。
 朝の5時、即ち点呼は6時だから点呼前の出来事だった。「キャーッ」という狂ったような声に目がさめると、みんなおきてワラ人形のようなものに向かって銃剣の練習である。
 これは、点呼前に"間稽古"と称し自発的に"武勇"をためす、あるいは練習するものらしい。"武勇"を尊ぶ、この中隊独特のものかもしれない。
 これに参加しないと、古兵どのの機嫌をそこねるというので、兵隊はあわてふためいて参加した。
 恐らく近藤勇の試衛館道場みたいなものであろう。新撰組というのは、外敵を殺した数よりも内部の隊士を殺した方が多かった。どうも"新撰組"に似た中隊だった。要するに、上の方の連中は、強い兵隊を作ろうとしていたわけだ。


ラバウル戦記その2 前線での生活 p73より

 
古兵たちは、あくびなんかして人間らしい動作だったが、初年兵はうつむいて銃なんか手入れしたふりをしていないといけなかった。のんびり足をのばしていると、「動作がでかい!!」と一喝されるからだ。古兵は談笑したり、将棋をさしたりしていた。


p74〜75
 
雨が少しやむと、なんと古兵たちが狂ったように動き出した。陣地構築である。彼らは手なれているらしく、バカに素早くうまい。ぼくは要領が悪くて、しかられ通しだった。
   (略)
 初年兵は普通の作業が終わっても、いろいろ雑用をさせられたから、休むひまがない。
 その最たるものが"めし上げ"で、遠くまでめし上げにゆき、桶から飯盒に分配する。(略)
 めし上げの時、大きな炊事用のしゃもじで3発なぐられた。即ち、めし桶を充分に洗っていないというのだ。(略)


p76

 
陣地は平地に作るかと思っていたら、なんと本命は山だということだった。
 毎日、山に登っては、穴を掘るのだ。しかもなまけられない。ぼくは要注意人物だったらしく、ちょっと腰をぬかしただけで古兵たちにののしられるのだ。
 それをよいことに、日頃からなぐりたがっている上等兵が、「メガネはずせ」とくる。そして、なにも悪いことをしたおぼえがないのに、ビンタ十発!! (略)
 それが毎日なのだからたいてい敵よりもこの古兵にやられてしまう。むしろ敵の方がアッサリしていていい感じだと、初年兵同士で話し合ったものだ。初年兵はすべて"ノイローゼ"気味だった。


p77〜78
 
どうにか兵舎もたち、毎日の重労働がつづいた。
 軍隊では日曜日は休みのはずだったが、どういうわけか古兵たちは休まない。どうも木内軍曹という鬼軍曹がいけないらしい。日曜日に、食糧とりとか兵舎の修理をさせるのだ。他の隊は日曜日は休んでいた。
 小林は鬼軍曹の分隊だった。小林は、古兵たちに囲まれて、苦しかったらしく、夜になると外に出て煙草を吸うくせがあった。月の夜はきれいだし、空の星もよくみえた。
 ある夜、なんとなくやかましいので外をみると、小林が古兵たちになぐられていた。外で煙草を吸って、それが敵にみられたらどうするのかというのが、小林のなぐられた理由のようだった。
 そういうことで、小林はだんだんと青ざめてゆき、やせておどおどし出した。もともと体も小さく、丈夫な方ではなかったから、こんな山奥で作業するのは、ちょっとムリなのだ。
 普通に材木をかつげないとか、点呼の時ヒザががくがくふるえていたといったようなことがみなにいじめられる理由のようだったが、軍隊で体が弱いほど、哀れなことはない。


 p81
 
鬼軍曹は、家を建てることに興味があったらしく、今までの兵舎は雨もりもしないのに、新しい兵舎を思いつき、日曜日にやるために、大切な休日がなくなってしまった。みな一日中、休みなしで働かされた。


