2009年01月02日

南京事件、笠原十九司著 岩波新書 南京事件について

お正月でようやく休めるかとおもったら、読み終わった感想ですが、1つに素晴らしいですね。南京事件という人類史上最大の惨事を歴史的に、または学問的に深く考察され、まとめられた本だと思います。
南京事件といっても、いまだに否定する自民党のアホ右翼連中のような醜い物体の出現が絶えません。戦後直後、焦土となった日本で悲惨な酷く窮乏を強いられた敗戦体験から戦争被害者という感情が強く形成されていたのでしょう。戦時中は厳しい報道管制や言論統制によって知らされることは当然ありませんでしたが、戦後も似たような報道官製および戦後の敗戦体験も合わさって、無意識にそういう過去の汚点の事実に目をむけて直視することを避けていたのです。戦後直ぐに米ソ冷戦が始まり、連合国にとっても大日本帝国の戦争犯罪を追及し続けることに労力を避けなかったのと、冷戦の中で自らの陣営に日本をひきつけておくことも重要視されたこともあり、多数の戦争犯罪の事実が日本国民の前に明かされることはなかったのである。
少し脱線したが、本書は多数の一次資料を用いてあり、中国側の資料はもちろん、旧日本軍側の資料や元日本兵に至るまで幅広く取り入れてあります。
 日中戦争の歴史は1937年7月7日に盧溝橋事件が起こります。1937年8月13日には第二次上海事変が起こります。その2日後に日本軍が南京を宣戦布告なく爆撃します。皮肉なことに、その8月15日というのは日本の敗戦記念日と重なってしまうのですね。
 その爆撃というのは卑劣なもので軍人と市民に多数の死傷者を出しました。その爆撃は交戦法に違反したもので、宣戦布告もしていない中国の首都南京を爆撃したのは戦時国際法「開戦に関する条約」に違反。また非戦闘員を死傷させたこと、および非武装地域へ爆弾投下を行ったことは同法の「陸戦の法規慣例に関する条約」に違反。このような卑劣な国際法に違反した南京の爆撃が南京事件の前史となし、南京市民の受難の幕開けであったのである。
 海軍航空隊による渡洋爆撃と称する爆撃は頻度を増して南京へ続けられ、中国の大中小都市各地にまで及んだ。日中戦争における侵略は日本陸軍に目を向けられがちだが、1937年の時点では、参謀本部では上海の占領に限定し、内陸に侵攻しないように必要以上の拡大を避けようとしていたのに対し、海軍は中国の各地を爆撃したように、陸軍に先立って中国の屈服と敗北を目的とする日中全面戦争に乗り出していたという風な事実は意外だった。その後、第二次上海事変は上海派遣軍と中国軍の精鋭部隊らとの激しい戦闘が行われ、1937年第10軍の杭州湾上陸、第16師団の白茆口上陸によりようやく決着をみる。その後上海戦の消耗や疲弊を癒す暇なく南京へ侵攻し、あの忌まわしい南京事件を引き起こしていくのである。
 本書では海軍と異なり陸軍は拡大派と不拡大派に分かれて抗争していたこと。拡大派の中心には参謀本部第一作戦課長武田章大佐と不拡大派の中心には同部第一作戦部長石原莞爾少将にはいた。当然後者が前者を駆逐していくのであるが、武田氏よりも石原氏のほうが軍人としての階級も地位も上である。階級も地位も上である上官が不拡大論を主張しているならば、通例ならば自分の拡大論を改めるか引っ込めるべきだったが、武田氏は拡大論を主張し不拡大派の石原氏を押し切ったのである。陸軍内部には下克上というのが一種のブームとなっていた。石原氏が中央の命令を無視して満州事変を主導し、成功を収め、作戦部長という地位を得るに至ったが、自らの行為によって助長した下克上に直面するという皮肉である。
 南京事件というのは本書を読んで想像を絶するものだったといわざる負えない。原因としては

・「支那鷹懲」という根本にある精神
「支那鷹懲」というスローガンは軍部によって、日中戦争の目的として掲げられたが、これほど勝手に解釈される不明確な戦争目的はなく、政府、軍中央、果ては現地軍指揮官らによって勝手に解釈され、日中戦争の目的は絶えず拡大し、不拡大の枠を守ることを困難にした。参謀本部の統制にしたがわず、上海派遣軍が独断専行で南京攻略戦を開始したことを国民やマスメディアが支持する上で大きな役割を果たした。南京やその進軍過程などにおける残虐行為における役割として、
 

この残敵掃蕩、つまり敗残兵として残っている者を皆殺しにするという戦法は、敗残兵が一般民衆の間に逃れえた場合は、民間人を巻き添えにして殺害することになった。日本政府・軍部が日中全面戦争の口実にした「支那鷹懲」という思想そのものが、天皇の軍隊=皇軍に対して屈服してその配下にくだらないものは、武力で征伐し、討ち懲らしめるというものであった。それは中国民衆が生きて生活する場所に侵入し、彼らの生活を破壊しておきながら、日本軍に敵対したり、あるいは協力しない民衆を見て、さらに抗日的と疑うだけで「鷹懲」してしまうまでになった。(本書p96より)

