2007年03月24日

「それが地獄の始まりだった」、元慰安婦抗議の叫び - フィリピン

おっと、このニュースを忘れていた。
「それが地獄の始まりだった」、元慰安婦抗議の叫び - フィリピン
http://www.afpbb.com/article/1417133
【マニラ/フィリピン 15日 AFP】1943年、当時14歳だったVirginia Villarmaさん(78)は若さと純潔を奪われた。その時の出来事を思い出すたびに、深いしわが刻まれた顔が涙で泣き濡れるという。

 Villarmaさんは食べ物を手に入れるためマニラ郊外の通りを歩いていた時、突然、日本兵の集団に襲われた。動物のように軍用車の後座席に投げ入れられると、港にある兵舎の一室へ連れて行かれ、そこで服をはぎ取られ3、4人の兵士に繰り返しレイプされたという。Villarmaさんが悲鳴を上げ相手を殴って抵抗すると、失神するまで殴られたり蹴られたりした。

「静まりかえった部屋の中で意識が戻ったとき、体中に激しい痛身を感じました。その痛みはその後も消えず、今も残っています。その日から3か月間、朝から夜まで毎日虐待され続けました。あれは私の一生で一番長い3か月でした」

 VillarmaさんはAFPの取材に応じて、ピンクのハンカチを指に巻きながら静かな声で語った。

「それが地獄の始まりでした。当時何が起きたのか、そしてなぜ私たちが日本政府に過去の過ちについての正式な謝罪を求めているのかを、大勢の人に知ってもらいたいんです」

 取材中に時折、言葉に詰まると金縁の眼鏡をはずし、目にあふれる涙をぬぐった。

 3か月後、連合軍の爆撃のおかげで、Villarmaさんはやっとのことで兵舎から逃げ出すことができた。だが、彼女の人生はその出来事を境に一変した。

■安倍首相の発言に抗議の声を上げる女性たち

 その後Villarmaさんは結婚したが、数年後にVillarmaさんが日本兵の慰安婦にされていたことを知った夫は、彼女と5人の子どもを置き去りにして去っていった。

 第ニ次世界大戦時の従軍慰安婦問題で、安倍首相は今月、「旧日本軍が従軍慰安婦への強制性を裏付ける証言はない」と発言。これを受けて、忘れ去られていた従軍慰安婦の問題が再び注目される形となり、元慰安婦だった大勢の女性が抗議の声を上げた。

 そのほとんどはアジア圏の女性だ。大半は慰安婦だったことが理由で一度も結婚できずにいる。中には社会から隔絶した生活を送っている女性、虐待により子どもの産めない体になった女性などもいる。
 
 日本政府は戦時中に起きたこの出来事を無視しようとしているが、がVillarmaさんのように慰安婦として虐待された女性たちは、決してそうはさせないと決意しているという。

 アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)がまとめた報告書によると、戦時中、強制的に慰安婦にされた女性はインドネシアから中国まで多数の国で計約20万人に達する。その中で一番若い女性は当時12歳だった。

 第2次大戦後、日本の戦争犯罪を起訴するために設置された極東国際軍事裁判所(International Military Tribunal for the Far East)の法廷では従軍慰安婦問題は無視された。
これが、立派な狭義の強制連行の例ですね。スマラン事件のようなごく例外的なものではありません。日本軍が存在していた国外の地域であれば、どこでも起こりえたことなのです。東京裁判では従軍慰安婦(日本軍性奴隷問題)は一切取り上げられませんでしたし、BC級戦犯裁判でもごく数件強制売春や誘拐などの容疑で取り上げられたにすぎない程度の酷い扱いでした。Villarmaさんの例のフィリピンの戦犯裁判で取り上げられることがなく、誘拐した日本兵の集団や朝から晩まで虐待し、繰り返しレイプを加えた多数の日本兵たちは裁かれていないのです。もちろん、戦争で亡くなったのも多いと思いますが、裁かれることなく日本に帰国できたのも多数いるとなれば、私としては同じ日本人として恥ずかしいです。故郷に帰り平凡な老人として暮らし、戦友会などで酒が入り当時の話となれば、真っ先にこれだけ若い初々しい娘を好き勝手強姦できたことを自慢げに話す。考えただけでも、ゾっとしますね。
◆ 美しい壺日記 ◆より
続 従軍慰安婦は強制です
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-33.htmlから、

1983年産経新聞社長だった鹿内信隆氏の証言
フィリピンでの日本軍に関して(鹿内氏は1942年当時主計将校として陸軍省勤務)

本間軍団の経理部のいちばん偉い人は、私どもの経理学校の上官だった人ですが、名前はここで申し上げないほうがいいとおもう。上陸作戦がすんでから、その人が陸軍省に報告に来られた。経理担当の最高の師団将校ですから。
で、その人の報告は、要するに「すばらしい」というんです。
何がすばらしいのかといったら、マニラ大学の女の学生は全部セレベスとか、方々の島々の豪族の娘たちが集まっていた。
ところが、日本軍がマニラに上陸したら、島に帰れなくなっちゃった。
寄宿舎にいるやつが、みんな孤立しちゃったわけだ。
それを日本の将校がいただくわけだ。
それが、いかにすばらしいかという報告で終始一貫おわっちゃったわけね。
その戦況報告のはなしが……。

「いま明かす戦後秘史 上」サンケイ出版 1983  P29〜30

というか、産経新聞社鹿内信隆氏が日本軍がマニラ大学の女学生を全員いただいて強姦しちゃったことを認めていますね。フィリピンでは日本軍が組織的に女性狩りをしていたのでしょう。しかも、経理担当の最高の師団将校でさえ加わっているのだから。しかも、陸軍省にそのようなマニラ大学の女学生を頂きおいしい思いをしたということを報告してお咎めなし。話を聞いた鹿内信隆氏も面白半分に聞いていた。大日本帝国・日本軍性善説などお話にならない右翼の妄想。大日本帝国・日本軍の上層部も黙認ないし公然と現場の実態を知って許容していたわけだ。鹿内信隆氏が直接関与したわけではないが、経理担当の将校がやったことは立派な誘拐や強制売春という戦争犯罪だし、じかに本人より聞いたのに調査すらせず、見逃した点では同罪。十分責任を取るべき立場であり、裁かれてもおかしくない戦争犯罪人なのだが、産経新聞社の社長にまで出世している。中曽根氏も慰安所の設置と婦女の拉致と強制に関与しているが、これも戦争犯罪人として裁かれることなく首相に出世している。とんでもない話だ。肝心の何度もいうように、もちろん、程度の差はあるでしょうが、フィリピンだけではなく、インドネシアであれ、マレーシア・シンガポールであれ、ビルマであれ、日本軍の侵略先ではどこでも起こりえたでしょうし、起こったのでしょうね。アムネスティーの報告によれば、若くして純潔を奪われ、朝から夜までレイプされた女性が20万人いたということです。突然兵舎に拉致され、服を剥ぎ取られ、日夜強姦され続けた日本軍性暴力被害女性の気持ちに立てない安倍ファシストや東国原や右翼連中は逝ってよし!!!そして、多くの婦女を強引に連れ去って、日夜レイプと虐待の地獄を与え、人生を奪い、平和国家日本でのうのうと生きてきた元日本将兵の老人ども!!!恥を知れ!!!!
posted by 右翼討伐人改めアクアリウス at 23:53 | Comment(9) | TrackBack(0) | 大日本帝国・侵略戦争・戦争責任関係ニュース・記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。