2008年08月17日

バハル島事件の追記

バハル島事件で新しい資料を発見しました。ババル島事件というのは、1944年の大戦末期におきた日本軍による大規模な住民虐殺です。

ババル島虐殺事件
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/22899657.html
ですが、真実はもっと凄惨で理不尽なものだったとのこと。虐殺人数も700人どころではなく、1000人近くにまで及んだこと、『世界戦争犯罪事典』秦 郁彦, 佐瀬 昌盛, 常石 敬一監修のババル島事件の項には、煙草や食糧の不当な代価による供出強制や現地習俗に対する日本軍の理解不足による暴行などが原因だとされていますが、エンプラワス村での事件の発端となったのは日本軍が未婚の女性や若妻を性奴隷として差し出すように要求したことで、村人たちは村の女性たちの尊厳と威信にかけて戦いを挑んだのです。
インドネシア文化宮さんの
 マルク州タニンバル紀行(9) Ke Tanimbar, MTB, Maluk (9)
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/200807/article_1.htmlのババル島事件の調査を行っているMTB県副知事のバルナバス・オルノ(Drs. Barnabas Orno)さんのインタビューを抜粋
『実を言うと、エンプラワスという名前の村があることは知っていたが、事件についてはまったく知らなかった。そして知らなかったから、本を書こうとも思っていなかった。少なくとも、1990年に今の妻とつきあい始める時までは。(エンプラワス村の)彼女の家で、当時はまだ義理の父候補で今は義父となった彼女のお父さんから、エンプラワス村で起きた日本軍による虐殺の悲劇に関して話を聞いた。義父は、その話をする時、幾度も言葉に詰まった。思い出して涙を抑えきれなかったからだ。なぜなら義父は実の兄弟や、両親そしてその他の村人たち全員が目の前で一斉掃射されたのだから』

『私は義父に尋ねた。1970年代、牧師が地元紙にエンプラワス村で虐殺された村人の数はおよそ700人と話したが、その通りか、と。義父は答えた。「700人程度ではない。なぜなら当時、エンプラワス村の人口は1,000人以上だったが、虐殺の後には100人も生き残っていなかった」と。私は時間をかけて、何度も、義父に知っていることを話すように仕向けた。全てのトラウマを吐き出して下さい、私はいつか事件について本を書きたいから、と頼みました。そして義父は最終的には全てを話してくれました。一方で、私は、事件について知っている他の村人たちから聞き取りを始めました。私の実の父の話も含めて。当時父はまだ子供だったけれど、人から聞いていた』

『父の話によれば、エンプラワス村のティウィ川で虐殺がまさに行われるという時、ワクパパピ村長など、近辺のすべての村長が招待された。そして(日本軍は)この中に兄弟など縁者はいるか?と村長らに尋ね、指名された者は自由の身になり、その他の者は虐殺された』

『1991年、私と妻は結婚した。私は公務員になって、マルク州政府の社会局に入った。まだババルに住んでいた頃、エンプラワスの村人は“日本軍の残り” という言い方があった。残りなんていう表現は間違いだ。彼らは日本軍に抵抗した立派な独立闘争貢献者であり、このインドネシア共和国から占領者を追い払おうとした英雄行為を国は認めなければいけない』

『1996年に独立記念日の催しの一つとして、ケイ諸島のトゥアルでババル島出身家族会が催された。そこで、アイデアが出た。旧日本軍による虐殺事件に関してセミナーをババル島で開こうと。目的は、賠償云々を言う前に、占領者に抵抗した崇高な島民がいた史実を、インドネシアの中央政府が知らなければならない、という観点だった。インドネシアの独立闘争の中で、南東マルク県(注:後にババル島は西南東マルク県に入る)にあっても、ババル島のエンプラワスの貢献などのように、マルク人も、ババル人も貢献したんだという史実を表面化させようと。そこでセミナーのための委員会ができ、私は事務局長になった。そしてババル島でセミナーが実施され、そのセミナーの結果は中央政府に届けた。その時の願いは、賠償問題よりも、まずは政府が、占領者を追い出そうとした抵抗運動に正しい評価を与えるということだった。そして、もしも可能ならば、中央政府が、彼らババルの犠牲者に対する補償に関して、地元に代わって努力してくれないか、と。そのセミナーの場では、毎年10月に、事件を記憶するための慰霊の日を定めることも合意した』