という風に、「支那鷹懲」というスローガンが南京事件をはじめとする日中戦争における日本軍が中国の民衆に対する残虐行為を行って行く中で果たした役割は大きい。
・南京攻略戦は当初は予定していなかったこと
南京攻略戦は参謀本部の作戦計画にもともとなかったため、南京を陥落させた後の次に移すべき明確な作戦が陸軍中央にはなかったのである。国民政府と停戦・和平を目指す勢力、国民政府を屈服させて傀儡政府で変えようとする勢力、拡大派と不拡大派の対立があり、意思統一がなされていなかったことが数々の無策とそれにより引き起こされた南京事件の原因のひとつである。

・予期されていなかった日中全面戦争と戦争の長期化、それに伴う兵員の急速な水脹れと将兵の訓練・教育不良
日中全面戦争が長期化し、陸軍中央は抵抗が激しくここまで手こずるとは考えていなかった。急遽、予備役兵を召集し臨時の特設師団を編成するに至ったのだが、当然軍隊の装備も将兵の教育・訓練も不十分なままのにわか作りの部隊だったのである。住民への略奪、暴行、強姦などに至る軍規頽廃が著しく、日本軍の匪賊化が進んだ要因の1つである。

・後方支援部隊(兵站部隊)がなく、「現地調達」をあてにした進軍だったこと
中支那方面軍の独断専行で開始された南京攻略戦だから、上海派遣軍だけの場合、上海周辺だけ載狭い想定していたものだから、各兵站部は当然貧弱だった。しかも、上海というより狭い範囲でさえ、食糧・軍需品を供給する兵站機関が混乱していて、住民から略奪し、暴行に及んでいたのである。上海を占領してまもなく独断で始めたものだから、兵站部隊を整備する時間もない。なおさら、南京攻略戦における前線部隊は現地調達を余儀なくされる。

・上海戦に続く南京攻略戦に連戦への憤怒と憤りが中国軍民への敵愾心となって現れたこと
1937年11月の中旬には上海全域を制圧した。兵士たちの多くは予備役兵・後備役兵で、妻子を残した出征であったのだが、上海戦が終われば帰還できると思いきや、そのまま南京攻略戦に駆り立てられ、兵士たちの中に大きな不満や憤りが生まれたのに違いない。それが逆に中国軍民に対する敵愾心の形で現れ爆発したのである。特に中沢三夫大佐率いる第16師団が特に酷かった。第10軍に属し、華北から転戦させられてきたのだが、華北でも戦い犠牲を強いられ、転戦の負担にもかかわらず、途中から投入された上海戦では継子扱いさせられ、物資ばかり兵要地誌さえもまもとに与えられず行き当たり式に戦闘を命じられた挙句、こきおろしされて、さらに南京進軍へ駆り立てられたというのがその理由である。
・各部隊を挑発し、南京一番乗りに向けて競争させ、煽り立てたこと
拡大派の武藤参謀副長は参謀本部の統制に反する形で南京攻略戦を独断専行で進めたので、一刻も早く南京急進撃を成功させる必要があった。進撃が停滞した場合は、南京攻略が反対している不拡大派の幹部に前進停止を命じられる可能性があったためである。手段は疲労した上海派遣軍を挑発し、第10軍と「南京一番乗り」を争わせることだった。上海派遣軍と第10軍の競争になるわけだが、当然それぞれの軍は指揮下の各前線部隊に「南京一番乗り」を煽ったのである。ただでさえ、兵站が崩壊しているのだが、それを強行軍でやるわけである。ほとんどが現地の調達になり、略奪に伴う強姦や暴行などが増えるのも必然だった。「南京一番乗り競争」進軍に伴う被害として波状進撃に伴う被害も深刻だった。前線部隊が各師団の先頭部隊や主力部隊、後続部隊にバラバラ(波状)に進軍していったのだが、さらに遅れて補充員部隊の波状進軍があったのである。上海での日本軍の損害が甚大であったため、各部隊とも多数の補充を必要とした。このためつぎつぎと補充員部隊がのちに各前線部隊へ送られていくことになるのだが、本体の指揮に入るまでは臨時のために、明確な指揮系統はなく軍紀もなきに等しかった。中国人をかってに徴用し、勝手に食糧の略奪を繰り返しながら、任意集団として南京へ向かった。前線部隊よりも指揮系統がなかった分、軍紀が弛緩し、残虐行為の数々は前線部隊よりも上回ったのである。

