2007年12月30日

集団自決で文科省、軍の強制を認めず

「集団自決」で文科省 「軍強制」認めず 検定意見撤回せず 沖縄県民、強く抗議
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-12-27/2007122701_01_0.html

高校日本史教科書での沖縄戦「集団自決」(強制集団死)の記述に関する教科書検定問題で、文部科学省は二十六日、教科書会社六社から出ていた訂正申請を承認しました。「軍の強制」を削除した検定意見は撤回せず、訂正申請でも日本軍による「強制」「強要」などの表現は認めませんでした。日本共産党の市田忠義書記局長は「『沖縄県民の思い』を踏みにじった福田内閣につよく抗議」し、あらためて検定意見の撤回を求める談話を発表しました。
 各社は「日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた」「日本軍に自決を強要された」などの表現で訂正申請をしていました。
 しかし、教科用図書検定調査審議会の日本史小委員会の意見に基づいて文科省の教科書調査官が、「直接的な軍の命令は確認できない」「単純化した表現では生徒が誤解する」として、各社に再申請をさせました。
 その結果、「軍の強制」という表現はなくなり、「日本軍の関与によって集団自決に追いこまれ」などの表現に改められました。
 一方、「住民は米軍への恐怖心をあおられたり、捕虜となることを許されなかったり、軍とともに戦い軍とともに死ぬことを求められたりもした」など、住民の状況を詳しく説明する記述が追加されました。
 また、検定意見撤回を求める沖縄県民大会が開かれたことを書き加えたり、「集団自決」について「日本軍によってひきおこされた『強制集団死』とする見方が出されている」と注記した訂正も認められました。
 「集団自決」から「軍の強制」を削除した検定意見は沖縄県民の怒りをかい、九月に開かれた検定意見撤回を求める県民大会には十一万六千人が参加しました。東京で検定意見撤回を求める「市民の会」が結成されるなど、県外各地での運動も広がっています。
 しかし、文科省は訂正申請の審議は「検定意見の趣旨を踏まえておこなった」としています。意見を撤回しなかった審議会と文科省に対し、沖縄では地元紙が「『軍強制』認めず 『関与』に後退」という見出しの号外を出すなど、「沖縄の思いを受けとめていない」との抗議の声があがっています。
沖縄戦「集団自決」記述の変更例
 申請本(検定前)検定後最初の訂正申請認められた訂正記述
実教出版 この過程で、日本軍は、県民を壕(ごう)から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴(りゅう)弾で集団自害と殺しあいをさせ、800人以上の犠牲者を出した。 この過程で、日本軍は、県民を壕から追い出したり、スパイ容疑で殺害したりした。また、日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった。犠牲者はあわせて800人以上にのぼった。 この過程で…殺害したりした。また、日本軍は、住民に手榴弾をくばって集団自害と殺しあいを強制した。犠牲者はあわせて… この過程で…殺害したりした。また、日本軍は、住民に対して米軍への恐怖心をあおり、米軍の捕虜となることを許さないなどと指導したうえ、手榴弾を住民にくばるなどした。このような強制的な状況のもとで、住民は、集団自害と殺しあいに追い込まれた。これらの犠牲者はあわせて…
清水書院 なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた。 なかには集団自決に追い込まれた人々もいた。 なかには、手榴弾を配布されたり、玉砕を強いられたりするなど、日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた人々もいた。 また、軍・官・民一体の戦時体制のなかで、捕虜になることは恥であり、米軍の捕虜になって悲惨な目にあうよりは自決せよ、と教育や宣伝を受けてきた住民のなかには、日本軍の関与のもと、配布された手榴弾などを用いた集団自決に追い込まれた人々もいた。

今は南京大虐殺や従軍慰安婦の問題とともに、沖縄戦での集団自決問題に関しても歴史修正主義者・右翼勢力との熱い戦いが起きている。福田政権は安倍ファシスト政権と変わってかなりリベラルな政権だと思っていたが、自民党政権である以上、その大日本帝国的な野蛮な加害歴史否定体質は根本的には変わっていないようだ。南京大虐殺や従軍慰安婦などの国外の侵略先で行った数々の戦争犯罪や残虐行為も重要だが、大日本帝国天皇ファシスト体制が国内で国民に対して行った卑劣な暴虐行為も忘れてはならない。集団自決は軍の強制というが、"軍の強制"という生易しい表現で片付けられるものではなく、実態は軍による虐殺である。従軍慰安婦などと同じくあくまでも"日本軍"と"強制"を結びつけるような表現は断じて認めないということ。"日本軍の強制によって集団自決に追い込まれた"!日本軍は集団自決を強制した"、あるいは"日本軍はスパイ容疑で殺害した"などとする日本軍が住民を直接加害したことを述べるのは禁止。"日本軍の関与によって集団自決は追い込まれた",ただ単に「日本軍は」という主語はなく、あるいはただ単に"住民は自決を強制された"というお茶を零した無難な表現にしろということ。

「集団自決」の再検討
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper11.htm
では、沖縄県ではなく、サイパンヤテニアンなどの太平洋諸島でも、フィリピンでも、満州でも起こったのである。投降をしようとした人が背後から日本兵に射殺されたり、投降を呼びかけた人が日本軍によって殺害されたりしている。実際の集団自決の実態からすれば、日本軍に集団自決を強制されたという表現すらとてつもなく生易しい表現に聞こえる。実態は日本軍による邦人の大量殺戮である。アジア・太平洋地域各地で占領地の住民に対して人事を絶する凄惨な大量虐殺、女性を慰安婦として大量の監禁強姦を行っており、そういった侵略と加害行為の成れの果てが沖縄や太平洋諸島の各地で集団自決という邦人の殺戮にいそしむ日本軍の姿であった。