『エンプラワスの村人が日本軍に抵抗した理由は、それは余りにも理不尽な課税と、それから人間の尊厳に関わる酷い要求の二つだった。大東亜戦争の中、日本軍は現地で食料を調達。軍票で支払うこともあったが、支払わないこともあった。それを村人は“税”と捉えていた。農産物を始めヤギ、豚などの食料供出を、各村々に割り当てていた。日本軍は、さらに、まだ未婚の女性や美人の若妻をイアンフ(慰安婦)にしようとした。村々から集められた女性たちは(注:陸軍部隊の本部があった)ワクパパピで選別された。さらにエンプラワス村に義務付けられた納税の一つはタバコだった。エンプラワスはババル島で最高の品質のタバコ産地だった』

『悲劇の始まりはというと、シノハラ(注:極秘報告書によれば、シノハラとは海軍錦隊の嘱託だった篠原と思われる。シノハラがエンプラワス村にやってきたのは1944年10月27日とされる)はイタリアと言う名のスパイらと共に、慰安婦候補探しとタバコの調達の二つの用事で村にやってきた。村人は税のことは分っていた。供出物資の事は承諾していた。プロテスタントの牧師の家にやってきたシノハラは、村長らを呼び、そこで、要求を突きつけた。元々はこれぐらいと言っていたのに、今後はこれぐらい増加でタバコを供出せよと、酷い増量を求めた。村人は納得できない。さらにシノハラは娘と美人の人妻を出せとも要求した。イアンフ候補を急いでセレクションしろと』

『しかし、牧師や村長らは、それらの要求は呑めないと答えた。死んでも受け入れられないと。物資ならいいが女性は認めるわけにはいかない。タバコはいいが女性は人としての尊厳・威信から無理だと。それでトラブルになった。結果、シノハラとスパイらは村人に殺された。村人は予想した。シノハラらが帰らなければ、必ずや日本軍は報復してくるだろうと。これでは安全ではない。三日後ぐらいには日本軍が攻撃してくるだろうと。そこで、日本軍に抵抗しなければ、となった』

『当時の教会のデータによれば、当時エンプラワスは3つの集落で一村を形成、ババル島で一番大きな村だった。エンプラワス村長は近辺の村々に呼びかけて、一緒に日本軍へ抵抗しようと訴えた。尊厳と威信を守るため、日本軍と闘おうと。トゥトゥアワン村は同意。そしてマヌウェリ村も同調。アナルトゥール村も賛同。しかしココアリ村まで行った際、そこには日本軍のポストがあり、村人の計画は日本軍の知るところとなった。そこで、日本軍の襲撃前に、村人は山へと逃げた。エンプラワス村の家々はすべて焼かれてしまった』

『後日、日本軍は、使者を山へ送ったり、森の中に書いたものを貼り、村人に対して日本軍はもう怒ってはいない、和解したいから下山しなさいと呼びかけた。山にこもった村人たちは、夜のみ動き回り、食べ物を探し、苦しい生活を余儀なくされた。飢えで死んだ子供たちもいた。やがて日本軍の呼びかけを信じた村人の多くが下山を決めた。その時、日本軍は、これは和平なんだから、鋭利なものは持ってくるなと命令した。しかし100人ぐらいは山から下りなかった。和平はエンプラワス村近くのティウィ(Tiwi)川で行うと日本軍は言った。二陣に分かれて村人は山から下りてきた』

『下山した村人を日本軍は三つのグループに分けた。最初のグループは、抵抗などの虞のない男たち、女性そして子供ら。二つ目のグループは抵抗勢力になりそうな屈強な男たちで、彼らは後ろ手に縛られた。第三のグループは、長老や慰安婦候補の若い女性たち。日本軍はまず二番目のグループを最初に殺した。義父は当時7歳でそのグループにいたが遺体の陰で生き延びた。日本軍はまず強い男たちのグループを抹殺し、それから次のグループの番と考えていたようだが、最初のグループが殺されたことから、残りの村人が騒ぎ出し、その瞬間から誰彼問わず射殺を始めた』