・中支那方面軍司令部が配下の全軍を統括統制する機関を備えていなかったこと
大本営は1937年12月1日、南京攻略の独断専行を正式承認し、戦闘序列が正式に下命され、上海派遣軍と第10軍よりなる中支那方面軍司令部が正式に発足するが、指揮下の全軍を統括する兵站機関をもたない正規のものではないことにはかわりなかったのである。南京攻略戦の作戦指揮だけをして、軍隊の食糧・軍需品の補給、将兵の軍紀風紀の取り締まりも、傷病兵の救助・治療も、上海派遣軍・第10軍および各師団の責任に任せるという、無責任なものだった。中支那方面軍司令部が指揮下の全軍を統括・統制する機関と権力を一切備えていなかったことが、南京とその攻略における残虐事件の数々を発生させる要因のひとつとなったのである。上海攻略戦の時点で軍紀頽廃が著しかったので、なおのことである。

・上海、杭州湾より続く、仲間の犠牲とそれに比例する中国人に対する復讐心と敵愾心
上海、机州湾から戦闘と殺戮を繰り返してきた日本軍の将兵は、仲間の犠牲が増えるに比例して中国人に対する復讐心、敵愾心が高まっていた。残虐行為にも慣れ、民衆に危害を加えることも躊躇しなくなっていたのである。南京陥落後の捕虜虐殺では「戦友のかたき」「憎い敵」という激しい敵愾感情というのも背景に存在する。中国の民衆からすれば殺人鬼ならぬ「日本鬼子」「東洋鬼」以外のなにものでもない。

・農村部の心理的性犯罪行為を行いやすい環境
農村部では、村落が孤立し、人家も分散している上、土塀や石垣で囲まれて農家の家構えが密室状態になっていたこと、あるいは婦女子が山野や田畑に逃げ隠れているところを発見された場合、街中や往来と異なり心理的に性犯罪行為をやりやすかったこともあって、農村部では凌辱された上殺害される強姦殺害が多かった。もちろん、街中や往来でも多数の強姦及び強姦殺害は行われた。無数の女性が性の恥辱と生命の剥奪という二重の犠牲を強いられたのである。
・強姦行為などの兵士の犯罪を取り締まる憲兵がいなかったこと
これはよく言われていることである。強姦や略奪、殺戮、放火、暴行などを禁止する注意事項というのは下達されてあったが、それを取り締まる憲兵がほとんどいなかった。南京入場式直前の1937年12月17日の段階でたったの17人に過ぎなかった。

・残虐行為の放任・黙認
注意事項が下達されてあるし、それ以前に陸軍刑法でも、ハーグ陸戦条約においても禁止されていることだが、無理難題の南京攻略において、将兵の憤怒や反発のガス抜き、はけ口、あるいは慰労という形で略奪および殺戮、強姦といった行為を部隊や上官が放任・黙認しているのである。上海から南京攻略の過程でも、軍の上官らは兵士たちの性的暴行を「兵の元気をつくるに必要」という理由で黙認する傾向があった。南京陥落後は、多くの部隊が南京城内に進駐するなかで、勝利者、征服者の「特権」という形で略奪や殺戮、強姦などの不法行為に走るのを黙認・放任されたのである。
・南京陥落後、兵を城内に駐屯させたこと
軍紀弛緩の上、戦場の狂気をもった兵隊が市内に放てば、悲惨な不祥事が起こるのは当たり前である。
・入城式の挙行とそれに伴う掃蕩作戦による犠牲
中支那方面軍が陸軍中央の統制を無視して強行したのだが、ついには大元帥の昭和天皇から直々に「御言葉」を下されるまでに至ったのである。掃蕩の関係上、12月20日以後を申し入れていたのにも関わらず、17日に強行した。もちろん、入城式は式場はもちろおん、城内、城外であっても敗残兵や便衣兵によるゲリラ活動があれば皇軍の威厳を損ねることになる。その上、上海派遣軍の朝香宮鳩彦王中将は皇族であり、天応の軍隊の象徴である皇族の司令官に万が一のことがあれば天下の一大事である。17日に入場式を挙行するため、南京城区ではなく近郊農村にまで及んで過酷な「残敵大掃蕩作戦」が展開されて、虐殺される軍民の犠牲を一層大きくしたのである。

・敗残兵狩りのため、難民収容所や民家の隅々まで捜索に入ったこと
当然民家の奥に隠れている婦女子と日本兵が接する機会が増える。押し入った部屋の奥に隠れていた婦女子を発見し、強姦し、輪姦に及ぶことになった。

以上が原因として挙げられるところである。
他にも書きたいところがあるが、触れる時間はなく省略しておく。
南京事件は大量虐殺もそうだが、強姦が大日本帝国の加害歴史、いや人類が誕生して以来歴史上これほどまでに行われたことはないだろう。ヴァーリントン氏らをはじめ安全区国際委員会らの外国人らが彼女らを救うために健闘した。