住民を『集団自決』に追い込んでいったのは軍でした
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper83.htm
 そんな雰囲気の中で村の幹部が「集団自決」を主導したとしても、それを軍の無関係を証明するものだというふうに結びつけるのは当時の沖縄の状況を無視するものです。
 米軍が上陸したところでも、前島や粟国島などのように日本軍がいなかった場所では住民は投降しています。この点でも日本軍の強制性を示すことになるのではないでしょうか。

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper83.htmでは
 
沖縄本島周辺の島々を見ると、日本軍がいない島では「集団自決」はおこっていないし、ほとんどのところではそういう意思すらもなかったことがわかる。軍がいない島では島幹部の判断で投降して犠牲を最小限にとどめている場合が多い。そしてその投降しようという判断をする場合、移民帰りが重要な役割を果たしているケースが多い。
という風に、日本軍がいなかった場所では集団自決はおこっていないことが林博史氏の研究によって分かっているのである。日本軍と住民の集団自決の関連についてはもはや明白であろう。
ところで、集団自決の件もそうだが、南京大虐殺や従軍慰安婦の問題について、日本政府が責任を認めず、曖昧にし、お茶を濁して日本軍の加害性を弱めようとする努力はおこたなない姿勢、あるいは右翼はさらにその上を行き、集団自決の強制どころか、日本軍の関与すら否定、南京を平和的に占領した、従軍慰安婦はいない、先の戦争はアジアの解放で聖戦などとぬかしやがる。日本政府はその右翼を野放しにしているのだ。そういうことのために、どんでもない日本の悪評が広まっているようだ。

 文科省の態度に怒りの緊急集会 「集団自決は強制だ」
http://www.news.janjan.jp/column/0712/0712280062/1.php
 同実行委の大浜敏夫共同代表は「アジアのある記者から、日本には相撲以外に歴史歪曲という国技もありますね、と言われた。南京虐殺や慰安婦、集団自決など歴史を歪曲してきたことを皮肉っていた。そう思われない国にするためにも、今回の文科省のやり方を絶対に許すことができない」と述べた。「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」事務局長で、琉球大学准教授の山口剛史さんは「日本軍が強制したとの訂正記述を書き直させ、二重の検定で事実を歪曲した」と指摘した。
歴史歪曲というのは日本の国技ではない。日本の右翼勢力が行っているものだが、集団自決をはじめ、日本の戦争の責任を積極的に認めようとしない日本政府の姿勢が続けば、もはや歴史歪曲は日本の国技化するのは時間の問題であろう。そうならないためにも、この集団自決の問題に関しては一切の妥協は許されない。文科省と日本政府を糾弾するとともに、来年行われる衆議院選挙で自民党政権をつぶして、良識派政権につなげなければならない。この件については沖縄の問題にとどまらず、日本の民意が問われているのである。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:20 | Comment(35) | TrackBack(0) | 激怒(むかついた)ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

アジアの真実というブログの妄言を叩く、日中戦争の犠牲者3500万人は不当ではない の補足

仕事で忙しい日も今日まで。明日からは忘年会で忙しいというところ。

昨晩書いた
アジアの真実というブログの妄言を叩く、日中戦争の犠牲者3500万人は不当ではない
http://uyotoubatsunin.seesaa.net/article/74493297.htmlが急ぎ足になってしまい、いろいろと付け加えます。

 もう一度、南京事件の犠牲者と日中戦争の犠牲者の前に、戦争における犠牲者の意味について、触れておく必要がある。一般的には死者のみを犠牲者として、負傷者を含むその他大勢を被害者として分ける考え方も強いのであろうか。犠牲の意味は、私の辞書によれば、自分の意思によらず戦争・天災・事故の巻きぞえなどによって生命を失ったり傷ついたりすること。・・・・傷ついたりすること、つまり、死者だけでなく、負傷者も(広義の意味で?)戦争の犠牲者に含まれるのである。行政機関の発表で、交通事故の犠牲者の統計を発表するといった場合、死亡したものだけではなく、負傷した人の数も含まれていた。
 そこで南京事件の犠牲者30万人の示すところを簡単である。南京大虐殺の犠牲者、つまり、南京で日本軍によって虐殺された軍民の数である。私の中国系の同僚の話では、少なくても虐殺された者の数は単純には20万人はくだらないだろうということだった。中国側の言う南京事件の犠牲者30万人は虐殺されたもの30万人であり、もちろん負傷者も含まれない、当然戦闘行為の巻き沿いによる死者、ここの将兵による略奪に伴う民間人の殺害及び暴行死、婦女子への夥しい無数の強姦致死といったものは含まれないのである。
 続いて中国側発表の日中戦争の犠牲者であるが、その数字の示すところはいわゆる南京事件の犠牲者よりも幅広いものである。私の中国人の友人が言うには、直接・間接のより幅広い被害を含んだものであるということであった。
"アジアの真実"という管理人のアホブログウヨは

 日中戦争が行われたのは1937年7月〜1945年8月です。約8年。月で言えば96ヶ月。96ヶ月間の間に、日本軍は3500万人の中国人を殺した計算になります。これをさらに月平均にすると約36.5万人。凄いです。30万人を殺したと言う南京事件でさえ2ヶ月かかったのに、その2倍以上の殺戮を毎月欠かさず96ヶ月間も行った計算になります。こうなると、南京事件は、いつもの半分しか殺さなかったサービス期間ということになります。
ということをふざけたことをほざいているが、