『奇麗な水のティウィ川は血の川に変わった。子供らは上に放りあげられ、銃剣で刺された。助けてという悲鳴が響いた。義父は両親、兄弟が目の前で殺されるのを見た。死んでいようが死んでいなかろうが、川に投げ込まれた。妊婦の腹は銃剣で裂かれ、中の赤子まで刺された。義父の記憶によれば、初めの頃は20人ぐらいがまだ川の中で息をしていたとか。引き上げる前に、スパイ(注:日本軍に就いたインドネシア人)らは、死んだかどうかの確認をし、まだ息をしている者は、銃剣で息の根を止めた。やがて満足した日本軍はワクパパピへ帰って行った』

『私は、エンプラワス村で虐殺された人数は、700人程度ではないと断言する。いわんや日本軍が報告したような400人とう数値はまったく事実とかけ離れている。1,000人近くの数になる。私はそれら犠牲者の名簿を持っている。さらに慰安婦にされた女性たちの数やその設置場所に関するデータもすべて分っている。私は、すでに書き上げた内容をいつでも出版できる立場にいる。一方、賠償云々について私は発言する立場にはない。史実にどう向き合おうとするのか。そのことを日本に問いたい』
以上抜粋です。これがババル島事件の概要ですね。日本軍はアジア・太平洋の占領地各地でこの種の住民虐殺や戦争犯罪を犯してきたわけですが、矮小化されていて、実際のところはさらにで悲惨で筆舌に尽くしがたいものだったりするわけです。補償はもちろんのこと、調査団を即急に派遣して、アジア・太平洋の占領地で日本軍によって行われたあらゆる事象についてすべてを明らかにして、子孫代々若い世代にこの侵略加害の歴史を伝え向き合う義務があるわけです。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 15:14 | Comment(9) | TrackBack(0) | 各国民衆の大日本帝国侵略・戦争被害情報コーナー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
☆ チン ☆チン マチクタビレタ〜 ♪
           ♪
    ♪          ☆チン    .☆  ジャーン!マチクタビレタ〜!
        ☆ チン   〃  ∧_∧  ヽ/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <癡處齲の右翼討伐塵ちゃん♪
        チン    \_/⊂    つ    ‖  2 tiィヤんネル゙で他人サマのメァド サラシたシャザイまだー?
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖    
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |   /|\
        |             |/

数万もする研究室の実験器具を壊した事を隠蔽しようと思った癖にテメエから h an 版で暴らして売渡(罵倒) 物笑いを受けた

h an 版で 他人のめえアドを本人の許可なくサラシしてスレ住人に糾弾されたが開き直ってさあくうじょおお依頼もしないで逃走した

2 チィヤァんネルの理科版で旧日本軍の悪口雑言をカキコして沈着冷情, 頭脳明細な住人の(売渡(罵倒)) 物笑いを受けた

2 チィヤァんネルは海外旅行版で日本の加害情報要求するなどあほらしいスレ縦をして総スカンを喰らい速攻でスレストになった

h an 版で(sあbあ)を(kおい)と読んで余りの鞭悶妄がばれて祭りになった

理科大学の学生ながら本を買ったことが2冊だけとほざいて h an 版でスレ住人を唖然とさせた

南京大虐殺問題で妄言ほざいたが博覧強記の h an 版住人に全然適う道理がなくて泣き言を残して逃走した

h an 版で得意気にソースに詐欺師の 「半月城通信」を引用して半月城のインチキさを知悉している住人の大爆笑を誘った

自分の専門分野に間して質問受けた時に錬金術ーみたいな化学反応式を曝して文科住人さえ絶句させた

鬼女版と恐ろしがられる既婚女性版におぅなにぃカキコをして百戦練磨、一騎当千の鬼女版住人に粉砕されて狼狽逆上
「お前たちは一生結婚することができない!!」と既婚女性版住人が化石するしかない捨てせりふを吐いて逃走した