 酒に酔っ払って、凶暴化した兵士が強姦や殺傷をおこなう場合が多く、彼らの残虐行為を止めにいくには、命の危険がともなった。安全区国際委員たちは一人でも二役も三役もこなしながら、日本兵と「たたかい」を続けた。日本軍の入場式前後から激増した強姦事件が、1日千件以上も発生し、最初の1週間で8000人以上の女性が犠牲にされるなかで、彼らは婦女陵辱にたいする闘いに大変な時間をついやした。
 被害の大きさを考えればイタチごっこの観もあるが、通報され救助を求められた現場を駆けつけて、強姦行為を阻止すること、強姦により傷害を負った女性を病院に運び治療させること。そしてもっとも多かったのは、強姦された女性を早く病院へ連れて行き、妊娠しないように膣の洗浄をさせること、などであった。夜は夜で婦女の難民の近くで警備しながら寝る必要があった。(本書p198〜199)


といった具合である。他にも書きたいところがあるが、時間がないのでやめておく。南京事件の記事を書く中で思ったのは、中国政府が発表する犠牲者30万人も過少ではないかと思えてくる。南京周辺の近郊の農村や街でも残虐行為は繰り返されており、そうした犠牲も含めれば30万人ではすまない。改めて思ったのは先の戦争における女性の被害の大きさである。1938年3月28日の傀儡政府である中華民国維新政府が成立してからは治安がほぼ回復し、一応の終結をみるが、日本軍の慰安所が設置されて おり、おそらく終戦の8月15日に至るまで女性の犠牲は続いたのであろう。
 今回南京事件について本格的に記事にするのは初めてであり、右翼を討伐し、歴史修正主義に反対するブログとして南京事件をテーマに出来た記事をかけてのは幸いである。忙しい中でもっと大日本帝国の加害歴史を勉強し、そういうテーマに取り組んでいきたい所存です。末永く応援していただけると幸いです。

posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:25 | Comment(8) | TrackBack(0) | 書籍などにみる日帝悪および書評
この記事へのコメント
チン☆チン☆
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          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <癡處齲の右翼討伐塵ちゃん♪
        チン    \_/⊂    つ    ‖  2 tiィヤんネル゙で他人サマのメァド サラシたシャザイまだー?
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖    
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        |             |/

数万もする研究室の実験器具を壊した事を隠蔽しようと思った癖にテメエから h an 版で暴らして売渡(罵倒) 物笑いを受けた.
h an 版で 他人のめえアドを本人の許可なくサラシしてスレ住人に糾弾されたが開き直ってさあくうじょおお依頼もしないで逃走した.
2 チィヤァんネルの理科版で旧日本軍の悪口雑言をカキコして沈着冷情, 頭脳明細な住人の(売渡(罵倒)) 物笑いを受けた.
2 チィヤァんネルは海外旅行版で日本の加害情報要求するなどあほらしいスレ縦をして総スカンを喰らい速攻でスレストになった.
h an 版で(sあbあ)を(kおい)と読んで余りの鞭悶妄がばれて祭りになった.
理科大学の学生ながら本を買ったことが2冊だけとほざいて h an 版でスレ住人を唖然とさせた
南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記の h an 版住人に全然適う道理がなくて泣き言を残して逃走した.
h an 版で得意気にソースに詐欺師の 「半月城通信」を引用して半月城のインチキさを知悉している住人の大爆笑を誘った.
自分の専門分野に間して質問受けた時に錬金術ーみたいな化学反応式を曝して文科住人さえ絶句させた.
鬼女版と恐ろしがられる既婚女性版におぅなにぃカキコをして百戦練磨、一騎当千の鬼女版住人に粉砕されて狼狽逆上
「お前たちは一生結婚することができない!!」と既婚女性版住人が化石するしかない捨てせりふを吐いて逃走した.
就職の面接で担当者が一文字性だったから在日朝鮮人と決めつけて得意満面でこのsenzuriブログの如き電波左翼妄言を吐いて見事に落ちた.
大学院をでても全く使い物にならず担当教授のお情けで研究室の派尻をやってかろうじて糊口を繋いだ
どこの版でも全く相手にされず遂に民団の掲示板に日本の悪口を書いて賛同を要求したが反対に門前払いを喰らって唖然とするほどの怒唖補さ加減をオチしていたh an 版住人の bubetuと物笑いを受けた.
自分の風呂具でもまんまと縦読みにひっかかって物笑いを受けた.
自分の風呂具の管理も満足にできず毎年12月31日に皆様の投稿をお待ちしています等という
うましかエントリを何時までも削除出来ず莫迦をさーら下.
土地来るって自分の風呂具で自作時絵んを始めたが文体を帰る事も出来ない蜘獲悪苦れの為一発でばれた.
遂に他人の鏝を方って自分まnせえを始めたがそのことを厳しく球団されたとたんぴたりと辞めて失笑をかった.
他人様を糞コテ呼ばわりした癖に自分の意見をいわず他のブログやHPをリンクするだけで相手を論破したと思い込む位のtisyouさ加減を糾弾され何も反論せずオナアアにいエントリを立て続けるtいえオく列振りをまたもya証明した
「類は友を呼ぶ」、「癡處齲と付き合うと癡處齲が伝染る」、という真理を鷹嘴(不条理日記)が癡處齲討伐人と同じく他人
のめえアドを本人の許可なくサラシしてをやらかしている事で実証した。
鷹嘴(不条理日記)が癡處齲討伐人を凌ぐちぃえぇおくうぅれなのが「なめてます」コメント及び
「高潔にして偉大なる俺様のsenzuriブログに都合の悪い事をカキコした奴はIPアドレス、サーらしてやんよ!!」コメントをホントに実行した事で判明した(w
Posted by 南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記の h an 版住人に全然適う道理がなくて泣き言を残して逃走した. at 2009年01月02日 03:39
■私について