南京事件と日中戦争の犠牲者数の内容が違う以上、南京事件の30万人の大虐殺の2倍以上の殺戮を毎月欠かさず行わないと、3500万人にはならないという設定は破綻しているのである。
 百歩譲って、3500万人を日中戦争における死者だと考えても、先のような屁理屈は成り立たない。中国戦線では、三光作戦のほか、抵抗に手を焼いた日本軍は八路軍の活動を封じるために、住民を強制移住させて抵抗を根から断つための無人化区政策というのがとられている。対象となった地域に存在する集落は焼き払われ、抵抗する村人は虐殺され、人囲いと呼ばれる集落に集められたが、農地も家畜も不足し、極めて不衛生な環境で伝染病も多発し、多くの病死・餓死者がでました。もちろん、強制移住中における日本兵による暴行・虐待死、特にお年寄りや女性・子供の脱水や熱射病、病や過労による死も無視できないと思います。
日本軍が強制労働のために、農民を強制徴用した結果、労働力不足で、また鍬、鎌、鉈、ツルハシなどの農作業用の金属製品を軍需生産のために徴収したり、農耕牛や馬などの農作業用の家畜を軍の運送用に徴発したり、あるいは日本兵が食糧にするために屠殺するなどして、農村部の農業生産に著しい打撃を与えたが、その上日本軍は過大な義務を課して無理に食糧を徴発したために、農村部は破綻をきたして、酷い飢餓が発生したこと。
物資調達日本軍は国民党や共産党に対する経済封鎖を行い、農村には工業製品、さらには、都市部には農産物が入らなくなり、その上、物資調達のために日本軍は軍票を乱発し、激しいインフレ、数少ない物資も日本軍よって安い価格で強制的に買い閉められたため、食糧を含む物資が著しく手に入りらない困窮状況に陥ったため、激しい飢饉が各地で蔓延したこと。
八路軍の根拠地となった地域では、日本軍によって厳しく封鎖され、そこに住む住民には食糧などの物資がいきわたらなくなり、多数の餓死者がでた。
あげていけば、きりがないが、日本軍の戦争犯罪や残虐行為による直接的な被害ばかりではなく、食糧や生活物資の著しい欠乏に伴う飢餓や伝染病に伴う餓死・病死などの間接的な被害も無視できないのである。飢餓や病死などを含む間接的な死は日本兵一人ひとりが直接手を下さなくても、農村部から労働力の強制徴用、農作業用の道具や家畜を徴発した上、膨大な農作物供出義務を課せば、ベトナムのように何十万人単位の飢餓が起きる。無人化区政策をとって、民衆を狭い場所に家畜と一緒に狭い場所閉じ込め、不衛生な中、食糧と物資が欠乏した環境におかれれば伝染病が蔓延して病死者が多数でるのは目に見えていることである。特に幼児や子供、お年寄りなど体力や抵抗力がないものが、不衛生で食糧や物資もない悲惨な状態に置かれれば簡単に犠牲者になることは目に見えている。
南京事件を何度も引き起こさなくても、何十万、何百万の死を生み出すことはできるのである。
アホウヨの言う、南京事件の30万人の大虐殺の2倍以上の殺戮を毎月欠かさず行わないと、3500万人にはならないという屁理屈は通用しないことはわかってもらえたと思う。

日中戦争における中国の被害者数水増しの推移

1945年 連合国報告書 132万人
1948年 蒋介石国民党政府の報告書 438万人
1950年代 中国の教科書 約1000万人
1985年 中国政府発表 約2100万人(抗日40周年)→これ以後 博物館や教科書で公式数字となる
現在  約3500万人(江沢民が演説で発言後、南京の記念館で公式数字となる) 

これは、よく見る典型的なコピペ
http://www.h2.dion.ne.jp/~tomo7/05-jul.htm
http://takutsubu.blog.drecom.jp/archive/1581
http://asahi.kirisute-gomen.com/rekisimondai.html
ぐぐるだけでもたくさんこのコピペがでてくる。このコピペには信頼できるソースがあるのか、知りたい。右翼連中のネットワークの中で使いまわされて、ソースもへったくれもないのが実情なのだろう。ところで、百歩譲っても1985年の中国政府の正式発表までは、中国国民党の発表だと思われるが、一般市民の被害は含んでいないのである。

中国は知らなかったか?
http://www.geocities.jp/yu77799/chuugoku.htm何応欽将軍の『中日関係と世界の前途』に記載されている『中華民国政府と人民は、八年の抗戦で空前の損失を蒙つた。統計によると、軍人の死傷者が三百二十一万余人に達し、人民の直接間接の死傷者は二千万人を越えた。』という部分であるが、中国国民党政府がすでに中国共産党政権の公式発表2100万人の前に、日中戦争の犠牲者は2300万人と発表していたということを示唆するものである。
 中華民国のBC級戦犯裁判では、殺人や虐待に対する行為はもちろん、財物の略取、破壊・焼却・強制徴発、労務強制、思想麻痺、奴隷化、アヘン販売などの様々な行為が裁かれたが、裁かれなかったことがある。戦後まもなく国共内戦が始まり、このことが中華民国の裁判に大きな影響を与えたのである。日本軍による徹底した塵滅作戦、いわゆる三光作戦と呼ばれた村落の破壊、殺戮、略奪作戦が華北の共産党根拠地で展開されたが、そこでの被害は日中戦争においても特に甚大だったのにも関わらず、裁かれなかった。さらには中国人の強制労働についても、中華民国政府は強制労働させられている者たちは八路軍(共産軍)関係者であると見ていたとされ、それが一因となり、中国人の強制労働についても中華民国の裁判では裁かれなかったのである(BC級戦犯裁判 林博史著、岩波新書p103〜105を参照) 。
何がいいたいかといえば、三光作戦や無人化区政策など数々の残虐な作戦がとられ、日中戦争でとりわけ大きな被害を受けたとされる八路軍根拠地(共産党側、共産党地区)の犠牲者が中国国民党発表の数字には含まれていないと考えられるのである。
『中華民国政府と人民は、八年の抗戦で空前の損失を蒙つた。統計によると、軍人の死傷者が三百二十一万余人に達し、人民の直接間接の死傷者は二千万人を越えた。』を参照するならば、中華民国、国民党政府の発表で省かれた共産党根拠地、中国人強制労働者の犠牲等を含まれば、人民の直接間接の死傷者は単純に2倍になるとして、4000万人を超えることになる。つまり、4300万人以上で、江沢民氏が発表したとされる3500万人の死傷、あるいは犠牲でさえも過少評価であるという見方ができるのである。
 右翼以外の人にはわかってもらえたと思う。私の説明が下手な点があると思いますが、ご容赦ください。数々の悪質なデマを垂れ流す人でなしの右翼ブロガーどもにはとっとと地獄に落ちたらいい。