就職の面接で担当者が一文字性だったから在日朝鮮人と決めつけて得意満面でこのsenzuriブログの如き電波左翼妄言を吐いて見事に落ちた

大学院をでても全く使い物にならず担当教授のお情けで研究室の派尻をやってかろうじて糊口を繋いだ

どこの版でも全く相手にされず遂に民団の掲示板に日本の悪口を書いて賛同を要求したが反対に門前払いを喰らって唖然とするほどの怒唖補さ加減をオチしていたh an 版住人の bubetuと物笑いを受けた

自分の風呂具でもまんまと縦読みにひっかかって物笑いを受けた

自分の風呂具の管理も満足にできず毎年12月31日に皆様の投稿をお待ちしています等という
うましかエントリを何時までも削除出来ず莫迦をさーら下

土地来るって自分の風呂具で自作時絵んを始めたが文体を帰る事も出来ない蜘獲悪苦れの為一発でばれた.
遂に他人の鏝を方って自分まnせえを始めたがそのことを厳しく球団されたとたんぴたりと辞めて失笑をかった

他人様を糞コテ呼ばわりした癖に自分の意見をいわず他のブログやHPをリンクするだけで相手を論破したと思い込む位のtisyouさ加減を糾弾され何も反論せずオナアアにいエントリを立て続けるtいえオく列振りをまたもya証明した

「類は友を呼ぶ」、「癡處齲と付き合うと癡處齲が伝染る」、という真理を鷹嘴(不条理日記)が癡處齲討伐人と同じく他人
のめえアドを本人の許可なくサラシしてをやらかしている事で実証した

鷹嘴(不条理日記)が癡處齲討伐人を凌ぐちぃえぇおくうぅれなのが「なめてます」コメント及び
「高潔にして偉大なる俺様のsenzuriブログに都合の悪い事をカキコした奴はIPアドレス、サーらしてやんよ!!」コメントで判明した(w
Posted by 2 tiィヤんネル゙で他-人サ-マのメ-ァド サラシたシャザイとバイショウまだー? at 2008年08月17日 17:01
痴藷烏討伐人のような考え方は、従来は「自虐史観」と呼ばれていたが、実はこの言葉に違和感があった。
何故ならば、痴藷烏討伐人は自分を除外して考えているからである。「自虐」というのは文字通り自分や自分を含めた集団を指す概念であるが、このような考え方を行う痴藷烏は形式的には「日本人」という集団の一構成員として「反省」したり「謝罪」したりするものの、本心では自分はその構成員ではないと考えている。
仮に、本当に自虐的で何にも心を痛めるのであれば、日本軍の「悪事」についてのみならず、
自分や自分が属する会社及び集団などの「悪事」についても言い訳をせず、反省・謝罪をするはずである。しかしながら現実はそうではない。
例えば、朝日新聞販売店の従業員が犯罪を犯した場合は、「弊社と取引関係のある販売店の従業員がこのような犯罪を犯したことは真に遺憾であり云々」と、自社とは関係がないことを強調する。
社民党も又市幹事長の女性スキャンダルに関して、「全くの事実無根でわが党に対する誹謗中傷するための云々」と防衛体制に入る。
ここには、自虐的な傾向は全く見られない。彼が本当に自虐的ならば、いかなる言いがかりであろうと「全部自分が悪いんです。
申し訳ございません。生まれてすみません」的な対応が見られるはずである。しかしそのような対応は全く見られない。
ところが、日本の「悪事」となると、捏造・隠蔽・拡大解釈・誇張などあらゆる手法を駆使して日本を責め立てる。
しかも、「日本人として」反省したりお詫びしたりする。ここが非常に厄介な部分である。
何せ、「お前いい加減なことを言うな。証拠を出せ」という主張が効かない。
「日本人として」勝手に相手側の立証責任を免除しちゃうからである。また、「名誉毀損だ」という主張も無効である。
「日本人として」日本を悪く言ってるだけなのだから、「自らの名誉を放棄して何が悪い」となるのである。
しかし、何となくモヤモヤする。腑に落ちない部分がある。これは、形式と実質を分離して考えることでスッキリする。
通常は形式と実質は一致しているので、何ら問題にならない。
例えば、又市幹事長は社民党の党員・幹部という肩書きを持っており(形式の問題)
自らも組織の一員として行動している(実質の問題)。
このように形式と実質が一致している場合には、又市幹事長及び社民党に対して何らかの不利益が生じる可能性が出ると防衛体制に入る。
ところが、又市幹事長は日本の国籍を持っているし「日本人として」と発言する(形式の問題)が
本音では「日本人」とは思っていない(実質の問題)。
それでは痴藷烏討伐人は自分を如何なる存在だと考えているかと言うと、