【投稿者】 右翼討伐人

2ちゃんねると言う掲示板にて、ネット右翼の討伐をしております。右翼討伐人 ◆PJBNbht6toというコテです。
ご協力を依頼に参りました。
東アジアnews+
http://news17.2ch.net/news4plus/
ニュース極東
http://tmp4.2ch.net/asia/
ハングル
http://ex5.2ch.net/korea/

上記の板がネット右翼の生息地として主なものです。
他にもネット右翼がいる板がたくさんありますが、まず手始めに3つの板を血祭りにあげようと考えています。ご協力をお願いします。
(自動ニュース作成Fさん→おふらいんVer2さん)

このヒトはみずほも実際に見たことがあります。
ひたむきに韓國擁護発言を行う、一部では有名なコテハンですね。

あんまりあからさまな民族差別というのはみずほの好むところではないのですが、ちょっとした発言にも逐一噛み付いてゆく姿勢にはある種の狂氣のようなものを感じてしまいます。

しかも「ネット右翼の討伐」とか「手始めに3つの板を血祭りにあげようと」とかいう発言からは、自らが絶対的に正義だという狂信的な確信と、いらぬ使命感を感じさせられます。

そしてわざわざ民団の本拠頁で"援軍"を要請しているあたりに、救いの無さが際立っています。
Posted by 痴藷烏討伐人の輝かしい過去の実例 at 2009年01月02日 03:42
■右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2
731 名前:マsoセー名無しさん 投稿日:2006/05/10(水) 22:52:27 ID:mIJD08FO

>>726

935 :右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2 :2005/12/30(金) 00:20:56 ID:qKl/lp2o

ひさびさに来たな。いままで実験に忙しくて、あれだったが。

就活のほうはあまりすすまない。

面接までようやくたどりつけましたが、集団面接+プレゼンで。

プレゼンは一応ゼミの発表で使ったものをそのまま利用し、ゼミ発表の通り

行いました。ともに受けたメンバーがすごい人ばかりで、ばりばりの薬学系とドクターで

私よりもはるかにかしこそうで発表内容がはるかに格上でびっくりしました。

ちなみに面接官は3人いて、一人は在日コリアンの方でした。

面接の内容は主に研究のことを中心に聞かれましたが、あなたの大切にしている信条はと

聞かれたとき、ふと思ったのです。面接官の一人は在日コリアンの方です。

在日韓国人の差別をはじめ、過去の日本の悪行に対する認識、そして日本の戦争・戦後責任や

過去の侵略戦争をどう考えるかを話せば、在日韓国人である一人を味方につけることが

できると考え、つくる会をはじめとする右翼勢力を非難し、その他戦争責任を果たすことを

拒み続ける日本を非難し、朝鮮人学校をはじめとする在日コリアンに対する差別が温存している

状況が許せないということや、過去の歴史認識の和解を通じて韓国や中国との交流を深め、

科学技術の発展に貢献できるという風なことを述べました。

ちなみに面接官の一人がなぜ在日コリアンだと分かったかというと鄭○○という名札をみて、

在日コリアンの方であることが分かりました。私の印象は彼にとってはものすごくいいと

感じたでしょう。まあ、まさか面接で私の歴史認識を披露する機会がいただけて光栄ですね。

まあ、まだ結果は返ってきていないですが、受けはそれなりによかったと思います。

以上

485 名前:右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 00:15:32 ID:sXk1Ir5O