2007年12月25日

アジアの真実というブログの妄言を叩く、日中戦争の犠牲者3500万人は不当ではない

日中戦争の犠牲者数は3500万人 〜日本は南京事件に匹敵する大虐殺を117回起こしていた〜
http://ameblo.jp/lancer1/entry-10060997747.html#cbox


ひさびさにブログ右翼の粉砕を挑みたいと思います。こいつは良識の欠片もなく、偏向したオナニー記事を垂れ流す典型的なブログウヨです。あまり、時間が無いのですが、突っ込むのであれば、産経新聞の記事が南京大虐殺の30万人と日中戦争の3500万人を同列においている点でしょう。南京大虐殺の30万人は純粋に虐殺者のみを対象として、負傷者を含めないのに対して、 日中戦争の3500万人は日本軍によって虐殺された人だけでなく、軍人・市民での戦闘行為での死者、死者だけではなく、行方不明者、負傷者、その他強制労働させられていたり、強姦されたりした性暴力の被害者、家や財産を失った財物の被害者など、さまざまな被害者を犠牲者として含んでいるものだと、会社の中国人の同僚はおっしゃってました。

http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TR7.HTMにあるのですが、中国の戦争での犠牲者は軍人しか厳密には分かっていません。軍人だけでもざっと死者、負傷者、行方不明者を含めて300万人を超えているのです。一般市民の犠牲者というのを考えれば計測不能な数字になるでしょう。むしろ、3500万人ですら少ないくらいです。
ゆうの小さな資料集
中国は知らなかったか?
http://www.geocities.jp/yu77799/chuugoku.htmlより引用すると、

『中日関係と世界の前途』より 

 一九三七年七月七日、日本軍は大挙北平郊外の盧溝橋を攻撃し、ついに「七七事変」が勃発して、中国軍は英雄的な抗戦をした。この中日戦争の勃発によつて、日本は中華民国と奇しくも悲惨な運命を共にした。

 中華民国は八年間の抗戦中に、日本軍閥によつて、歴史に類例を見ないほどの殺戮と迫害を受けた。いまその一、ニの例を挙げてみるが、この一事をもつてしても日本軍閥の暴虐がいかに言語に絶するかを知ることができる。

 (一)南京陥落後の大屠殺で、殺害された市民が十万人以上にも達した。日本軍は麻縄で数百名の武装のない兵士や市民を一しょにしばつて機関銃で一斉掃射したり、あるいはガソリソをかけて彼らを焼き殺した。日本の将校が兵士を引率して、いたるところで放火、掠奪、強姦をほしいままにし、強姦された婦女子の数は教え切れず、しかも強姦された婦女子の多くは殺された。甚だしいのになると軍刀で乳房を切り取つた後、裸のままで地上に転がして、その痛み苦しみ、もがいている哀れな姿を見て日本軍の人達は喜んでいた。また、ある日ある婦人は三十七回も強姦された。この世界を驚かせた大暴行は、今日これを思うだけで、実に胸がはり裂け、血がほとばしり出るほどの悲憤の念を禁じ得ないものがある。

 (ニ)一九三九年五月四日、日本航空隊がわが戦時首都重慶を爆撃した。一日の内に爆撃によつて死亡した市民が七千五百人の多きに達し、しかもこの大爆撃は数日間も続いた。死傷者は町に溢れ、市内は廃墟に帰した。日本の軍閥はどうしてこのような非人道で、残虐な手段をくり返すのかと悲憤が胸にこみ上げて来る。

 中華民国政府と人民は、八年の抗戦で空前の損失を蒙つた。統計によると、軍人の死傷者が三百二十一万余人に達し、人民の直接間接の死傷者は二千万人を越えた。戦火によつて家園を捨て去り、路頭に迷う者が一億人以上にも達した。

 財産の損失に至つては更に数え切れないものがある。経済資源、税収及び日本軍、王精衛偽政権の発行した通貨によつて生じた損失は、一九四一年までに総額が当時の国幣(法幣)四百四十九億六千余円、常時の米ドルに換算し一百三十二億六千余万ドルの天文学的数字に上つている。

 中国は侵略に対する抵抗でこのような莫大な代償を払つたが、一方、日本軍閥は他国を侵略した結果、その得たものはなんであつたか? 日本の人民は貧困のドタン場におちいり、国が破れ家が亡びる惨めな結果をもたらした。これは日本の軍閥が始めから思いも及ばなかつた歴史的な重大な誤りであつた。
 