「正 義 の 日 本 人 」 と い う カ テ ゴ リ ー に 属 す る 人 間 だ と 考 え て い る の で あ る。

日本人を悪と正義に分けた上で、甚だしくも滑稽な事に自分は正義の側に立つと考えている。
正義と言うカテゴリーに属する人間が悪と言うカテゴリーに属する人間を非難しているのだから、自分は痛くも痒くもない。
痛くも痒くもないので「関与」という抽象的な言葉で責任を追及するし、「犯罪をしていない証拠を出せ」という無茶な注文も付ける。
しかし、「自分は正義のカテゴリーに属する人間だ」とは明言しない(良識派という単語は使うが)。
「同じ日本人として反省します」とは言うものの、実態は「他人」を批判しているだけ。
しかも、「他人」を批判すればするほど自分の相対的な正義度がアップするので、これはとてつもない快感を生み出す。
これはいわゆる差別と構造的に全く同じことが分かる。
「あいつは被差別部落の者で卑しい身分だ」と言い立てることで、自分の相対的な優位性を確認し安心する。
「あいつは戦争を反省しない悪い日本人だ」と言い立てることで、自分の相対的な正義度を高める。本質は何にも変わらない。
しかし、ただ一つ違うことがある。
被差別部落の者は形式的にも実質的にも被差別部落の人間であり、また同じように被差別部落以外の者は
形式的にも実質的にも被差別部落に属さない人間である。
つまり、部落以外の人間が部落の人間を悪く言っていると言う構造が、誰の目にもに明らかなのである。
従って、被差別部落の立場からは「俺たちを差別するな」という声が有効となる。
一方で「自虐史観」の場合は、外形的にはあたかも日本人が反省しているというように見える。
しかし、実質的には「全部あいつが悪いんです。私は悪くありません。『関与』したので責任があるのは間違いありません。
言い訳はさせません。私が封じ込めます。だから、私は悪くありません」という類の話であり、自虐でもなんでもない。こういうのは、単に「なすりつけ」という。
これは、構造的には部落差別と全く同じ話なのであるが、形式的には「日本人が日本人として反省している」だけなのだから、
差別として捉えられないところにタチの悪さがある。「てめえ証拠も無いのにふざけたことを言ってるんじゃねえ!」と言おうものなら、
「日本人が一人の日本人として反省することの何がいけないのでしょうか」とのたまう。しかし、これが本心でないことは既に述べた通り。
こういった問題を「自虐史観」と表現することは形式に着目したモノであって、本質を表現しているとは言いがたい。
実は、そこに日本人の陰湿な差別意識が隠れているわけであり、「差別反対!!」と喚き散らす痴藷烏討伐人こそ実は一番差別的な人間なのである。そこで、これを痴藷烏討伐人に自覚させるために、
今後は「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」と呼ぶことにしたい。
少々長いのでもう少し短い言葉があればいいのだけど、代わりの言葉が見つかるまでは、
「歴史問題における差別的なすりつけ解釈」もしくは「差別的なすりつけ解釈」という用語を使用したい。
差別問題で痴藷烏討伐人がよく言うセリフに、「差別問題は、差別される側がどう感じるかの問題だ」というものがある。
従って、痴藷烏討伐人に「我々は差別などしていない」などという言い訳は通用しない。
痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない。
 
Posted by 痴藷烏討伐人こそが一番の差別主義者であることを自覚させなければならない at 2008年08月17日 17:10
あーはいはい。
そんなに償いたければ勝手にどうぞ。
てゆうかお前いつも口ばっかでお前が愛してやまないアジアのために何ひとつ貢献してないじゃん!
お前なんかよか、インドネシアに水道引いたウチの家族の方がよっぽどインドネシアに貢献してるわい!