ああ、不採用通知が前面接を受けたところから帰ってきた。

今日は時間がないのでニュース紹介はできない。

あいかわらず、糞ネット右翼どものあらしが必死。

いい加減死んで来い。まあ、ほかのスレにでも行くか。
Posted by by 痴藷烏討伐人の輝かしい過去の実例その2 at 2009年01月02日 03:43
痴藷烏討伐人のような考え方は、従来は「自虐史観」と呼ばれていたが、実はこの言葉に違和感があった。
何故ならば、痴藷烏討伐人は自分を除外して考えているからである。「自虐」というのは文字通り自分や自分を含めた集団を指す概念であるが、このような考え方を行う痴藷烏は形式的には「日本人」という集団の一構成員として「反省」したり「謝罪」したりするものの、本心では自分はその構成員ではないと考えている。
仮に、本当に自虐的で何にも心を痛めるのであれば、日本軍の「悪事」についてのみならず、
自分や自分が属する会社及び集団などの「悪事」についても言い訳をせず、反省・謝罪をするはずである。しかしながら現実はそうではない。
例えば、朝日新聞販売店の従業員が犯罪を犯した場合は、「弊社と取引関係のある販売店の従業員がこのような犯罪を犯したことは真に遺憾であり云々」と、自社とは関係がないことを強調する。
社民党も又市幹事長の女性スキャンダルに関して、「全くの事実無根でわが党に対する誹謗中傷するための云々」と防衛体制に入る。
ここには、自虐的な傾向は全く見られない。彼が本当に自虐的ならば、いかなる言いがかりであろうと「全部自分が悪いんです。
申し訳ございません。生まれてすみません」的な対応が見られるはずである。しかしそのような対応は全く見られない。
ところが、日本の「悪事」となると、捏造・隠蔽・拡大解釈・誇張などあらゆる手法を駆使して日本を責め立てる。
しかも、「日本人として」反省したりお詫びしたりする。ここが非常に厄介な部分である。
何せ、「お前いい加減なことを言うな。証拠を出せ」という主張が効かない。
「日本人として」勝手に相手側の立証責任を免除しちゃうからである。また、「名誉毀損だ」という主張も無効である。
「日本人として」日本を悪く言ってるだけなのだから、「自らの名誉を放棄して何が悪い」となるのである。
しかし、何となくモヤモヤする。腑に落ちない部分がある。これは、形式と実質を分離して考えることでスッキリする。
通常は形式と実質は一致しているので、何ら問題にならない。
例えば、又市幹事長は社民党の党員・幹部という肩書きを持っており(形式の問題)
自らも組織の一員として行動している(実質の問題)。
このように形式と実質が一致している場合には、又市幹事長及び社民党に対して何らかの不利益が生じる可能性が出ると防衛体制に入る。
ところが、又市幹事長は日本の国籍を持っているし「日本人として」と発言する(形式の問題)が
本音では「日本人」とは思っていない(実質の問題)。
それでは痴藷烏討伐人は自分を如何なる存在だと考えているかと言うと、

「正 義 の 日 本 人 」 と い う カ テ ゴ リ ー に 属 す る 人 間 だ と 考 え て い る の で あ る。

日本人を悪と正義に分けた上で、甚だしくも滑稽な事に自分は正義の側に立つと考えている。
正義と言うカテゴリーに属する人間が悪と言うカテゴリーに属する人間を非難しているのだから、自分は痛くも痒くもない。
痛くも痒くもないので「関与」という抽象的な言葉で責任を追及するし、「犯罪をしていない証拠を出せ」という無茶な注文も付ける。
しかし、「自分は正義のカテゴリーに属する人間だ」とは明言しない(良識派という単語は使うが)。
「同じ日本人として反省します」とは言うものの、実態は「他人」を批判しているだけ。
しかも、「他人」を批判すればするほど自分の相対的な正義度がアップするので、これはとてつもない快感を生み出す。
これはいわゆる差別と構造的に全く同じことが分かる。
「あいつは被差別部落の者で卑しい身分だ」と言い立てることで、自分の相対的な優位性を確認し安心する。
「あいつは戦争を反省しない悪い日本人だ」と言い立てることで、自分の相対的な正義度を高める。本質は何にも変わらない。
しかし、ただ一つ違うことがある。
被差別部落の者は形式的にも実質的にも被差別部落の人間であり、また同じように被差別部落以外の者は
形式的にも実質的にも被差別部落に属さない人間である。
つまり、部落以外の人間が部落の人間を悪く言っていると言う構造が、誰の目にもに明らかなのである。
従って、被差別部落の立場からは「俺たちを差別するな」という声が有効となる。
一方で「自虐史観」の場合は、外形的にはあたかも日本人が反省しているというように見える。
しかし、実質的には「全部あいつが悪いんです。私は悪くありません。『関与』したので責任があるのは間違いありません。
言い訳はさせません。私が封じ込めます。だから、私は悪くありません」という類の話であり、自虐でもなんでもない。こういうのは、単に「なすりつけ」という。
これは、構造的には部落差別と全く同じ話なのであるが、形式的には「日本人が日本人として反省している」だけなのだから、
差別として捉えられないところにタチの悪さがある。「てめえ証拠も無いのにふざけたことを言ってるんじゃねえ!」と言おうものなら、
「日本人が一人の日本人として反省することの何がいけないのでしょうか」とのたまう。しかし、これが本心でないことは既に述べた通り。
こういった問題を「自虐史観」と表現することは形式に着目したモノであって、本質を表現しているとは言いがたい。
実は、そこに日本人の陰湿な差別意識が隠れているわけであり、「差別反対!!」と喚き散らす痴藷烏討伐人こそ実は一番差別的な人間なのである。そこで、これを痴藷烏討伐人に自覚させるために、
今後は「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」と呼ぶことにしたい。
少々長いのでもう少し短い言葉があればいいのだけど、代わりの言葉が見つかるまでは、
「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」もしくは「差別的なすりつけ解釈」という用語を使用したい。
差別問題で痴藷烏討伐人がよく言うセリフに、「差別問題は、差別される側がどう感じるかの問題だ」というものがある。
従って、痴藷烏討伐人に「我々は差別などしていない」などという言い訳は通用しない。
痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない。
Posted by 痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない。 at 2009年01月02日 03:44
(ソウル=聯合ニュース)イ・ユル記者=海外船員らが泰安(テアン)油流出事故と関連して,
韓国裁判所が ホベイスピリット号 ウイ船長と航海士を拘束したことに抗議して,韓国行
航海を拒否することにしたとファイナンシャル タイムズ (FT)が29日全世界主要海運
団体を引用して,報道した。