(「中日関係と世界の前途」 P44〜P45)

引用部分の太字部分に注目してください。都合の悪い文字列が読めない右翼どものために、親切に書きますが、
【軍人の死傷者が三百二十一万余人に達し、人民の直接間接の死傷者は二千万人を越えた。」
これで、日中間の戦争における負傷者などを入れての犠牲者は2300万人です。3500万人は決して不当なものではありません。百歩譲って江沢民が日本憎しに持ち出したと、ネット右翼や産経が曰く3500万人が不当な数字なら、それ以前の2100万人や、軍民あわせて死者1000万人以上というそれ以前の数字については認めるのですか?日本兵の死者が50万人ということを考えれば、もちろん、シベリア抑留や開拓者の負傷者を含む犠牲者ということでしてみても、いかに中国側の犠牲者が多かったかということ、日本軍の中国に対する凶悪で一方的な残虐非道な侵略ぶりが分かります。

http://www.nihongo2.com/history/history42.html
コラム
 日本軍の中国全土への進出は、結局、都市と線路の支配(点と線の支配)でしかなかった。補給線の伸びきった日本軍は、広大な中国を支配することはできなかった。
そして、この点と線を取り囲んだ広大な面…農村地帯を基盤として抗日ゲリラが活躍した。中国共産党八路軍や新四軍の兵士達である。これに手を焼いた日本軍がとった作戦が「三光作戦」である。満州侵略時に行った「平頂山事件」を中国全土で実施したのである。ゲリラの潜む村々を焼き尽くし、奪い尽くし、殺し尽くしたのである。

 これはゲリラ対策だけではなかった。補給のおぼつかない日本軍兵士にとっては、奪うことは、自らの食糧の補給でもあった。日本軍首脳はこれを見逃すのではなく、むしろ促進した。この結果、中国民衆の被害は未曾有のものとなり、戦後も被害総額も死亡者数も定かではないほど、甚大なものとなった。死亡者数5000万人とする研究者もいるが、あながち過大な数とは言えないのである。三光作戦だけでない。前記した、「731部隊」の人体実験による死者。そして、そこで研究された細菌兵器、毒ガス兵器が実際に日中戦争で使用され、多くの犠牲者を出した。中国民衆はこれらの兵器の実験材料とされたのである。

 中国戦線で日本軍が実施した犯罪行為はこれだけではない。中国に派遣された日本軍兵士の性の捌け口として、多くの中国人女性や朝鮮人女性が強制的に連行され、兵士の相手をさせられたのである。「従軍慰安婦」と呼ばれるこれらの女性には、日本から娼婦も連れて行かれたが、多くは、働き口があるとだまされるか、拉致されて連れてこられた人々であった。「日本軍性奴隷」と最近では呼ばれることが多くなったこれらの女性は、一日に多いときは100人もの日本兵の相手をさせられ、性病のかかり、病死した者が大半であった。

 この事実は、戦後長い間、日本では明らかにされてこなかったが、1980年代の後半から、日本の戦争犯罪についての事実が明らかになりだし、アジア各国から謝罪要求の声があがり出す中で、ようやく明らかになってきた。それは、それまで生き残った慰安婦の女性達が声を上げなかったからで、1980年代から、それらの女性達が一斉に声を上げ、事実を話し出したのである。それとともに、日本でもこれらの女性への謝罪と補償を政府がすべきであるとの声が起こり、大きな社会問題となった。政府はこれには応えず、政府ではなく、民間組織のよる、従軍慰安婦への補償金募金運動と、それによる補償が適当であるとして、元首相村山富一氏を会長とする組織を作り、募金と補償を実施した。しかし、日本ではこれに反対する人々が多く、元慰安婦への補償を要求する人々のほとんどは協力しなかった。また、朝鮮、中国、フィリピンなどの元慰安婦女性の多くが「日本政府による謝罪と補償」を求めて、この民間組織からの募金の受け取りを拒否したのである。

 今、日本では政府を相手にしたアジア各地の元慰安婦による謝罪と補償要求する訴訟がいくつも起こされている。このような動きに対して、南京大虐殺と同じように、一部の政治家や学者、文化人から「慰安婦は存在していなかった」という主張がなされている。彼らによると、慰安婦は正式な商行為として行われていたもので、本人の意思によって行われ、対価が支払われていて強制的なものではなかったとされている。これに対して、日本軍が組織的に行ったものであるとの資料も発見されて、議論が続いている。しかし、教科諸問題などから、各教科書は、慰安婦問題を大きくは取り上げなくなってきている。日本全体の傾向として、南京大虐殺、三光作戦、731部隊、従軍慰安婦問題といった日本の恥部には、これ以上ふれたくないといった雰囲気が増してきている。

この文の言うとおりである。私からすれば、5000万人ですら、過少に思えてくるくらいだ。アジアの真実というブログを運営している糞ブログウヨ野郎をはじめとする右翼連中のの脳みそのいかれっぷりが改めてこのエントリーを立てて私は実感したし、他の良識派の方々も実感していただけることだと思います。