Posted by ♪ at 2008年08月19日 04:31
【奥運(オリンピック).com】(50)芸術家の良心

北京五輪開会式で流れた歌声の主、7歳の楊沛宜ちゃん。ところが実際の開会式に姿を現したのは9歳の林妙可ちゃんだった=中国中央電視台テレビ番組より(AP)北京五輪開会式で流れた歌声の主、7歳の楊沛宜
少女の歌声の「口パク事件」や花火のコンピューターグラフィックス(CG)など「過剰演出」が欧米から批判されている北京五輪開幕式は、中国ネットユーザーの評判も至極悪い。「芸術の核心は“真善美”だが、その真の部分を欠いてなにが芸術だ。張芸謀の審美眼に強烈に疑問を呈す」と、矛先が総合演出の張芸謀監督に向くものも少なくない。
 しかし、こういった過剰演出を指示したのは某政治局常務委員で、演出スタッフが「国家利益」を理由に口をはさむ党に相当悩まされた、ということは、すでに漏れ伝えられている。
 「口パク事件」を最初に暴露したのは、北京人民ラジオの取材を受けた開幕式音響監督の陳其剛氏で、彼がこの秘密を漏らしたのは芸術家の良心からだ、と言われている。最近の「南方週末」紙でも“歴史絵巻演出”を担当した陳丹青氏が党から演出の変更を命じられたことを暴露した。
 中国共産党は過去も今も常に芸術を利用してきた。国を代表する巨匠が党の広告塔の役割を担わされるのは当然で五輪開幕式が政治ショーとなるのも致し方ない。しかし、そういう政治の制約のなかで、芸術家も自らの良心を守ろうとするものではないか。
 だから、やたら壮大で幻想的なショーをぶちあげた後にせこいヤラセが相次いで暴露されたのも、張芸謀流の皮肉な演出なのか?と一瞬思った。少なくとも、ニセモノ造りにかけては世界一の中国の虚飾に満ちた五輪の本質を見事に表現していると思う。

(福島香織)
Posted by 北京五輪におけるちゃんころの愚行 at 2008年08月19日 09:22
【嫌韓】★華僑の許平和さんが韓国人を叩きます★【神降臨】

■華僑も嫌われているので世界中の韓国人を叩きます!
★韓国人が世界中で嫌われている事実を具体的に詳しく解説!
★韓国人の金儲けのやり方はヤクザと全く同じ!
★韓国人は世界中で犯罪を犯す!
★韓国人は移住先の国に同胞の弁護士を増やし人権裁判に持ち込みながら
徒党を組んでコリアンタウンを形成していく!
ttp://jp.youtube.com/user/kyo12345kyo

華僑の許平和が韓国人が嫌われる理由を説明します2
ttp://jp.youtube.com/watch?v=krUZSBP4bys
華僑の許平和が日韓歴史の真実を説明します4
ttp://jp.youtube.com/watch?v=ScOLH9hb70Y

■許平和さんはネットTV番組の経営者です!
下記のサイトから直接過去の番組プログラムを見れます!
ttp://www.ichiyo.com/home/kyo-channel.htm
ttp://www.nc-kyo.com/watchtvprogram.html
Posted by ちょんのあくぎょう at 2008年08月28日 19:16
■韓国人 崔基鎬の述懐 「韓国人は日本人以上の日本人だった」(大意)
当時、戦争ニュースは映画館で放映されており、韓国人は日本軍の活躍に狂喜していた。(拍手と万歳の嵐)
しかし、日本で映画館に行くと、熱狂する人など殆どおらず、冷静にニュースを見ていた。
http://www2.odn.ne.jp/~aab28300/backnumber/04_12/tokusyu.htm