以上これだけを引用しましたが、まず目につくのがビンタである。p28〜29では初年兵はなぐればなぐるほどよくなるという金言があり、まずそのような暴力が横行するもととなっていること。古参兵の権力が強く、初年兵にとっては天皇陛下の命令であり絶対服従である。人殺しを命じられたら、自分の良心に逆らっても実行しなければならない。異常ないじめの横行、そして初年兵はみなノイローゼになり、その初年兵が上等兵になることには、また初年兵に対して同じことをやり返す暴力の堂々巡りが起きてくるのである。暴力は推奨されており、暴力を振るった古参兵は悪びれる様子はなく、むしろ、いいことをしたと自我自尊しており、初年兵はそれを"ありがとうございます"と感謝しなければならない。こんな非道な世界は日本軍だけである。他には兵隊の健康や体力、気持ちを考えない鬼軍曹がいて、強制労働を日夜やらされる。日本軍の中では小アウシュビッツという内部的暴力システムが築かれていた。現代でも過労死が問題視されるが、労働者を酷使し、労働者の権利や健康、個人自身の事情を考えない横暴な企業体質が旧日本軍的な暴力性を受け継いでいることにみられる。日帝残滓の掃討であり、こういう日本軍の体質批判を通じて、日本の制度的改革も行っていくべきだと考える。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 19:55 | Comment(5) | TrackBack(1) | 書籍などにみる日帝悪および書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBに対してのコメントありがとうございました。「ラバウル戦記」の鬼気迫る描写には「真空地帯」と言われた旧日本軍の狂気がリアルに感じられて慄然とさせられました。今後もこうした貴重な資料の紹介を是非ともお願い致します。
 貴サイト、早速お気に入りリンクに入れさせて頂きました。
Posted by 下等遊民 at 2006年02月21日 21:53
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Posted by at 2006年03月22日 05:02
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   | ハソ板人      .|/
Posted by at 2006年03月24日 00:49
       ☆ チン            
 ☆ チン  〃 ∧_∧   /癡所の右翼討伐人チャソ
  ヽ ___\(\・∀・)<2チ ヤ ソ ネ ルで他人のメ ア ド晒した謝罪まだー ?
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    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
   |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|  |
   | H A N 板人  .|/
数万円もする研究室の実験器具を壊した事を隠蔽しようとした癖に自からHAN板でバラして罵倒嘲笑を浴びた。

他人のメ ア ドを本人の許可無くHAN板で晒し、スレ住人にたしなめられたが開き直って削除依頼もせず逃走した。

2TIYANNELUの理系板で日本軍悪口雑言板スレ立てをして沈着冷静、頭脳明晰な住人の罵倒嘲笑を浴びた。

2TIYANNELUの海旅板で日本の加害情報求む等と馬鹿なスレ立てをして総スカンを喰らった挙げ句スレストされた。

HAN板で(さば)を(こい)と読んで無知文盲がばれて祭りになった。

理系大学の学生でありながら本を買ったのがたった二冊だけだと平然とほざいてHAN板でスレ住人にあきれられた。

南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記のHAN板住人に全く歯が立たず泣き言を吐いて逃走した。

HAN板で意気揚々とソースに「半月城通信」を引用して大爆笑になった。

自分の専門分野について質問された時に錬金術の如き化学反応式を並べて文系住人さえ絶句させた。

鬼女板と恐れられる既婚女性板にカキコして百戦錬磨一騎当千の鬼女板住人に粉砕されて逆上、「お前らなんて一生結婚出来ないぞ!!」と
既婚女性板住人が化石するしかない捨て台詞を吐いて逃走した。

就職の面接で担当者が一文字姓だった為、勝手に在日朝鮮人と決めつけ、得意満面でこの自慰ブログの如き電波左翼妄言を吐いて見事に落ちた。

民団の掲示版に日本の悪口を書いて賛同を求めたが逆に門前払いを喰らって唖然とする程の癡所ぶりをオチされて侮蔑と嘲笑を浴びた。
Posted by at 2007年10月16日 23:58
☆マ-チクタビ-レ-ター♪            
 ☆マ-チクタビ-レ-ター♪
         ∧_∧ /恥序優の右翼討伐塵ちゃん♪
  ♪ ___\(\・∀・)<2 チィヤァんネルで他人のメェァドオゥサラシたシャザイまだぁ- ?
      \--/ ⊂_)_ \____________
   |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|  |
   | h an 利他なの  .|/