非良識な人たちに思うところ

私の会社は外国人の社員が多く、大変グローバルな環境である。特にアジア系の同僚と話すと、特に過去の日本軍の侵略の話になる。こういうグローバルな視点から日本を見ると、過去、日本軍がアジア・太平洋地域に対して行った大罪の数々に改めて気づかされた。同僚から、祖父・祖母の代から父や母を通して受け継がれた日本軍の数々の侵略と加害の悪事の数々について聞かされたとき、私は涙が止まらなかった。本当に申し訳ないと謝ったら、きちんと彼らは心から謝罪を受け入れてくれた。そんな環境だから、良識的な人ばかりだと思っていたのに、""南京大虐殺は捏造だとか、シナ人という野蛮人が大陸にいるせいで、俺らが迷惑する""とか人権意識が欠如し、近隣諸国への歴史認識を欠いた発言で、私は開いた口がふさがらなかった。ネット右翼のような奴は私のごく身近なところにもいたのだ。
 ちなみに、ネット右翼のような奴は2ちゃんねる以外でも結構みてきた。私のブログに書き込む、懐疑主義者なるものもそうだし、たとえば、私が特にお世話になった掲示板では
http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/46339.html
その通り! 右翼討伐人とかいうヤツが、自分の身銭を切ってでも現地に救援に行こうなどという殊勝な心がけなど、持ち合わせているはずはありません。ヤツが狙っているのは自衛隊の災害派遣に難クセをつけて、日本の救援活動を遅らせたり邪魔立てしたりし、それによって日本が世界からの非難を浴びることに違いないのです。
考えてもみて下さい。「旧日本軍=現在の自衛隊」でないことぐらい、誰にだって分かるはずです。現在の自衛隊を旧日本軍と同一視するのは、ためにする言いがかりとしか思えません。それから、旧日本軍を恐れる老婆云々などというのもありましたが、旧日本軍が現地にいたのを何年昔のことだと思っているのですかね。いうまでもなく、もう60年以上前の話で、その当時物心ついていた人のほとんどは物故しているはずです。日本人と違ってインドネシア人は平均寿命が短く、スハルトのように長生きするのはよほどの健康体で、かつ相当の金持ち(衛生的なものを食べるには、金持ちでないとダメ)でなければなりません。だから仮にそういう人がいても、人口全体の中ではきわめて少数です。そういう人の恐怖心と、今すぐ救助を必要とする人の数を比べたら、どちらを大事にすべきだと思いますか。
それから、ヤツのスレの中に「慰安婦への見舞金の話に大勢の女性が応募した」という話がありますが、その応募者の大部分は戦後生まれだったというのではありませんか?そういう事実を調べもせずに、一方的なプロパガンダを頭から信じて、あちこちに撒き散らそうとするヤツのやり口には、激しい憤りを感じます。

オケアノス改め佐藤樹太というネット右翼という奴です。インドネシアで日本軍の性暴力被害者が性暴力被害者の救済措置のための登録と信じて、兵補協会や法律扶助協会の登録に応じたものです。実際のところは純粋な"慰安婦"被害者のみが対象でしたが、私設慰安所の被害者、強姦、日本人妻などの他の性暴力のケースの被害者も実際のところ多数登録に応じたために、その辺ややこしくなっていますが、慰安婦の被害者でなくても、日本軍の被害者であることには変わりないですから、日本軍の被害者を、根拠もなく戦後生まれなどと決め付けて偽もの呼ばわりする人権感覚が信じられません。

ネット右翼どもの醜い発言をいろいろと紹介すると、

http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/46317.html
おかげさまで、私はインドネシア語が十分に理解できるのですが、
そんなことが書いてある教科書はありません。
日本占領時に関するところでは、「独立準備調査会」とか、「ラクサマナ前田」とか、日本人がインドネシアの独立に関与したことが書かれています。
よろしかったら全部訳しましょうか?
私の女房の父親などは、日本の時代のときが一番教育が充実していたと真剣に言っていますよ。
色々な意見がありますが、どの意見をクローズアップするかは、その意見を取り上げる人の主観によるものです。確かに日本占領時の方がきつかったという意見は良く聞きます。でも、それは日本人の労働のレベルとインドネシア人の労働のレベルの違いだと理解しています。普段きつい労働をしたことのない人がいきなりきつい労働をさせられたらそりゃあ「きつかった」っていいますよね。
インドネシア人の意見とフィリッピン人の意見とをごっちゃにしてほしくないですね。
あほもここまでくれば
第一章 日本占領時代におけるインドネシアの社会生活 http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/bahasa_jepang.html にインドネシアの歴史教科書の日本の占領時代の章の翻訳が乗っています。オランダ以上の最悪の植民地時代だったと書いてありますがね。

ほかにkodjaという知性の欠片もない糞右翼がいたほか、
http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/46359.html
もう5年位前だと思いますが、日本に謝罪と補償を求める「元従軍慰安婦」の一団が、日本大使館(タムリンのビルで仮住まいだった頃)の前でデモをしたという記事がじゃかるた新聞に出てました。 なぜそれを今も覚えてるかというと、ひとつにはインドネシアへ来たばかりで、「えっ?インドネシアは親日的だって聞いていたのに、ここにもそういう運動があるんだ!」と思ってちょっと驚いたから。
でも決定的に記憶に残ったのは、「被害者」の一人とのやり取りの中で、その人が年齢を40代って答えたことがさらっと書いてあったんですね。さらっと。
それ以来ずっとじゃかるた新聞購読してますが、あの味のある記事を書いた記者さんはまだいるんだろうか…。

という、あいまいな思いがかりで日本軍の性暴力被害者を偽者呼ばわりする奴もいたりする。

http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/52507.html
「女性国際戦犯法廷」は某新聞社は取材を拒否されたような素晴らしい国際会議だそうです。
サブタイトルは、「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」。
特に、事務局と主催者を調査ください。
海外送金につながるDVDの購入はお止めになられることをお勧めします。
当時の事務局の所在地は、最近、日本で話題の住所であったはずです。