■ある医師の述懐 『キヤンガン、山下将軍降伏の地』
フィリピン人「日本の占領下で最も残虐だったのはコリアンだった。赤ん坊を投げて銃剣でうけたのも彼らだった。皆がそう信じている。」
http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_10irohira.html

■当時の中国人が描いた漫画 「日本の軍旗を振り回す朝鮮人が中国人を殺す!」
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/47/43/enjoyjapan_13/40000/39250.jpg

■中国人 謝永光著 『日本軍は香港で何をしたか』
(朝鮮人は)一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりももっと凶暴だった。
民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、ほとんど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。
当時香港住民は日本軍に対するよりももっと激しい憎悪の念を彼らに抱いた。

■仏誌Paris Match元特派員 アルフレッド・スムラー著 『ニッポンは誤解されている』
別に日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だったことに注意しておかなければならない。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4531080548/249-1372373-3521946

■オーストラリア人 ケニス・ハリスン著 『あっぱれ日本兵』
彼ら(朝鮮人)は(日本人に比べ)大型で、顔は平たく、知性に劣り、日本人が与えた屈辱を我々に転嫁した。
どんなに試みても、我々は彼らと本当の付きあいは確立できず、体罰となると、日本兵よりも彼らをはるかに恐れた。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4425946316/qid=1099204982/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/250-8480028-1317830

■『ミャンマーの人々はビルマの竪琴をどう観たか』
ミャンマー人「日本人兵より朝鮮人兵の方がきつかった」
http://www.asahi-net.or.jp/~cr1h-ymnk/96-02-01.html
Posted by ぜんあじあにきらわれるちょん at 2008年08月28日 19:57
( ´_⊃`)<ヘイ!ジャップ!
( ´∀`)<・・・・・・(無反応)

( ´_⊃`)<ヘイ!イエローモンキー!
( ´∀`)<・・・・・・(無反応)

( ´_⊃`)<ヘイ!ユーはコリアンみたいだな!
(♯´Д`)<ふざけるなプアホワイトトラッシュ!物事には言って良い事と言って悪い事があるんだぞ!
お前は日本人を侮辱した!もう堪忍袋の緒が切れたぞ!
射程をアメリカにして「日銀砲」を撃つぞ!

(;´_⊃`)<ほんのジョークデ〜ス。ホンキにしないでくださ〜い。
(♯´Д`)<言って良いジョークと言って悪いジョークの区別もつかないのか!
       ジョークで済まされないほどの国際問題だぞ!
       もし私がアナタに向かって「コリアンみたいですね?」と言われたら、どう思う?
       相手の立場に立って物を言え!

(;´_⊃`;)<アイムソーリーデ〜ス。本当に御免なさい。
(♯´Д`)<今度から発言には気を付けてくださいよ!!!
Posted by じゃっぷもいえろーもんきーもさべつようごにはなりません、でも(w at 2008年09月25日 20:45
http://sankei.jp.msn.com/world/china/081229/chn0812292305002-n1.htm

「日本軍医の美談」日本語教材から削除 中国側のご都合歴史教育

 【北京=矢板明夫】日本のNPO法人が編集した日本語教材が中国で今秋出版されたが、原本に史実として収録されていた「旧日本軍医が多くの中国人を助けた」との内容に対し、中国側が「問題がある」として削除していたことが29日までにわかった。中国では愛国主義教育の一環として、日本軍の残虐さを誇張して描写した書籍が大量に出版されており、こうした日本軍のイメージと矛盾しているため中国側が難色を示したとみられている。

 この日本語教材は、北京の大手出版社「外語教学と研究出版社」が9月に出版した「日語読庫」で、日本のNPO法人、日本語多読研究会(本部、東京)が外国人向けに編集した「日本語多読ライブラリー」(アスク出版)を原本にしている。