数万にはする研究室の実験器具を壊した事を隠蔽しようと思った癖に人から h an 版で暴露して売渡(罵倒)(売渡(罵倒)) 物笑いを受けた.

h an 版で他人のめえアドを本人の許可なきサラシで当たって, スレ住人が責めたが顔色が変わって裂く-西門依頼島しないで逃走した.

2 チィヤァんネルの理科版でイルボングヨッククヨッククジゴリパンスレセウォをして沈着冷情, 頭脳明細である住人の売渡(罵倒)(売渡(罵倒)) 物笑いを受けた.

2 チィヤァんネルは海外旅行版で日本の加害情報要求するなどあほらしいスレ縦をしてチグスカンを喰らいスレストになった.

hあan版で 良い湿布して(邪魅)を(ノングウィ)と読んで余りの恥藷菟悶妄がばれて小規模祭りになった.

理科大学の学生ながら本を買ったことがただ 2冊万がラメテヨンハゲゼサンなら hよ an 版でスレ住人がまいることができた.

南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記のHaAnN板住人に全く歯が立たず,何一つ有効な反論もせず泣き言を吐いて逃走した。

HaANn板で意気揚々とソースに「半月城通信」を引用して半月城のインチキさを知悉していた住人の大爆笑を誘った。

自分の専門分野に関連した質問を受けた時にアルケミーみたいな化学反応式を並べて文系住人さえ絶句させた.

鬼女版と恐ろしがられる既婚女性版にsenzuriを書いて百戦練磨一騎当千の鬼女版住人に木っ端微塵に粉砕されて逆上 「お前たちは一生結婚することができない!!」と
既婚女性版住人が化石するしかない捨てせりふを吐いて泣きながら逃走した.

就職の面接で担当者が一文字性だったので勝手に在日朝鮮人と決めつけて得意満面でこのオノイウィブログ (院)みたいな電波左翼妄言を吐いて物の見事に落ちた.

民団の掲示板に日本の悪口を書いて賛同を要求したが反対に門前薄待を式などはアヨンハゲにするほどのチソサングを終りになって bubetuと物笑いを受けた.

自分の風呂具でもまんまと縦読みにひっかかって物笑いを受けた.

自分の風呂場道具の管理も満足にできなくて毎年 12月 31日に皆さんの投稿を待っていますなどだと言う言葉外に縁(側) 鳥を後進続いた.

土地来るという自分の風呂場道具で自作の時グリムウングを始めたが文体に帰る事もできない地取ってアックゴだから一発でばれた.

結局他人の万を分はザシンキネを始めたが
それを難しくて球団になると麻子ぴったりやめて失笑を買った.

他人様を代弁インも呼んだ癖に自分の意見を言わないで他のブログや HPをリンクすることだけで相手を論破したと信じてしまう位の tisyou加減が糾弾されて何も反論しないでオナアアにおいてエントリーを連続tジブオグヨルモスブをまたまた証明した

「類は友を呼ぶ」「癡處齲と付き合うと癡處齲が伝染る」、という真理を鷹嘴(不条理日記)が癡處齲討伐人と全く同じパターンの愚行(他人様めぇあどぅさらあしぃ)をやっている事で実証した

鷹嘴(不条理日記)が癡處齲右翼討伐人を凌ぐ恥知らずなのが「なめてます」コメント及びてめえのsenzuriブログにとって都合の悪いコメントした場合は「偉大な俺様の神聖なsenzuriを邪魔した野郎はIPアドレスsa−ーらしてやっからな!!宣言」で判明した.
Posted by 癡處齲動詞仲良しこよし at 2008年02月01日 21:24
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