東南アジア地域の従軍慰安婦の証言は信用に値しないと言うのが私の信条。
日本政府が慰安婦に賠償金の支払いを決めてたとき、
「日本軍に強制連行されたと証言すればお金がもらえる」
と老齢の女性にささやきかけた人が居て、
「日本軍に強制連行された」
と証言することを条件にお金をもらった人もいます。
航空券の他に現金をもらって、
「東京の女性国際戦犯法廷に出席した人」、
「台の上に並んで、直に退場で、日本旅行を楽しんだ人」
がいた、
とも伝え聞きます。

昔であれば↑ここまで書けばシバタさんあたりが、
詳細な追加情報をくれたのでしょうが、私では上記の提案・伝聞をお伝えするのが限界。

このちゃ〜というネット右翼の投稿も酷い。根拠もない思いがかりの伝聞なるもので、"女性国際戦犯法廷"を主催した人たちや団体に対する名誉毀損、それに勇気を振り絞って証言台に立った被害者を貶め、尊厳を穢し侮辱するものとして断じて許しておけない。こんな奴は地獄に落ちればいい。同じ地球上の空気を吸っている、同じ人間であることが恥ずかしいと思う。
ネット右翼の醜い発言を紹介しようと思えど、どれも醜くすぎて、紹介するのにも困ってします。最後に
http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/52577.html
何でそういう思い込みが形成されたのか、知りませんが、真実を知る良い機会なので、何もアレンジされていない状況でインドネシアを回られたら良いと思います。 そもそも、8月17日のインドネシア独立記念日に、元日本兵の義勇軍の皆さんが今でも尊敬され、感謝され、記念式典に招待されていることを先ず認識されることをオススメします。(多分、そんなことも知らないのでしょう。)

中国人は、オランダの略奪のお先棒を担いでいたため、日本軍が占領した後に特権を剥奪されて恨んでいるだけです。プリブミといわれるインドネシア人にとり、日本人は中国人(華僑)より遥かにマシな為政者だったのは間違いありません。
4年半の駐在期間中、ジャワ島のみならず、スマトラ、カリマンタン、スラウェシなどの44都市訪問したけど、日本人の悪口を言われたことは一度もありません。それどころか、「チャンティック・フジヤマ」とか日本の風物を歌ったローカルの歌が沢山あり、地元の中年以上の人たちに愛されています。

余りに唖然とする書き込みなので、一言。
これはネット右翼としては言葉遣いは丁寧だが、自分的な妄想をアレンジして書いてあるのだろう。8月17日に元日本兵の義勇軍の皆さんが尊敬されているという話だが、事実だとしても元日本兵の義勇軍の人たちであって、日本軍ではないのだ。逆に日本軍の軍政があまりにも残酷で、悲惨極まりない有様だったからこそ、敗戦後残って独立戦争を戦ってくれた少数の"良い日本兵"たちに一際強い感謝の気持ちをもつのではないでしょうか?日本人の悪い話は言われたことはないなどの親日ホラ話は、本人の偏向した頭が生み出したものではないでしょうか。

現に
http://yorozu.indosite.org/keijiban/main/52995.html
俺の先輩は25年位前にバリに行った時、現地の人に私のお婆さんは日本兵に犯されましたと言われたし、今年俺は違う島で祖父さんが女を用意できなくて日本兵に殺されたって言われたよ〜
という反論がなされています。

http://arnold.siboro.org/blog/jp/?p=76
韓国や中国と違って、インドネシアの人たちは日本あるいは日本人に対する反感はほとんどありません。しかし、だからといって歴史は知らないと誤解しないでくださいね。インドネシアでは、早い段階からすべての学校で日本軍がインドネシアで犯した犯罪についてしっかりと教えられています。日本軍はそれ以前のどの占領軍より残酷であり、3年余りの日本の植民地時代は300年のオランダの植民地時代よりつらかったと教えられています。
という風に日本軍の占領時代はオランダ以上に厳しいということは触れられているほか、
http://plaza.rakuten.co.jp/gendaiindonesia/diary/200608280002/
インドネシアは、わずか3年半しか日本に侵略されていない。しかしインドネシア国民が蒙った被害は350年もの間インドネシアを支配したオランダ時代の比ではない。日本軍が課した"Romusa"(労務者):強制労働は、日本の残酷さを示す明白な証拠の1つである。この苦い思い出は、Solikinさんのような元強制動労者の人達の中に深い傷跡として今も残っている。

「竹ざおで、腰を何度も叩かれたよ」と、スマトラ島リアウ州プカンバルー市に住むSolikinさんはSCTVに話をした。Solikinさんの記憶では、1942年の終わりがSoliknさん及びインドネシア国民にとって、その悪夢の始まりであった。日本軍がインドネシアに侵攻し、スカルノに労務者を招集させ強制労働を強いてきたのである。

Solikinさんは、3ヶ月間、プカンバルーの空港建設に労務者として従事し辛酸をなめた。その当時の過酷な労働で何十万という労務者が命を落としたが、Solikinさんは幸運にも生きながらえることができたのである。しかし、皮肉にも、現在までSolikinさんのような人々に対する日本政府からの謝罪及び補償の話は無い。