 日中の両出版社は当初、同じ内容の掲載を前提に話を進めていた。ところが、中国側が突然、変更を求めてきたという。

 この教材にはもともと、「雪女」「走れメロス」など日本のおとぎ話や短編小説、伝記など5つの文章が収録されていたが、中国側が問題視したのは「永井隆、原爆の地 長崎に生きて」という文章だった。
 長崎に原爆が投下された後、自分も被爆しながら、多くのけが人を治療した医者、永井隆氏の生涯をつづった文章で、1937年に永井氏は軍医として中国に赴き、日本人だけではなく、病気や負傷をした中国人を多数治療したことも紹介されている。

 そのうち、「1939年には1年間で4000人の中国の人々を助けた」などの部分について、中国の出版社が「記述に問題がある」として日本側に手直しを求めてきた。

 日本側は、執筆の際に参考にした「永井隆全集」など多くの史料を中国側に送り、説得しようとしたが、結局「永井隆」の部分はすべて削除して出版された。

 アスクの担当者は産経新聞の取材に対し、「この教材は外国人向けの読み物であり、日本人の中には永井隆博士のように素晴らしい人物がいることを、ぜひ中国の皆さんに知ってもらいたかった」と述べた。中国側と何度も交渉したこの担当者は「削除は中国側の出版社の現場の意見ではなく、上の方の判断」との印象を受けたという。中国の外語教学と研究出版はこの件について「ノーコメント」としている。

 同教材は2007年10月に韓国で出版され、来春は台湾でも出版される予定だが、いずれも原本のままで、内容については問題視されていない。
Posted by 「日本軍医の美談」日本語教材から削除 中国側のご都合歴史教育 at 2008年12月30日 11:38
■右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2
731 名前:マsoセー名無しさん 投稿日:2006/05/10(水) 22:52:27 ID:mIJD08FO
>>726
935 :右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2 :2005/12/30(金) 00:20:56 ID:qKl/lp2o
ひさびさに来たな。いままで実験に忙しくて、あれだったが。就活のほうはあまりすすまない。面接までようやくたどりつけましたが、集団面接プレゼンで。プレゼンは一応ゼミの発表で使ったものをそのまま利用し、ゼミ発表の通り行いました。ともに受けたメンバーがすごい人ばかりで、ばりばりの薬学系とドクターで私よりもはるかにかしこそうで発表内容がはるかに格上でびっくりしました。
ちなみに面接官は3人いて、一人は在日コリアンの方でした。
面接の内容は主に研究のことを中心に聞かれましたが、あなたの大切にしている信条はと
聞かれたとき、ふと思ったのです。面接官の一人は在日コリアンの方です。
在日韓国人の差別をはじめ、過去の日本の悪行に対する認識、そして日本の戦争・戦後責任や過去の侵略戦争をどう考えるかを話せば、在日韓国人である一人を味方につけることが
できると考え、つくる会をはじめとする右翼勢力を非難し、その他戦争責任を果たすことを
拒み続ける日本を非難し、朝鮮人学校をはじめとする在日コリアンに対する差別が温存している
状況が許せないということや、過去の歴史認識の和解を通じて韓国や中国との交流を深め、
科学技術の発展に貢献できるという風なことを述べました。
ちなみに面接官の一人がなぜ在日コリアンだと分かったかというと鄭○○という名札をみて、
在日コリアンの方であることが分かりました。私の印象は彼にとってはものすごくいいと
感じたでしょう。まあ、まさか面接で私の歴史認識を披露する機会がいただけて光栄ですね。
まあ、まだ結果は返ってきていないですが、受けはそれなりによかったと思います。
以上
485 名前:右翼討伐人 ◆kvN8/L8DR2 [sage] 投稿日:2006/01/10(火) 00:15:32 ID:sXk1Ir5O
ああ、不採用通知が前面接を受けたところから帰ってきた。
今日は時間がないのでニュース紹介はできない。
あいかわらず、糞ネット右翼どものあらしが必死。
いい加減死んで来い。まあ、ほかのスレにでも行くか。
Posted by 右翼討伐人の救いようの無い痴穢汚狗劣加減の証拠 at 2009年01月03日 15:01
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