大田(テジョン)地方裁判所は去る10日開かれた泰安近海油流出事故関連控訴審で1審の
時無罪を宣告されたホベイスピリット号船長チャウルラシと航海士ふるい(受ける)乗った種に
対して各々禁固1年6月と8月を宣告して法廷拘束した。

ホベイスピリット号は昨年12月7日泰安(テアン)近海に停泊していて三星重工業の 海上
クレーン 浮選と あたりながら,1万2千547kl(1千900M/T)の原油を海上に流出させて,韓国
史上最悪の海洋汚染事故を起こした。

ボイコットが広がるならばほとんどすべてのエネルギー需要を船舶によって供給される原油と
ガスと石炭に 依存する韓国に深刻な問題を招くようになると新聞は話した。

主要海運団体らがボイコットに加担することにした理由は多くの沿岸国家が海上事故に
ともなう汚染などを自国企業や政府当局者らののせいで見るよりは外国船員らのせいに
しているためだと新聞は説明した。

世界運送労働者連合(International Transport Workers' Federation)は二人の船員に対する
判決が "理解できなく悪意的"という反応を見せたし,インド労働組合らは韓国産物品に
対して不買運動をして, 船員らが韓国停泊を拒否することに決議した。

国際的な船主組織人インターマネジャーは韓国で運航を拒否する船員らを邪魔しないと
宣言した。 液体運搬船主らの集いのイントテンコも同じ立場を取った。
(韓国語)
http://media.daum.net/economic/others/view.html?cateid=1041&newsid=20081229081324848&p=yonhap
★1が立った時刻:2008/12/29(月) 09:18:39
関連スレ
【韓印】インドで労組によるサムソン製品打ち壊しを含む大規模デモ・・・政府に韓国製品輸入禁止を働きかける予定も[01/01]★3
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1230813398/
【韓国】ヘベイ号の二人に関する保釈申請、最高裁ヒアリングへ[01/01]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1230744437/
【国債問題】韓国政府、インド人被告の宗教・文化を配慮へ[12/31]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1230797063/

前スレ
【国際問題】世界の主要船員組合 韓国向け航海をボイコット 主要船主もこれを容認−英FT★44[12/29]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1230815635/

>当方も日本国民・海外の方々皆様の健康その他をお祈りしております。
>で皆様の報告できる情報。
>ロイズが保険金の算定を始めたという情報が海外の船主から入った(当社未確認)
>国内大手海運会社の上層部の会合があり、ボイコットに同調することを確認
>各国海運会社が中国や日本の大型港湾施設に予定の確認をおこなっている。
>まぁまとめると
>世界中の海運関係者「韓国ヌッコロス!!」
Posted by 新年早々最高のニュースです(w at 2009年01月02日 03:50
シナの妄言

中国は一度も日本に申し訳ないことをしたことはない
                   llコ
                   , ‐-ll、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜l _ l〜〜〜〜〜〜〜〜
                ,! . ̄ l  「l
          /漢 ̄ ̄二二二二`γ_、 三二―
          (`ハ´)        ,`~ソ 三二―
          `ー―――――一'´

中国は一度も日本に申し訳ないことをしたことはない
   ∧∧/ ̄ ̄ヽ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  /支 \資源 i  | クックック
  (`ハ´ )    ノ < 全部イタダキあるヨ。
  (つ とく__,;;ノ   \_________
   /⌒__)〜
   レ' ゝ( 

中国は一度も日本に申し訳ないことをしたことはない
   ./.|  ./.|   ./.| 
   /核/  /核/  /核/
_ / /_ / / _ / /   ←日本に照準
\/ ./ヘ\/ ./ヘ\/ ./ヘ
  ◎丶i ◎.丶i ◎.丶i