「イアンフ(慰安婦)」「ヘイホ(兵補)」そして「ロームサ(労務者)」・・・・この3つは今でも問題になってますね。確か、タイのカンチャナブリに建設したクワイ河鉄橋の強制労働にもインドネシアから連れて行かれた「ロームサ」がいたはずです
のほか
http://shiryudoh.blog.ocn.ne.jp/ron/2006/01/style_of_asian__3.html
 スマトラの人々は非常に親切でした。どこに行ってもご馳走してくれるし、気にかけてくれる。そんなインドネシア人と日本人の僕という間柄でしたが、過去に国同士では、暗い歴史があります。
ガライ・シアノッというインドネシアのグランドキャニオンと言われるところでは、巨大な防空壕があるのですが、そこは旧日本軍がインドネシア人達に強制労働させ、作らせたところと言います。動けなくなった人間は、刀で切捨て、大勢の人が崖から投げ捨てられたと言います。(*実際には現在のところ、その虐殺はなかったとの説もある。インドネシア政府は虐殺があったという話は誤りだったとしている。)他の島々でも日本軍による虐殺があったという話はごろごろあります。肉親が食われたという話も耳にしました。
しかし現在、日本ではそのような虐殺はなかったという事を訴えています。
これが真実かどうかは分かりません。
ただ僕にはこんなインドネシア人達がよく言う言葉が印象的でした。

オランダ統治の300年間よりも、日本の3年間の圧制の方がきつかった。
(こう語り告がれている)(*1)

のように、ネット右翼どもの偏向した情報ではなく、インターネット上でも断片的ながら、大日本帝国・日本軍がいかに酷いことをアジア・太平洋地域に対してやってきたかということが分かるのである。

最後に外務省の調査があるが
ASEAN諸国における対日世論調査
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/asean/yoron.html
● 第二次世界大戦中の日本について、

− 「悪い面はあったが、今となっては気にしない」

インドネシア:44%(48, 52) マレーシア:50%(43, 33) フィリピン:51%(37, 37)
シンガポール:62%(47, 44) タイ:45%(46, 36)ベトナム:71%


− 「悪い面を忘れることはできない」

インドネシア:25%(33, 29) マレーシア:22%(32, 40) フィリピン:33%(36, 37)
シンガポール:31%(41, 31) タイ:18%(24, 18)ベトナム:12%

というぐあいに、第二次世界大戦中の日本軍に悪い面があった、つまり悪い印象なり悪い思い出をもつ、あるいは聞かされたりして、悪い風に思っている人が、いずれの国でも過半数を超えているのがわかってもらえたと思う。(たとえばインドネシアでは、69%の人が、マレーシアでも72%、大規模な華僑粛清があったシンガポールでは93%、一番被害を受けていないと思われるタイでさえ、63%の人が日本軍がいた時代のころの日本軍を悪いものだとみなしているのである)。今は日本は先進国だし、経済的事情で悪いことは言わないが、このまま日本軍の行いは正義であり、アジア・太平洋地域を占領したことは自存自衛、かつ欧米諸国からの植民地支配の解放のためであった、従軍慰安婦として女性を性奴隷として強制したことは誤りであるなどという、寝言の数々を日本の政治家が行っていれば、いつか日本は絶望的な孤立に陥り、世界から取り残され、滅びる道を歩むであろう。私は来るべき破滅を防ぐために、まず、身の回りの非良識な人たちを駆逐しなければならないと思う次第である。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 00:12 | Comment(31) | TrackBack(1) | 日々の雑感ならびに考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

お久しぶりです。今年を終えるに向かっての雑感

このまま、更新しないで、一年を終えるのもなんなので、書かせてもらいます。
大変久しぶりです。

一番うれしい出来事は日本軍性奴隷問題(従軍慰安婦問題)で次々と大きな進展があったことです。アメリカに引き続き、カナダやオランダ、そして欧州(EU)議会でも、日本軍慰安婦謝罪要求決議案が採択されたことだ。これだけ、数々のすばらしい進展があったのに、今まで忙しくてブログで記事にできなかったことが大変残念である。カナダでは慰安婦問題に対する日本国内の反論に関して、決議は「慰安婦の性的奴隷化と人身売買に対する否定論者」への封じ込めを求める条項も盛り込んであるという情報もある。そして、(国連人権委員会の場でクマラスワミ報告やマクドゥーガル報告が採択されているが、)国連本会議の場でも慰安婦決議案が改めて出されて採択されるということを韓国人の友人が言っていた。でも残念ながら法的拘束力や実行力は何もないのである。ネットウヨを含む歴史修正主義者・右翼どもや大日本帝国・日本軍の侵略・戦争被害者の悲痛な叫びと訴えを無視し続ける冷徹な日本政府には何も痛くもかゆくもない。もちろん、決議案が出されて採択されるという事実は重要であるが、肝心の法的拘束力が伴っていないと意味がない。問題はどのように、これからも各国議会や国際機関の場で採択されうる従軍慰安婦決議案に法的拘束力をもたせるかである。決議案に定められた要求を日本政府が履行しない場合、日本政府や閣僚、政治家、役人、そして日本軍慰安婦の国家犯罪・蛮行を否定するいかなる個人や企業が海外(決議案が採択された国)に持つ資産の凍結や没収、差し押さえや金融、その他の取引、入国や旅行を制限・禁止するとか、法的拘束力がある実行力のあるものでなければならない。それでも日本政府が決議案を履行しない場合、経済制裁や軍事的封鎖を含む国連安保理での強硬な処置を視野に入れなければならないと改めて思う次第である。そうならないように、福田内閣もそろそろ寿命が近いことだし、来年に行われるであろう衆議院総選挙で、大日本帝国の侵略歴史清算に積極的な良識派が勝利することを願っています。
 私がこのブログを留守にしている間、右翼勢力はますます窮地に陥っているようでした。右翼勢力に止めを刺されることが近いことを望みたいです。
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 01:00 | Comment(25) | TrackBack(0) | 日々の雑感ならびに考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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