中国は一度も日本に申し訳ないことをしたことはない
    |\______/|       mm
   _|  300000    |_    〆 中ヽ
 _\ ._______ /_ ¶( `ハ´ ) 捏造し放題アル
\ ._南京大虐殺記念館_ /§(つ  つ 
  .| ∩ ∩ | ̄| ∩ ∩ |   §) ) )
  | ̄ ̄ ̄ ̄ 口  ̄ ̄ ̄ ̄|  〈_フ__フ
Posted by シナの妄言 at 2009年01月02日 22:21
http://www.hindu.com/2008/12/24/stories/2008122461321300.htm
THE HINDU 2008年12月24日

ムンバイ:インドの船員組合は韓国での原油流出に関連した2名のインド人船員への
韓国の判決に対する行動をっ加速している。怒りをあらわにしている抗議者は、
火曜日にAzad Maidanに集合し韓国に本社を置く韓国企業 特にサムんその製品のボイコットすることを誓った。

V.Ship社所有の大型原油タンカー”Hebei Sprit号”のJasprit Chawla 船長とSyam Chentan
航海士は、さる2008年12月10日に、韓国のDaejeon 地方裁判所において、それぞれ18ヶ月
と8ヶ月の刑が宣告され、船長には千ドルの 罰金も科せられた。

この判決は、2名を無罪とした下級裁判所での直近の判決を覆した。                 
原油流出事故は、2007年12月7日にTaean郡沖合いにある黄海に面したDaesan港近くで
発生した。
インド船員組合の報道と、メディアレポートによると、サむtいyおン所有のバージがHebei Spirit号
に衝突し、どうタンカーの船体に穴を開けた際、260,00トンの原油を運搬中だった同タンカー
は投錨中であり、”10,800トン相当の原油”が 流出し、重大な海洋汚染を引き起こし、漁業
関係者の生活に影響を与えた。


海事機構は、原油流出事故について、この2名は無罪であるとして全面的に争った。                                       ISFは、判決を”免責されるべき船乗りの犯罪者に仕立て上げる例”と呼んでいる。

判決への非難の中で、国際船員組合のgeneral secretaryであるAbfulgani Y.Serang は、
韓国の海事当事者の調査報告書はインド人船員に(事故を)関連づけることを試みて
いると言った。また彼は、火曜日の会議で、サムんそによって(証拠なしに)主張された
でっち上げの例であると言及した。
http://www.hindu.com/2008/12/24/stories/2008122461321300.htm

Chawal船長とChetan航海士の家族もまた、強力な国家と企業に対して困難な闘いをしている。
判決は、直近の無罪判決を祝っていた彼ら家族に、強烈な衝撃として伝わった。

「私は、とても悲しく惨めなSyam Chetanの父だ」とインド海軍のD.R.Syam提督は話した。彼は、彼の
家族が14ヶ月も息子を見ていません。「私は、息子が最初に 拘留されて以来、連絡をとっています。
息子は私に正義は勝つと話していました。息子が無罪となったとき、彼はちょうど私に帰国の詳細に
ついて話していました。しかしながら、新しい判決は、非常に偏見に基づいていて、、、これは誤審です」
「12月10日以来、私は、息子と話していません」と話した。


Chawla船長の妻であるGurpreetさんは、憔悴しきっていた。Dehradunの自宅に2人の子供がいる
彼女にとって、正義の戦いは長い試練である。「2回の裁判の合間に、私は彼に会うために韓国に
行きました。私たちはとても希望を を持っていました。世界中の船の専門家はこの判決を非難しています。
私の夫は保釈金を用意できません。裁判所は、私たちに偏見を持っています。私たちには、自分たちの
主張を発言する十分な時間が与えられませんでした。

証拠は、韓国側からのみ提示されたものした。ひとりの韓国人の証言者は、私達に有利な証言をしたと
話してくれました。今度はその韓国人が失業したと聞かされました。私達は、きっと無罪であると断言
することに対する、これらの制約を見逃していました。」と話した。

Syam提督は、船乗りには最高の法的保護が与えられているが、全ての訴訟手続きが韓国内であり、
何が話されたのか誰も知らないと語った。提督は、(船員の)家族はインド政府の支援を受けていると
話した。「外交レベルにおいて Extenal Affairs Ministry(外務省?)は韓国の大使を3回招集した。
これは、最大限の出来ることです。それは、(今時点では)役に立ってはいません。私たちは、政府に
対してこれらの行動を強化することを要求しています」と語った。
Posted by インド海軍提督の子息に罪を着せようとしたばかちょん at 2009年01月03日 14:53
あーはいはい、毎度お騒がせの反日ネタお疲れさま。
それにしてもこの本結構前に出た本だと思うんだけど、お前ホントに最近はネタがないんだな〜( ̄―+ ̄)ニヤリ
Posted by 元週刊金曜日読者 at 2009年01月26日 13:55
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